2014年06月04日

日記



小出祐介です。
日記としてはお久しぶりです。
あけましておめでとうございます。
まず1つお詫びさせていただきたいのですが、昨年10月〜12月の日記。
これ、すいません。書いてません。
1回脱落すると復帰できないですね。。
これまでコツコツ読んでくれた方は申し訳ないです。
気を取り直して、2014年1月から記していきたいと思います。
ここから5月31日まで一気にいきます。
引き続きよろしくお願い致します。


2013年12月31日〜2014年1月1日

「COUNT DOWN JAPAN 13/14」を終え、ローディー上甲さんの車で帰宅。22時前。
すぐ入浴。湯船に浸かりながら「小説版 仮面ライダーアギト」をiPhoneのKindleアプリで読む。
一応、0時を越えないように風呂から出る。
髪を乾かしたら、23時58分。
「ゆく年くる年」で新年を迎えた。

毎年恒例の明治神宮フードコートへ、出口さんと嵐田さんとライター三宅さんと。
焼きそばやらなんやらを適当につまむものの、寒すぎて、30分ほどで離脱。
出口さんがJ-WAVEに行きたいと言い出す。
ハマ・オカモトが年越しの生放送をやっているから。
(僕もその番組に収録パートで出演しているので)「大丈夫っしょ!」と。
いやいや、迷惑になるから!と一応止めたけど、とりあえず六本木ヒルズまで行ってみることに。
で、さらに一応、ハマにLINEしておいたら、オカモトズのマネージャー氏から電話。
「何人かな?」と。
入館証を入り口まで持ってきてくれてしまった。
ほんとごめんねほんとごめんねとマネージャー氏に言いながら、入館。
番組はもうエンディング。
ごめんねごめんねと、ブースへ。
ハマからのパスを受けてしれっと出演させていただいた。
番組のスタッフのみなさま、ハマとクルミさんほんとすいません、お邪魔しました。

それから、麻布の方の神社にお参りに行って、グルッとまわって六本木通りまで出る。
六本木ドン・キホーテで三宅さんの息子さんへのお年賀として、「仮面ライダー鎧武」の大橙丸を買う。
ふたたびヒルズ前まで戻ってきて、解散。
帰宅後就寝。

目覚ましをかけずに寝たら、12時間くらい寝てしまっていた。
寝ている間に三宅さんから、大橙丸で遊ぶ息子さんの動画が送られてきていた。
凄まじい真顔で「こいちゃん、だいだいまるありがと。いっぱいたたかうねー。(棒)」だって。くそ可愛い。

夜までニンテンドー3DS「ゼルダの伝説 神々のトライフォース2」をやる。
前作を何度も何度もやっていたから、このリメイクというかマッシュアップは超楽しかった。

夜中、近所のマクドナルドに歌詞を書きに行く。
今月1ヶ月が丸っと僕の制作期間。
朝7時くらいまでいて、枠組みは大体書きあがった。
帰宅して就寝。


1月2日

昼前に起きて、実家へ。

まず、毎年行っている柴又帝釈天へ。
「なんか今年混んでるなぁ」と思ったら、去年は1月3日にユーミンさん40th Golden Circleの出演があったから、1月4日とかに行ったんだった。
そりゃすいてるわ。
サクッと参拝して、焼きそば食って、葛餅食って、家に戻る。
両親と祖母と団らん。
祖父の仏壇に線香をあげ、「元気ですか?」と聞いた。
写真を見た感じでは元気そうだった。
ゲーム会社で働く妹は、部屋でゲームをやっていた。
「やっぱ仕事柄、他のメーカーのゲームやって研究すんの?」と聞くと、「いや、休みじゃないと出来ないじゃん家庭用ハードのゲーム」とのことだった。
ただやりたかったゲームだったらしい。
妹が飼っているウサギの「いもこ」は引き続きかわいかった。
帰り際、実家の店(金物屋)が大改装していたので、その途中経過を見せてもらう。
まだ品物を入れていない状態でがらんとしていたけど、初めて見る店の姿「へぇー」となった。
品物がパツンパツンに詰まったお店だったので、これからどう生まれ変わるのかが楽しみ。

帰りは、実家の車を僕が運転して、父を助手席に乗せ、「帰宅ドライブ」。
正月の空いている一般道をゆっくり流す。

帰宅後、歌詞の直し。
朝方、歌詞の送信をして就寝。


1月3日

Blu-rayで映画「クロニクル」を観る。
全然友達がいない主人公が、自分の日常を記録しようとハンディカメラを購入(POVの始まり)→
従兄弟とその友人と謎の洞穴を発見、超能力に目覚める→
3人は秘密を共有することで友情を深める→
主人公は強力な超能力を発現し、カメラを操って空中からの撮影などもこなすようになる(POVの発展)→
ひょんなことから再び心を閉ざす主人公、同時に超能力も増々強力になっていく→
ついに主人公が自分の力を制御出来なくなり、暴走→
報道や野次馬や監視カメラにその姿が撮影されまくる(POVではなくなる)。
……といった感じで、主人公の環境の変化と共に撮影や編集が変わっていく、その物語と技法の交差が本当に素晴らしかった。
様々なPOVがあるけど、カメラを超能力で浮かして自分たちを撮影っていうのは意表を突く発想で感動した。
やっぱK.U.F.U.だなぁ。

夜、曲作り。
芯を食った発想が一発出て欲しいなぁ。


1月4日

昼、ぶらりと隣町へ。
本や漫画を色々と購入。

帰り際、いつも行く鰻屋さんへ。
なんかちょっと飽きてきた感があったので、ちょっと時間あけよ。

帰宅後、制作。
グルーヴとか全体的なことを考えすぎて進まず。
だんだん家での曲作りが憂鬱になってきた。
翌昼前まで粘ったものの、気絶するように就寝。


1月5日

夕方、ハマ・オカモトと、Zepp Diver Cityにでんぱ組.incのライブを観に行く。
VJのセンスの良さに「ほぇー」となったりしつつ、最後の武道館ライブのサプライズ発表に「うおー」となった。
こういうの、生で観るとやっぱり「おおー」ってなるものなんですね。笑
帰り際、てんやで天丼を食って帰宅。
あまり寝てなかったので、ガクッと寝てしまった。


1月6日

終日制作。
全然アイデアが出ないので、深夜、一人でスタジオに入ることにする。
そんなことこれまで一度もしたことがなかったけど、追い込めるだけ追い込みたい。
全然時間が無い。

深夜0時から朝6時までスタジオで制作。
スタジオでギターも鍵盤も借りてやってみた。
やはり、思いっきりアンプから音を出せる、声を出せる環境だと、全然違った。
色々と良い感じのアイデアのかけらが出た。
なんというか、スッキリした。


1月7日

花澤香菜さんのアルバム「25」への提供曲、「last contrast」のTD。
現場で、プロデューサーの北川勝利氏、アレンジャーの釣俊輔氏と話しながら、細かく仕上げていった。
今回、オーダー内容にちょっと頭を悩ませたけど、上手くガチッとハマってよかった。
花澤さんのボーカルディレクションをやらせていただいたのも楽しかったし、ハマ・オカモトと一緒に作品作りが出来たのも良かった。

年が明けてから初めて会ったマネージャー大久保の髪型が変。
オシャレパーマに失敗したらしく、どう見てもパンチパーマ。
ひとしきり、いじり倒した。
いつも彼は、彼の先輩がやっている美容室に行っていたので、「いつもの先輩のところに行ったんじゃないの??」と聞くと、「変な近所の所に行きました」って。
…変な近所の所に行くなよ!!!!!!


1月8日

朝、免許の更新へ。
誕生日が12月9日なので、11月9日〜1月9日が僕の免許の更新期間になる。
期限超ギリギリの更新。
元々ほぼペーパードライバーなので、当然ゴールド免許。
警察署でも更新が出来ることを知って、近所の警察署へ行ってみることにした。
受付後、簡単な視力検査をして、写真撮影をして、講習。
道路交通法の改正部分についての説明を受けて、ビデオを観る。
なかなか朝からズシーンとくる内容だった。

深夜、また一人でスタジオに行き、曲アイデア出し。
修行のような時間だった。
朝7時帰宅。


1月9日

午後、16日のRHYMESTERさんとの対バンに向けたリハーサル。
メンバーと会うのは今年初。
セットリストを組み立てるところから始める。
ひとしきり練習をして、仮のセットリストを組んで終了。

大寒波が押し寄せていて、予報では夜から雪とのことだったが、激寒なだけで降りはせず。


1月10日

リハーサル2日目。
喉が少し腫れている感じがあったので、念のため、病院を予約。
昨日組んだセットを強引に通してみて、調整そして調整。
全体的に機材トラブルも多かったので、そろそろまた全体のメンテナンスをしたほうがいいのかもしれない。

夜、家で和風パスタを作るも、なんか味が薄かった。
体調を考慮して早寝。


1月11日

早起きして入浴。
朝9時、病院へ。
必死に自分でケアしていたので最悪ではなかったけれど、それでも割と喉が腫れていた。
声帯に問題がなかったのが不幸中の幸い。
いわゆる、風邪。
点滴をして、薬をもらって、ファミレスで軽食を摂り、帰路。
帰りの電車ですごい眠気。
帰宅次第、爆睡。
寝てしばらくして、寝汗をびっしょりかいたので、着替えて再び寝る。

夜に起きて洗濯をして、食事をして、歌詞書き。
体調はかなりもどってきた。


1月12日

昼に寝て、夜に起きる。
完全に昼夜逆転。
歌詞の微調整をくりかえす。

3DS「ゼルダの伝説 神々のトラフォース2」をやったせいでゼルダ熱が再燃。
思わず、3DSのバーチャルコンソールでGBC「ゼルダの伝説 夢を見る島DX」を購入。
草を刈っているだけで楽しかった思い出。

深夜から朝まで、マクドナルドで歌詞の作業。
妙に空いていて作業がはかどった。
メール業務をして、仮眠。


1月13日

快晴。
正午から、親族の食事会。
3年前、祖父の提案で集まった(結果的に)最後の親族食事会と同じお店。
なんとも上品な料理が上品に運ばれてきて、食べる。
最後に、みんなで記念撮影。
昔は家族写真なんて恥ずかしくて撮りたくなかったけど、最近は機会があれば撮っておくべきだと思うようになってきた。
いつ何が思い出になるかわからない。

夕方、楽器屋をめぐる。
運命の出会いを求めて、ギターを色々見てまわったけど、グッとくる出会いはなかった。
見た目と、音と、手との相性とを満たす一本はなかなか現れない。
逆にいえば、現在僕のメインギターとの出会いはかなり運命的だった。
あの日あの時あの場所で即買ってよかったと思う。

帰り際、てんやテイクアウト。
食べてすぐ寝るというよくないやつ。
昨年大腸をやっちゃってから、ほんと気をつけてる。


1月14日

早く寝ただけあって、早起きすぎ。4時半に起きた。
ゼルダちょっとやって、デモ音源の整理。
夜中に入ったスタジオではきだしたアイデア2日分をぶわーっときいて、ひとつひとつをメモし、採点。
吐き出して以来初めて聴き直すものだから、フラットに聴けたけど、いい感じのメロが多くてびっくりした。
今までのものと全然違うけど、すごく自分らしいと思った。
デモを聴いて浮かんだアイデアはさらにすかさずメモ。
アイデアのかけらをしっかりと育てていけるかどうかは、経験値も必要なんだと最近よく思う。

午後からライブリハーサル。
まず、RHYMESTERさんと一緒にセッションリハ。
「The Cut」の他にも、「歌ってるんだBaby.」と「そしてまた歌い出す」のマッシュアップ、そして、「余計なお世話だバカヤロウ」をやることになったので、その練習。
やはりラップが入るとリズムがどんどん尖ってきて大変気持ちいい。
たっぷり練習。
その後、自分たちのライブのリハーサル。
セットリストを通してみて、気になる部分が幾つか出てきたのでその調整。
終わってみたら早起きの身としては超クタクタ。
ローディーのコティーさんの車で送ってもらうも、助手席で爆睡してしまった。
帰宅後2秒で就寝。


1月15日

朝、病院へ。
念のために喉を看てもらったところ、バッチリ治っていた。
ただ、声帯に少し赤みがあったので、それを一瞬で引かせる非ステロイドの薬をもらう。
効き目が凄すぎて、これさえあれば、もういいんじゃないかっていう。笑
軽食をとって、スタジオへ。

午後からライブリハーサル。
曲単位で気になる部分のチェックをして、通し。
これまで十分練習もしてきたし、本番は明日なので、追い込みすぎず頃合いのいい所で終了。

夕飯を買って帰宅。
今日もそこそこ朝が早かったし、すぐにでも寝たいものの、これだと明日も早起きになってしまうので、0時までは起きようと粘る。
(本番が20時なので、その時間に声のピークがくるようにしたいため。)
が、22時過ぎには睡魔に負けて就寝。


1月16日

何度か起きてしまったものの、粘りに粘り、9時起床。
本当は11時くらいまでは寝ていたかったが、仕方ない。
入浴し、会場へ。

自分たちのリハーサルを終えてから、セッションのリハ。
そこから結構長い待ち時間。
まだ出来たばかりのEXシアターの楽屋が居心地がよすぎて、思わず寝てしまった。
RHYMESTERさんのアクトが始まる前に起きて、準備。

本番はもうめちゃめちゃ楽しかった。
自分たちのライブもセッションも楽しかったし、演奏もキレてたんじゃないかと思う。
HIPHOPが好きな人にはギターロックを、ギターロックが好きな人にはHIPHOPを聴いてみるきっかけになったらいいなぁ。
またRHYMESTERさんと一緒にライブがしたい!

本番後、軽くロビーで打ち上げ。
堀之内さんが明日誕生日なので、そんなくだりもありつつ。
打ち上げ後、渋谷で飲んでいた出口さん嵐田さん三宅さんと合流。
嵐田さんが帰り、出口さん三宅さんとカフェでコーヒーとパフェ。
今年どうするかなぁなんて話。あと、スキーに行きたいという話。


1月17日

午前中に起きて、歌詞などの準備。
午後、マニピュレーター・白石さんのスタジオへ。
岡村靖幸さんとの「愛はおしゃれじゃない」カップリングになる予定の楽曲制作。
スタジオにつくと、白石さんと岡村さんは買い物に出ているとのこと。
しばらくスタジオの前で待っていると、白石さんの車が到着。
何やら色々買い込んできたらしい岡村さんのビニールに、長ネギが刺さっていて吹いた。笑

挨拶も早々に今後の制作の流れを軽く打ち合わせて、作業へ。
歌詞とメロディーを確認しながら交互に仮歌をやってみる。
終電で帰宅。


1月18日

疲れがドッときたようで、3時間起きて3時間寝てみたいな1日だった。
合間で掃除と洗濯。
夕飯食べて、入浴。
21時にはまた寝る。


1月19日

朝7時起床。
どう考えても寝過ぎ。
今日はしっかりやるぞーということで色々音楽聴いたりして。
昼ご飯食べて、また色々音楽聴いたりして。
夜までずっと音楽を聴いていた。

深夜、スタジオに一人で入ってアイデアの吐き出し。
そろそろ吐き出しに勢いが無くなってきた感。
でもまだ何か出てくるんじゃないの感もある。
6時間粘って、朝7時帰宅。


1月20日

昼、事務所でメンバーとスタッフでミーティング。
アルバムの制作について。
そのリリース時期、プリプロおよびレコーディングの時期や期間について話す。
また、内容や現状の進行具合についても話す。
時間的にはギリギリ中のギリギリ。
一点突破で良い作品を作りたい。

続いて、ベボベLOCKS!収録。
収録後、いつも行く喫茶店で歌詞書き。

帰りの電車でコーマック・マッカーシー「血と暴力の国」を読み終わる。
映画「ノーカントリー」の原作。
映画版は大好きでもう何度も観ているが、活字で読むとまた、哲学の部分がグサグサ刺さってる。
「悪の法則」にもあるような、『(人生は)もう選択されている』という考え方。
人生は始まった瞬間終わっている、と。
『自分の手で運命を変えてやるぜ!』という運命。

帰宅後、ラーメン食べて、テレビを見ているうちに就寝。


1月21日

朝から歌詞書きをしてスタジオ作業の準備。
歌詞書きといえば、マクドナルド。
いつもの深夜の気分で昼のマクドナルドに行ってみたら、普通にめっちゃ混んでた。

夕方、白石さんのスタジオへ。
「愛はおしゃれじゃない」の歌入れ。
何テイクかやって、岡村さんたちと夕飯に。中華。
で、戻ってきてまた続きやるだろうと思っていたら、まさかのさっきのでOK。笑
これで僕の録りものは終了。。笑
あとはおそらくデータでのやりとりに。

その後、ユーミン飲み会に。
ものすごいことになっていた。
散開後、RHYMESTERの宇多丸さんとJINさんと3人で2次会。
久しぶりにベロベロに酔っぱらって、フラフラになりながら帰宅。
横になって「気持ち悪いいいいい」とか唸っているうちに就寝。


1月22日

自宅制作。
デモを聴き直したりしながら、アイデアを練る。

合間で映画「ノーカントリー」を観直す。
原作読んでから思ったのは、この作品の場合映画も最高だけど、活字の方が形体としては合ってるのかなと。

録りためていた「仮面ライダー鎧武」を4話くらい一気に観る。
第14話は結構衝撃的な1話だった。
さすが、虚淵玄氏。
「まどマギ」でいう、第8話的なというか、『まさかのひっくり返し』のやつだった。

夜、湯豆腐でも食べるかと作るが、なぜかくそ不味くて泣く泣く捨てた。
ただ豆腐ゆでるだけなのに。なんであんなに不味かったのかよくわからない。
でも、とにかく不味かったんだ。


1月23日

自宅で制作。
デモを聴き直しして、アイデア組み立ての続き。

昼、マネージャー大久保が確定申告の書類を受け取りに自宅にくる。
昼寝していたので寝ぼけていて、いまいち何を話したのか憶えてない。

深夜、湯浅を呼び出し、二人でスタジオに。
時間が無いので、アイデアの組み立てや検証をどんどんやっていく。
朝5時終了。


1月24日

自宅で制作。
アイデアの検証と組み立てを延々と。


1月25日

自宅で制作。
アイデアの検証と組み立てを延々と。
与えられた残り時間に対する不安と焦りがグツグツ煮えている。
そんな感じの日々である。

深夜、TSUTAYAへ。
漫画やらCDやらを買ったり借りたり。

噂に聞く、酸素系漂白剤を使った、洗濯機の洗濯槽の掃除をしてみた。
本当に引くほど黒カビが落ちる。
落ちすぎてドン引き。
ずっとこんな状態で洗濯していたのかとショックを受ける。
今後はマメにやっていこう。


1月26日

自宅で制作。
引き続き、アイデアの検証と組み立て。

朝起きた瞬間から喉が腫れまくっていて痛い。
深夜にスタジオに入ろうと思っていたが、喉も体調も崩しては元も子もないので、この時点で断念する。
扁桃腺にきていたので、扁桃腺用のトローチをなめまくり、うがいしまくりながらの仕事。
夜にはなんとか持ち直した。


1月27日

自宅で制作。
アイデアの検証と組み立てを延々と。
明日からスタジオでプリプロなので、もう時間がない。
とはいえ、自宅で一人でやれることも限られてくる。
ジリジリする。

喉の腫れはかなり引いたが、それでもまだ油断できない状態。
トローチをベロベロになめまくる。

グラミー賞、Daft Punkのパフォーマンスを観る。最高だった。
楽曲とストーリーと歴史が交差する素晴らしいパフォーマンス。
気合いが入る。


1月28日

アルバム制作1日目。
気合いを入れてスタジオへ。
準備してきたネタとアイデアの数がかなりあるので、今村ディレクターと相談して、まずはそれらを一つ一つ仮組みして検証していくことになった。
その作業を今日明日で出来る限りやってみる。
夜まで作業して、最終的に6つほどアイデアを選出。
曲として仕上げるには至らないものの面白いアイデアもいくつかあったので、それは別の曲にエッセンスとして組み合わせていくとする。

スタジオで夕飯として食べた「でかまる 金の玉子とじうどん」がすげぇうまかった。


1月29日

制作2日目。
昨日の作業の続き。
未検証のアイデアはまだまだある。
どんどん触っていく。
2日間で検証したものと、最初から候補に入れていたものを合わせると20曲ほどになった。
あさってからの作業の打ち合わせをして終了。
正直、手応えに関してはまだ何ともいえない。
バンドでかけらを共有しただけにすぎない。
それでも何となく、楽しかった。

夕飯はまた「でかまる 金の玉子とじうどん」。
こういう食生活になるから制作期間は気をつけないといけない。

「えーい!」といった感じで買ってしまった、スーパーファミコンとソフトがいくつか届いた。
「ライブ・ア・ライブ」というゲームがどうしてもやりたくなり、それを含めた、もう一度やりたいとずっと思っていたソフトを買い直した。
いずれも中古だけど、しっかりメンテナンスとクリーニング、加えて、バッテリーの交換をしてあるものを購入した。
これからスーパーファミコンとスタジオの往復の毎日になる。

1月30日

スタジオの都合で制作はおやすみ。
ベボベLOCKS!の収録などなど。


1月31日

制作3日目。
今日から1週間で先日の20曲を一気に組み立てていく。
多少ラフでも曲がわかる感じにはしていく。
曲のリストを作り、曲に番号をふる(まだタイトルなど無い曲がほとんどなので)。
まだペースが上手くつかめず、進行度としては2.2曲くらいか。
そこでタイムアップ。

帰宅後、「ライブ・ア・ライブ」と明日の準備。



2014年2月1日

制作4日目。
昨日のじっくりペースだとさすがにゆっくり過ぎるので、ややテンポアップ。
いける曲はフルコーラス、少し煮詰まったりした場合は1コーラスでも良いとした。
最後に試した曲が今までになかった発想の曲だったので、是非採用したい。

帰りの電車で本を読んでいたら寝落ち。
1駅寝過ごした。

帰宅後、「ライブ・ア・ライブ」。
ちまちま進める。

森達也「オカルト」を読み終える。


2月2日

制作5日目。
さすがに体が疲れている。
瞬発力で1曲目がサクッといった。
2曲目はテンポを変えたり、曲のアレンジをがっつり変えたり色々と試す。
メロディーがまだ決まり切っていないので足りない部分を作りながら。
3曲目は1日目〜2日目で触れなかったが検証しておきたい曲。
サビと全体の雰囲気しか決めていなかったので、他の部分を作りながら。
サビ前のメロディーの持っていきかたがいまいちしっくりこず。

帰宅後、明日の準備。
と、「ライブ・ア・ライブ」。


2月3日

制作6日目。
家→電車→スタジオ→電車→家のループ。
時間感覚も曜日感覚もいい感じでおかしくなってきた。

1曲目。
出だしから調子が良かったが、ある所で「これは天才だわ」という展開を思いつく。
自分に対して「大したもんだわぁ」と酔いしれて、ほとんど完成。
2曲目。
出だしからつまずく。
元々出来ていたところから全然進まなくなった。
逆立ちしても解決しそうになかったので、保留。
3曲目。
気を取り直して、なかなかスムーズに進んだ。
未完成な部分も残しつつ、枠組みは出来上がり。

帰り際、渋谷会出口さんと食事に。
お互いの制作へのエールを交換。


2月4日

制作7日目。
朝、全然起きられず。
這いつくばってどうにかシャワーを浴び、スタジオへ。

節分から1日経ってしまったが、堀之内が豆を持ってきてくれたので、4人で鬼の面をかぶって、豆まき。
豆バトルロワイアル。
スタジオ内で豆をまいたら怒られるだろうと思い、袋のまま投げた。
キャッチ豆。

今日の作業もなかなか順調。
アレンジの方向性などをザクザク決めていく。
これでアイデアがすべてなんとなく形にはなったので、明日からはそれらを1コーラスずつでも録ってみることにする。


2月5日

昼、フェンダーショーケースへ。
今回のレコーディングや今後のために新しいギターを買いたいと思い、ハマ・オカモトにつないでもらった。

今のメインギターを買って、もう5年くらいになるけど、それを超えるギターにはまだ出会えていない。
デザインや音の鳴りはもちろん、自分の手との相性も含めて。
とはいえ、常に新しい出会いは求めていて。
半年に1回は楽器屋めぐりをしてみるけれど、やはり出会えない。
というか、たぶんもう店頭には無いんじゃないかという気がしている。
だから、フェンダー社に直接コンタクトをして、メインを超えるもの、もしくは別の扉を開いてくれるようなギターを探してみることにした。

担当者の方に色々と提案をしてもらい、素体となるモデルを決め、そこに手を加えて自分のイメージに近づけようということになった。
出していただいたギターをいくつか試して素体決めをするも、いまいちひっかかるギターがない。
うーん…と部屋を見渡した時、展示してあっためずらしい見た目をした1本に目が止まり、それを弾いてみて、「あ、これだ」となった。
そのギターの情報を調べてもらうと、どうやら試作品の一点物だったようで。
そういうの大好きなので 笑、「これで!」となった。
レコーディングまでにネックの形状を現在のメイン機に近づけてもらい、配線も自分仕様にしてもらう。
完成が楽しみ。

午後から制作8日目。
ぶわーっと形にしてきた曲を出来ているものはフルで、そうでないものは1コーラスでも録っていく。
時間いっぱい作業するも、1コーラスでもアレンジをある程度確定させるのに時間がかかり、約20曲のうち7曲ほどしか録れなかった。
続きは明日へ持ち越し。


2月6日

制作9日目。
昨日の作業の続き。
昼から夜までガッツリやって、17〜18曲分のデモが出来あがる。
それを今村ディレクターとメンバーで一緒に聴く。
メンバーが帰ったあと、今村Dに感想を聞くと、意外な答えが返ってきた。
それを受けて、今回のアルバム制作での自分の施策は正しかったんだと思った。
想像していた所とは違う所へと向かってはいるが、これはマジックというやつだと思う。
音の呼んでいる所へたどり着くのが一番幸せな着地だと思う。


