2013年08月11日

日記

7月は全体的に緩やかだったので、まとめとして記す。
(8月からはまた普通に書きます。)


7月前半、「THE CUT」のリリース後プロモーションを終えてからは、バンドとしてかなり緩やかな活動だった。
7月19日に「Talking Rock!FES.2013」が大阪なんばHatchであったくらい。
20日からはメジャーデビューして初めて、10日間のオフがあった。
そんな長期間の(というほどでもないか。)オフを与えられても何もすることがないんじゃないかと思ったが、割とあった。
初めての夏休みだし、この期間のことはプライベートということで、伏せておくことにする。
僕は日常をかなり切り崩すタイプなので、これくらいは伏せておいても良いだろう。
とりあえず、楽しい、精神的な負荷の無い、フラットな夏休みだった。

7月を通して最も大きな出来事は、7月13日にあった、親友である、渋谷会・出口さんの結婚式だ。
7月あたまから、この日に向けて準備をしてきた。
僕だけではなく、渋谷会の仲間たちみんなでだ。
僕はいくつか重要な作業をすることになった。
まず、出口さんと関わりのあるアーティストたちからのビデオコメントの編集を担当した。
当日のタイムテーブル的にも、割とタイトに作らなければならなかったので、シャープかつ、要点が見えるように編んだ。
また、経験として、こういうビデオはザワザワとした中で流れるし、会場の音響的に音声が聞き取りにくい場合も多いので、テロップを入れることにした。
これが地味に時間のかかる作業だったが、当日、ビデオが流れた環境はまさにそれだったので、正解だったと思う。
次に、出口さんから新婦へのサプライズとして、手紙を曲にして、仲間で演奏、出口さんが歌唱することにしようとなったので、その作曲を担当した。
歌詞はあくまで「手紙」なので、出口さん本人に書いてもらおうと思ったのだが、全然書けない、という。
曲が出来て、スタジオで練習する段階になっても書けなかったので、仕方なく僕が書くことにした。
が、この作業がとんでもなく大変だった。
すごく限られたシチュエーションで歌われる、しかも一人のために、しかも僕ではなくその人の心情で、しかも特定の二人だけのあいだに通じる何かを歌詞にするというのは、やったことがない。
こんなにも範囲の限られたラブソングは難しい。
とりあえず、出口さんから色々と二人についての話を聞きながら書くことにするが、煮詰まってしまう。
ビデオコメントの編集をしながら、歌詞を書きながら、連日徹夜の作業が続いた。
式の前々日、何とか書きあげた歌詞を見て、出口さんが「自分で書いたみたい!」と喜んでくれたから嬉しかったが、「ほんと、こういうのは自分で書いてくれ!」と思った。
そして、式の前日。
最後まで残ってしまったのが、今回の結婚式における、僕の最大の仕事。
友人代表としての、出口さんへの手紙だ。
前日までその他の作業で時間をとられしまい、手をつけることが出来なかったのだが、この手紙のことが常に頭にあった。
準備期間中のある日、風呂でシャワーを浴びながら手紙の内容を考えていたら、急に感慨深くなり、号泣してしまった。
そのとき思ったことを、出来るだけそのまま手紙として認めることにした。
結局、式の前日は、仕事で夜まで体が空かなかったので、夜中から当日朝までかかって書きあげた。
式当日は出口さんの考えで、親戚と仲間内で先に披露宴、次に挙式、夕方からパーティー(2次会)という流れになっていた。
僕の手紙は披露宴の最後。
かなり緊張していた。
仲間たちから、というか、嵐田光から「絶対に出口さんを泣かせろ」「泣かせなきゃだめだ」とプレッシャーをかけられ、「じゃあお前が読めよ!」というくだりもありつつ、あっという間に手紙を読む時が。
後ろでは、ペトロールズの長岡亮介氏がギターを弾いてくれることになっていた。
亮ちゃんと息を合わせながら、手紙を読む。
読んでいるあいだは、不思議と緊張しなかった。
歌を歌うような感じで、一言一句、しっかりと丁寧に読んでいった。
読み終えて、顔をあげると、出口さんが涙をこぼしながら固く握手してくれた。
今まで見たことが無い出口さんの表情と、その握手の力強さに、気持ちが伝わってきて、僕も泣いてしまった。
席に戻ると、仲間達も目を潤ませながら、拍手で迎えてくれた。
あと、司会をしていた嵐田光が、進行ができなくなるほど泣いてくれていて嬉しかったし、「ざまぁ」と思った。
こうして、僕の大役が終わった。
続く挙式、2次会パーティーは、心から祝い、楽しんだ。
出口さんが歌う、「手紙」と題した例の曲も良かった。
こんなにも心の底から祝える結婚式は、もう、そうないんじゃないかと思う。
いま、こうやって思い出しながらもグッときている。
本当に、おめでとう。

後日、新婚旅行帰りの出口さんに会うと、振り返って、「葬式をやってもらったみたいだった」と言っていた。
こんなにもみんなが自分のために集まってくれることは、生きているうちはたぶんないだろうから、と。
それを聞いて、僕もそんな気持ちで準備して迎えた式だったよと伝えた。
すると、「また結婚式やりたいなー」とか言い出したので、「次は絶対、自分で歌詞書いてくれ」と返した。
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posted by bbb at 03:10| 小出祐介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする