2010年10月02日

「CYPRESS GIRLS」「DETECTIVE BOYS」について

「CYPRESS GIRLS」「DETECTIVE BOYS」について


みなさん、ブログではお久しぶりです。小出です。
この度、我々の3.5thアルバムが発売になりましたので、恒例の挨拶文を書き記させて頂きます。


始まりは、今年の2月。
武道館後の活動、ライブDVD・CDの作業が終わる頃でした。
丁度その時期、春に露出が予定されていたタイアップ関連の制作を進めていたのですが、その話が諸事情により、無しになりまして。
結果、「シングルを出す必然性」が消滅し、僕とスタッフ間での話し合いが持たれました。
そこで提案したのが、3rdアルバムの際にも思い描いていた、「2DISCのアルバム」でした。
「1つのパッケージに2枚のDISC」が入っているというだけで、表現の幅が広がります。
例えば、2枚を内容的に対にする事も出来れば、2枚の容量を利用してひとつの大きなテーマ表現することも出来ます。
この時点で僕は明確に『2DISCを使い、Base Ball Bearというバンドの音楽的構成要素を二極化して表現してみたい』というプランを抱いていました。
現実的に「1パッケージ2DISC」という形式は商品単価が上がり過ぎてしまうという問題から実現は出来ませんでしたが、
「2タイトル同時リリース」という形態で「2DISC」という「最低条件」をクリアする事が出来ました。
これにより、『それぞれのDISCを独立した作品にする必然性』が生まれ、
後の制作において、妥協しないためのハードルを現実に設ける事が出来、僕としては好都合でした。

こうして始動した企画ですが、僕にはひとつ大きな目標がありました。
『僕らと聴いてくださるみなさんとの誤差をなくしたい』ということです。
言い換えると、『改めて、Base Ball Bearというバンドの本質を見てもらいたい』でしょうか。

今回の制作に入ってすぐのある日、今村ディレクターに僕が少し愚痴っぽくなっていた時がありました。
『バンドが、僕がイメージしている風な、認識をされていないような気がする』。
それに対して今村は、「そう思うなら、もっとちゃんと伝えないとダメだろうね」と言いました。
文章にするともの凄く当たり前のように見えますが、灯台下暗しといいますか、「伝える」という行為そのものについて考え直させられました。
作品単位、ライブ、ビジュアル、メディアにおける自分達の見せ方。
そこにもっともっと丁寧に、確信的になってもいいんじゃないかと。

確かに僕らは、『中の人』です。
楽曲ひとつとっても、構造や込めた気持ちを根本で一番理解しているのは自分達です。
楽曲がまだ「アイデア」であった頃から知っている訳ですから。

1曲が完成されるまでの間には幾つかのプロセスがあります。
僕から発想が生まれ、バンドで組み立て、レコーディングに至ります。
その組み立ての段階にはデモ制作があり、それを受けての試行錯誤があり、積んでは崩しがあります。
例えばこれがタイアップ関連のシングル制作であればメンバー・スタッフ以外の第3の目もあったりする訳で。
様々なバランスを考慮して、抜き差しがあり、『洗練』させる作業があります。
この『洗練』によって、楽曲はより「外を向いた楽曲」然としてきますが、
同時に、バンドが入れたマニアックな部分を『パート』ではなく、『エッセンス』とすることも、丸々『カット』してしまうこともあります。

これを踏まえて僕らは楽曲を捉えているので、「一番理解しているのは自分達」といえるのですが、その「踏まえて」はあくまで「踏まえて」。
『自分達しか知らない事』といっても、間違いではありません。
この「踏まえて」のせいで、『僕らとみなさんの間の誤差』が生じてしまうのではないかと、今村の一言で気付いた訳です。