2月7日

制作10日目。

まだまだアルバムの見えていない部分が多い。
歌詞に関してはまだもう少し作業的な猶予があったとしても、収録曲や曲順は早めに見えなければならない。
良いことではあるものの、アイデア曲数が多いために、絞る必要があるからだ。
どの段階でそれが見えるかがまだわからないのでとりあえず作業を進めるが、これが僕としては不安。
未確定の部分が多い状態で、外側から固めていくのは怖い。

現状、自分の中で収録を決めている3曲のアレンジから始める。
どれもある程度出来ているので、決めておくべき部分を決めていく。
きっちり作業をこなして終了。

帰り際、渋谷会まなぶとライター三宅さんに誘われて、下北沢GARAGEへ。
スタッフの大橋さんや栗原パンダたちと一緒に鍋。
雪がちらつく中、帰宅。


2月8日

家を出るタイミングで雪がなかなか積もっていることに気付く。
染みなさそうな靴をはいてスタジオへ。

制作11日目。
昨日の作業の続き。
フルコーラス出来ていない曲も多々あるので、優先順位の高い順に詰めていく。
2曲ほど固めて終了。

13年ぶりの大雪でさすがに街に人がいない。
電車もゆっくりではあるが、空いていて助かる。
家に着くと玄関先に約40cmほどの積雪。
見事に膝までズボッとなる。

家で歌詞を書こうと思うが、あまりに寒かったので、マクドナルドへ。
28時くらいまで歌詞書き。


2月9日

アイスバーンに気をつけつつスタジオへ。

制作12日目。
作業前にアルバム収録曲などについてメンバーで打ち合わせ。
話しているうちに、モヤモヤと漠然とした不安に苛まれ、「ダメだー」となる。
それをメンバーに励ましてもらって、何とか作業するも、いまいち冴えない。
煮え切らないまま、終了。

帰宅後、夕飯を食べていてもソファーでウトウトしていても、今日の曲が頭の中で鳴り続けていて。
それがループをくりかえすうちに段々と良い感じの形に変形。
明日試してみることにする。


2月10日

制作13日目。
昨夜の悩みのおかげで冴えに冴えまくっていた。
バシバシと作業を進めていく。
これでだいぶ曲の粒が揃ってきた。

帰り際、ファミレスで歌詞を書いたり、曲順を考えたりする。
ここで初めて何となくの曲順が見えた。

清々しい気持ちでタクシーに乗ると、運転手さんのノンポンピングブレーキで吐きそうになる。


2月11日

制作14日目。
アルバム収録曲がある程度見えたということで、まだ完成していない曲の仕上げを急ぐ。
スタジオの時間を延長して深夜まで作業。
最後に全曲のデモを曲順で聴いてみる。
それを受けて、曲の入れ替えや全体の流れの打ち合わせをして、作業終了。

帰宅後、久しぶりにゆっくり入浴。


2月12日

家で作業日。
スタジオはお休み。
だが、全然起きれない。
身体が疲れすぎていて、ベットから出れない。
そして、ずっと眠い。
開き直って、全力で休むことにした。

夜、やっと作業。
歌詞を書いたり、アルバム全体のことを考える。
朝まで作業。


2月13日

仮眠して、シャワーを浴びて、事務所へ。
B.L.T.連載の取材。
今回の対談のお相手は平田祥一郎さん。
大久保薫さんと共にハロプロのサウンドを支えるキーパーソンです。
僕がイメージしていた平田さんと一致する部分が多く、また自分と重なる部分も多々あって、勝手に親近感を持ってしまいました。
平田サウンドの良さが伝わればいいなと思います。

取材後、連載担当の加藤さんからバレンタインのチョコをいただく。
銀座あけぼの「チョコどら」というバレンタイン限定の商品なんだけど、これ本当に美味かった。
通年で出だして欲しい!
また、僕が和菓子好きだとリサーチして買ってきてくれた加藤さんの女子力の高さよ。

事務所でしばらくダラダラして、帰宅。

帰宅後、ふたたび仮眠して、制作。
一人でデモを作って曲の検証。


2月14日

また雪。
家を出る段階で水っぽい雪だったし、そんなに積もってはいなかった。
でも、念のために靴下2枚履きして、靴もすべりにくい靴にしておいた。

制作15日目。
スタジオに着くと、先日発注したあたらしいギターが届いていた。
早速弾いてみると、グリップの感じや鳴りの感じはバッチリだった。
ただ、メイン機と比較すると、どうしてもパワー感と抜け感に物足りなさを感じたので、再調整してもらうことにした。
どうなるか楽しみ。

今日から3日間が最終プリプロ。
作業としては、現状ほとんどの曲が出来ているので、あとはディテールを細かく詰め、細かく検証。
特にリズムの合わせ所や、各々のフレージングの重要部分について。
あとは、キーとテンポの見直しもした。
キーもテンポも上がった曲が多かった。
数曲分作業して、タイムアップに。

スタジオを出ると、すでにとんでもない積雪。
東京生まれ東京育ちの僕だけど、東京でこんなに雪が積もっているのを見るのは生まれて初めてかもしれない。
車も人も全然いない。
というか、吹雪で前がよく見えない。
どうにかこうにか駅にたどり着き、電車に乗る。
一度目の乗り換えの駅まで着けたは良いが、全然電車が来なくなった。
割と待って、ようやく乗れた電車は満員。
二度目の乗り換えはすんなり成功。
…と思ったら、最寄り2つ前の駅まで来て完全停車。
動く気配が一切しない。
駅員さんに聞くと、線路の切り替えの部分が凍ってしまい、その修復作業中だと。
この時点では、各駅に電車が停まっている状態で、いつ動くかわからないとのこと。
もうここで待っていてもいつ帰れるかわからないので、タクシーを探しつつ、家の方面まで歩いてみることにした。

駅の外に出ると、一面銀世界。
というか氷河期。
「デイ・アフター・トゥモロー」的な。
歩道にはだいたい30cmくらい、深い所だとその倍くらいは積もっているように見える。
実際、体感的にも先日の大雪の倍くらいあるように感じる。
0時過ぎ。豪雪で人のいない住宅街をひたすら歩く。
雪に足を埋もらせて歩くなんて、近所で体験することになるとは。
1駅分歩いたところでタクシーを探してみるが……いそうにない。
っていうかもう、普通に人がいない。
とりあえず、駅前のコンビニで休憩。
ホットスナックを食べ、手が冷えてちぎれそうになっていたので、厚手の手袋も買った。
コンビニで厚手の手袋を買えるなんてびっくりですね。

家まで残り1駅分。
ここからがまた、かなり雪が深い。
家まで残り500mくらいになると、終始膝のあたりまで積もっていた。
ようやく辿り着いた家の前には膝上までの積雪。
玄関に辿り着くまでも一苦労だった。

帰宅。
すぐさま風呂を沸かし、入浴。
足が冷えすぎて、お湯の感覚も全然なかった。
ようやく温まったところで、焼うどんを作って食べて、仕事。
窓の外の雪も、みぞれに変わり、雨に変わっていった。
気付いたらソファーで寝ていた。



2月15日

雨で雪が溶けたらしく、家を出る頃にはさすがに昨夜のような状態ではなかった。
それでもまぁすごい積雪で歩きにくい。
電車も少ない。

制作16日目。
昨日の作業の続き。
全体のあと半分くらいを触らないといけないのだけど、重要な曲で煮詰まる。
サビがしっくりきていない。
サビがいけないのか、そもそもサビへの導線がいけないのか、など散々悩みあげる。
終電ギリギリまで作業した所でタイムアップ。
明日改めて挑戦することにした。

スタジオを出て、いつも歌詞書きに使っているファミレスへ。
大雪のあとだからか人はかなり疎ら。
真正面の席に、テーブル越しに熱い接吻を交わす30代前半くらいのカップル。
見たくなくても目の端に映り込むその景色にイライラ。
それでもどうにかこうにか集中して歌詞と向かい合う。
27時過ぎまで作業して、タクシーで帰宅。

眠いが、どうしても曲の続きが気になったので、考える。
朝6時近くまで悩んで、なんとなくのメロディーラインは見える。


2月16日

眠くて全然起きられず。
どうにかこうにか出発。

制作最終日。
レコーディングする予定の曲を一通りおさらいして、昨日の作業の続き。
昨日悩んでいた曲に、小さいヒビのような突破口。
関根からも提案があって、それを盛り込みつつ、方向性は見えた。
ただ、歌詞も込みでしっかり作る必要があると感じたので、レコーディングまでにもっと考えておくことにした。
さらに、確実に決めたい一曲へ。
全体の構成やメロディーの構成を見直して、尺の調整。
アルバムのハイライトにもなる曲なので、慎重かつ大胆に作る。
「あ、グッときた」という瞬間があったので、きっと大丈夫なんだと思う。
時間も時間になり、身体的にもヘトヘトになったので終電前に終了。
20日間いたスタジオを片付け。

帰りに昨日の店で歌詞を書こうと思ったものの、今日は深夜営業をやっていない日だったと思い出して、おとなしく帰宅。
しっかり入浴することにした。
風呂からあがって、歌詞書き。
結局6時頃まで作業していた。


2月17日

アルバムレコーディング1日目。
リズム録りを2曲。

スタジオに到着すると、先にセッティングされている予定だったドラムの準備ができていない。
ドラムテックの今村先生が大雪の影響で超渋滞に巻き込まれてしまったらしい。
結局、朝9時半に出て到着したのが14時半。
今村先生のご自宅とスタジオは通常車で1時間かからない距離なので、凄まじい渋滞だったということが想像できた。

セッティングをして、アルバム1曲目から録っていくことに。
フレーズなどはしっかり決まっている曲だったので、音色を決め、テストテイクを録り、仮歌までやって、本番。
1テイク+記念のもう1テイクで終了。
次曲のセッティング。

2曲目はグルーヴィーな曲なので、ドラムベースがより絡み合う音色に。
ここで僕の新しいギターが再調整を終えて戻ってきた。
メイン機とは全然キャラクターが違うけど、骨の太い良い音をしている。
早速使ってみることにした。
フレーズの最終確認をして、録り。
2テイクで終了。

夕飯は景気付けに叙々苑弁当。
叙々苑は本当に美味い。
叙々苑サラダ美味い。

夕飯後、ギターダビング。
1曲目の僕パートを一通り入れる。
0時前に本日の作業終了。

スタジオを出て、スタジオそばのファミレスへ歌詞を書きに。
明日録る予定の2曲の歌詞がまだ全然ないので、仮歌に間に合うように書こうと。
1曲目がある程度見えて27時。
2曲目でを粘るも29時になってしまったので、さすがに帰宅。

即寝。


2月18日

レコーディング2日目。

仕事柄そこそこタクシーに乗るけど、「相性の悪いタクシー会社」というのがハッキリとあって。
あるタクシー会社は本当にことごとくハズす。
例えば、全く道を知らない運転手さんだったり、車内がすげぇくさかったり、ブレーキとアクセルの踏み方がダメだったり。
なのに大手で台数が多いからか、困ってる時に限って現れたりする。
今日も全然タクシーが来なくて10分近く待っている時に現れた。
急いでいたので背に腹はかえられないと、拾うことにした。
乗った瞬間、運転手さんの感じでハズレだと直感。
で、直感は的中。
あまりにひどかったのでよっぽどクレームを入れようかと思ったけど、もう一生乗らないと決めて、やめた。
ずっと嫌いでいたいので、クレームすら入れない。

今日の録りの1曲目はやりたい放題な1曲。ドラムとベースの音色もちゃんと面白く作り込む。
キットを色々試したり、ベースの歪みの感じを試しつつ。
音色が決まったら、テイクは早い。
2〜3テイクで終了。
2曲目はBase Ball Bearメソッドの新機軸。
バッチリかっこよく仕上げたいので、音色の作り込み。
夕飯後に、録り。
2〜3テイクで終了。
それから終電くらいまで2曲目の僕のギターダビング。
ベーシックは入れ切って、スタジオ作業は終了。

また昨日のファミレスに行って、歌詞書き。
今日の1曲目の方向は見えていたので、もっと深く掘っていく。
朝6時くらいまで作業して、電車で帰宅。


2月19日

スタジオの都合で今日はお休み。
身体的にもきつかったので、助かった。
夕方まで寝て、起きて溜まりに溜まった洗濯物を洗濯して、夕飯食べたらまた寝ちゃって、深夜起きて作業。
朝7時頃まで。

今月号のウルトラジャンプは神。
付録に、諸星大二郎「妖怪ハンター」復刻版。
「生命の木」は一生もののやつ。


2月20日

レコーディング3日目。
今日は3曲目標。
1曲目は音決めが一瞬で終わった。
リズム録りもサクッと終わった。
僕のダビングまでを終わらせておく。
2曲目は構成の最終決定がされていなかったので、プリプロをしつつ、同時に録れるものから録っていく。
音色の検証と仕掛けの検証をしてから、録り。
夕飯を挟んで3曲目。
この曲は完全に体力勝負なので、短時間で決める。
2テイクでギターも込みでオケ完。やり切った感。
この時点でまだ22時くらいだったけど、早めの撤収。

スタジオ近くのファミレスに移動し、朝6時まで歌詞書き。


2月21日

レコーディング4日目。
寝坊をかます。
何度も鳴る設定にしてあるそれを何度もしっかり止めて寝ていたらしい。

作業も折り返し。
今日からは重い(内容的な意味ではなく)というか、演奏的に難しかったり、シビアに録らないといけない曲が続く。
1曲目はリズムは派手ではなく、支えるタイプの曲。
上物(ギターなどのこと)で広げていくので、タイトに録る。
淡々とした中にも感情的な部分が見えるテイクが録れた。
細かく直しをしている間、寝落ちしてしまった。
起きて確認したら、バッチリ。
夕飯を挟んで2曲目。音色を慎重に作る。
まず、テストをしてみた結果、スネアの音色でかなり全体の印象が変わったので、スネアの種類からチューニングからマイキングまでを色々と検証。
この曲はベースラインが相当かっこいいので、フレーズがつぶれないように細かく音色の調整。
そして、録り。
テイクをいくつか重ねて終了。
いつもならここで僕のダビングにいくのだけど、僕がもう疲れて使い物にならなかったので、今日の終了。

帰宅後、入浴し、即就寝。


2月22日

レコーディング5日目。

ガッツリと寝たので、かなりスッキリ。
昨日はよっぽど寝不足だったんだと思う。
薬局で疲れに効くプラセンタドリンクを買って飲み、スタジオへ。

堀之内的に今日の曲は鬼門っぽいという提案があったので、今日は1曲目標。
僕としてはそうでもないだろうと思っていたのだけど、録り始めてみたら、完全に鬼門だった。
演奏の細かいディテールに苦しめられる。
ドラムとベースを録り終えた時には、二人ともクタクタ。
続いて、僕のダビング。
思っている以上に上手くいかない。
ピッキングのニュアンス、ドラムベースとの絡み方を考えながら弾き続ける。
2時間ほど弾いて、やっとベーシックを録り終える。
夕飯後、今度は同じフレーズのダブル分を録る。
つまり、全く同じことをする。
試しにベーシックの別テイク(ボツテイク)を持ってきて疑似ダブルにしてみたところ、ダブルとしては全然成立していた。
でも、ダブル分の音色は変えておきたいと思ったので、ギターを取り替え、ダブルの録りに臨むことにした。
同じことを同じように弾くのは得意な方だけど、ギターそのものが別のものなので、音のぶつかりで生まれる揺れのニュアンスの調整が難しい。
細かくチューニングをして、ダブルとしていちばん気持ちよく聴こえるラインを探りながらの録り。
終わった頃には終電前。
今日はこれで作業終了。
カッティングし倒してかなり疲れた。

いつもとは別のファミレスに移動して、歌詞書き。
土曜の深夜ということで、かなり人が多かった。
朝6時まで作業して、帰宅。

帰宅後、「コンプライアンス 服従の真理」という映画のBlu-rayを観る。
買ってからずっと観れていなかったので観たかったのだけど、なぜこのタイミングで観たのかわからない。
眠くてクラクラした。
それでも最後まで見届けて、倒れ込むように就寝。


2月23日

起きたら19時。
寝すぎた。

夜中から、明日のリズム録り最終日の準備。
2曲のメロディーをfixさせておかないといけない。
歌詞と併せて考える。
結局煮詰まり朝9時。
メロディーを詰め切れなかったけど、コード進行だけは見えた。


2月24日

レコーディング6日目。
リズム録り最終日。
カロリーの高い2曲が残った。
1曲目はテンポ的にも展開的にも単純に疲れる。
にも関わらず、音色の最終決定まで時間がかかってしまい、テストを重ねる。
ホリはこれでかなり疲れたんじゃないかと思う。
本番のテイクは2つほど録り、細かい手直しをして終了。
続いて、2曲目の音決め。
方向性は前々から話していたので、さほど時間はかからず。
ただ、これも曲構成の最終決定をしていなかったので、プリプロの時間を設ける。
最終的には一部のコード進行を変更し、テンポを上げて下げた(元に戻った)。
夕飯を挟んで、リズム録りへ。
ストレートな曲なのでさほど難しいことをしていないのだけど、クライマックスのフィル構成が決まらない。
ドラムテックの今村先生にもアドバイスをいただきつつ、堀之内最後の大仕事。
何度も録り直して、バチッと決まったときには、みんなが「うおー!」っとなった。
僕は肩と腰が限界でソファーで横になっていたけど。笑
これにて堀之内の録り物はすべて終了。
今村先生が持ってきてくれていた沢山の機材を片して、別曲の細かいダビングもの。
ウィンドチャイムと、ハンドクラップの素材録り。
湯浅はこの時間(深夜3時頃)には帰っていたので、僕と関根とホリと今村Dで録る。
こんな時間にハンドクラップはかなりきつい。
ヘロヘロのハンドクラップになってしまい、エンジニアの中村さんに「ちゃんとやれ!」と叱られる。
なんとか録り終えて、全作業終了。

帰宅後即就寝。
渦に吸い込まれていくように眠った。


2月25日

レコーディング7日目。
今日から昨日までとは別のスタジオに移動して、ギターダビングや歌録り。
初めて使うスタジオで、80年代っぽい雰囲気が漂っている。
ロビーにカウンターがあったり、防音扉のデザインであったりが素敵。

ブースの都合でスタジオセッティングに時間がかかっていたので、ぶらりと近所を散策。
近くに良さそうなラーメン屋さんがあったので入ってみたら、めちゃくちゃ美味しかった。
これは当たり。

作業はアルバム1曲目の湯浅ダビングから。
音色の調整から時間がかかった上に、フレーズがいまいちで全部作り直しという事態に。
ヘビーな曲ではないはずだけど、いきなりつまずく。
プリプロからリズム録りまで、リズムや曲構成に時間を割いてきたので、将平のフレーズのチェックが出来ていなかった。そのしわ寄せが来た感じか。
予想を大きくオーバーしてひたすら湯浅の作業。
結局、深夜までやって、なんとか1曲を終えた。
本当は2曲予定だったので、先が思いやられる。
明日の準備をして、作業終了。

帰り際、家の近所のマクドナルドで歌詞書き。朝5時頃まで。


2月26日

レコーディング8日目。
昨日の遅れを取り戻すべく、早めのスタート。
1曲目、まずは僕のベーシック録りから。
何テイクか録って即終了。将平にパス。
ストレートな曲なので、将平のフレーズもわかりやすく作ってあった。
これもサクサクと終了。
将平のフレーズを受けて、僕のベーシックにいくつか追加テイクを録って、1曲目終わり。
続いて、2曲目。
これはすでに僕のベーシックは入っているので、湯浅のダビングから。
音色がすべてを決める曲なので、エフェクトなどを細かく調整しつつ、録り。
いくつか重ねて終了。
さらにダビングのアイデアがあったので、僕がオケ中で弾きながら色々検証。
アンプと同じ部屋に入ってフィードバックなどを試していたら、耳が変になった。笑
結局余計なことはしないでいいか、ということで終了。

夕飯に、昨日僕が食べたラーメン屋にみんなで行ってみることに。
昼と夜ではメニューが違うらしい。夜メニューも美味しかった。
スタジオに戻って3曲目。
これも僕のベーシックは入っているので、湯浅のダビングのみ。
平歌のフレーズは良かったものの、サビ裏のフレーズがいまいちしっくり来ない。
また色々試しだしたところで、ダビングの魔界の扉が開きかけた。
明日は歌入れなので早めに見切りをつけ、終了。
明々後日のギターダビング日に決着をつけることにした。
今後の作業スケジュールの打ち合わせをして、帰宅。


2月27日

レコーディング9日目。

今日は歌録り2曲。
今村Dが遅れていたので、先に何度か練習しておいて、到着次第録りに。
1時間ほどで終了。
テイク選びは後回しにして、次曲の録りに。
これも何度か練習してすぐ録りに。
小一時間歌って終了。
関根が18時入り予定だったが、16時には僕の録りが終了。
関根を待っている間に歌のテイク選び。
関根が到着次第、コーラス録り。
2曲目は僕のみなので、関根は今日は1曲だけ。
ラインを試しつつ、小一時間で終了。
夕飯を食べずに歌録りが終了。

スタジオ近くのファミレスに移動して、ひとり夕飯。
そのまま朝5時まで歌詞書き。
長時間粘ったけどあまり進展せず。


2月28日

春のような暖かさ。
春物の上着で家を出る。
でも、気圧の急な変化なのか頭が痛いし、疲れで身体が痛い。

レコーディングはお休み。
午後からラジオ収録。
サクッと終了。

TFM横の甘味処で昼食をとりつつ歌詞書き。

帰宅後、身体がだるくて思わず就寝。
夜中に起きて、夕飯。
朝8時くらいまで歌詞書き。


3月1日

レコーディング10日目。
起きてからどうも腰から背中から肩が痛くて、ついに腰サポーターを巻く。
これを巻くと、悔しいけどとても楽。
骨盤を支えてくれるので背筋も伸びて良い。
しばらくこれを巻いて過ごすことにする。

今日はギターダビングの続き。
先日の録りこぼしを挽回しなくてはいけないので、ちょっと早めのスタート。
まずは録りこぼし分から。
フレーズの最終確認をして、サクサク録っていく。
湯浅のギター録りの際、毎回問題になっているあることの画期的な解決策が見つかり、今後はこれだなとなる。
サクッと終了。
次曲へ。
今度は僕のベーシック録りから。
カッティングがメインの曲なので、シビアに録っていく。
小一時間で終えて、湯浅にパス。
メインテーマの音色が決まった段階で、夕飯。
で、そこから魔界。
意識が朦朧としていたからあまり憶えてないけど、なんでこんな所に時間かかるんだよ!という状況が続く。
深夜2時をまわったころ、今村Dからそろそろ見切りをつけてくれとの指示。
それでもどうにか粘って録り切る。
ものすごい疲労感。

スタジオを出ると霧雨。
ファミレスへ移動して歌詞書き。
時間も時間なので2時間ほどで帰宅。
腰サポーターを外し、部屋着に着替えると、ドッと疲れが押し寄せてきて、倒れ込むように就寝。


3月2日

レコーディング11日目。

昨日の遅れを取り返すべく、いつもより1時間早くスタート。
1曲目。僕のダビングから。サクサク入れていく。
湯浅のダビングもフレーズがしっかり決まっているので、サクサク進んだ。
続いて2曲目。これも僕のダビング、湯浅のダビングと作業。
シンプルな音構成の曲なので、ベーシックは素早く終わる。
夕飯を挟んで、ギターソロ。この曲は僕。
フレーズを決めていなかったので、オケ中で弾きながらフレーズを探る。
そして、想定外、奇跡の3曲目に突入。
僕のベーシックは既に入っているので、湯浅のダビングのみ。
音色の細かいニュアンスが大事な曲なので、エフェクトを調整しつつ、録り。
フレーズは決まっているので、ニュアンス重視で録っていく。
そして、順調に終了。
昨日の滞りが嘘のような順調さ。

帰宅後、歌詞の見直し。


3月3日

レコーディング12日目。
歌録り。
昼にスタジオに入って、マイクとモニターの試しがてら声出し。
今村Dが来てから録り。
小一時間で終了。
続けて、明日録る予定の曲の歌詞のはまりを確認するため、仮歌。

今村Dがエディットをしている間、ロビーで寝てしまった。
毎日のスタジオ作業で体力が落ちているのか、1曲歌うだけでもかなり疲れる。
エディットを確認し、関根コーラス。
コーラス終わりで夕飯。
最終確認をして作業終了。


3月4日

レコーディング13日目。
今日も歌録り2曲。
さすがに昨日より声の立ち上がりは悪かったけど、声出し後は問題なく。
2曲を続けて録り。
録り切ってからまとめて今村Dにエディットをしてもらう。
関根がくる前にエディット確認も終わってしまったので、小一時間夕飯の出前を待ちつつ、関根待ち。

関根が来て、夕飯を食べて、コーラス録り。
コーラスラインを色々試しつつ、録っていく。
順調に終了。

スタジオを出て、バカリズム升野さんと合流。
千秋さんと鈴木紗理奈さんと4人で食事。
みなさんの話がすごく面白くて、クラクラした。
テレビみたいだった。

帰宅後、速やかに就寝。


3月5日

スタジオ作業はなかったものの、歌詞書き。
天気が悪く、偏頭痛がすごい&身体がだるい。
調べてみると、気圧が爆下がりだった。
眠気と戦いながら作業するも、いまいちはかどらず。
切迫感だけが高まるばかりで先が見えない。


3月6日

結局、歌詞書きが朝までというか、昼までになってしまって、疲弊。
仮眠をとってスタジオへ。

レコーディング13日目。
ギターダビングの続き。
1曲目はフレーズのテンションがめちゃくちゃ高い。
自分の録りを早めに決めて、湯浅に時間を渡す。
メインリフが攻撃的なのは良いが、その他のパートがいまいちハマってこない。
フレーズ検証しつつ、録り。

夕飯を挟んで、2曲目。
僕のベーシックは既に入っているので、湯浅のみのダビング。
音色が重要な曲なので、音色決めに時間を割くが、遅い時間にトンデモ音色をずっと聴いていると頭がおかしくなりそうになる。
録り自体はサクサク進んで終了。


3月7日

レコーディング14日目。
ギターダビング最終日。
まずは、昨日の1曲目のBメロ、湯浅パートの差し替えから。
ニュアンスが気になっていたのでそれを直した。
続いて、アルバムのクライマックスにあたる曲のギター入れを僕から。
展開に仕掛けがあるのでその検証をしながらの録り。
録らないといけないギターの本数が多いので、単純に時間がかかった。

次に、さらに別曲の湯浅パート録り直し。
フレーズが気に入らなかったので、今日まで考え直させていた。
時間がかかりつつも、ようやく完成。

夕飯を挟み、さきほどの曲の湯浅パート直し続き。
下地はサクサクいくも、ギターソロが全然良くない。
プレイもフレーズも全然良くない。
深夜2時を過ぎ、これはこれ以上追った所で録れないなと判断。
渋々、後日にこぼすことに。
今村Dとスケジュール調整。


3月8日

レコーディング14日目。
歌入れ。
歌詞も出来ていたし、サクサクと終了。
夕飯前に作業終わり。

夜、スタジオそばのファミレスで明日の歌詞書き。


3月9日

レコーディング15日目。
今日も引き続き歌入れ。
仮歌を入れて歌詞の最終調整をしてから、録り。
今村Dのエディット作業中、少しレコーディングを抜けて新宿ロフトへ。
3時間ほどで戻ってきて、関根の録りをして歌録りは終了。

それから、一昨日録りこぼした湯浅パートのリベンジ。
が、まさかのフレーズが決まっておらず、フレーズ検証しているだけで深夜になってしまい終了。。
後日、追加で作業することに。
ドッと疲れた。


3月10日

レコーディング自体は休み。家で歌詞書き。
でも全くアイデアが浮かばず。
苦しみながら何とか仕上げはしたが全然気に入らず。。
それで終了。


3月11日

朝早く起きて近所のマクドナルドへ。
スタジオに行く時間ギリギリまで歌詞の調整。

レコーディング16日目。
歌入れ。
仮歌をやってみた感じ、歌詞のハマりがいまいちだったので、修正を重ねる。
どうにかこうにか書き終えて、歌録り。
本当は2曲の予定だったが、1曲で終わらせておくことに。

帰宅後、即寝。


3月12日

レコーディング17日目。
引き続き歌入れ。
スタジオに来てすぐに仮歌を入れてみたが、全然ダメ。クソ歌詞。
全編に渡って気に入らなかったので、申し訳ないけど今日の歌録りは無しにしてもらうことに。

夕方、今回のアルバムのリリース形体について、メンバー・スタッフでの会議。
この作品をどう伝えるのが一番良いのか、価格帯からプロモーション方法まで話し合う。

夕飯を挟んで、湯浅ギターダビングリベンジ。
フレーズは決まっていたので、かっこいいテイクが録れるまで粘り続けて、なんとか終了。
これでオケは完全に録り終わった。。


3月13日

レコーディングは休みだが、今日のうちに、明日録る予定の2曲の歌詞を仕上げなければやばい。
昼からファミレスで歌詞書き。
同じ店で23時くらいまで粘り、2曲を書き終える。
残りの曲はまだアイデアすら固まっていないので、かなり怖い。

作業途中、録り終えた曲のラフミックスを聴き直していたら、制作No.7の湯浅ギターのフレーズニュアンスが狙いと全然違うことに気付く。
どうやら聴き漏らしていたらしい。
苦しい気持ちで今村Dに相談。
予算も時間も超スレスレのところまできているので、何かにしわ寄せがくるのを承知でスケジュールを組んでもらった。

帰宅後、今村Dに歌詞を確認してもらったら、ちゃんと良い歌詞が書けているとのこと。
よかった。


3月14日

レコーディング18日目。
歌録りを2曲。
1曲目はアルバムのクライマックスの曲。
2曲目はテンションが高い上に情報量が多い曲。
体力的なことも考え、2曲を一気に録り切ってから、2曲分のセレクトをして、まとめて関根パートの録り。
カロリーが高い2曲だったのでかなり深夜になってしまったが、なんとか入れ切った。
あともう1つ山を越えたらゴールが見えてくる。


3月15日

今日からツアーリハ。
昨日の疲れを引きずりつつのライブリハは正直きつい。
頭も身体も制作モードのところを強引に引き戻して、ツアーのことを考える。
まずはメンバー全員でやりたい曲を選びつつ、セットリスト全体を思い浮かべつつ、慣らし運転も兼ねた練習。
それをくり返して身体をならしていくことに専念した。
リハ終わりで、例のギター差し替え予定の制作No.7の湯浅パートをfixさせるべく、湯浅と居残り。
小一時間作業して、フレーズを確定。

スタジオ終了後、スタジオそばの深夜営業の喫茶店で歌詞書き。
残り2曲のうち1曲を大体書きあげる。
もう1曲の方はまだおぼろげ。
朝方帰宅。


3月16日

午前中、整体へ。
レコーディングの中から膝まで痛くなってきてしまい、診てもらった結果、膝に水がたまっているとのこと。
おじさんかよ!と思いつつ、洒落にならないので散らしてもらう。
僕の通っているところの先生は、膝の水も抜かずに散らせるんです。
気功の類いではないらしいんですが、触るだけで治ります。
実際、腫れもひいて膝が軽くなった。

午後からツアーリハ。
昨日のように練習をしつつ、大体こんな感じという仮セットリストを組んでみる。

帰宅後、夕飯を食べてから近所のマクドナルドへ。
歌詞書き。
残り1曲のイメージがかなり見えてはきたが、考えながら何度も寝そうになったので、急いで帰宅。就寝。


3月17日

昼、僕らの所属事務所SMAの40周年記念本に収録される対談を、チャットモンチーさんと。
チャットとこういうガッツリとした対談をするのは初めて。
昔話で盛り上がった。
えりことは出産後初めて会ったけど、元気そうでなにより。
お子さんも現場に連れてきていたので、抱っこさせてもらった。
めっちゃかわいかった。

つづいて、ベボベLOCKS!最終回収録。
番組の終了も突然決まったことだったので、どうやって終わってやろうかと色々考えた結果、あんな感じの最終回に。
7年間の集大成…だったのかなんだったのか。笑

帰宅後、再びマクドナルドで歌詞書き。
どうにか書き終えて深夜4時。
明日が早いので急いで帰宅して就寝。


3月18日

レコーディング19日目。
朝10時起きでスタジオへ。
いよいよ最後の録り日。
まずは、No.7の湯浅パート差し替え。
フレーズも事前に決めておいたし、練習時間もあっただけあって、1時間ほどで終了。
これにて湯浅の録りがすべて終了。

続いて、僕の歌録り。
さすがに声がかすれ気味で出だしは不安だったものの、徐々に立ち上がってきて、なんとか録れ始める。
1曲目が終わったところで、続けて2曲目。
仮歌を入れてみて歌詞確認。
そこで言葉のハマりの悪い部分や気になる箇所が結構出てきたので、その場で修正。
歌詞の内容的に重要な部分だったので、直しに1時間ほどかかってしまった。
歌詞がfix出来た所で、録り。
これにて、僕の歌録りが終了。
夕飯を挟み、テイクのセレクトをして、関根パートの録り。
コーラスのラインを色々試したりして、深夜3時終了。
これで、すべての録りが終了。
残すはMIxのみ。


3月19日〜3月22日

怒涛のツアーリハ。
まだアルバムの曲は披露できないものの、アルバムの前哨戦的な位置づけのツアーなので、セットの組み方でかなり悩んだ4日間だった。
でも、そんな悩んでいた部分を埋めてくれたのは、この3年くらいの積み重ねから生まれたアイデアだった。
経験値という名の自信が背中を押してくれたし、これがあれば大丈夫だと思えた。


3月23日

久しぶりのオフ。
やっと休めた。
PS Vitaの「朧村正」のDLCをやって、掃除洗濯。
コンタクトレンズを買いにいって、文房具店を物色。
干した布団もフカフカになってしあわせだった。


3月24日

今日もオフ。
エンジニア中村さんから送られてきたMix音源をチェックして、リクエストを返す。
明日のツアー初日に備える。


3月25日

ツアー初日、僕ら最後の渋谷AX公演。
天気良し。
MCでも話したけど、渋谷AXには本当にお世話になりました。
Base Ball Bear史上2度目のライブであったり、伝説の湯浅ギタークラッシュ事件であったり、若若男女初回のライブであったり、僕の祖父の亡くなった翌日のライブであったり。
その他にもワンマンやイベントなどで本当に沢山演奏させてもらいました。
これだけ使いやすくて、ハコ鳴りも好きで、思い出深い会場がなくなってしまうのはすごく寂しいです。
そんな別れを惜しみつつのツアー初日。
フルパワーで演奏できてすごく楽しかった。
東京のみなさんのノリも前回の10倍くらいすごかった!
終演後、観に来てくれたレコード会社の新チームのみなさんにご挨拶。
レコード会社合併の都合、そして、部署の移動の都合で、元EMIの人よりも、元ユニバーサルの人たちが多いチームになったのだけど、超グイグイで超アッパーなチームでびっくりした。笑
でも、それがすごく頼もしく感じた。
これからどうぞよろしくお願いします。

終演後、バカリズム升野さんと合流して喫茶店。
朝方まで。


3月26日

レコーディング20日目。TD。
とてもいい仕上がり。
収録されるシングル曲のTDし直しは元々予定していたのだけど、Pro Toolsのバージョンアップに伴って開けないデータがいくつかあったそうで。
結局、完全再現が出来ないなら仕方ないということで、Mixからやり直してくれていた。

改めてファイルを開いてみて、「むむむ…」となることはいくらでもある。
そう遠くないセッションで録った曲にもそれはすでに感じていたので、MIxをし直せて実は嬉しい。

ちなみに、隣のスタジオがオカモトズだったので、ちょっかいを出しまくる。
夕飯をみんなで一緒に食べたりもした。
オカモトズがプリプロしていた新曲がとてもよかったので、その曲くれとねだった。


3月27日

レコーディング21日目。
昨日に引き続き、TD。
順調に進む。


3月28日

レコーディング22日目。
引き続き、TD。
バッチリ。


3月29日

午後、大阪へ移動。
やりたいこともやろうとしていたこともなかったので、「うしおととら」の文庫本を13冊持って来た。
このせいでトランクが死ぬほど重かった。
ホテルの部屋に籠り、延々「うしおととら」。

夜、TBSオールスター感謝祭を観る。
升野さんが頑張っていたので、生まれて初めてフルで観てしまった。
すげえ長かった。笑

なかなか眠くならず、ホテルの周りを夜の散歩。
せっかく桜が咲いていたのに、雨がしとしと。


3月30日

ツアー大阪公演。
昨日に引き続き雨が降っていたけど、本番までには止んだ。

なんばHatchがライブ中に空気が薄くなる会場だというのをまた忘れていたけど 笑、その苦しさも含めてとてもライブらしいライブだった。
初日の反省も活かしつつ、とても楽しく演奏が出来た。
大阪のお客さんは相変わらずガンガンしゃべりかけてくる。
大声でその文字数しゃべるの大変でしょ!といつも思うけど 笑、とても大阪らしくて面白かった。
今年は大阪へ行く機会が多そうな予感。またお会いしましょう!

終演後、結構疲れていたので、打ち上げには行かず。
部屋でひとりホカ弁の焼肉弁当を食べた。
お腹空きまくりでむさぼるホカ弁の旨さったらない。

湯船に浸かって「うしおととら」を読もうとするも寝そうになってしまい、慌てて風呂を出て、就寝。


3月31日

東京戻り日。
割と朝早い新幹線だったので、昼前には東京駅着。

夜、「笑っていいとも!グランドフィナーレ」を観る。
出演者が豪華だったり、レギュラー出演者たちのスピーチだったりが、タモリさんの生前葬のような、テレビの時代の葬式のようだった。
去年の出口さんの結婚式の感じも思い出した。

深夜、そんな気持ちを引きずりつつ、「愛はおしゃれじゃない」の制作ノートをtweet。


4月1日

午後、映画部による連載「みんなの映画部」、第一回目の取材。
僕とあっことハマとレイジで、「ロボコップ」。
この連載は映画部に編集の方が入るというだけで、基本的にはいつもの映画部と同じ。

劇場に着くと、たまたま「映画の日」だったらしく、激混み。
普段夜中に行くことが多いので、日中だとこんなに混んでるのかとちょっとビックリ。
観終えたあとは、喫茶店で感想会。
詳細は連載で。

夜、事務所でアルバムジャケットの打ち合わせ。
方向性が見えたような見えないような。
結局、どの案も決定打に欠いている。
あれこれ提案をして、次回に持ち越し。

続いて、今後の打ち合わせをメンバースタッフで。
プロモーションの流れなどを話す。


4月2日

夕方、B.L.T.連載で、振り付け師の竹中夏海さんと対談。
いや、対談というか雑談というか 笑。
同い年だし通って来たものも近いので、アイドル以外の話でとても盛り上がった。
竹中さんは昔、映画「学校の怪談2」に出演なさっていて。
僕はこの映画を公開当時何度も何度も観た、というか小学生なりに妄想の下地にしていた(笑)大好きな作品なので、
まず「『学校の怪談2』の人」というだけでも竹中さんを尊敬しております。

帰宅後、「うしおととら」全巻読み終えた。
風呂敷かなり広げたなぁという印象を、圧倒的な熱量で凌駕していく凄い漫画だった。
極端な言い方をすれば、「すごく上手い力技」というか。
あらかじめ決めていた伏線回収では絶対こうならないと思う。
…っていうところまで小学生の時読めてたら、ずっと読んでただろうなぁ。


4月3日

夕方、名古屋へ移動。

ホテル到着後、ドラッグストアに行こうと思ったら隣駅だったので、東山線に乗ってみた。
その街の電車に乗ると、その街のグルーヴがなんとなくわかる気がする。
どこがなのかはわからないけど、東京の地下鉄とは全然違った。
買い物を済ませて、すぐにまた東山線でホテルに戻る。

「テレクラキャノンボール2013」を観る。
『ヤルかヤラナイかの人生なら、俺はヤル人生を選ぶ。』という言葉が、すべて説明していると思う。
こういう生き方、うらやましいと思った。

深夜、あまりの空腹で眠れず、コンビニで小さいパンを一つ買って食べた。


4月4日

ツアーファイナル、名古屋ボトムライン公演。
初めての会場だけど、味のあるとても良い会場。
実際、すごく演奏もしやすかったし、お客さんとの距離感もちょうど良い。
適度な緊張感と、名古屋の狂ったみなさんのおかげでとても良いライブになりました。笑

関係ないけど、アルバムに付くDVDの映像収録で今村Dがカメラを回していたのだけど、彼がいたのがステージと最前の柵の間で。
歌っててもギター弾いてても視界に入ってくるので、気になって仕方がなかった。笑
身内を近過ぎる所に配置しちゃうとダメですね。

終演後、打ち上げでいつも行く店。
ご飯大盛りで超ガツガツ食べた。


4月5日

東京へ戻り日。
昼過ぎには東京に到着。
明日からTDが続くので、その準備を。
アルバムの全体像を想像しながら、音像の着地点を何曲か考え直す。


4月6日

レコーディング23日目。TD。
事前のメールやり取りが効いていて、想像以上にサクサク進み、予定よりも早く多くの曲を仕上げられた。
その分、明日以降、その他のカロリーが高い曲の処理や見直しに時間をあてられるはず。
0時前には終了。


4月7日

レコーディング24日目。
今日もTD。
カロリーが高く、かつ、かっこよく仕上げたい曲だったので気合を入れて臨む。
が、最初のパッと聴きでドラムの方向性が違ったので、エンジニア中村氏に方向転換をお願いする。
その方向転換というのが、一回作った料理を素材まで戻すみたいな作業だったため、そこにまず時間がかかる。
昼に始めた作業が、夕飯頃に一段落。
そこからまたディテールを詰める作業をしていき、深夜に作業終了。
今日は1曲しか出来なかったけど、無事にかっこよく仕上がって何より。
明日でついにレコーディングが終わる。


4月8日

レコーディング25日目。最終日。
引き続きのTD。
レコーディングの最終日だからといって特別なことがある訳でもなく。
作業そのものはいつも通り。
アルバムラストの3曲を順番に仕上げていく。
音の重なり方や曲の高まり方を検証しつつ、調整を重ね、クライマックス感をしっかり作っていく。
シンプルそうに聴こえるけど「データ上はすげぇめんどくさい演出」があり、そこにまぁ時間がかかった。
それを抜けると、最後の曲はもう調整したいことがさほどなく、一瞬で終了。笑
今回のアルバムすべてのレコーディング作業が終了した。
達成感がないこともないが、これですべて終わりという訳じゃない。
まだまだやることあるなぁ…としばらくスタジオでボーッとしていた。
でも、この2ヶ月一緒に作業してきたエンジニア中村氏が「また!」と言ってスタジオを出たとき、ちょっとさみしかった。

深夜3時頃、撤収。


4月9日

レコーディング終わったし、明日ライブだしで、さすがにオフ。
部屋の片付けやら、たまっている本やCDやDVDを鑑賞。
「からくりサーカス」を読み始めたところ、めちゃくちゃ面白くてびっくりした。
この構成、どこまで最初から考えてあって、どこからその場で考えてるんだろう。
音楽でも映画でも漫画でも小説でも、構成が上手いかどうかがまず気になって仕方が無い。
最終的にその作品という名の建物の外観を見て、「う〜ん、素晴らしい構造美」って思いたいんだと思う。僕は。


4月10日

ツアー追加公演。渋谷クアトロにて。
渋谷クアトロでライブをするのはデビューした年の秋ツアー?以来。
昔はここに色んなライブを観に来ていたし、好きな会場なのだけど、あまり出演する機会がなかった。
だから、久しぶりにライブがやれて嬉しい。

本番はニコニコ生放送での中継があったり、アルバム「二十九歳」のタイトルや諸々の発表があったりで、それに緊張していたのだけど、楽しく演奏出来た。
今回はあっという間のツアーだった。
いつもであれば、ここから楽しくなってくるぜという本数で終わりだったので、今回のセットリストともうお別れか!という感覚。
次は、「二十九歳」以降のツアー。
きっと今までとはまったく別の手触りなツアーになると思う。
楽しみだし、楽しみにしていて欲しいです。

ライブ後、渋谷会の面々と飲みに行った。
昔よく行っていた渋谷の沖縄料理屋へ。
社長こと村瀬のタカちゃんが誕生日だったので、みんなでお祝い。
なんだかんだで久しぶりの全員集合で盛りあがった。
深夜1時過ぎに散会。
2軒目に、僕とマナブと三宅さんで。
回転寿司で日本酒をしっぽり。
こういう日くらい飲みたいもの。
愚痴みたいな話を色々して、色々あるよなってことで、深夜3時散会。


4月11日

昼間は家でゆっくり。
掃除の続きをしたりとか、クリーニング屋へ行ったりとか。

夜、事務所でアー写のフィッティング。
サクッと決まり、続いてジャケットの打ち合わせ。
何だかんだ話し合うが、まだ決定的な案が出ず。。
持ち越し。


4月12日

「第3次スーパーロボット大戦Z 時獄篇」をはじめた。
「第2次〜」をめちゃくちゃやり込んでいた僕が、何も見ずにいきなり始められるくらいシステムは近い感じ。
ただ、パワーバランスがかなり変わっていて、そこにもどかしい感がある。慣れだと思うけど。

夜、ロイホで夕飯。
隣の席の女がずーーーーっと風邪っぽい咳をしているくせに長居しているので、さすがに席を替えてもらった。
風邪引いてるのに、「いや、大丈夫っす!」みたいなタイプの人はほんとに考え直して欲しい。
そういう問題じゃないから。

お話をいただいていたハロプロコンピの締め切りが近づいてきたので選曲を始める。
1日あれば大丈夫かと思っていたが、想像以上に難しい。
まず、自分のPCに入っている曲から特に好きな曲を選んでいくが、これをやっているとかなり他の方々と被っていく。
ということは、やはりテーマが必要だと気付いたものの、自分らしいサウンドコレクションをどう作ればいいのかで相当悩む。
曲を聴きつつ選びつつ、それでもテーマが無いため、何もしっくりこないまま1日が終了。
想定外の苦戦。


4月13日

取材日。

「ニコニコ超会議3」に際した対談を、影山ヒロノブさんと。
僕は影山さんの歌をいろんな作品で聴いてきた世代だし、
中1のときは、影山さんが永井一郎さんとやった「ROBONATION SUPER LIVE ’97」のライブ盤をめっちゃ聴いていたので、青春の人。
友達がひとりもいなかった時期にずっと聴いていた盤なので、お会い出来てすごく嬉しかった。
ニコ超会議当日が楽しみ。

続いて、「Talking Rock!」取材。これが初めてのアルバムインタビュー。
まだマスタリングが終わっていないので、半熟卵を抱えているような感じでの吉川編集長との対談だった。
アルバムの精神的な部分に付いて、考えながらゆっくりじっくり話させていただいた。
吉川さんの鋭い考察を聞いて見つかる自分の考えも沢山あって、非常に充実のインタビューだった。

夜、ハロプロコンピの選曲をふたたびするも、完全に迷子。
しっかり聴きすぎて完全にナーバス。
明日朝締め切りだったが結局間に合わず。
お詫びのメールをして、倒れ込むように就寝。


4月14日

いよいよハロプロコンピに追いつめられてきた。
主題をどこに設定するか散々考えて考えて、結局、いちばん自分が好きなハロプロに向かっていくことにした。
思い入れに偏りすぎたけど、「でも良い選曲でしょ?」と開き直って。
そんな思いを綴った企画書をリストに添えて、先方に送信。
で、一日が終わった。
こんなにもハロプロコンピで心を削るとは思っていなかった。笑


4月15日

アー写撮影。
六本木のスタジオにて。
カメラマンは太田好治氏。
太田くんには3rd以降毎アルバムのアー写を撮っていただいているけど、今回も格好良く撮っていただいた。

そんなアー写を撮りながら、いまだ決まらずのジャケットをどうしようかと話していて。
僕としては、アルバムの内容を説明するようなものにしたくなかったので、説明的じゃないものをジャケットにしたい、と。
で、スタジオの中を見渡すと、自分が座っている前室のテーブルの感じがいい感じの散らかり具合。
しかも、ちょうどメンバーが並んで座っていたので、太田くんに「この状態を撮って」とお願い。
「それでジャケットにするから」と。笑
メンバーにもスタッフにもさっきまで通りにしていてもらい、太田くんに色んな角度や距離でバシャバシャ撮ってもらった。
それをみんなでまとめて見てみて、「この中にあるでしょ」ということで、「ジャケット素材出来た!」となる。笑

夜、ユニバーサルに移動して、アルバム付属DVDのインタビュー収録。
同じ質問をされるが、メンバー全員別々に撮影するので、お互いが何をどう答えたかはわからない。インタビュアーは今村D。
僕はメンバーの中でいちばん長かったらしい。
単純に身の上話をしゃべり慣れてるからだと思うけど。


4月16日

事務所の健康診断。
去年は健康診断後に内視鏡をやるようなことになったので、結構ヒヤヒヤ。
しかもこの連日で疲れている時に。
一応、今日のうちにわかる結果は問題なく。
身長体重も去年と特に変わらず。
終わってからなんか妙にトマトジュースが飲みたくなって、事務所近所の自販機を探しまわってしまった。


4月17日

アルバム「二十九歳」マスタリング。
今回もパラサイトスタジオのタッキーさん。
昼12時から深夜3時までかかって、全16曲73分のアルバムを1曲1曲慎重に丁寧に仕上げていった。
最後は、最終確認としてアルバムを通して聴く。
完全な形で聴く最初のプレビューだ。
そこからの73分、メンバー全員ノリノリで最後まで聴き切ったあの感じは、過去作にない感じだった。
今年1月に始まったこの制作、ここに完結。
最後まで楽しくやれたことがすごく嬉しい。

今作を作り切った僕の率直な感想は、「大人になったなぁ」。


4月18日〜20日

メールで仕事のやりとりや打ち合わせに出ることはあったものの、ゆったりな日々。
19日は渋谷会・村瀬社長のホームパーティー。
いいお家だし、子供はすくすく育っていたし、完全に素敵な家族だった。


4月21日

アルバム付属DVDのライブ映像の音チェックでスタジオへ。
エンジニアはいつもの上條氏。
今回のライブは名古屋ボトムラインでの収録だったけど、音がめちゃくちゃ良くてビックリした。
ちょっと良過ぎるくらいに良かった。
なので、全然何も気にならずサクサク聴いてバッチリ。


4月22日

アルバムの紙資料に、セルフライナーノーツ的なものを載せましょうみたいな話になっていて(というか自分で言いだした)、それに手を付ける。
が、全然書けない。
どんな角度から書いてみても、「この説明じゃ説明になってない」とか、「説明したくない」という気持ちが湧いてくる。
で、これはもう音に全部入れられたってことなんだろうなと思ったし、基本的に説明しない、もしくは、すべて説明するのどちらかにしようと決めた。
というところに、1日考えて辿り着いた。


4月23日

「ニコニコ超会議3」のリハーサル。
今回は持ち時間が少ないので、かなりタイトにしなくてはならない。
全員で話してイベントの趣旨をしっかり酌んだ上でセットを決めた。
久しぶりの音出しだったので、ちゃんと練習。
途中、適当に弾いたしていたらいいフレーズが出てきたので、それを全員で合わせる。
「はい、1曲出来た」みたいになった。
この感じで次も制作出来たらいいなあ。


4月24日

引き続き、「ニコニコ超会議3」のリハーサル。
昨日のリハの音源を聴いたら、曲順について気になったのでそこに手入れをする。
っていうことをしたら、なんか色々雑念が出てきちゃってあれこれしようとしたので、最後には元に戻った。
派手なことより、間や、細かい部分を丁寧にプレイすることで伝わるものにしようと。

夜、SOL!生放送教室。
ベボベLOCKS!終了後、初めてのSOL!だった。
なんかちょっと時間があいただけで気恥ずかしさがあったけど、企画がトンデモ企画だったので割と必死だった。笑
あれは堀之内さんがいなかったらもっとマズかったんじゃないかなあ。