そこで、今回のアルバムの企画コンセプトがさらに固まりました。
簡潔にいうと、『バンドが4thアルバムに到るまでの期間を切り取るアルバム』です。
『洗練』の中で失われた部分に、余分だと判断した部分に、バンドの血や肉、言い換えば本質が宿っているとするならば、それを見せたいと思いました。
そのために「公開プリプロダクション」「デモ音源集」といった“体”で、バンドの本質的な部分が浮き彫りになるよう、自らを仕向けることにしました。
ちなみに、この考え方は逆の発想です。
本来この「デモ音源」が出るのは作品が世に出た後、です。
僕の大好きなXTCはデモ音源集を幾つかリリースしています。
あくまでもデモ音源ですから、コアファンでなければ聴く必要はあまりないのかもしれません。
しかし、アーティストの「音楽的な興味が移り変わっていく様子」や「新しい音楽を生み出すための試行錯誤」を知る事が出来るデモ音源集は、
そのアーティストの完成作品ではなくとも、『アーティストの音楽史において、本来は見えずとも確実に存在しているもの』を聴く事が出来る、貴重な資料だともいえます。
その「デモ音源集」という“体”を利用して、『ドキュメンタリーであり、記録でもある、オリジナルアルバムを制作してしまおう』というのが、今回の狙いであり、実はミソな部分でもあります。
ここでさらに、冒頭に記した、『2DISCを使い、Base Ball Bearというバンドの音楽的構成要素を二極化して表現する』事にもより意味合いが生まれてきました。
括りを作る事で、僕も躊躇なく「ソリッド」と「スウィート」に楽曲やサウンドを振り切り、より伝えやすく・伝わりやすくする事が出来ました。

そして、そんなコンセプトを補うために、twitterで制作状況をリアルタイム報告し、完成した楽曲を手作りの映像と共にいち早くアップしました。
通常、制作を終えてどこかのメディアで楽曲が流れ始めるまで、1〜2ヶ月はかかってしまいます。
それを全て自分達の手で行う事で、『時差』を圧倒的に詰めることが出来ました。
最新のものを最速で。
誰かの手ではなく、自分の手で。
そこに凄く意味があると思えました。
その映像を撮影するのも編集するのも自分。
アップロードするのも自分。
自分の作品を届ける責任をしっかり負っているという感触が、堪らなく嬉しかったです。

こうして始まった制作ですが、まずこの着想自体が、ちょっとありそうでなさそうな気がします。
また全16曲の収録曲それぞれの狙いどころもなかなか、ありそうでなさそうです。
この「ありそうでなさそう」を発見し、実践していくことが、僕が音楽をやっていく上でのモチベーションでもあります。
自分達を更新していく作業、新しい感覚・やり方を提示したいという意志や気持ち。
それを伝えたいですし、伝わって欲しいですし、広がっていって欲しいです。
その意志を持つ事がまず、音楽に携わる歓びであり、永遠の目標であり、願いです。
僕らは以前からそんな理念に基づいて活動してきました。
今後もそれは変わらないと思います。
ですが、現在のシーン全体にその部分での滞りを感じてしまう事も多々あります。
音楽の血行が悪くなっている、といいますか。
僕は少なくとも『トレンドであることを守る』ような活動はしたくないです。
何かを守ることに興味が持てないからです。
現状維持のために時間を費やすことがまず、そもそも「博打」ともいえる、「音楽で生きる」事から逃げているようにも思えるからです。
どうせならば、ずっと、自分の全てを賭けていきたいです。

今回の3.5th Albumはそんな僕らの意志を、色濃く詰め込んだつもりです。
敢えて『.5』だけ時間を進めることにしたその意味を感じて欲しいです。
そして、シーンの外側にも、内側にとっても、天気雨のように『ハッ』とする瞬間のようなアルバムにはなってくれたら幸いです。

今年の2月に始まり、発売1ヶ月前である8月末までの足掛け半年。
当初予定していたよりも遥かにギリギリの進行で制作は進みました。
僕のわがままを押し通すような場面も何度かありました。
「デモ音源集風」という所から始まった企画は、いつしか、自分の内臓をひけらかすための作業にすりかわり、
『どうすれば僕らの本質を伝えられるか』に真剣に向き合う作業になっていきました。
一音一拍にシビアになり、一瞬の演出のために何時間も時間をかけ、しまいには一度完了したマスタリングをやり直す事までしました。
でも、その成果というか。
今まで自分の中で鳴った事がない新しい音が自分の中で生まれ、そして今も頭の中で新しい音が鳴り続けています。
次回作、4.0th Full Albumは当然、さらに充実した内容にしたいと思っています。
そのための勇気を僕は今作で得る事が出来ました。

最後に今回協力してくれた、チャットモンチーのあっこ、ラッパーの呂布、サカナクション山口くんに最大の尊敬と感謝を。
3人のおかげで僕は新しい水に飛び込むことが出来ました。
心からありがとう。
また機会があれば、というか、次回作にもまた参加してください。
僕、友達全然いないし(笑)


Base Ball Bear 小出祐介
posted by bbb at 13:20| 小出祐介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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