4月25日

「ニコニコ超会議3」前日。
会場でのリハが出来るという事なので、朝もそこそこ早いし、前乗り&リハ。
設営中のブースをいくつか見てまわったけど、とても文化的だなと思った。
これが本当の文化祭だなと。
ステージも僕らみたいなバンドは経験したことが無い雰囲気の佇まい。
不安感もあったけど、この未知な感じがどうなるのか楽しみでもあった。

ホテルにチェックインして、喉ケア用品を買いに薬局に…と思ったけど幕張に良い感じのそれがなかなか無い。
マネージャー大久保に探してもらい、車で向かうと、AEONだった。
で、なんか昔、ここに来たことがある気がした。
だぶん、高校の友達の家がこの辺だったとかそんな感じだったと思う。
薬局のレジに並ぶと、また咳ゴホンゴホンでマスクしない系女子がガッツリな風邪薬(もう熱出てる人が飲むやつ)を手に真後ろに。
そんな感じなら病院行ったほうが早いよ!市販のやつより処方してもらった方が絶対良いからね!と心の中でアドバイスした。


4月26日

「ニコニコ超会議3」。
僕らの本番は昼イチという感じ。
お客さんの層もいつもと違っただろうし、会場の雰囲気もやっぱり独特だったけどちゃんといい演奏が出来たと思う。
一切、自分達界隈のアーティストさんがいないイベントに呼ばれたっていうことがすごく光栄でした。
その後は普通にライブを観て楽しんだ。
任天堂スペシャルビッグバンド、最高。
あまりにも豪華なミュージシャンの方々の演奏を袖でじっくり見させていただいた。
とっても勉強になりました。
最後は、影山ヒロノブさんと流田Projectのみなさんと「CHA-LA HEAD-CHA-LA」を。
僕らも今まで色々やってきたけど、これはまた1つの極み体験だなと。笑
とてもとても楽しいイベントでした。

ちなみに、℃-uteさんも一緒だったわけなんですが、正直に言いますと、なんか怖くてライブ観れなくて。。笑
楽屋も隣だったんですよ。パーテーション一枚しか区切りないのに。。
しかも、それを司会の吉田尚記氏にLINEしたら、なんかバラされるし!笑
で、「挨拶とかしたら死ぬ」といった感じでずっと落ち着きなくバックヤードをウロウロしていたんですね。
しばらくして、楽屋に戻ったら、堀之内に「矢島さんがわざわざ挨拶に来てくれたのに、何やってんだお前!大人としてちゃんとしろ」と普通に怒られまして。。笑
本当にそりゃそうだと思っていたら、改めて℃-uteさんが全員でご挨拶に来てくださいまして。
そこでご挨拶させていただきました。
でも、僕、挨拶した時の記憶が全然ないんです。
誰を見た記憶もない。
ちゃんとご挨拶はさせていただいたんですけど。
なんでだろう。。
だから僕いま生きています。
(※僕は以前から℃-uteの矢島舞美さんに会ったらたぶん死ぬと言っておりました。)

帰りにメンバースタッフで打ち合わせ。
このあとプロモーションなど様々な場面でかけるアルバムの推し曲を決めかねていたので、その会議。
16曲をどういう角度で切り取るか、全員の意見が噛み合わない。
決定打が出ず、持ち越し。


4月27日

たまった掃除洗濯をしながら、テレビを観るゆったりとした日曜日。

東京では日曜日に、本放送から2〜3週遅れで「探偵!ナイトスクープ」をやっていて。
僕はこれを毎週観ているんですが、この日放送の「探偵とデートしたい男」がマジでやばかった。
30代半ば、これまで彼女が居たことがない、モテない、コンプレックスの塊の様な依頼人。
「もう結婚は諦めた。でも、一度でいいからデートがしてみたかった。探偵さん、僕とデートしてください。…男女問いません!」という…。
最後の「男女問いません」がなかったら普通だったろうに、これがあったために、カンニング竹山さんが彼とデートをすることに。。
たぶんこれ今年イチじゃないですかね。
リアルタイムで観て、そのあと2回続けて録画を観たけど、なんかビリビリきた。
依頼人の彼の求心力がすごい。


4月28日

午後、アルバム推し曲決めの打ち合わせ。
全員考えが何周も何周もして、「そんなに好きじゃなかった」に決定。
それを受けて、そのままMVの打ち合わせに。
今回はスミスさんと、でんぱ組.inc 夢眠ねむさんのユニット、スミネムに監督を依頼。
曲は決まっていなかったけど、誰に撮ってもらいたいかは先に決まっていました。
二人とならなんだか楽しそうだったから。笑
曲の内容についての話と、湯浅を主演で撮ってくれなどのリクエストをさせていただく。


4月29日

メール業務や映像確認はあったけど、その他は特に無し。
自宅でたまった映画を観つつ、スパロボ。


4月30日

夕方、映画部連載で「アメイジング・スパイダーマン2」を観に行く。
観終わった後は、喫茶店で感想会。
映画は全然面白かった。
でも、スパイダーマンでやる必要あるのか?という気がだんだんしてくる内容だった。
ラブストーリーの軸が太すぎて、ヒーロー映画としてはちょっとモヤモヤする。
前回の「ロボコップ」(リブート版)が凄くよかったので、ヒーロー物として観るならば、「ロボコップ」を取りたくなる。

取材の最後は、あっこハマレイジとプリクラを撮り、UFOキャッチャー。
久々に遊べて楽しかった。

夜、ハロプロコンピの選曲がfix。
レア音源を入れる事ができて嬉しい。


5月1日

アルバムのプロモーション展開として、アルバム全16曲のティザー映像を自分で作る事になった。
作業量的にだいぶ負担になるだろうけど、今回は特に自分でやった方が良いと思ったので。

撮影に必要な細々とした物を買いに渋谷へ。
電気屋やら何やらを色々見てまわっていたら、マネージャー大久保から電話。
なんと、今日、リハだったらしい。
完全に忘れてた。。笑
慌ててスタジオへ向かう。
こういうことなかなかないので、自分でもビックリした。

VIVA LA ROCKのリハ。
セットリストを組む所から始めたが、早い段階で全体が見えたので練習に時間を使う。

リハ後、スタジオが家から近い(といってもそれなりあるけど)ので、歩いて帰る。
結構疲れたけど、外の初夏めいてきた空気が気持ちよかった。


5月2日

VIVA LA ROCK当日、トップバッターの僕らは現地リハが出来るのだけど、その分朝がめちゃくちゃ早い。
身体をそこにむけて調整するために、早起き。

昼、スタジオへ。
いい天気だったので、歩いて向かう。
ガッツリ晴れていて暑かった。
到着する頃には汗だく。

引き続き、VIVA LA ROCKのリハ。
セットリストの注意点を確認して、続けて2回通す。
演奏の手応えとしても、これで気持ちよく演奏出来れば大丈夫そうだという感じだったので、早めに終わる。

帰りに堀之内と2人でスタジオ近くのステーキ屋へ。
以前、ここのスタジオをよく使っていた時期、妙にハマって2〜3日連続で食べに来たことがあった。
結果、慣れない派手な食事に身体がおかしくなったので、今回はちゃんと抑えめに食べる。
久々に食べるとステーキもうまいなぁ。


5月3日

明日のための早起き成功。
掃除洗濯をして身支度をする。

18時頃、埼玉へ前乗り。
明日は朝7時20分ホテルロビー集合というバンドマンらしからぬ時間。
身体のコンディションを考えて逆算すると、22時くらいには床に就いた。
早起きをしていたのが良かったのか、すぐに眠れた。


5月4日

が、ベッドとの相性が全然良くなくて、朝4時半頃には起きてしまった。
二度寝も上手くいかず。
それから7時くらいまで、どうにかまどろみを殺さぬようにキープ。
寝ているような寝ていないような状態で過ごした。

VIVA LA ROCK会場、さいたまスーパーアリーナには車で5分ほどで到着。
そのままサウンドチェックへ。
寝起きなので、当然身体も重いし声も出ない。
こういう時に無理に声を出すのは喉に良くないので、逆らわずに軽めの確認。
でも、ティザー用の映像は撮らないといけなかったので、リハを兼ねてその撮影をしておく。

本番まで2時間半ほどあったので、会場のシャワールームへ。
熱めのシャワーをじっくり浴びて準備。ついでに声出し。
これでやっと身体が起きた。
そのまま本番へ。

直前にシャワーを浴びたのが良かったのか、身体の調子がすこぶる良くて、朝イチだったけどフル回転で演奏できた。
お客さんも朝早くからバッチリ楽しんでくれていた気がするし、何より会場に、このイベントを楽しもうという雰囲気が充満していてすばらしかった。
今回始まったばかりのイベントだけど、これから土地にもシーンにも根付いていって欲しいと思う。

本番終了後、ご挨拶出来る出演者の方にはご挨拶して、早々に会場を出る。
15時くらいには家に着いて、ちょっと昼寝のつもりが割とガチ寝。
1日のピークが午前中にあると、その後どうしたらいいかわかんなくなるものなんだな。


5月5日

岡村靖幸さんのツアーファイナルにゲスト出演するため、Zepp DiverCityへ。
GWまっただ中のお台場は激混み。
会場の駐車場までが大渋滞。
ハンドルを握るお父さん達のピリピリした空気で満ちあふれていた。

岡村さんのライブは何度も観させていただいているけど、あのカーテンの向こうに僕が出ることになるとは…。
感慨に浸りつつ、岡村さんと何度か曲の練習を含めたリハ。
MVの撮影も同時にすることになっていたので、その動きなども確認。

本番。
僕はまず1曲目の「愛はおしゃれじゃない」に出演。
ライブが始まった時の会場の高まり、僕も色んな現場観てきましたけど、日本人であの空気になるのは岡村さんだけじゃないでしょうか。
それは客席から観ていて思う事でもありましたが、歓声が飛んでくる側に立ったことでより肌で感じました。
で、いよいよ僕の出番。
2番の自分パートから出る時、どんな空気になるか結構不安だったんですけど、温かく迎えてくださって本当に嬉しかったです。
めちゃくちゃ楽しかった。
それからはライブを袖で観たり、2階席の方から観たりして、アンコールでふたたびステージに。
マニピュレーターの白石さんとMC。
岡村さんとの制作のこぼれ話なんかをしたんですけど、最終的には僕がひとりでMCしていて。
ゲストにMCさせるってめずらしいなと思いました。笑
(※岡村さんは基本、ライブでMCをしません)
で、僕が曲フリをして「愛はおしゃれじゃない」カップリングの「ラブビデオ」を披露。
これも人前で歌って気持ち良い曲なんだなと実感。
その後はまたライブを観させていただきましたが、ファイナルにふさわしい素晴らしいライブでした。
今までなかなか無かったであろう、岡村さんのライブへの客演という貴重過ぎる体験ができて、とてもとても光栄でした。

終演後、打ち上げへ。
ライブを観に来ていたオカモトズのレイジも来た。
最後は僕とレイジで、打ち上げ会場のお店にあったカラオケで「カルアミルク」でシメという。笑


5月6日

でんぱ組.incのライブを観に、日本武道館へ。
升野軍団を代表して、土岐さんとあっこと3人で。
会場に行く前に、神保町に集合して食事。
で、差し入れというかプレゼントを買ってから行こうという女子的っぽい話になり 笑、雑貨屋へ。
メンバーそれぞれのイメージとメンバーカラーを踏まえた小物を選ぶ。…というのに苦戦。
意外とこういうの難しいんだな。
なんとか選んだものの、物もサイズも値段もバラバラだし、しょうもないものばっかり。笑
レジでは店員さんが包装に苦戦。
開演時間が迫ってきてしまったので、3人でそれを手伝い、ダッシュで武道館へ。

ライブはめちゃくちゃ素晴らしかった。
これまででやってきたことの地続きというか、演出もストーリーも引き連れてきたという在り方にまず感動。
VJも映像ネタも最高。
会場に充満する、音楽も芸術もファッションも巻き込んだ、文化感が凄まじかった。
終わり方もめっちゃ良かったなぁ。

終演後、ご挨拶。
しょうもないプレゼントをお渡して早々と会場をあとに。笑

3人でロイホへ。
終電までガールズトーク的なものなのか何なのか。
とりあえず、土岐さんが「私、小さい虫好きなんだよね」といって、指にコバエを止まらせて「かわいいー」とか言っててやばかった。


5月7日

午後、雑誌「MUSICA」取材&撮影。
VIVA LA ROCK打ち上げの余韻を引き摺ってそうな感じだったけど 笑、鹿野さんの切り口がとても面白いインタビューだった。
続いて、「DI:GA」取材で三宅さん。
文字数の関係であれこれ話せないのが残念だったけど、いい話が出来た。

夜、「ハロー!プロジェクトの全曲から集めちゃいました! Vol.4 小出祐介(Base Ball Bear)編」ブックレット収録の解説対談収録。
自分で考えたコンセプトなのに、語れば語るほど「オレ何やってんだ」の波が押し寄せてくる。笑
とはいえ、他のみなさまとはまた違う角度で攻めていますので、是非聴いていただきたいです。

対談後、タワレコ嶺脇社長、ライターの南波一海さん、アップフロントの“中の人”たちと飲みに。
終電で帰宅。


5月8日

ティザー映像の撮影で一人、渋谷へ。
素人の僕が作るわけなのでアイデアで頑張るしかない。

ちょうど撮影を終えたあたりで、出口さんから連絡。
渋谷東急本店屋上でBBQをやっているとのことなので、顔を出す。
この日、凄まじい強風だったので、全然BBQどころじゃなかった。笑

夕方には家に帰り、録れたて素材を早め早めに仕上げようとPCを立ち上げようとすると…画面が点かない。
ハードディスクが「シャーーーーーーーーーーーーーーーーーー」という音を立てるだけ…。
これはまずい!と何度か再起動をかけるも、立ち上がらない。
何度も何度も試して、やっと立ち上がる。
これは今のうちにバックアップを取らないとヤバいぞと、慌ててすべてのバックアップを取る。
3時間かかって、なんとか完了。電源を落とす。
一応、試しにもう一回立ち上がるか電源を入れると、「シャーーーーーーーーーーーーーーーーーー」。
このあともう二度と立ち上がらなかった。。
仕方もないし時間もないしで、どうせならとiMacをアップルストアでカスタマイズして注文。
今日の作業はあきらめる。


5月9日

映像の納期が迫ってきたので、iMacが来るまでの間、外で仕事するとき用のMac Book Airで作業することに。
と、なると、カメラ本体から読み込むためのケーブルと、外付けHDを繋ぐケーブルが無い。
急いで電気屋へ。
ケーブルを調達して、編集作業に取りかかる。

編集にいつも使っているiMovieのバージョンが上がっていたけど、これまで作ってきた動画でよく使っていた機能が一部なくなっていて困った。
お気に入りだったフォントも作れなくなっていて、それは割と残念。
処理とかは間違いなく速くなっていたけど。
夜まで、出来るところまで作業。

夜、スミネムの2人とMV打ち合わせ。
2人の出してくれたMV案を受けてさらにリクエストをしたり、アイデアを練ったり、雑談したり。
次はもう撮影。


5月10日

午後、取材をいくつか。

夜、三宅さん親子とドラゴンさんご夫婦と食事。
三宅さんの息子さんが本当に可愛くてたまらない。
先日、仮面ライダーオーズやフォーゼのベルトをあげたので、仮面ライダー友達だと思ってくれているみたい。
仮面ライダーの図鑑を色々見せてくれた。


5月11日

午後、「GIGS」取材。
機材についてから作品の精神についてまで、しっかりとカヴァーしてくれるので、いつもインタビューが楽しい。
他のメンバーは特に、楽器について触れてもらった方がしゃべり易いんだと思う。
写真撮影も面白かった。

夜、映像が初回アップ分完成。


5月12日

今日もまためちゃくちゃ風が強い。
飛ばされそうになりながら現場へ。

「ROCKIN'ON JAPAN」の取材&撮影。
風の音が凄まじくて気が散りながらもインタビュー。

続いて、移動して、スペシャ「モンスターロック」のインタビュー撮影。
アルバムをとても聴き込んでくれているのが伝わる、いいインタビューでした。


5月13日

午後から企画打ち合わせを経て、「ベボベオンデマンド」第1回の収録。

夜、SOL!生放送教室へ。
前回が大変な回だったけど 笑、今回は何事も無く。
しっかりアルバムについて語らせてもらった。
グランジさんが、ライブDVD1万枚を売るチャンジを無事達成の記者会見後だったので、みんなでとーやま校長をお祝い。


5月14日

午後、MV撮影前ということで、髪を切りにいく。
僕はいつも撮影のついでに、いつものヘアメイクさんに切ってもらっていて。
だから、髪を切ると自動的にいつもの感じになるんですね。笑
そんな感じで8年やってきているんですが、MV撮影当日に髪を切る時間が無さそうなので、ヘアメイクさんにサロンで切ってもらうことに。
サクサクッとやってもらって終了。

夕方、ティザー映像用に思い付いたアイデアがあったので、備品として電気屋に三脚などを買いに行く。
いま使っているカメラは、3年前、カンパニー松尾さんにおすすめしていただいて買ったカメラなのだけど、
そういえば新機種がどんな感じか全然知らなかったと思い、何となく4k対応のビデオカメラを手に取り、画を見てみて驚いた。
家庭用でも、もうあんなに綺麗な映像が撮れちゃうってやばい。
いつか自分の子供が生まれたら、その時買える中で最もハイスペックなカメラを用意しようと思った。


5月15日

朝、iMacが届く予定が届かず。
ギリギリまで待っていたのに。

昼から取材。
「NEXUS」で柴那典さんのインタビュー。
柴さんの視点がすばらしく、アルバムの精神的な部分を濃密に話せた。
その後も取材やコメント録りなどを多々。

帰宅後、丁度iMacが再配達されてきたので、設置。
バックアップを流し込もうと思ったら、外付けHDを接続するためのケーブルがない。。
またかよ!ということで閉まる直前の電気屋に駆け込んで買ってくる。
無事、流し込みにも成功。
やっぱり動きがスムースでいいな。


5月16日

昼から「音楽と人」の取材&撮影。
インタビューはお久しぶりの柳憲一郎さん。
久しぶりの再会的な会話もありつつ、現在の話を色々聞いていただいた。
その後、ちょっと遠出をして某所で撮影。
とてもいい写真を撮っていただけた。

夜、事務所でMV衣裳のフィッティング。
来れなかったけど、スミネムの二人にLINEで写真を送ってリアルタイムでリアクションしてもらうという、なんとも今っぽい。


5月17日

ティザー映像を撮影するため、午前中から地元へ帰る。
午前中の地元なんて久しぶりだったけど 笑、実家の店に流れ込む朝の空気が好きだったなあと思い出した。
でもダラダラしている暇は無いので、まずは実家の車で河原へ。
先日買った三脚を駆使して色々映像を撮る。
ものすっごく晴れていたし、ものすっごく暑かったので、2時間ほどの撮影を終えて戻る頃には完全に焼けてた。
そういうのあるって忘れてた。
家に戻る前に、小学生の頃よく行っていた水場のある公園に寄ってみたけど、水はなかったし、少年2人がDSをやってるだけだった。残念。

一度、実家に帰り、近所のそば屋さんへ。
子供の頃から食べに行っていたし、昔メンバーがうちに来た時とかはいつもここで出前していたけど、食べに行くのは十数年ぶり。
しれっと食べて帰ろうと思ったら、おかみさんに見事に「小出くん?」と声をかけられてしまい 笑、しかも「驕るよ!またきてね」とお代まで無料にしていただいた。泣
ごちそうさまでした、また行きます!

腹がいっぱいになったところで、実家の店で、夜にやろうと思っている撮影のテスト。
ついでに、店の売り物のLEDライトを借りる。
こういう時、実家が金物屋だと便利。
夕方からの撮影に備えて、昼寝。

夕方、実家の屋上の給水タンクの所へのぼり、三脚を立てて弾き語りの撮影。
小一時間して、降りようと思ったら、心配性の祖母が下で待ってた。笑

日暮れと同時に、今度は妹に自転車を借りて河原へ。
夜の河原で撮影をした。
真っ暗だけどランニングをしている人が多くて、映り込まないように撮るのが結構大変だった。

1本撮り終えたあと、何となく思いつきで小学校の同級生A(女子)に連絡。
丁度、地元に帰る予定だったらしいので、一緒に飲んでいるシーンを撮影させてくれとお願いする。
で、彼女の提案で、幼稚園〜小学校の同級生B(男子)にも連絡。
家の用事で遅くなるが、後で合流してくれるとのこと。
駅でAと落ち合い、駅前の居酒屋へ。
近況を色々と聞く。
彼女が小学校時代仲が良かった女子3人が最近結婚したこと、引きこもりになった同級生の近況など。
小一時間ほどして、Bが到着。
何の気無しに「最近どんな感じ?」と話を切り出したら、すごくいい話をしてくれた。
(※詳しくは、アルバム「二十九歳」特設サイト「Ghost Town」のティザー映像でご確認下さい。)
自分の思っていたことが、こんなにわかりやすい形で補完されるとは思わなかった。

二人をそれぞれの家まで送り(といっても二人の家は僕の実家からめっちゃ近い)、実家に妹の自転車を戻し、駅からタクシーで帰宅。
家に着いたのは2時過ぎだった。


5月18日

昨日まで撮った映像素材を編集。
なんだかんだ量があったので1日かかっていくつか完成させた。


5月19日

「そんなに好きじゃなかった」MV撮影。

午前中、都内某所某ビルの屋上から撮影スタート。
良い感じに晴れていて風も強くなく、絶好の屋上日和。
全体のカットから、ソロカットまでサクサクッと撮影。
合い間でスミネムのアー写を僕が撮影。
ここで、関根と堀之内は撮影終了。

次の湯浅ドラマパートのロケ場所へ移動。
ここで、ねむきゅんのお姉さんが愛犬ウル&ライカを連れてきてくださった。
生まれて初めて犬を触ることができて、最高に感激した。
これだけで今日来た甲斐があった。

午後、湯浅ドラマパートを撮影。
湯浅に台詞はないが、演技の上手な相手役のみなさまと同じフレームに収まっているだけで、ちゃんとそれらしく見える。
彼が頑張っているあいだ、僕はウル&ライカと遊んでいたり、急に風が強くなり冷えてきて凍えたりしていた。
夜22時をまわったころ、10時間待ちで僕のシーンの撮影。
テストも特になく、サクッと本番。終了。
2分で終わった。
でも、ウルとライカに会えたからいいんだ。
その後も撮影は続き、予定通り25時過ぎに終了。
実にすばらしい。
とても楽しい撮影だった。

帰りのロケバスで寝落ち。
半分寝ぼけた状態で帰宅。


5月20日

午後、自宅から歩いて15分くらいのところにあるハウススタジオへ。
NOTTV「もう!バカリズムさんのドH!」撮影。
バカリズムさんの番組に、ゲストで堂島孝平さんと僕。
セクシー女優の白石茉莉奈さん、沙倉まなさん、小島みなみさんのお話を伺うという企画。
カルチャーショックというか、目から鱗というか、大変興味深いお話を聞く事が出来た。
是非またいつでも番組呼んでいただきたいです。

夜、「ベボベオンデマンド」第二回収録。

帰宅後、明日明後日のキャンペーンの身支度。
早めの就寝。


5月21日

関根とキャンペーン2日間の旅。
午前中の新幹線で浜松へ。
K-MIXでコメント収録をいくつかと、生放送へ出演させていただく。
番組でお土産にいただいたお茶が本当においしかった!

番組終了後、すぐに新幹線で名古屋へ。
お店にご挨拶やラジオ生放送からコメント収録、テレビの音楽番組収録までめまぐるしくまわらせていただく。
ZIP-FM「STUDIO LACHIC」のサテライトスタジオ生放送では沢山お集りいただきましてありがとうございました!
その後、ユニバーサルの名古屋営業所へ寄って、帯番組収録、サイン書きなどをして名古屋駅へ。

日も暮れた頃、新幹線で大阪に移動。
僕も関根も完全に爆睡。
駅到着のチャイムで起きた。

新大阪駅からタクシーでFM802へ。
コメント収録、「ROCK KIDS 802」の生放送出演、明日収録する番組の打ち合わせをして終了。
かなりガッツリした1日でした。

23時頃、ホテルへチェックイン。
この時点で、「今日はもういいか…」という自分と「いや、大阪しか撮れないおいしい画あるだろ」という自分が葛藤。
ロビーでのたうちまわり、最終的に「おいしい画を撮りたい!」が上回り、撮影に行く事に。
プランはあったので、関根を誘い、撮影へ。
24時。
某リハーサルスタジオ。
実は、アルバム「二十九歳」収録の「魔王」という曲の原型は、2年前のツアー中に関根とここのスタジオで作ったものだったんです。
で、部屋に入ってみてびっくりした。
何も言ってないのに、本当に僕と関根が使った、全く同じ部屋に通された。
「まじかよ」とか言いながら、もう時間も時間なのでサクサク撮影することに。
ギターとベースはスタジオでレンタルしたもの。
「魔王」「カナリア」を撮影。
1時間ほどで終えて、スタジオを出る。

ここで、赤い公園の津野米咲さんと「Talking Rock!」編集長の吉川さんから連絡。
今日、赤い公園が出演したライブがあったらしく、その打ち上げで飲んでいるから来ないかとのこと。
また「今日はもういいだろ…」と「米咲さんがいるなんて画として絶対おいしいだろ」の自分が葛藤し、「おいしい画を撮りたい!」が勝った。
2人と合流し、飲みに。
27時頃まで。
(結局、なんかよくわかんない感じになっていたので、この時の画は使いませんでした。笑)


5月22日

関根とキャンペーン2日間の旅。2日目。

まずはいくつかのコメント録りをさせていただいて、FM802へ。
「ビンタンガーデン」で1時間僕らの特集をやっていただけるということで、大いにしゃべり倒した。
そして、大阪・日本橋へ。
こんなに何回も大阪に来ているのに、なぜ誰も教えてくれなかったのかというくらい、僕向けの街じゃないですか。
大はしゃぎで懐かしゲーム屋さんで攻略本を漁っていたら、タイムアップ。
次の京都での生放送へ向かう新幹線が危うくなる。
詰め込まれるようにタクシーに乗せられるが、なんと渋滞に巻き込まれてしまった。
途中、何度か諦めそうになったものの、あと2分で発車というところで駅に到着。
急いでホームに駆け上がると、発車のベルが鳴っている。
慌てて新幹線に乗り込んだその瞬間、ドアが閉まった。
何とか間に合った。
京都までの15分、息があがりっぱなしだった。

京都駅からタクシーでα-stationに。
「KYOTO AIR LOUNGE」に生出演。
出演後、タクシーで京都駅に戻り、新幹線で大阪へ戻る。
すごいスケジュール。。笑
キャンペーン最後はMBS「MUSIC EDGE」。
久しぶりにジョンさんとお話させていただきましたが、ジョンさん本当に凄い。
素晴らしいインタビューありがとうございました。

こうして、最終近くの新幹線で東京へ。
なかなかハードではあったけど、色んな方とお話し出来てとても楽しかった!

新幹線の中では爆睡。
東京駅のなか卯で夕飯を食べて帰宅。


5月23日

午後、ワッツインWEBの取材。
インタビューは三宅さん。
やっと三宅さんと濃いインタビューが出来た。
凄いボリュームになってしまったので、前後編に分けて掲載していただけるそうです。ありがとうございます!

続けて、TBSラジオ「ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル」特集企画打ち合わせ。
ディレクター蓑和田さんと。
「ナンバーガール特集」をやろうという案は既に投げさせていただいていたのだけど、いまいち構成が自分の中でまとまっていなかった。
最終的な構成案は持ち越しに。

夕方で仕事が終わったので、久しぶりに下北沢へ。
まずはラーメン「一龍」。
何の気無しに注文をしたら、なんと僕で最後の一杯。ついてる。
で、下北沢GARAGEに顔を出す。
アルバムのサンプルをお渡しする。

GARAGEの営業終了を待って、三宅さんも合流し、GARAGE現・店長こと栗原パンダと3人でカラオケに。
ティザー映像のため、3人で「The Cut」を歌う。
たぶん8回くらい歌ったと思う。笑
撮れたあとは5時まで普通にカラオケ。
2人ともご協力ありがとやんした!


5月24日

ティザー映像の編集。地味に時間がかかることをチマチマやる。

夜、もう溜まりに溜まってどうしようもなくなった洗濯物を洗濯。
コインランドリーの大型乾燥機で一気に片付ける。


5月25日

昨日に引き続き、ティザー映像の編集作業。
スケジュール的に出来るだけここで数を稼いでおく必要があるのでがんばって仕上げる。


5月26日

午後、映画部連載でもお世話になっている「DAILY MUSIC」の取材。
映画部担当の益子さんが関係ないのに来てくれていた。笑

つづいて、「ナタリー」の取材。
初めてお会いするライターさんでしたが、アルバムをかなり聴き込んでくださっていて、すごく興味深い感想をいただけた。
やっぱり「二十九歳」は色んな人に感想を伺うのが楽しいし、伺うことでまた何か閃きそうだなと思った。

帰宅後、ティザー映像編集の詰め。
16本中、14本まで出来た。
あと残り2本。


5月27日

CX「久保みねヒャダ こじらせナイト」の収録でフジテレビ。
岡村靖幸さんと一緒に出演させていただくことになり、先日のツアーファイナルのように、「愛はおしゃれじゃない」を披露させていただいた。
僕はもう岡村靖幸定食に対する小鉢みたいな感覚で 笑、そっと寄り添いました。
ライブ収録のあとは、久保みねヒャダのお三人と岡村さんと僕でトーク収録。
すっごく面白かった。

収録後、タクシーで渋谷へ。
出口さんと合流してティザー映像を撮影させてもらうかと思ったものの、いろんなタイミングが悪くて断念。
すしざんまいでマグロ漬け丼食べて、お茶して解散。


5月28日

午後、ユニバーサルで「ベボベオンデマンド」の収録。
からの、企画打ち合わせを急遽。

夜、渋谷で加茂啓太郎氏と会合。
タマフル「ナンバーガール特集」の構成で悩んでいたので、色々と当時のお話を伺う。
制作側から見るナンバーガールというバンドがどういうものだったのか。
もしかしたら、そんなのは僕も昔に散々聞いていたかもしれないけど、いま現時点の僕じゃないと理解出来なかっただろうという話もあった。
短い時間だったけどヒントになったし、何より、話を聞く中で、思い入れを引きはがしてナンバーガールを語ることが不可能だと腹を括れた。
あとはどう構成を練るか。

その後、出口さんとまなぶと合流して、「そんなに好きじゃなかった」ティザー映像を撮らせてもらう。
(※この二人は「そんなに好きじゃなかった」曲中に実名で登場します。)
僕らが2006年当時やっていた通称・渋谷会の再現をしてきました。
おじさん3人がただ飲んでるだけなんですけどね。笑
でも、僕の大事な友人2人と僕の、ちょっとしたドキュメントになっています。
是非ご覧ください。暇な時にでも。

朝5時までなんとか頑張って遊んで 笑、帰宅。


5月29日

午後、ティザー映像最後の1本のための小道具を買いに隣町へ。
意外とイメージに合うものが無くて探しまわる。
一旦帰宅してから近所でもイメージに合う物を探す。
そうしたら、近所で売っていたものの方がイメージに合っていた。おでかけ損。

夜、タマフルの構成を練り、ティザー映像編集。
ある程度内容を組んだところで限界に達した。
死に寝。


5月30日

起きてから、ティザー編集の続き。
仕上げたところで、タマフル構成の続きにとりかかる。
夜、ティザー最後の1本を撮影し、編集。
これはすぐに出来あがる。
まら、朝8時頃までタマフル構成の続き。
結局「ナンバーガール特集」、着地が出来ずに苦しむ。


5月31日

午後、渋谷スペイン坂でTOKYO FM「McDonald’s HAPPINESS×happiness」の生放送に関根と出演。
沢山の人に見られながらハンバーガーを食べるという、貴重な体験をさせていただきました。笑
昔からサテスタがはずかしくて得意ではなかったけれど、最近慣れてきた気がする。

番組終了後、即帰宅。
タマフル特集構成の続き。
まだ最後の着地で悩み続けていたのだけど、ヒントを求めて何となく読み始めた、
「SCHOOL GIRL DISTORTIONAL ADDICT」15thリマスター盤の解説で、やっとすべてがつながるような結論を見いだせた。
やはり、ご本人の言葉がいちばんのアンサーだった。
家を出るギリギリまで作業して、TBSヘ。
番組放送開始前まで蓑和田Dと構成の打ち合わせして、それから出番まで話の構成を調整。

本番。
かなり緊張していたんですが、ありのままの自分で1時間、特集をやりきれたかなと思います。
是非是非、配信中のPodcastでお聴き下さい。
(書き起こしをしてくださっている方のサイト→ http://miyearnzzlabo.com/archives/18771 )

本番後は、“ブース飲み”。
宇多丸さんや番組スタッフのみなさんとワイワイ盛りあがった。
27時、TBSから帰宅。
posted by bbb at 04:21| 小出祐介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月13日

日記



8月1日

昨日から引き続き、RIJF2013のリハ。
セットリストは決まったので、通しをやりつつ、細かい部分の詰め。
かなりしっかりと練習した。

リハ終了後、下北沢GARAGEの屋上でバーベキューをやっているとのことで、参加することに。
下北沢駅前のピーコックで野菜や肉を買って、GARAGEヘ。
到着すると栗原パンダが焼きそばを作っているところだったが、その手際があまりに悪かったので、「オレにやらせれ!」と、焼きそばを作る。
鉄板奉行っぷりを炸裂させてしまい。
みんな喜んでくれてよかったけど、なんかすいません。


8月2日

午前中に洗濯やら掃除やらを済ませ、支度をして出発。
明日のRIJFのために、ひたちなか前乗り。
車で2時間弱。
到着すると、思っていたよりもかなり涼しい。
というか、肌寒い。
RIJFには2006年から8度目の出演になるが、僕が知っているこの8年でいちばん涼しいかもしれない。
毎年、信じられないほど暑いので、明日もこの涼しさが続くことを祈る。

ホテルの部屋で、テレビで放送されていた「天空の城ラピュタ」を観て、風呂に入り、就寝。


8月3日

朝、8時半起き。
身支度をして、ホテルを出発。
11時頃、会場着。
天気良し。
昨日の涼しさの残滓は感じつつも、やっぱり暑い。
バックヤードにて、久しぶりにPOLISICSのメンバーと会う。
ハヤシ君とウルトラマンの話をしつつ、プライベートで遊びに来ていた、チャットモンチーのあっこに「めちゃめちゃ緊張してるやん」と冷やかされつつ、準備。
すぐに本番。
今回は昨年に続き、グラスステージでの演奏。
気持ちよく演奏できたし、めちゃくちゃ楽しかった。
メンバーもみんな楽しそうだった。
各々手応えを感じてステージを降りると、スタッフもみんな良かったと言ってくれた。
こういう風に中と外で感想が一致している時は、良いライブが出来たと思える。
観に来てくれたみなさん、どうもありがとう。
最高でした。
MCで触れておきながら、結局観れなかったアップアップガールズ(仮)のみなさんにご挨拶をさせていただいて、会場を出発。
東京駅へ。

16時頃、到着。
新幹線のチケットを買い、そのまま、新潟の長岡へ。
毎年行っている長岡の花火大会、今年はRIJFとかぶってしまったので行けないと思っていた。
でも、良いライブが出来たし、「行くしか!」と。
そのままの勢いで長岡へ来てしまった。
駅からタクシーをひろい、毎年一緒に行っている渋谷会メンバーが待つ、例年と同じ場所へ。
だが、道がめちゃ混み。
ここ5年くらいで一番混んでいたんじゃないだろうか。
毎年比較的空いている同じエリアで見ているのだけど、今年はそのあたりまで混雑していて、なかなかたどり着けなかった。
花火開始20分前に何とか無事、仲間達と合流。
19時過ぎ、花火開始。
今年も本当に素晴らしかった。
名物「フェニックス」はもちろん、新作の花火がまた凄かった。
文章で書いても伝わらないだろうから書かないけど、本当に凄い。
人生で一度は見た方が良いと思う。
東京の人は尚更。
東京で上がる花火とはサイズが全然違うから。
空が燃えるよ。
是非。

花火終了後、これも毎年恒例のラーメン屋へ。
ここで食事をしつつ、渋滞が解消されるのを待つのだ。
小一時間して、出発。
友人の保坂君が運転する車で、そのまま東京へ戻る。
「今年もまた一緒に見れてよかったねー」なんて話しながら。
B'zベストを大音量で聴きながら。

朝4時、帰宅。


8月4日

正午、日比谷野外音楽堂入りして、閃光ライオット2013。
今年は湯浅と審査員をつとめさせていただいた。
昨年よりも1ヶ月早い開催ということで、気温も湿度も実に夏らしかった。
曲間やMCの合間で、蝉の声が割り込んでくる。
それがこのイベントとこの空間を、より立体的にしてくれている気がした。

毎年参加させて頂いているが、職業病というか大人げないというか、どうしても分析しながらパーフォーマンスを見てしまう。
アレンジがどうの、歌詞がどうの、演奏がどうの、パフォーマンスがどうのと、意地悪な言い方をすれば、粗探しもしてしまう。
でも、今年はかなりフラットにイベント自体を楽しむことが出来た。
「次はどんな子たちなんだろう?」と楽しんでいる自分がいた。
意図してはいないと思うけど、出演順そのものにストーリーやグルーヴがあったというか。
すごく楽しかった。
また、書き下ろしの新曲「senkou_hanabi」のMVも、しっかりイベントにハマっていて、安心した。
イベントの大ラス、会場特別ver.には自分で自分の曲にグッときてしまった。
番組スタッフや校長教頭も目を潤ませてくれていて、照れくさいし嬉しかった。
閃光ライオット、来年も楽しみにしています。


8月5日

夕方、ユニバーサル社にてB.L.T.連載の取材。
今回の対談はAKB48「恋するフォーチュンクッキー」を作曲された伊藤心太郎さん。
この名曲にまつわるお話を中心にお聞きした。
伊藤さんが大切にされているとおっしゃっていた、日本のフォークソングにあるような、懐かしさやメロディーの良さ、日本語の響き。
アレンジ以前に原曲の段階で、それらが実にガチッとハマっている楽曲だと思う。

移動して、ベボベLOCKS!の収録。
収録後、SOL!のプロデューサーと食事に行く約束をしていたので、TFMのスタッフルームでまったりしていたら、放送中の「RADIO DRAGON」に遠藤舞さんがゲスト出演中。
思わずスタジオを覗きにいってみると、ブース内に呼び込まれ、飛び入りすることに。
遠藤さんと初めてお会いすることができた。
放送中は僕もテンパってしまいバタバタしたけど、放送後、ちゃんとご挨拶をさせていただいた。
こういうこともあるんだなぁ。

SOL!生放送は閃光ライオット振り返りの回。
いしわたり淳治さんがゲスト。
せっかくなので、見学させていただいた。
淳治さんが出演されているあいだ、淳治さんのスーパーカー時代からのマネージャーさんに、僕がどれだけスーパーカーが好きだったかという話をさせていただいた。

放送終了後、番組プロデューサーと校長と淳治さんと4人で、築地のすしざんまいへ。
さすが築地だけあって、素材の美味さが段違い。
他の店舗と値段は変わらないはずなのに、味が全然違った。
プロデューサーの車で送ってもらい、朝4時帰宅。


8月6日

「DRAGONS CROWN」をやっていたら1日が終わった。


8月7日

スタジオで制作作業。
…というか、制作作業のためのリハビリ。
音を出しながら、感触を探っていく。
妙に考え込んでしまい、終了。

帰り際、喫茶店で今後の制作プランをまとめる。


8月8日

昨日に引き続き、スタジオで制作リハビリ作業。
いつもと違う感じを色々やってみて、これはこれで違うんだよなぁとなる。

夜、SOL!生放送教室。
閃光ライオット後夜祭について。
放送終了後、番組スタッフと教頭と6人で、築地すしざんまい。
本当に美味いんですけど。


8月9日

スタジオ作業最終日。
…頭の整理が全然出来ておらず、「ダメだー!」という感じで早々に終了。
マネージャー大久保に話すと、「きっとこうなると思ってたから、大丈夫」と。
どういうことが必要で、どうしていけばいいかが分かっただけでもいいんじゃないか、と。
制作に関して甘やかして欲しくない自分だけど、今回はこう言ってもらって気持ち的に助かった。
次までに色々考えておかないと。


8月10日

夏休みをズルズル引きずってしまい、映画を観たりもしていなかったので、家で映画を観ることにした。

その前に勝手にライフワーク「ほんとにあった!呪いのビデオ54」を借りて観る。
毎年恒例の夏の3ヶ月連続リリース。
ここまでの2本がいまいちだったけど、今回は1つ良いのがあった。
つまり、本物っぽいというか。
何度もくりかえし観てみて、自分なりに検証した。
で、不可解な現象そのものはいい感じだが、映っている人物の動きにわざとらしさがあることに気がついた。
それでも、「おっ」となったのが久しぶりだったので、僕的には収穫。
ああいう合成は、難しいんじゃないかなあ。

ジャッキー・チェン「ライジングドラゴン」を観た。
観始めてから、「サンダーアーム」「プロジェクト・イーグル」のシリーズだったらしいと気付いた。
宣伝でもうちょい言っておくれよ。


8月11日

「ムーンライズキングダム」「007 スカイフォール」を観る。
両方とも劇場で観れなかったから、楽しみだった。
「スカイフォール」はプロットが少し気になったけど、十分楽しんだ。
過去の作品へのオマージュというか、踏襲というか、そういうの好き。
次作からまた次の周回に入ったりするのかなぁ。

「B'z The Best XXV 1988-1998」「B'z The Best XXV 1999-2012 」を聴き込む。
久しぶりにB'zの楽曲をじっくりと聴いたけど、本当かっこいい。
特に好きな「MOTEL」という曲、絶対稲葉さんにしか歌えないもんなぁ。
歌詞も素晴らしい。
「重ねてもはみだす心 安い石鹸のようにすり減らし」。
この一行が「MOTEL」という世界観を、とても立体的にさせている。


8月12日

RSR2013に向けたリハーサル。
セットリストと細かい部分の調整。

リハを終えてスタジオを出ようとしたところで、とんでもないゲリラ豪雨。
ここ最近のなかでも特に激しい。
帰ろうにもスタジオから外に出る事すらままならないので、ローディ上甲さんに送ってもらうことに。
叩き付けるような雨の中を行くも、道路が川のようになってきているし、視界は悪いしで、助手席でなかなか怖かった。
でも、僕の家の近所に着く頃にはすっかり雨もやんで、綺麗な夕焼け空になっていた。
嘘みたいな豪雨だった。

「HITOSHI MATSUMOTO VISUALBUM “完成”」を観る。
もう何回観たかわからないけど、仲の良いライター・三宅正一氏が、松本人志さんに「R100」関連でインタビューした時の話を聞いていたら観たくなってしまった。
僕はこれをタイトル通り「完成」だと思っているんだけど、この時の松本さんがまだ35歳くらいだから、凄まじいよなぁ。
これぞ金字塔だと思う。


8月13日

昨日に引き続きリハーサル。
何度かセットを通して終了。


8月14日〜15日

2日間家にこもって、本を読んだり映画を観たり。

それまで人から散々薦められるも、「今更なぁ…」と「あまちゃん」を全く観た事がなかったが、15日夜にやっていた「朝まで“あま”テレビ」を観て、完全にハマる。


8月16日

RSR2013。
僕らは22時頃の出番なので、当日移動。
昼過ぎに羽田空港。
崎陽軒のシウマイ弁当を食べようと探すが、売り切れ。
旅の始まりはシウマイ弁当と決めているのだけど、お盆だし空港も激混みだったので、諦める。
叙々苑弁当を食べる。

夕方、新千歳空港に到着。
会場まで送迎バスで1時間半。
会場に着くと、もうほんのりと暗くなり始めていた。
出番を終えたばかりのTRICERATOPSのみなさまに絡まれたり 笑、the pillowsのアクトを観に行ったりして出番を待つ。

21時頃、ステージ裏の控え室に移動。
すると、控え室の中に大量の蛾が。
おしゃれな良い感じのテントが控え室になっていたのだけど、そのおしゃれな良い感じの照明に集まって来てしまっているようで。
イベンターさんに聞く所によると、近辺で蛾の大量発生があったらしく。
実際、売店などのテントなどにも割とびっしり…。
本番中に口に入って来たらどうしようとか心配しつつも、本番。
22時という遅い時間帯だし、会場も涼しいから、ちょうどいい状況下での穏やかなライブになるんじゃないかと思いきや、激熱でした。
テントの中がすごい熱を帯びていた。
駆けつけてくれたみなさんどうもありがとう。

本番終了後、アーティストエリア内のフードエリアへ行くと、the pillowsのさわおさんと淳さんが。
ジンギスカンをつまみながら、ワイワイと。
25時頃、ポツポツ雨が降り出して、会場をあとにすることに。

26時半、ホテル着。
と、同時に「朝まで“あま”テレビ」。最高。
最後まで観て、倒れ込むように就寝。


8月17日

東京戻り日。

昼、新千歳空港に着くと、飛行機が1時間ほど遅れているとのアナウンスが。
だったらまぁ、まったりしようかと空港内をブラつくも、Uターンラッシュで爆混み。
割と並んで寿司屋に入る。
そこでじっくり時間をつぶした。

夕方、東京に到着。
到着口に、めざましテレビの軽部さんがいらしたので、何かの取材なのかなぁと思ったら、普通にご家族で旅行だったみたい。

深夜、「朝まで“あま”テレビ」。
超最高。


8月18日

明日の取材のための準備。

夕方、バカリズムさんのライブ「COLOR」を観させていただく。
升野さんの天才っぷりが炸裂しまくっていた。
妙に上手い歌も、「女性は変態」という論破も素晴らしかった。
ひどい下ネタに、僕の真後ろの席に座っていたアイドリング!!!のみなさんが口々に「最低…」と言っているのを聞けてよかったし、見事なライブの組み立てに感動した。
第一線で勝負して、尚且つ、勝ち続けている人の凄味を感じた。
OPとEDの、南波志帆さん歌唱のテーマソングも凄くよかった。


8月19日

事務所にて、CDジャーナルから発売されるハロプロのシングルを網羅したムック本の対談取材。
ライター・南波一海さんと、tofubeatsさんと。
ただの趣味の語り合いだったけど、最高に楽しかった。
中野の居酒屋とかでまたやりたい。プライベートで。

移動して、半蔵門にてベボベLOCKS!の収録。
収録後、生放送の打ち合わせをしている所に何となく居座っていたら、今日の企画が、
先日、教頭と番組スタッフですしざんまいに行った時に話していた、MAX「Tacata'」企画で驚いた。
本当に企画にしていやがる!と思った。笑


8月20日

急に仕事が飛んだので、渋谷会・出口さんと銀座を攻めることにした。

昼、駅で待ち合わせると、たまたまそこで「エヴァ展」がやっていたので、サクッと見てみることに。
予期せず入った「エヴァ展」だったけど、超楽しかった。
テレビ版のセル画とかめちゃくちゃ興奮した。

次にテパ地下でフレッシュジュースを飲み、「とらや」へ。
僕は「とらや」の紙袋が世界一かっこいい紙袋だと思っていて。
「これさえあれば大体大丈夫」だと思っている。
出口さんもそれを知っていたので、僕にお中元の代わりにとようかんを買ってくれた。
店員さんに「紙袋、最高ですよね」と話しかけたら、紙袋を各サイズ一つずつくれた。笑
店を出る間際、「そういえば『とらや』柄のバッグとか無いんですかね?」と試しに聞いてみたら、あった。笑
「とらや」マークのワンポイントが入った激渋トートバッグを購入。
満足。

続いて、出口さんが前々から行きたかったという蕎麦屋さんへ。
細い路地に入った所に、その店が。
カウンター3席にテーブル席が2つという、10人も入ればギュウギュウ詰めの小さいお店だった。
初めてのお店なので、ざる蕎麦を頼む。
蕎麦もつゆも、上品で最高に美味かった。
僕らでちょうど蕎麦も終わりだったそうなので、とてもラッキーだった。

食後の運動を兼ねてブラブラしつつ、有楽町へ。
が、着いてみたら、新橋。
真逆方向に歩いて来てしまった。
さすがに歩いて戻る気がしなかったので、電車でサクッと有楽町へ。
ブラブラと探索しつつ、B級グルメ「天ぷらラーメン」を食べる。
おいしいけど、相当腹ぺこじゃないとツラい食べ物だった。

日も暮れた頃、銀座方面に引き返す。
景色の良い所でお茶でもしようと、三越の中庭へ。
「越」というロゴの真ん前でコーヒーを飲む。

十分に銀座を堪能したので、銀座線で渋谷へ引き返す。
いつも行く喫茶店でコーヒーを一杯飲んで、以前から存在は知っていたものの入った事がなかったBARへ梯子。
入ってみると、景色もいいし、相当に綺麗な内装。
カウンターでやたら色っぽいお姉さんが飲んでいるだけで、人も少ないし、居心地がよかった。

と、いったところで解散。


8月21日

昼から、「日比谷ノンフィクションV」の音に関するスタジオ作業。
エンジニアはライブ音源でおなじみの上條氏。
かなり良い感じに仕上がっていたので、踏まえて、細かく調整していく。
朝方まで。


8月22日

昨日に引き続き、ライブ音源のスタジオ作業。
今日はメンバーも込みで気になる所をチェックしていく。
バッチリな仕上がりだと思う。

終了後、僕とホリとスタッフで、スタジオ飲み。
インディーズ時代、加茂さんやサイトウマサタカと一緒に仕事していた頃は、毎回作業終わりにはこうして飲んだものだった。
みなさん良い感じで酔っぱらっておられた。

朝方、帰宅。


8月23日

B.L.T.連載の取材をユニバーサル社で。
対談のお相手は、赤い公園の津野米咲さん。
ガッツリとアイドル好きのバンドマンと知り合えて良かった。

渋谷会・出口さんが赤坂にいるとのことで向かうと、ペトロールズ 長岡亮介氏のカントリーライブだった。
かなり久しぶりだったので、また行けてよかった。
歌と演奏を心から楽しんだ。
ちょっとだけのつもりが、楽しくて閉店まで長居してしまった。
また行きたいな。

その後、渋谷へ移動し、喫茶店。
深夜3時解散。


8月24日

(ちょっと汚い話ですが、すいません。)
昨夜帰宅後、突然の腹痛。血便が出た。
血をぶちまけたような状態だったので、超ドン引き。
焦りつつ、ネットで調べると、何であれ病院で診てもらった方がいいとのことで、急遽、病院へ。
割と怯えながらの問診だったのだが、年齢的に大腸癌などの可能性は低いだろうとのこと。
で、考えられるのが、ストレスや疲労で腸壁が荒れたりした一過性のものか、ポリープなどが出来てしまっているかなどの場合。
前者であれば時間とともに良くなるとのことだが、ただ、前者と後者とを見分ける方法が、内視鏡検査しか無いとのこと。
なので、白黒つけるためにも週明けに検査しましょう、となった。
実際、処方してもらった整腸剤を飲んだらいきなり良くなってきたので、ちょっと安心。

帰宅後、曲制作。


8月25日

お腹の具合はかなり良い。
ただ、大腸への負担を考えてさっぱりした物中心の食事にした。

終日、基本的に楽曲制作。

先日、今村Dがドラマ「半沢直樹」にハマっていると言っていたのを思い出して、オンデマンドで追っかけてみたら、くっそ面白かった。
完全に好き。
月〜土曜に「あまちゃん」、日曜に「半沢直樹」。
毎日楽しみがあっていいなこれ。
逆に、10月以降どうすりゃいいんだよ。


8月26日

大腸の具合はもうすっかり良くなった。

引き続き、楽曲制作。
思うように進まないが、アイデアをひねり出す。

高橋ヨシキ「悪魔が憐れむ歌」を読む。
ものすごい情報量。
ヤコペッティはしっかり追うべきだな。
一気には読めないので、コツコツ読みをする。


8月27日

明日、大腸内視鏡検査なので、食事制限。
とりあえず、食事は素うどんだけ。
21時以降は断食(水は飲める)。

引き続き、曲作り。
空腹を堪えながら頑張ったが、全然集中出来なくて参った。


8月28日

大腸内視鏡検査を受けるため、朝から病院へ。

病院へ向かう途中、親に内視鏡検査の話を全くしていなかったのを思い出し、一応電話して報告することに。
電話に出た母に事情を説明すると、「実はね、お父さんも昨日から入院してるのよ。大腸の疾患で」と、衝撃の事実。
父も大した事はないらしいが、忙しさからか腸壁に小さい凹みが出来てしまったらしく、点滴入院みたいなのをしているとのこと。
しかも、数日後に同じく内視鏡検査を控えているらしい。
実は、2年前亡くなった祖父も大腸癌だった。
これは親子3人、完全に弱点が同じじゃねぇか、と。
疲れやらストレスやらが大腸に来る家系みたいだから、気をつけなさいよ、と。
なんか、変な話だけど、笑えた。
やっぱり親子なんだな。

病院到着後、受付をすませ、まずは、下剤を2時間ほどかけて2リットル飲むことに。
看護婦さんに「スポーツドリンクが腐ったみたいな味しますけど、頑張ってください。笑」とかいらないこと言われたが、飲んでみると、意外とそうでもない。
DAKARAに近い味だと思う。
漫画喫茶のように一席一席が仕切られた、テラス風な所で、内視鏡を受ける他の患者さんたちと黙々と下剤を飲んでいく。
1リットルくらいまでは順調に飲めるが、そこから先が結構つらい。
味は大丈夫だが、何せ空腹なもので、お腹がガボガボになってくる。
どうにか2時間くらいですべて飲み干し、トイレに何度も行き、腸がからっぽになったところで、午後、いよいよ内視鏡の検査。

入院経験もなければ、大きな病気をした経験もないので、検査着に着替えるだけでも緊張する。
看護婦さんにより問診を受け、鎮静剤みたいな注射をする。
「いわゆる鎮痛剤的なものもあるんですが、どうしますか?」的なことを聞かれるが、奥の部屋から「若いから大丈夫でしょ」と先生の声。
それに、これを打つと一日ダルい感じになってしまうそうなので、帰宅後は制作をしなくてはならないことを考え、やめておいた。
そして、検査室へ。

結果から言うと、特に異常はなかった。
鎮静剤の副作用で目の焦点が上手く合わなかったが、モニターで見る自分の大腸の色は綺麗な色だったと思う。
ポリープもなければ、出血の痕もすでに無かったそう。
ストレスや疲れによる一過性のものだったんですね、とのこと。
…ただ。
…ただね。
……くっっっっっっそ痛い!!!!!!!
なんだあれ!!!!!
もう一生やりたくねぇよ!!!!!
「むこう5年は大丈夫ですよ」とか言われたけど、一生やりたくねぇ!!!!!
生まれて初めて、素で、「ぐぎぎぎぎぎぎぎ」とか「ぬううううおおおおおおおおおおお」とか言ったよ!!!!!
ドラゴンボールでしか聞いた事ないよそんなの!!!!!
だから気をつけるわ!!!!!
身体、気遣うわ!!!!!!

病院を出たあとも、お腹に空気が入ってしまう関係で、下腹部が張っていて痛苦しい。
歩くのもつらく、うずくまりたくなる。
「食事をすると空気が抜けていきますから」と言われたので、頑張って病院の近所で食事をするものの、椅子に座っているだけでもつらい。
仕方なく病院に戻り、テラスでしばらく休んでから、改めて病院を出た。

帰宅後、少し仮眠をとり、夜から制作。


8月29日〜8月30日

デモの締め切りが30日昼12時なので、終日デモ作りに励む。
2曲提出したかったが、不慣れな打ち込みに手こずって1曲のみの提出になった。
30日13時頃就寝。
17時頃、マネージャーからの連絡で、午前0時まで提出を待ってくれるとのことなので、慌てて、2曲目のデモ作り開始。
何とか、0時少し過ぎたくらいに完成し、送信。

2日間ぶっ通しで疲れたので、映画でも観ることにした。
平野勝之監督「わくわく不倫講座」を観る。
V&Rプランニングの公式サイトでDL購入が出来ることがわかったので、DLで買った。
「監督失格」しかご覧になられていない方には、是非、ご覧いただきたい作品。
僕は、AV版エヴァンゲリオンだと思っている。
完全に頭おかしい。


8月31日

昨夜から何故か寝ずにきてしまった。
昼からベボベLOCKS!の収録でTFM。
TFMの隣の甘味処で食事をする気で来たのに、お休み。
空腹をこらえて収録。

帰り際、下北沢「一龍」でメンマそば。
そのまま下北沢GARAGEに顔を出してみたが、鬼のような眠気に襲われ、すぐに切りあげた。

帰宅後、就寝。
22時頃、起床。
楽曲制作。
全然手が進まずに頭を抱える。

映画「卒業旅行 ニホンから来ました」「七人おたく」のDVDを観る。
どちらも小学生の頃、劇場に何度も通って観た映画。
「卒業旅行〜」で、西城秀樹さんの「ヤングマン」の良さに気がついた。
すごくシンプルだけど、『ヤングマン さぁ、立ち上がれよ』って素晴らしいフレーズだなぁ。
僕らはいつだってくじけている。
で、「七人のおたく」の内村さんが本当にかっこいんだ。
「初めてだ…実戦は」っていう台詞と壁蹴りのアクションを、子供の頃、何度も練習した。

平野勝之監督「21歳」を観る。
平野監督が私小説的な方向に向かう分岐点となる作品。
この当時から、平野さんのドキュメントの神様からの愛されっぷりがハンパじゃない。
また、「神様が降りる瞬間を引き寄せる嗅覚」も凄まじい。
こういうのを天性のものと呼ぶんだと思う。


9月1日

読みたかったけど既に絶版になっている本を検索していたら、近所の図書館にあることが判明。
「本を借りる」という引き出しが自分に無いもので、殆ど図書館を利用したことがなかったが、どうしても読みたくて、借りに行ってみることにした。
午前9時の開館直後に行ったのだけど、すでに子供達が本を読んでいたりして、結構驚いた。
みんなえらいなぁ。
無事に目当ての本をゲトって、帰宅。

昼過ぎまで楽曲制作に頭を悩ませ、倒れるように就寝。
22時頃、起床。
食事をして、また楽曲制作。
合間で平野勝之監督「流れ者図鑑」を観る。
平野監督「由美香」後の作品。
松梨智子さんが、平野さんや由美香さん「側」の人間じゃなかったために生まれた軋轢。
そして、松梨さんがだんだん狂っていく。
作品に身を委ねるのか、作品をコントロールしようとするのか。
その違いなのかなと思う。


9月2日

昼過ぎまで制作、というか悩み。

22時頃起床。
楽曲制作。
とにかく、自分を追い込んで追い込んで、悩み続ける。
考え続ける。

森高千里「Chisato Moritaka DVD COLLECTION」シリーズを幾つか観る。
このDVDシリーズは、森高さんが過去にVHSでリリースしていたビデオ作品をDVD化したもの。
生産が終了したため、少し前までプレミア価格で出回っていたけど、ちょっとさすがに手を出せなかった。
(※全15本セットが、高いときは12〜15万円くらいしていた。)
それが、最近の森高さんの活動再開に伴って少しずつプレスされるようになったそうで、amazonで簡単に手に入れる事が出来た。
6本ほど買ったのだけど、森高さんのライブ映像でいちばん好きな「古今東西〜鬼が出るか蛇が出るかツアー〜」の映像がDVDクオリティで観れて、最高に嬉しかった。
本当に可愛いんだ。
本当に。
マジで。
マジで。


9月3日

引き続き制作。
殆ど音を出していない。
全く手につかない。
延々、頭の中でグルグルと考え続ける。
滝行のような、禅問答のような、自問自答。
自己否定の連続。
セルフ検閲を通る案が無さ過ぎ。

朝になり、街が動き始めた頃、トボトボと(ずれこんでいるので体感的な)昼食を買いにパン屋へ。
パンを食べながら、「あまちゃん」放送を観る。
また、考える。
正午前、入浴剤を切らしていた事に気付いて、考え事をしつつも、気分転換を兼ねて薬局へ。
入浴剤を買った、その帰り道、ふと閃くものがあった。
自分がここまで考え続けて来た作品の主題について、「これでいいのか」というそもそもの疑問だ。
以前、メンバーやスタッフに、テーマについて話したのだけど、この、「話した」ということによって、自分の中でそれが「ほぼ決定」みたいになっていたが、ここで初めて疑問を持った。
見る角度を変えてみると、自分が自分に潜りすぎていたことに気がついた。
一歩引けば、自分の手にはまた別のカードが握られていた。
急いで家に帰り、土台を検証し直すことにした。
実作業が進んだ訳ではないが、切り捨てすぎていた様々な可能性が復活してきた。
まだもう少し粘ってみることにする。

午後、歯医者に行き、帰宅後就寝。


9月4日

深夜1時過ぎ、起床。
「超早起き」の範疇とする。

食事をして制作。
結局、昨日の閃きのきらめきがまた燻りだしてしまった。


9月5日

終わりなき曲制作が続く。
もう一生悩むんじゃないかという気がしてきた。
考えているうちに、あっという間に毎日が終わる。
この、日々を浪費している感じがやばい。
焦っている。

そんな考え事をながら、電車に乗ったが、そこでまた閃きがあった。
スタジオに着くまで、うろうろと歩きながらその感触を確かめる。

午後から、週末のベリテンライブに向けたリハ。
その前に、スタジオで制作の打ち合わせ。
これまで悩みに悩み抜いたプランをスタッフ、メンバーに話す。
さっきの閃きがなかったら、何も話せ無かったと思うが、しゃべりながら、どんどん思考が繋がって来た。
悩みに悩み抜いた事が、この場で、ひとつのコンセプトとして結実した。
まだまだ悩む必要はあるだろうが、「0」が「1」にはなった。

セットリストを決め、練習。
昼夜逆転生活故、後半はフラフラ。
帰宅後、即就寝。


9月6日

昼夜逆転がようやく一周する。妙に早起き。
昨日ひとつの大きな悩みからは解かれたが、まだまだ達成しなければならない課題が多い。
近々、ひとつ形にしなければならない。
曲についてひたすら考えているうちに時間がどんどん過ぎていく。

昨日に引き続き、午後からライブリハ。
つなぎや流れの最終確認。

帰宅後、作業して就寝。


9月7日

起床時間が少しずつ後ろに倒れて来た。
6時起床。
風呂に入り、「あまちゃん」を観て、整体へ。
身体がバキバキのグニャグニャになっている自覚があったので、治って清々しい気持ち。
崎陽軒のシウマイ弁当を買って帰る。

帰宅後、制作。
また思考の泥沼である。


9月8日

「ベリテンライブ2013」に出演。

丁度良い感じの早起きをして、入浴。
2020年オリンピックが、日本で開催することが決定したと、ニュースで観る。
7年後、日本の文化や芸術はどうなっているんだろう。
2006年メジャーデビューした頃の僕は、2013年の僕を全く想像出来ていなかったと思う。
そんな感じで7年後の文化芸術も自分もまた想像出来ない。
ただ、何となく、素敵な感じでいてはもらいたい。

昼過ぎ、事務所から会場へ向けて出発。
天気はあまり宜しくない。
2時間ほどで会場に着くが、なかなかの土砂降り。
かなり寒い。
「栃木だし寒そうだなー。とかいって、意外と暑かったりするんだよなー。でも、まぁ、一応持っていくか」、という感じで持って来た長袖シャツが手放せない。
完全に正解。
ステージを観に行くと、土砂降りのなか、秦基博さんのアクト。
雨にもマッチしたその素敵な歌声に、凹む。上手すぎ。
それから本番まで楽屋で練習と声出し。

本番は案の定、雨だった。
そんな悪天候の中、ライブを見てくれたみなさん、どうもありがとう。
合羽を着て、寒いなか会場にいるだけでも大変だったと思うけど、すごく楽しかったです。
次回はきっと晴れることを願っております。
ベリテンライブ、是非また呼んでください。

本番後、ローディー上甲さんの片付けが終わるのを待って、上甲さんの車で帰ることに。
さぁ、会場出るか、という時になって、これまでで一番の土砂降りに。
駐車場まで行くのが大変だったが、何とか車に乗り込み、会場を後に。
高速に乗ってしばらくすると、凄まじい色をした雲が、凄い速さで流れていくのが見える。
15分ほど走った頃、突然雨が止む。
それから東京まではもう、雨が止んだきりだった。
ベリテンの会場近辺が天気の境目だったのかしら。

帰宅後、身体がかなり冷えていたので、入浴して就寝。


9月9日

終日制作。

午後、ベボベLOCKS!収録。
アイドリング!!!遠藤舞さんとの対談。
以前、局内で偶然お会いする事は出来たが、ちゃんと会話するのはこれが初めて。
楽曲のことや、遠藤さんのこれからについて、色々とお話することが出来た。
是非、またいつかご一緒したい。
アイデア沢山ありますので、ご依頼、お待ちしております。


9月10日

℃-ute武道館公演に誘っていただいたが、僕はもう自分の制作で手一杯だったので、血の涙を流しながら断念。
が、速報で、森高千里さんがゲスト出演したと知って、悶絶。
矢島舞美さんと森高千里さんが同じステージにいるなんて、想像しただけで死ねる。
くっそ。くっそ。何なんだよくっそ。

終日制作。


9月11日

明日からプリプロだが、その曲の歌詞が書けていない。
そのことでここ数日悩んでいた訳だが、パソコンに向かって悩んでも何も変わらないので、近所を散歩しながら考えてみる事にした。
歩きながらあーだこーだ考えていると、不思議とアイデアが思い付いた。
そのアイデアの元にはMummy-Dさんが関わってくるので、Dさんに軽く電話。
曲とそのアイデアについて話して、ご意見をいただく。
この方向でいけそう。

終日制作。


9月12日

プリプロ1日目。
今日から3日間でシングルの表題曲を仕上げなければならない。
なんでまたそんな鬼進行になっているのか意味が分からないが、もうそういうものだと思っている自分もいる。
色々事情がある。

アイデアはすでにあるので、そこから内容を膨らましていく。
体質的にあれこれやりたくなってしまうのだけど、今回はシンプルに構成するのがいちばん幸せそうだったので、その方向で詰める。
ノリがいい曲は、素直にノリのいい曲として仕上げた方が、最終的には勝ちだと最近思っている。

深夜、9月15日にむけた練習。
下北沢で3時間ほど。
そのうち2時間は漫画の話ばっかりをしていた。


9月13日

プリプロ2日目。
曲制作の続き。
湯浅のフレーズがかなり未確定だが、大筋のアレンジは決まる。
あとは歌詞さえ書ければいいのだが、それが全然思いつかない。


9月14日

プリプロ3日目。
スタジオに入って、まずは構成の最終的なチェック。
相変わらず湯浅のフレーズに未確定要素が多すぎるが、詰める時間もないので保留に。
必要があって、割としっかりしたデモを録る。
エンジニアの上條氏に来てもらい、リズム→ギター→歌の順番で録る。
歌詞はまだ仮歌詞。
筋が通っていない内容なのだけど、言葉のはまりが良すぎてなかなかくずせないでいる。

24時、他のメンバーはここで終了。
僕と今村Dと上條氏はスタジオを移動して、ラフMix作りへ。
本番のRECで試したいことを今のうちに色々シミュレーションしておく。
成功したことと、失敗したことが一つずつ。
後者はまぁ思いつきだったので、「やっぱりそんな感じかー」という感じ。
ただ、前者は思いがけず効果大だったので、嬉しい。
28時頃、作業終了。
台風接近に伴い、雨風がジワジワと来ている中、タクシーで帰宅。


9月15日

セットリスト

1.AVを観た本数は経験人数に入れてもいい
2.AVを観た本数は経験人数に入れてもいい


9月16日

昼間、歌詞書き。
全然書けない。

夕方、日比谷野外音楽堂へ。
でんぱ組.incのワンマンライブを観に行く。
まず、野音で花道が出ているなんて初めて見た。
普段自分たちがやるライブとはまたレイアウト(主に客席の組み方)が違っていて、それも面白かった。
ライブもとても素晴らしかった。
メンバーとお客さんが同じストーリーを共有していくこと。
とても大切なことだなぁと思った。
「W.W.D.U」で泣きそうになったので、帰り際、ヒャダインさんにそうメールした。
ヒャダさんも曲作り大変だったろうなぁ。


9月17日

歌詞書き。
全然ダメ。

朝からツイてなかった。(以下、9月17日のツイートに加筆修正)
スーパーに行って帰ってきたら家の鍵を落としたっぽい!→大家に合い鍵を借りる→普通にポケットに鍵入ってた→
しばらくして、図書館に本を返しに行くため、自転車に乗ろうとしたら、タイヤに空気が入っていない→
空気を入れて乗ったら、連日の雨がサドルに染み込んでいてスボンがびしょびしょに→
何とか出発したはいいものの、電気自転車のバッテリーがゼロだと気付く→
バッテリーのない電気自転車で坂をのぼり、図書館に到着→休館日→
返却用のブックポストに本を入れようとしたら、連休でパンパンに溜まっていた本がドバーッと溢れ落ちてきて、辺りが散らかる→
どうにか本を押し込み、さらに坂をのぼってTSUTAYAへ→レジまで来て、財布が無いことに気付く→
財布を取りに家に帰る→また坂をのぼり、TSUTAYAへ→会員証をスキャンしたところで、未払いの延滞金3500円が発覚、支払うことに→
さぁ、帰ろうと自転車にまたがったら、どうやら接触が悪かっただけらしく、急に電気自転車の電源が入る→入ったところで、帰りは下り坂だから関係ない→
帰宅後、森高千里さんのライブBlu-rayボックスが届く→箱を開けたら、発注ミスで2個買ってた。

夜、「お願い!ランキング」の「答え合わせ占い」を見たら、3位とかだった。
逆に、ってことかな。


9月18日

歌詞書き。

昼から気分を変えてモスバーガー、マクドナルドと、ファーストフード店をはしごしてみるも、全く書けず。
ただイライラしただけだった。

前から気になっていた、漫画「七つの大罪」を読んだら、超面白かった。
今後の楽しみが増えた。
関係ないけど、「七つの大罪」ネタが出てくる作品に、好きなものが多い。
「鋼の錬金術師」とか「セブン」とか。
まぁ、そんなに沢山無いか。


9月19日

歌詞書き。

寝起きでジョージ秋山「アシュラ」を読む。
なぜそうしたのかはわからない。

白土三平「忍者武芸帳 影丸伝」を読む。
そんなことをツイートしたら、B.L.T.連載で担当をしてもらっているライター・加藤蛍さんから、名前の由来がこの漫画に出てくる螢火なんです、とリプライ。
素晴らしい引用先。
「螢火のような女性になって欲しい」という意味が込められているそう。
でも、螢火のどこを見習ってなんだろう。笑

昼頃、写真家・野村浩司さんの訃報。
クレジットを見ずに表紙で「いい写真だなぁ」と思って買った雑誌が野村さん撮影によるものだったり、野村さんのワークスがとても好きで。
デビュー直後、現場で初めてお会いした時は、「あの写真はどんな感じで撮ったんですか?!」と質問攻めしてしまったのを、よく憶えています。
自分たちの作品でも何度かお仕事をさせていただいていますが、そのどれもが印象的な現場でした。
「神々LOOKS YOU」のジャケは、早朝の神社で、僕と野村さんとタイクーン・グラフィックスの宮師さんと3人で話し合いながら撮った1枚です。
僅かなテイク数で、五重塔と僕と風の具合がバチッとハマった瞬間の空気感、最高でした。
最後にお会いしたのは2年ほど前、雑誌の撮影でした。
「だんだん顔つきが大人になってきたね」とおっしゃっていただけて嬉しかったです。
いつもフラットに接してくださって、そして、エッジィな作品をありがとうございました。
心よりご冥福をお祈り致します。


9月20日

元々、午前中に抜歯をする予定だったのだけど、担当の先生の都合でキャンセルということになった。
逆キャンセル。
若い先生だけど、すごく上手いし的確なので、もしかしたら位のある方なんじゃないかと。
「どうしても出なくてはならない学会があるため」なんて言われたし。
よくわからないけど、なんだか凄そうだ。

夕方、明日のSOL!秋夜祭のリハーサル。
セットリストを決めて、練習。

夜、事務所の後輩、住岡梨奈さんが「テラスハウス」に出ているのを初めて見た。
毎週観ているホリ君から話は何となく聞いていたけど、ちゃんと観てみると、彼女が良い違和感になっていて面白い。
それでも何となく、見た目とかおしゃれな感じになってるけど。笑
住岡ちゃんのアクセルの踏み方、素晴らしいと思うな。


9月21日

「SOL!秋夜祭〜一筆ニューコン!宣言 THE FINAL〜」@ラフォーレミュージアム原宿。

約半年間に渡ってやってきた、「一筆ニューコン!宣言」関連のイベントもついにこれが最後。
「閃光ライオット2013」に絡めて、リスナーのみなさんや、イベントに参加してくれたみなさん、様々なスタッフの方々の思いが結実した、素晴らしい企画になったと思う。
また、「THE CUT」の制作に追われながら「senkou_hanabi」を制作したのは、良い経験になった。
何も無い状態から3日間でこういう曲が出来たのは、「降りて来たから」とかそういうことではなく、そこまでの企画の積み重ねがあったからだと思う。
最近は特に、青臭い曲を作る時期みたいなものが通りすぎていくのを肌で感じていたので、良い意味で「敢えて」こういう曲が作れて、また良かったと思う。

午後、会場に到着して、すぐにリハーサル。
校長・教頭、そして、ゲストの橋本愛さんにご挨拶させていただく。
「あまちゃん」最終週を目前に、一番高まっている状態で橋本さんにお会いして、何とも感慨深い心持ち。
すぐに本番。

前半はリスナーの子達を交えてのトークパート、後半で短めのライブパート。
「senkou_hanabi」を披露させていただく。

終演後、関係者のみなさんに挨拶。
無事に、円満にプロジェクトを終えられて本当に良かった。

帰宅後、軽く仮眠をとって、歌詞書き。
全然全く進まない。


9月22日

昼まで粘るも、粘り負けして就寝…しようとしたところに、用事で父が家に来る。
「ザ・ノンフィクション」を観ながら、買ってきてくれた弁当を食べる。
父が帰ったところで、倒れ込むように就寝。

21時の1分前にかけたアラームで飛び起き、「半沢直樹」最終回を観る。
すごく良い最終回だった。
後半はもう顔芸(デフォルメ)対決になっていたけど、そんなあらゆる強調が「半沢直樹」の面白さを演出していたと思う。
ラストカットなんて、カメラが顔にくっつくくらい寄ってるんじゃないか。

引き続き、歌詞を書く。
書きたいテーマはあるのに、テーマと言葉が連動・連結してくれない。
空回りし続けている。


9月23日

あまりに歌詞が書けないので、いろんな音楽を聴いて脳を刺激してみようと思ったが、間違いだった。
スピッツさんのニューアルバム「小さな生き物」が素晴らしすぎて、打ち拉がれてしまった。
あんなにも優しく、やわらかに、本質と真理を突きつけられて、何となく見えかけていた歌詞がクソみたいに思えた。
ただただ、頭を抱える。

ギターパートのfixをするために、湯浅と音源のやりとり。
1日かけて6〜7往復したけど、どうしても決まらないので、明日へ持ち越し。


9月24日

昼に寝て、夕方起床。
明日からレコーディングなのに、まだ歌詞が一行も書けていない。
家と近所のマクドナルドを2往復するも書けず、悶絶。
「初恋」の時は、歌詞が書けなかったことでレコーディングを飛ばしてしまった。
その前科もあるので、焦って来てしまって、さらに思考が空回りする。

湯浅とのギターパート決めは、また5〜6往復をして、ようやく決定。

深夜、もう一度マクドナルドへ。
深夜帯は空いているので、より集中できる。
何度も書いてはボツにしたアイデアやフレーズの断片を眺めながら、頭を整理して、細い糸をたぐり寄せる。
そして、やっと、ワンフレーズが書けた。
そこから、少しずつ布を広げるように全体像を組み立てていく。
朝になり、マクドナルドへ通勤前のお客さんが入ってくる頃、ようやく組み上がる。
とりあえず、仮歌を入れてみて判断していくことにする。


9月25日

レコーディング1日目。
若干寝坊してしまい、30分遅れでスタジオ到着。
まずは、リズム隊の音決め。
リズムの置き方で色んなことが決まってしまうので、攻めつつも慎重に音作りをしていく。
音が決まった段階で、僕と湯浅も入り、全体でテンポやアレンジの最終確認。
ここで、演奏しながら同時に仮歌も入れる。
オケとしては問題がなかったものの、歌詞のはまりが悪いところがあったと感じた。
その手感覚はありつつも、作業を先に進める。
リズム録りを2〜3テイクで終え、僕のギター入れ。
仕上げの際の最終的な重なり方を指示しつつ、重ねていく。
僕の作業が終わったところで、夕飯。

夕飯後、「日比谷ノンフィクションV」DVDと、今回のシングルのジャケット打ち合わせ。デザイナー三栖一明と。
打ち合わせ後、今村Dと歌詞について話し合う。
意味を通したいがために文字を詰め込みすぎてしまい、譜割が複雑になってしまった。
それを考慮して、明日までに手直しをすることになった。

引き続き、湯浅のギター入れ。
前日までにしっかりパートを決めていたので、かなりスムーズに終える。
0時をまわる頃、作業終了。

歌詞を完成させるため、また、近所のマクドナルドへ。
今村Dの指摘してことは僕も感じてはいたことなので、文字数調整ではなく、書き換えをすることにした。
朝4時頃、出来上がる。
書き換えて正解だと思った。


9月26日

レコーディング2日目。
午後、ややゆっくり目の時間から歌録り。
それでも昨日の疲れがかなり残っていて、声の立ち上がりが悪い。
入念に声のストレッチ。
今村Dと歌詞の最終チェックをして歌入れへ。
上がった歌詞で歌うのは結果的に初めてになってしまったので、言葉のはまりを気にしつつ、歌いこみつつ、録っていった。
僕のパートの歌録り終了後、夕飯。
続いて、関根のコーラスパート。
コーラスパート作りなどの下準備はしておいてもらったので、順調に進む。
22時頃、すべての歌録り終了。

帰宅後、MH4をやりながら入浴をして、就寝。


9月27日

レコーディング3日目。トラックダウン。
狙ったことが狙った通りに効果を生んでいたので、安心。
細かい調整もかなりサクサクと進み、24時頃、すべての作業終了。
今回も時間が無い中で集中しての勝負だったが、何とか乗り越えられた。

渋谷会・石川龍ことドラゴンさんの誕生日ということで、仲間たちでお祝い。
学芸大前のサザンリーフで。
なんだかんだでみんなで集まるのが久しぶりだったし、僕も仕事終わりだったので、結構飲んだ。
薄ーーーーーーーいウィスキーを何杯か飲んだ。
沢田チャレンジと「潮騒のメモリー」を2回歌ったりもした。
それくらい、数時間後の「あまちゃん」最終回が寂しかった。
朝方、帰宅。


9月28日

「あまちゃん」の時間に飛び起きて、テレビに張り付く。
実に素敵な最終回だった。
僕が「あまちゃん」を観始めたのは「朝まであまテレビ」からだったけど(その後オンデマンドで追い直した)、本当に大好きだった。
作品の中で、登場人物たちが暮らしていたこと、その躍動を感じれたこと、それが最近のドラマにはないグルーヴだったと思うし、愛着へ繋がったと思う。
明日から、彼女達と生活を共にできないと思っただけで、とてつもなく寂しい。

最終週で「潮騒のメモリー」に関する最大のギミックが解放されたわけだけど、これには本当に参った。
大いにやられた。
鈴鹿ひろ美が震災に際して、芸能活動の諸々に「不謹慎じゃないかしら」となっていて、歌詞の書き換えのくだりへつながり、
夏ばっぱ、春子、アキが「北三陸のアイドル」だったのくだり、そして、「三代前からマーメイド」へと。。
これ、宮藤さんが最初から考えていたとしたら、天才すぎる。
「潮騒のメモリー」の歌詞、「三途の川のマーメイド」は不自然だとずっと思っていて。
でも、歌詞における『スカシ』というか、同じフレーズの『天丼』という考え方で捉えれば、まぁアリに転ぶなぁと。
それでも、「宮藤さんだったらもっと精度の高いスカシがあるんじゃないか?」と、腑に落ちないまま、納得していた部分だった。
それが、「三代前からマーメイド」「親譲りのマーメイド」に書き換えられて。。
曲の雰囲気で何となく聞き流していた「マーメイド」ごと巻き込んでの、この転回は凄すぎ。
こういう『ひっくり返し』や『スライド』(と、僕は呼んでいる)が、映画にしても、小説にしても、僕は大好きだ。
そこまでの認識がひっくり返される気持ち良さや感動は、僕の中で最上のものといえるかもしれない。
常に、そういう類の感動を探し求めている。
だから思いがけず、「あまちゃん」でその『ひっくり返し』の目に遭い、思いっっっっっっっっきり感動した。
もしかすると、一生モノになったんじゃないかとさえ思う。
年末、紅白歌合戦で潮騒のメモリーズを出してくれなかったら、泣く。


9月29日

映画「地獄でなぜ悪い」を観に行く。
変な脳汁が溢れ出まくる作品だった。
特に前情報を入れずに行ったので、勝手に「実録シリーズ×サボテンブラザーズ」を想像していったのだけど、結構全然違った。笑 (要素だけ抜き出せば合っているともいえるけど。)
破綻に次ぐ破綻に次ぐ破綻。
その破綻の先に、ストーリー的にも構造的にも「地獄が残った」のだけど、それがタイトルとなって還って来たから、僕としては気持ちよかった。
「地獄でなぜ悪い」。
のうのうと平原をさまようくらいならば、僕も地獄へとアクセルを踏み込みたい。


9月30日

シングルのマスタリング。
1時間間違えてスタジオに着いてしまったので、スタジオの前の蕎麦屋で昼食をとり、時間を潰す。
ざる蕎麦。うまかった。

今回もマスタリング・エンジニアはタッキーさん。
いつもとはコンプ感の方向性に関して、少し違う方向の仕上げにした。
楽曲のコンセプトとして、こう施した方が際立つと思ったので。
Final Mixもそういう仕上げになっていたので、しっかりハマったんじゃないかと思う。

続いて、DVDのジャケットの打ち合わせ。
前回話した方向で良かったと思う。
細かい処理の話をして、終了。

移動して、「ベボベLOCKS!」収録。
ワイワイおしゃべりして終了。

あんまり寝ていなかったので、帰宅して即就寝。
posted by bbb at 15:05| 小出祐介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月11日

日記

7月は全体的に緩やかだったので、まとめとして記す。
(8月からはまた普通に書きます。)


7月前半、「THE CUT」のリリース後プロモーションを終えてからは、バンドとしてかなり緩やかな活動だった。
7月19日に「Talking Rock!FES.2013」が大阪なんばHatchであったくらい。
20日からはメジャーデビューして初めて、10日間のオフがあった。
そんな長期間の(というほどでもないか。)オフを与えられても何もすることがないんじゃないかと思ったが、割とあった。
初めての夏休みだし、この期間のことはプライベートということで、伏せておくことにする。
僕は日常をかなり切り崩すタイプなので、これくらいは伏せておいても良いだろう。
とりあえず、楽しい、精神的な負荷の無い、フラットな夏休みだった。

7月を通して最も大きな出来事は、7月13日にあった、親友である、渋谷会・出口さんの結婚式だ。
7月あたまから、この日に向けて準備をしてきた。
僕だけではなく、渋谷会の仲間たちみんなでだ。
僕はいくつか重要な作業をすることになった。
まず、出口さんと関わりのあるアーティストたちからのビデオコメントの編集を担当した。
当日のタイムテーブル的にも、割とタイトに作らなければならなかったので、シャープかつ、要点が見えるように編んだ。
また、経験として、こういうビデオはザワザワとした中で流れるし、会場の音響的に音声が聞き取りにくい場合も多いので、テロップを入れることにした。
これが地味に時間のかかる作業だったが、当日、ビデオが流れた環境はまさにそれだったので、正解だったと思う。
次に、出口さんから新婦へのサプライズとして、手紙を曲にして、仲間で演奏、出口さんが歌唱することにしようとなったので、その作曲を担当した。
歌詞はあくまで「手紙」なので、出口さん本人に書いてもらおうと思ったのだが、全然書けない、という。
曲が出来て、スタジオで練習する段階になっても書けなかったので、仕方なく僕が書くことにした。
が、この作業がとんでもなく大変だった。
すごく限られたシチュエーションで歌われる、しかも一人のために、しかも僕ではなくその人の心情で、しかも特定の二人だけのあいだに通じる何かを歌詞にするというのは、やったことがない。
こんなにも範囲の限られたラブソングは難しい。
とりあえず、出口さんから色々と二人についての話を聞きながら書くことにするが、煮詰まってしまう。
ビデオコメントの編集をしながら、歌詞を書きながら、連日徹夜の作業が続いた。
式の前々日、何とか書きあげた歌詞を見て、出口さんが「自分で書いたみたい!」と喜んでくれたから嬉しかったが、「ほんと、こういうのは自分で書いてくれ!」と思った。
そして、式の前日。
最後まで残ってしまったのが、今回の結婚式における、僕の最大の仕事。
友人代表としての、出口さんへの手紙だ。
前日までその他の作業で時間をとられしまい、手をつけることが出来なかったのだが、この手紙のことが常に頭にあった。
準備期間中のある日、風呂でシャワーを浴びながら手紙の内容を考えていたら、急に感慨深くなり、号泣してしまった。
そのとき思ったことを、出来るだけそのまま手紙として認めることにした。
結局、式の前日は、仕事で夜まで体が空かなかったので、夜中から当日朝までかかって書きあげた。
式当日は出口さんの考えで、親戚と仲間内で先に披露宴、次に挙式、夕方からパーティー(2次会)という流れになっていた。
僕の手紙は披露宴の最後。
かなり緊張していた。
仲間たちから、というか、嵐田光から「絶対に出口さんを泣かせろ」「泣かせなきゃだめだ」とプレッシャーをかけられ、「じゃあお前が読めよ!」というくだりもありつつ、あっという間に手紙を読む時が。
後ろでは、ペトロールズの長岡亮介氏がギターを弾いてくれることになっていた。
亮ちゃんと息を合わせながら、手紙を読む。
読んでいるあいだは、不思議と緊張しなかった。
歌を歌うような感じで、一言一句、しっかりと丁寧に読んでいった。
読み終えて、顔をあげると、出口さんが涙をこぼしながら固く握手してくれた。
今まで見たことが無い出口さんの表情と、その握手の力強さに、気持ちが伝わってきて、僕も泣いてしまった。
席に戻ると、仲間達も目を潤ませながら、拍手で迎えてくれた。
あと、司会をしていた嵐田光が、進行ができなくなるほど泣いてくれていて嬉しかったし、「ざまぁ」と思った。
こうして、僕の大役が終わった。
続く挙式、2次会パーティーは、心から祝い、楽しんだ。
出口さんが歌う、「手紙」と題した例の曲も良かった。
こんなにも心の底から祝える結婚式は、もう、そうないんじゃないかと思う。
いま、こうやって思い出しながらもグッときている。
本当に、おめでとう。

後日、新婚旅行帰りの出口さんに会うと、振り返って、「葬式をやってもらったみたいだった」と言っていた。
こんなにもみんなが自分のために集まってくれることは、生きているうちはたぶんないだろうから、と。
それを聞いて、僕もそんな気持ちで準備して迎えた式だったよと伝えた。
すると、「また結婚式やりたいなー」とか言い出したので、「次は絶対、自分で歌詞書いてくれ」と返した。
posted by bbb at 03:10| 小出祐介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月04日

日記 4月〜6月




4月1日

朝10時、デモ制作がやっと終了し、送信。
仮眠をとって、リハーサルへ。

セットリストを通して、細かい直しをする。

夜、今朝送ったデモの作り直しをしてくれという話が。
確かに時間ギリギリ感のあるデモだったので、もう少し作り込んだものを作ることにする。


4月2日

土砂降り。

午後から最後のツアーリハ。
軽く細部の確認をして、全体通し。

スタジオを出て、下北沢へ。
ローディー上甲さんに送ってもらう。
駅が地下化して以来初めての下北沢だったので、線路の辺りを軽く見に行ってから、下北沢GARAGEへ。
「クチビル・ディテクティヴ」「ido」の制作を手伝ってもらった栗原パンダにまた手伝ってもらい、デモ制作をする。
先日僕が一人で作ったデモを聴かせて、大まかなリズムと構成を組んでもらう。
その間に僕はパートの整理。
リズムが組み上がった所で、ギターをどんどん重ねていく。
最後に唄録り。
原型があったからか、今回は早かった。

朝6時過ぎ、ふたりでGARAGEを出る。
土砂降りなので、タクシーを拾う。
ふたりで同じ辺りで降りるが、栗原がタクシーにiPhoneを忘れたらしく、てんやわんや。
貫徹のこの時間、この雨の中のこのミスは相当疲れた。


4月3日

昨日までの疲れが、少し喉に来てしまった。すぐに病院へ。
僕の場合、喉の周辺から体調不良が来る癖がついてしまっているらしく、今回も喉カメラで見てみると、扁桃腺が腫れていた。
点滴を打って、病院を出る。

夕方、一人新幹線で大阪へ。
昨日が昨日だったので、僕は個人移動にしてもらった。
大阪到着後、軽く食事をして、ホテルへ。

どうしても欲しい本があったので、道頓堀の近辺へ。
戎橋のTSUTAYAが改装中で、本屋フロアが開いていなかった。
結局、何を買うでもなくブラブラして、ホテルへ戻る。

明日の準備をして就寝。


4月4日

ツアー大阪なんばHatch公演。

会場入り後、今回の物販現物をもらう。
良い感じ。
ベストアルバムジャケット柄のTシャツがイメージ通りに仕上がっていた。

本番。
今回はリハーサルに時間を割けていたし、練習もかなりしてきた。
準備万端といえる状態でのライブだった。
それでも、人前だとこうなるのか的な発見も出てくる。
そんな初日らしさも含めて、楽しいライブだった。
大阪のお客さんのガヤ職人っぷりが最高だった。
また一緒に盛り上がりましょう。

本番終了後、観に来てくれていたパスピエの成田ハネダに会う。
たまたま、キャンペーンで大阪だったらしい。
個人的にずいぶん昔から知り合いなので、レコード会社の人と彼が一緒に来ている感じが妙でおかしかった。
しかもここ、大阪だし。
さらに、アイドルのEspeciaのみなさんが来てくださった。
ライブを楽しんでくれたようで何よりでした。

夜、僕は打ち上げには行かず。
体調は全然大丈夫だったものの、念のため。
なか卯でサクッと食事を済ませる。
湯船に浸かりながら、映画部のみなさんとLINEを楽しみ就寝。


4月5日

大阪から広島へ移動日。
新幹線だと、すぐに着くんだな。

ホテルにチェックイン後、出際に買った「観ずに死ねるか!傑作ドキュメンタリー88」「別冊映画秘宝 実録やくざ映画大全」を熟読。
広島で読む、「仁義なき戦い」の記事は響き方がちょっと違う気がした。なんとなく。

夕方、「むさし」でひとり夕飯。
「むさし」は本当に好き。
おにぎりも好きだけど、店で食べるうどんが好き。

夜、たまたま広島でライブだったOKAMOTO'Sのハマとレイジと、夜の広島散策。
ちなみに、このメンバーでの広島散歩は2度目。
去年、広島で同じライブに出た日も夜の散歩を楽しんだ。
今回は、あたらしく出来たのであろうドン・キホーテのフロアを隅々まで見てまわった。
お菓子とジュースが大好きな僕たちは、ご当地コーラや「ブルボン バームロール」などを数点購入。
まだ桜がしっかりと咲いている川原へ行き、夜桜を見ながら、コーラを飲み、バームロールを食べた。
意外と寒くて、退散。


4月6日

ツアー広島クアトロ公演。
予報では、爆弾性低気圧で暴風雨のおそれと言われていたが、蓋をあけてみれば、広島は少し雨が降った程度。

初日の本番の感触を受けて、セットの若干の直し、調整をリハで。
入念にウォームアップをして、本番。
広島クアトロは僕らとお客さんとハコの相性も良いようで、すごく良い環境で演奏出来た。
熱く、楽しいライブだった。
また時間を空けずに来れたらいいなぁと思う。

打ち上げは広島風お好み焼き屋さん。
そこで、PAのナカさんと湯浅の理系話が炸裂。
「あの法則についてどう思ってます?」とか「あの方程式に関しては全然納得がいってないんですよ」とか話していて。
で、気付くと、仏教とかの話になっている。
答えを求めていくうちに、真理に行き着きたくなり、宗教の勉強もしたくなるという、理系あるある。(だと思う。)
10年ほど前、湯浅と同居時代、この手の話で議論になり、そんなモードの湯浅に精神論で食ってかかった結果、夜10時くらいから翌昼の2時までお互いの武器が交わらずに試合終了したことを思い出した。
でもそんな会話に、理系でも宗教でもなく、「曲作りをしていると…」なんていう文脈で割って入り、それとなく結論を出した自分に、自分で、成長を感じた。


4月7日

東京へ戻り。
PAキシさんと広島駅の「むさし」で昼食。

爆弾性低気圧からくる突風のせいで、新幹線が1時間ほど遅れていた。
座りっぱなしで身体がガチガチになった。

帰宅後、明日からのプリプロにむけた準備。
曲のアイデアをぶわーっと出す。


4月8日

スタジオでプリプロ1日目。
RHYMESTERさんとのコラボ楽曲用に、3パターン、3曲分のアイデアデモを作る。
RHYMESTERさん側に投げ、ここからさらに膨らませていくつもり。

帰宅後、スタジオに財布を忘れたことに気がつく。


4月9日

プリプロ2日目。
スタジオ到着後に、iPhoneとレコーダーを忘れたことに気がつく。
どうしようもない。

花澤香菜さんとのコラボ曲制作に着手。
色々と小手先で広げ過ぎた結果、とっちらかってしまった印象。
アイデアが良いだけに勿体ない。
一旦持ち帰る。

帰宅後、湯船に浸かりながら曲のことを考えていたら、考え過ぎて、頭の中で曲が細胞分裂。
同じベースラインで複数パターンのメロディーが浮かんでは消え、浮かんでは消える。
こういうの疲れる。


4月10日

プリプロ3日目。最終日。
昨日の曲のつづき。
夕飯時まで粘るが、これだ!というプランは浮かばず。
食事休憩にしようと、メンバーでコンビニへ。
そこで、レジにならんでいるときに、突然閃いた。
これかもしれないと思い、そのまま鼻唄でサビを作りきり、バンドで試してみたら完全にこれだった。
圧倒的閃き。
これでもうかなり見えた。


4月11日

昨日までのプリプロを受けて、曲の整理。

原一男監督「ゆきゆきて神軍」を観る。
この映画は年に一度は観たくなる。ゆきゆきの波が来る。
今回はおそらく「観ずに死ねるか!傑作ドキュメンタリー88」を読んだせいだろう。
観終わった後も熱が冷めず、奥崎謙三氏のことを色々調べる。

藤子不二雄「魔太郎がくる!!」の秋田書店版を購入。
このバージョンを読んでみたかった。


4月12日

バンド、メジャーデビュー7周年。
記念日が結成日設定なため、特に何もせず。
誰にも何も言われず。

ツアー名古屋ダイヤモンドホール公演日。
正午頃の新幹線で当日移動。
名古屋駅到着後、そのまま会場へ。
もう何度もダイヤモンドホールではライブをしているけど、音的になかなか慣れない。
主にモニター環境について。

イヤモニを使わない僕らも含めたほとんどのバンドは、『その場の音の鳴り、込み』でモニターを作っている。
通常のスピーカータイプ、「足元」「転がし」なんて言われるモニターと、耳に直接装着する「イヤホンモニター」の違いはここで。
イヤモニであれば、それぞれの音がしっかり聴けるし、外音が遮断され、極端な話、レコーディングのような状態で演奏できる。
オーソドックスな「転がし」は、『足りない音を足していく』というようなニュアンス。
当たり前だけど、ステージに立っていて、自然に鳴っている音はすべて聴こえている(聴こえてしまう)状態。
そこには、単純に演奏している音だけではなく、「会場の鳴り」、つまり、反響などもすべて含まれる。
「転がし」でモニタリングしている以上は、この反響とどう付き合っていくかという課題が付きまとう。
元々、デッド(=鳴らない)な会場ならともかく、ライブ(=鳴る)な会場の場合、どういう風に、どの程度鳴るのかでかなり違ってくる。
例えば、このダイヤモンドホールでいうと、ロー(低音域)が相当回りこんでしまう。
低音で鳴りやすい床であるのに加え、外のメインスピーカー(お客さん側のスピーカー)で鳴っている低音が壁にはねかえり、ステージになだれ込んでくる。
『ボワーーー』というような音域が常にぐるぐるまわっている状態で演奏することになる。
そうなると、他の音が全然抜けてこないので、率直にいうと、演奏しにくい。
モニターで聴きたい音の音量をあげたところで、これはばかりは解消されない。
こうなった場合の問題として、どうしても自分の音量を稼ごうとするため歌や演奏に余計な力が入ってしまう。
では、どうやって音を作っていくのかというと、それはもう勘とチームワークでしかない。
自分の手感覚と、モニターマンとの連携でどうにかするしかない。
まぁ結果的に、僕自身は「演奏できれば大丈夫っす」みたいなスタンスなのだけど、それでも、もうあとちょっと音が抜ければ…と思ってしまうのが、ダイヤモンドホール。
他のメンバーも毎回苦戦している模様。

モニター調整に時間をかけたリハーサルを終え、楽屋で今後の打ち合わせ。
「惡の華」コンセプトCDのお話をいただく。
その場で参加しようと決めたけれど、発売日が我々の新譜と被っているため、制作スケジュールも当然重なってくる。
現状、自分達の作品ですらどうなるかわからないのに、そこにもう1曲書き下ろしを加えるとなると、大変な制作になるだろうという危機感。
なのに、どうしてか滾るものがある。

ライブ本番。
毎回、名古屋のお客さんは狂ったように楽しんでくれる。
僕らもそれが楽しみだし、みなさんに触発されてもっと熱くなれる。
かなり空気の薄いなか、溺れるように歌い、演奏させてもらった。
弦も4回くらい切った。笑
最高だった。
また、次回も一緒にぶっ飛びたい。

打ち上げはいつも行く中華屋。
円卓をぐるぐる回しまくった。


4月13日

新幹線で福岡へ移動。

昼過ぎに着いたものの、特に出かけようという気もしなかったので、ホテルの部屋で映画鑑賞。
原一男監督の「全身小説家」を観る。
作家・井上光晴氏の癌告知から亡くなるまでの5年間を追ったドキュメント。
闘病生活や関係者へのインタビューを通して、井上氏の「人生という虚構」が暴かれていく。
井上氏の例は稀というか極端であるとは思うけれど、僕がこれが「虚偽に満ちた人生」だとは思わなかった。
人は誰でも、自分を演じて生きていく。
人生という舞台で、人の作った社会で演舞する。
お客の目に映り、初めて、自分が成立する。
その濃度の話なのではないかと思う。
最後まで観て、タイトルに帰結するという素晴らしいドキュメンタリーだった。
まさに、「全身小説家」だった。

夜、一蘭でラーメンを食べる。
無難かもしれないけど、一蘭が好き。
早いし。

明日の支度をして早めに就寝。


4月14日

ツアー福岡DRUM LOGOS公演。

午後、会場入りするとピロウズの山中さわおさんからメール。
ソロツアーのライブ中で、会場も隣なんだよと。
リハ終わりで軽くご挨拶に。

本番。
福岡のお客さんはいつも穏やかで暖かくて、熱い。
待っていたよ!という空気で迎えてくれて、本当に嬉しい。
演奏的にも脂がのった良い演奏だったのではないかと思う。
ダブルアンコールで客電(フロアの照明)がすべて点いたとき、お客さんの笑顔がたくさん目に飛び込んで来た。
次回も、きっとまた。

ライブ後、関根の兄夫婦や、もう10年来の付き合いのタワレコ今井氏に会う。
福岡で写真展を開いていたカメラマンの橋本塁さんも顔を出してくれた。
STINGRAYの品物いただき、超嬉しい。

打ち上げへ行くと、さわおさんからメール。
お互いの打ち上げが一段落したら合流しようと。
小一時間うちのクルーでの打ち上げをして、マネージャー田沼氏と、上甲さん、関根でさわおさんの打ち上げに合流。
道すがら、田沼氏が元々BAD MUSICに居たこと、Mr.Childrenのデビューから数年のマネージャーだったことを知る。
そういうの早く教えてよ。笑
店で、さわおさんと久しぶりにゆっくりお話出来た。
最近観たり聴いたりしているものの話で盛り上がり、ベースの鈴木淳さんが湯浅を呼び、またさらに盛り上がった。淳さんが。笑
(※淳さんと湯浅は以前同じ街に住んでいて、飲み屋で知り合い、仲良くなったそう。)
ビールジョッキ2杯で泥酔。
僕にしては飲み過ぎ。

みんなで一緒にホテルへ戻る。
楽しい福岡の夜だった。


4月15日

東京へ飛行機で戻り。
夕方帰宅。

北野武監督「アウトレイジ ビヨンド」Blu-rayを観る。
僕の周りの劇場で観た人たちは、前作のほうがよかったと言っていたのでどうなのかなぁと思っていたのだけど、そういうことか。
前作の方がわかりやすいというかポップだという意味ではわからないでもないけど、僕は今作の方が好きだなぁ。
圧倒的に虚しい。
エンドロールが流れる瞬間、虚しさに拍手したくなった。
もしくは、虚しさにガッツポーズ。
何もねぇなぁ、という。
ラストは「仁義なき戦い」のラストを彷彿とさせるなぁ。シチュエーションが。

黒澤明監督「七人の侍」Blu-rayで観る。
昔、VHSかDVDで観た時は2枚組だった気がしたけど、Blu-rayでは1枚。
真ん中の「休憩」が好き。
濃いめの映画2本観てクラクラ。


4月16日

事務所で健康診断。
湯浅とマネージャー中村と。
身体測定的なことをやったのは高校生以来だったけど、特に身長体重変わらず。
他にも目立った異常はなかった。
レントゲンと血液と尿検査の結果は後日とのこと。

次の仕事まで時間が空いたので、一人、東京国立近代美術館で開催中のフランシス・ベーコン展へ。念願。
ベーコンは僕がいちばん好きな画家。
画集や関連書籍諸々を結構持っているけど、生で作品を見るのは初めて。
ガラスのはめ込まれた、金の額縁に入った作品を間近で見れて感激した。
展示されている中では、スフィンクスの一連の作品が好き。
はしゃぎすぎて、色々グッズを買いまくってしまった。

普段は用事がない竹橋近辺をぶらつき、昼食にとんかつ。
それでもまだ時間があったので、皇居外周をぶらつく。
天気も良いし、風も気持ち良いし、緑も綺麗。
しかも全然人が通らない。
ランニングコースではない所だからなのか、本当に全然人がいない。
ベンチに座って作詞をするという、それっぽいことをしてみる。
実際、曲のアイデアがいくつか浮かんだ。
問題は期限までに形にする時間があるのかどうか。

ベボベLOCKS!収録。
収録後、SOL!スタッフと溜池山王の喫茶店イーグルへ。
お店のマスターが僕を憶えてくださっていて、声をかけてくださった。

帰り際、歌詞をふつふつと考えながら。

帰宅後、「七人の侍」を消音で流しながら曲作り。
昔はよくこんな風に映画VJをしながら曲を書いていた。


4月17日

自宅で制作。
花澤香菜さんコラボ曲のつづきを作りつつ、歌詞を書く。
良い1行目が全然浮かばず、悶絶。
別の曲に手をつける気もせず、延々悩む。
なんとか1コーラス分書き、寝かせる。

別曲の主題となるフレーズを考える。
これまで練り考えてきたことがひとつになる。
良いのを思いつく。

他にもいくつかアイデア出し。


4月18日

仙台へ車移動日。
今回は唯一。

東京が21℃くらいあったのに対して、仙台に到着すると気温10℃程度。
Tシャツで東京を出て、ヒートテックにジャンパーという格好で仙台に到着。

本屋へ行き、「雑食映画ガイド」を購入。
いつも行くうどん屋で夕飯。

ホテルの部屋で花澤さん楽曲の歌詞書き。
1コーラス書いた歌詞が全然気に入らない。
寝て起きて良くない場合は、良くない。
身悶えするほどしっくり来ない。

風呂で湯船に浸かりながら、「ミッション:8ミニッツ」をiTunesレンタルで観る。
劇場で観なかったことを後悔するほど、面白かった。
「LOOPER/ルーパー」的な時間モノではあるけれど、これとはまた違う哲学的な話。
最近の時間モノは面白い作品が多くて最高。

風呂からあがり、もう一度歌詞を粘り、J-WAVE「ハマペディア」に電話出演。
力尽きて、就寝。


4月19日

ツアー仙台Darwin公演日。

起きてすぐ歌詞を読み返して、なるほどしっくり来ない。
悔しいけど、諦めて会場へ。
リハーサルでまた細かい調整と確認。

本番。
仙台ってこんな感じだったっけ?というくらい、熱くて楽しいライブだった。
空気が薄くて溺れそうになりながらも、無事生還。
この瀬戸際でせめぎあっている感じが、ライブの実に好きなところ。
MCで話した「お洒落」についての話、意外と深い話だった気がするんだけど、どうだろう。笑
また次も一緒に盛り上がりたい。

本番後、観に来てくれていたMUSICA鹿野さんに会う。
駅弁をお土産にくれた。

夜走りで新潟へ。
途中、サービスエリアで食事。
40点の天丼を食べた。

深夜2時頃、新潟のホテルに到着。
湯船に浸かり、iTunesレンタルで「恋はデジャ・ブ」を観る。
「ミッション:8ミニッツ」の流れで。
この映画、凄く昔に観た記憶はある(クレジットによると1993年の映画)けど、「ループしてた」という印象しか残っていなくて。
で、観てみたら、超最高だった。
小学生だった自分にはそりゃわからないわなぁ。この深み。
自分でもループ作品作れないかなぁと思って考えてみたら、形としては「新呼吸」もループものだった。

歌詞をしばらくいじって、就寝。


4月20日

ツアー新潟LOTS公演。
天気も優れず、めちゃくちゃ寒い。
午後会場入りして、諸々の確認。

本番。
前々からいっていたようにLOTSは、日本で屈指の照明が熱くて、熱がこもる会場。
今回も相当覚悟してきたら、照明のワタナベ氏が調整してくれたらしく、すごく丁度いい熱さになっていた。
もっと早くやって欲しかった。笑
演奏も盛り上がりも良かったし、水に飛び込んだみたいな汗をかいたけど、すごく気持ちの良いライブだった。
またLOTSでライブやりたい。

着替えて準備して、僕だけ最終電車で東京へ戻り。
曲作りの時間を稼ぐため。

東京に着いたら多少マシかと思っていたけど、全然寒かった。

帰宅後、録画したまま観れていなかったドラマ「みんな!エスパーだよ!」第1〜2話をまとめて観る。
噂通りの攻撃力。
ただ、そもそも論だけど、いまいち品がないというか。
原作は若杉公徳さんの絵だから気にならなかったのか、これが実写だときつめの下ネタをずっと見させられている感じがする。
今後どう展開していくのかなぁ。

歌詞を書きながら、力尽きて就寝。


4月21日

起きて、買ったまま読んでいなかった「みんな!エスパーだよ!」原作3巻を読んだら、超展開でびっくり。

終日制作。
明日から2日間のプリプロでどうしても花澤さん楽曲をフルコーラス録っておきたいので、がんばって歌詞を形にする。
もう殆どそれで時間を使ってしまったけど、何とか良い所まで出来た。
RHYMESTERさん曲の準備もしておく。

朝7時くらいまでかかってまとまり、就寝。


4月22日

プリプロ1日目。

まず、今村Dと制作の打ち合わせ。
上がって来た来月のレコーディングスケジュールが、アクロバティックすぎ。
「24」みたいなスケールでお届けしようとしているらしい。このレコーディング。
現実的、物理的、時間的な問題を色々クリアしなければならない。
もう、やってみないとわからない。

花澤香菜さんコラボ楽曲の仕上げ。
フルコーラスを完成させ、各パートをまとめていく。
タイプとして瞬発力というよりも、丁寧な積み重ねが肝心な曲。
アレンジに普段しないような気配りを施しておく。
レコーディング時のことをシミュレーションしながら、とりあえず出来上がり。
歌詞に関しても微調整していった。

ここまででリハ終了まで1時間。
ここから45分くらいで、ほぼ1曲が出来る。
頭の中で朧げに考えていたことが、瞬発力と反射神経で形になった。
細部は後にまとめることにする。

帰宅後、明日のプリプロの準備。
歌詞を直したり、フレーズをいくつか考えたり。


4月23日

プリプロ2日目。
スタジオに到着後、体調にグラつきを感じたので病院を予約。

まず、花澤さん曲のフルコーラスをデモ録り。
オケを録り、唄入れ。
メロディーやキーやテンポの見極め。
キーがちょっと高そうなので、半音か全音下げることにする。
それに伴いテンポ感が落ちた気がしたので、テンポを上げる必要があるかの検証。
結果、テンポはそのままでいくことにした。

夜、Mummy-Dさんと宇多丸さんがスタジオに。
楽曲の軽い打ち合わせをしつつ、前回のプリプロで作ったパターンを検証。
パターンABCのうち、Bでいくことになる。
それから詰めていくが、どうも決め手に欠ける。
具体的に、サビが見えてこない。
逡巡をくり返した所で、スタジオ終了。
アイデアが上手いことまとまらずで悔しい。

帰宅後、サビを考えるもトンネルから脱せず。


4月24日

寝起きの感じからして、喉が腫れているのがわかった。
軽くめまいと気だるさもある。
昨日感じた予感で病院を予約しておいてよかった。
昼過ぎに、病院へ。
喉カメラで見ると、声帯は無事なものの、リンパや気管が炎症を起こしていた。
疲労から来る免疫力の低下が原因だろうとのこと。
ガックリしながら、点滴。

帰宅後、栄養を摂ろうとしっかり食事。
即就寝。


4月25日

ツアー赤坂BLITS公演。

寝起きの感じとしては、昨日より良い。
病院へ行き診てもらうと、先生も「昨日より良いね」と。
点滴を打てば今日はなんとか乗り切れるでしょうと言ってもらい、少し安心。
会場入りまで、長めに点滴を打ちつつ、ベッドで寝させてもらう。

会場入り。
リハーサルでおそるおそる歌ってみると、ちゃんと声が出た。
歌いすぎないように、リハを終える。

本番。
本番中、2〜3曲目からほとんど意識が飛んでいた。
目の焦点が合わず、お客さんやメンバーがどんな顔をしているのか見えなかった。
喉もふんばりが効かなかった。
気力でステージには立てていたけど、それで本当によかったのか、終わってから悩んだ。
無理せずギブアップして、改めて場を設けた方が来てくれたみなさんには満足してもらえたんじゃないかと。
ホームの東京でこんな状態で、悔しくてたまらなかった。
メンバーやスタッフが頑張ったよと声をかけてくれたけど、素直に喜べなかった。
そんなことを夜、自宅のベッドの中で順番に徐々に思い出してきて、つらかった。
観に来てくれたみなさんには、100%をお見せ出来ずで申し訳ないです。
6月の日比谷野音は、倍にしてお返しつもりで臨みたい。


4月26日

自宅療養。
最近睡眠が浅かったのだけど、久しぶりに深く眠れた。

だいぶ体調も良くなっていたので、クリーニング屋にだけ行って来た。
夕飯は出前を頼んだ。
普段やっていなかったHDDの整理など、地味なことをこなした。
ギターを弾こうと思ったけど、全然手に力が入らなくてやめた。

TOKYO MXテレビ「ニッポン・ダンディ」、恋愛映画特集がカオスで面白かった。

バカリズムさんのライブDVD「バカリズム案6」を観た。
「日本語に関する案」というのが凄いと前評判を聞いていたのだけど、本当に凄かった。
発想力と実現力が、段違いだった。
笑って、ちょっと元気になった。

たまっていた漫画や雑誌を読みつつ、早めに就寝。


4月27日

札幌へ移動日。

早起きして、仕事。
原稿など書類をまとめる。

午後、羽田空港へ。
GW初日ということで、電車も激混み。
トランクを持ち、まだ少しめまいが残る身体で挑む満員電車は結構こたえた。

夕方、新千歳空港に到着。
東京との温度差は11℃ほど。
まだ道路には雪が残っている所もあった。
イベンターさんの話によれば、「ここ10日間くらい、『天気良いなぁ』と思ったことがない」とのこと。
今年は特に寒く、桜も咲いていないらしい。
「東京は新緑の季節です」と教えてあげた。

ホテルにチェックイン後、夕飯。
羽田空港で崎陽軒のシウマイ弁当を買ってきておいたので、それを食べる。

制作中のRHYMESTERさんとの楽曲の見直しをして、つづきを作る。
言葉が先行していくと良いと思いながらも、なかなか書けずにいたサビを作る。
明日のリハーサル時に、軽く音を録ってみることにする。
新しく作らないといけない残り1曲を考えるも、いまいち膨らまず断念。

明日に備えて就寝。



4月28日

ツアーファイナル札幌Cube Garden公演日。

昨夜、ホテルの部屋の凄まじい乾燥に危機感を覚えたため、加湿器に加え、浴槽にお湯を張り、浴室のドアを開けて寝たのだけど、朝起きたら凄まじい結露。
寝ている間、ピチャピチャと音がしていたが、まさか結露の水が窓から落ちる音だったとは。
しかも、水が窓際のテーブルに流れ落ち、そのテーブルの上のPCがびしょ濡れに。
で、なぜこんなに結露したのだろうかと窓を開けてみて気付いた。
めちゃくちゃ寒い。
最高気温6℃。

午後、会場入り。
恐る恐る歌ってみたが、すこぶる調子が良い。
とはいえ、一応、歌いすぎずリハを終える。

リハ後、楽屋で新曲のサビのデモを関根と録る。

本番。
喉の調子も良く、気持ちよく歌えたし、バンドの演奏もすごくノッていた。
8本という短いツアーのファイナルだけれど、ベストアルバムのセットリストというのは今後なかなか出来ないであろうから、少しさみしい。
ダブルアンコールを終え、フィードバックのなか退場し、控え室へ向かう途中、フィードバックが止んだタイミングでお客さんの歓声がきこえた。
それがすごくツアーファイナルらしくて、嬉しかったし、達成感を感じた。
僕らは、みなさんが思っているよりもずっと、みなさんの声に支えられています。
その声がきこえる限り、良い演奏と良い歌を届けようと精進していく次第です。
今後も、どうぞよろしくお願いします。

打ち上げは、ジンギスカン。
肉が得意ではない僕でも、すんなり食べれる美味しいジンギスカンだった。
うに丼(小)も食べた。これもすごく美味しかった。
それで気付いたのは、うに丼みたいな贅沢品は、(小)くらいが丁度いいということ。
丼すぎると、途中からありがたみが下降していく。
というか、まぁ、飽きる。

ホテルに戻ってもいまいち眠くなく、思い立って歌詞を書くことにした。
なかなか良い仕上がりになったと思う。
朝8時頃、送信。
結局眠れず、チェックアウトの1時間前にすべての身支度を済ませて就寝。


4月29日

すべての身支度をして就寝したものの、5分寝坊。
新千歳空港へ。

出発まで割と時間があったので、お寿司でも食べようと空港を徘徊。
北海道にもなると回転寿司で充分美味い。
回転寿司屋をのぞいてみるが、40分待ち。
開き直って一人贅沢をしようと、回らないお寿司屋さんへ。
結構な値段の握りを頼むも、出てくるまで割と時間がかかる。
結局、味わって食べる時間が無く、定食を食べるようにバクバク食べてしまった。
中トロとか厚みがあってすごかったのに、味噌汁で流し込んでしまった…。

昼過ぎ、羽田空港に到着。
メンバー・スタッフと別れ、高速バスで渋谷。
6月26日発売3rdミニアルバムに収録される、ライブ音源のMIXをやっているスタジオへ。
「初恋」収録のライブ音源も一緒に作ったエンジニアの上條氏と今村Dと、収録する曲のセレクトをしていく。
良いテイクとライブのハイライトを上手く拾いつつ、ワンマンライブを「ライブ音源」として編んでいく。
前回のときも思ったけど、この作業が凄く面白い。
リアル素材からリアリティーを抽出し、デフォルメし、演出するその作業は、ドキュメント制作に似ている。

全体の流れや、音の方向が大方見えた所で作業終了。
深夜3時頃、スタジオを出る。

帰宅後、泥のような就寝。


4月30日

昼、起床。
超眠い。
こんなに眠たいのが久しぶりだったので、逆らわずに寝ていたかったが、準備をして家を出る。

スタジオにて、昨日の作業の続き。
音源として面白くなるように、細かい部分の調整をしていく。
今回は音の録り方がそもそも面白いので、録り音がすでに面白い。
余計なことをしないでも、面白い感じになっている。

夕食後、音源を通して聴き、最終調整をして作業終了。
ライブ音源完成。

データのコピーとバックアップを待つ間、スタジオで新曲の作業。
色々と考えなくてはならないことが多い。

今村Dに送ってもらい、帰宅。
1日眠かったので、待望の就寝。


5月1日

期待して寝たのに、思ったよりも眠れず。
早起きして、曲作り開始。
作業工程的に、今日中にまだ何も出来ていない1曲の形が見えないとつらい。
加えて、他の楽曲の組み立て&歌詞書き。

正午頃、まず何も出来ていない曲の平歌の部分が出来た。
サビを考えていくが、「歌詞が先に立つべき曲」なので、歌詞から入る。
自分の深い所に潜っていきながら、言葉を汲み上げていく。
自分で見たくない自分の部分を抽出しようとしている曲なので、書いていてつらい。
ただ、書いていてつらいけど、言葉になっていく、曲になっていく、という快感は伴っている。
メロディーもほぼ同時に出来る。
全体を整理して、おおまかにフルコーラスが出来た。
タイトルを「光蘚」とする。

夜、テレビでディズニー映画の「アラジン」がやっていた。
子供の頃、映画館で観て以来、妹と大いにハマった。
それからVHSがすりきれるほどくり返し観たし、CDが割れるほどサントラをくり返し聴いた。
あれから10数年観ていなかったけど、HDリマスターされた映像が綺麗すぎてびっくりしたし、改めて曲が本当に良い。
最後、普通に泣いちゃった。

仮眠をとって、夕飯。
関根にコーラスライン作りをふっていた花澤さん楽曲のデモが届いていたので、確認。
符割の構成を見直す必要があったので、考える。

次に、20%しか出来ていないRHYMESTERさんとの楽曲「The Cut」の組み立て、展開整理、歌詞書き。
頭の中で考えていたテーマとガチッとはまった気がした。
ある程度の所まで作っておき、明日以降スタジオでアレンジをしながら詰めることにする。
サウンドやフレーズが大事な曲なので。


5月2日

昼から、最終プリプロ1日目。

RHYMESTERさんとの楽曲詰め。
Mummy-Dさんと宇多丸さんが夜にスタジオに来るので、それまでにある程度全体を作り切っておくことに。
全体のグルーヴの調整などしつつ、夕方にはなんとなく全体が組み終わる。
夕飯を食べた頃に、お二人がスタジオに到着。
各パートの確認。
曲の方向性などを話し合いつつ、作業終了。
まだ出来ていない部分もありながら、曲の全体が見えてきた。

曲に関して、なんとなくひっかかるものを感じながら、帰宅。
明日に詰める曲の準備。


5月3日

昼から、最終プリプロ2日目。

以前のプリプロで1時間くらいでなんとなく出来てしまった曲を、ちゃんと整える作業。
しっかり家で考えて来たので、サクサクと進む。
かなりストイックでタイトな楽曲。
中盤の見せ場を検証しつつ、制作。
ベースの動き方や、全体の構成を細かく詰めて、夕方頃には完成。
シミュレーションしていた通りにいった。
タイトルを「ストレンジダンサー」とする。

夕飯を食べて、「光蘚」のアレンジへ移行。
あまりやったことがないゆったりとしたテンポ感。
意図的に長尺にしたけれど、演奏していて全然長く感じない。
今村Dにも聴いてもらうが、体感と実際の尺があまりに食い違っていて驚いていた。
やはり、全然長く感じなかったらしい。
これは良い反応。
メロディーも気に入っている。
ほとんど作り切り、関根にコーラスパートを宿題にして、終了。

手応えのある1日だった。


5月4日

昼から、最終プリプロ3日目。最終日。

スタジオにエンジニアの上條氏が来てくれて、デモを録っていく。
昨日詰めた2曲を再確認、直す所は直して、サクサクと録音。
花澤さん楽曲は特に気になる部分も無く、バッチリ。
「ストレンジダンサー」はコーラスの付け方を色々と試してみる。
本番の録りの時に、どういう風にダビングをしていくかシミュレーション。

夕飯を食べながら、デザイナー三栖一明とジャケットデザインについての打ち合わせ。
何度も話が脱線しながらも、本題に着地。
三栖氏との打ち合わせはいつもあれこれ脱線しまくるのだけど、そこにヒントが沢山あったりする。

打ち合わせ後、今村Dから「The Cut」のサビに関して提案。
ホリも同じようなことを考えていたらしく、言われて悩む。
楽曲内のバランスについて考え直す必要が出て来た。
伴って、作り直しをしなければならない部分が色々出てくる。
時間があればいくらでも検証したいが、時間が無い。
このタイミングでこういう作業をしなければならないのはキツいが、一昨日、どうも引っかかっていたのは、この部分なんだと自分でも思った。
葛藤がありながらもとりあえず手直しの作業に入るが、考慮するべき要素が多過ぎて、頭の中がまとまらない。
色んな可能性の中から的確な1つを選び出せない。
スッキリしないまま、最終プリプロ終了。
続きはレコーディングの合い間でプリプロしようということになった。

帰宅後、現状をMummy-Dさんと宇多丸さんにメールで報告。


5月5日

ここ数日の肉体的な疲れと精神的な疲れが一気にきて、沈む。

午後、Dさんからメール。
楽曲に関してどう思っているかという意見を色々とくださった。
僕が思う「自分の良くて悪い所」は「バランス感覚」だと思っていて。
楽曲内の丁度いいバランスをはかる力はある方だと思う。
ポップとロックのバランス、エッジとキャッチーのバランス。
今回、そのバランス感覚が空回りしているということを、Dさんに見抜かれていた。
「色々考慮しなければならないと思っている」、そんな考えが邪魔だと自分でもわかっている。
だけど、RHYMESTERさんに損はさせたくないし、自分達も今までにないかっこいいものを作りたいと思っている。
自分達の楽曲を普段聴いてくれている方たちに、ラップのかっこよさを知ってもらいたい。
RHYMESTERさんを普段聴いている方たちに、ギターロックの面白さを知ってもらいたい。
そんな想いゆえに、完全に思考の迷路にハマっていた。
でも、Dさんが『音楽たるもの、エゴイスティックであっていいんだよ』と言ってくれて。
それでようやく、僕がやりたいことにRHYMESTERさんが参加してくださるのだから、もっと引っぱらなきゃと思い直した。
遠慮ではないけど、民主的な制作になってしまっていたな、と。
このDさんのメールを受けて、ここまで思いつかなかった別ルートが見えたので、作業に入る。


5月6日

レコーディングに向けて、各楽曲の整理。
歌詞の細かい修正など。

夜、ベボベLOCKS!収録へ。


5月7日

昼、整体。
肩こり腰痛が酷過ぎたので、しっかり治してもらう。
疲労がしっかり残っていましたね、とのこと。

帰り際、思いつきでデパ地下でお弁当を買う。
北海道産かにといくらの。
GWも終わったし、かなりすいていた。
あまりデパ地下ってやつに興味が無かったけど、色々おいしそうなものが売っていて楽しかった。
帰宅後、即食べたけど、おいしかった。

明日からのレコーディングに向け、楽曲の準備。
メンバーにメールで確認しておいて欲しいこと、考えておいて欲しいことを伝える。
「The Cut」の作り直したサビが出来る。
今まで全く思いつかなかったメロディーだった。


5月8日

レコーディング1日目。
花澤さん楽曲「恋する感覚」完目標。

昼にスタジオに入り、ドラムとベースの音作り。
全体で構成の確認をして、録り。
3テイクほどでドラム・ベースは終了。
続けて、僕のギタータビング。
音色に関して色々と試しながら、重ねていった。
夕飯後、湯浅ギターダビング。
それほどダビングものが多い訳ではないので、比較的サクサクと進む。
0時過ぎ、完成。
それから、「The Cut」のプリプロ。
サビの変更、構成の見直し、新しいパートの作成。
なかなかな構成になってきた。
夜中3時過ぎ、終了。


5月9日

レコーディング2日目。
「ストレンジダンサー」のベーシック、「光蘚」のリズム完パケ目標。
(※僕らのレコーディング作業でいう「ベーシック」は、ドラム、ベース、小出ギターが入った状態のもののこと。)

昼にスタジオ入りして、「ストレンジダンサー」ドラムの音作り。
ドラムの音像イメージが昨日とはまた全く違うので、マイキングやミュートなど色々と検証。
合わせて、ベースの音色も検証。
とにかくタイトでBPMが速いので、それを体現出来うる音色を探る。
音色が決まった所で、ベーシック録りへ。
リズム隊は2テイクほどで終了。
続いて、僕のダビング作業。
音の重ね方に工夫が必要なので、検証をしつつ。
めずらしく、余計なものを引く、引き算なダビングだった。
この曲は別日で湯浅ダビング日を設けているので、ベーシック完パケで終了。

夕飯後、「光蘚」リズム録りへ。
まずは音決め。
リズムというよりも、ギターを重ねて作っていくタイプの曲なので、さりげない音色に設定する。
サクサクとリズム録り終了。
僕のギターもダビング日に一気にやることにする。

続いて、昨日に引き続き「The Cut」プリプロ。
昨日の作業で作った部分をさらに詰めていく。
サビのメロディーもパターンをいくつか考えておいた。
これで構成と大まかなアレンジは出来上がり。
あとはオケを録る日までに各自、細かい所は考えておくことにする。
僕は僕でMummy-Dさんと宇多丸さんと内容について詰める必要がある。

深夜2時すぎ、終了。


5月10日

レコーディング3日目。
花澤香菜さんとの楽曲「恋する感覚」唄入れ。

スタジオに昼過ぎに入ると、既に関根がブースでスタンバイ中。
声出しを兼ねていくつかテイクを回してみるが、全然声が出ていない。
スピーカー越しに聴いていて、風邪の引き始めの声だとわかる。
あまり無理をさせても仕方がないので、とりあえず関根の分は仮唄として入れておく。
そうこうしているうちに、花澤さんがスタジオ入り。
完全に初対面なので、緊張しつつ。
軽く曲についての打ち合わせをして、やってみましょうか、と。
準備ののち、いつも通りに「練習で」なんていう感じで通して唄っていただく。
バッチリ。
事前にデモとして、関根の唄やガイドメロを入れた音源をお渡ししていたけれど、すごく練習してくださったんだと思う。
唄い回しやニュアンスについて、自分のモノにして、唄ってくださっていた。
さらに何度か回すうちに、リズムや細かい発音や滑舌の精度が高まっていく。
僕もどこまで当日ディレクションをしようか考えていたのだけど、そんなものは無用だった。
花澤さんのそのニュアンスを活かして録っていこうと決める。
何より、本当に声そのものが素晴らしかったから、すべてのテイクが良かった。
そこから短いテイク数をいくつか貰い、ニュアンス違いパターン、コーラスパートなども貰って、唄入れ終了。
すごく刺激的なセッションだった。

花澤さんがお帰りになられた後、関根も帰す。
ここで、関根の唄入れ別日を確保するために、今村Dとスケジュールの相談。
数日後の予定だった僕の唄入れを急遽くり上げることに。
夕飯後、唄入れ開始。
全く唄うつもりでスタジオに来ていなかったので、声が出るか心配だったが、全然大丈夫だった。
むしろ調子が良かったので、サクッと終了。
そこからテイク選び、エディットがあって、深夜2時頃全体の作業が終了。


5月11日

午前中にPCのバッテリー交換のため、渋谷アップルストアへ。
内蔵バッテリーがかなり弱っていたらしく。

昼からレコーディング4日目。
小出・湯浅ギタータビング日。
最初に、「ストレンジダンサー」の、湯浅ギター入れ。
フレーズの検証をしつつ、途中僕も参加したりしつつ、スムーズに終了。
夕飯後、2曲目「光蘚」。
まずは僕のギター入れから。
とにかく必要な録り物の数が多いので時間がかかる。
ギターを変えたりしながら、音色も検証しながら録る。
湯浅のダビングも量が多いので、これもまた時間がかかる。
TD時の処理などもイメージしながら、万が一のための予備テイクも含め録っておく。
深夜3時過ぎに終了。


5月12日

レコーディング5日目。

昼過ぎにスタジオに入り、「恋する感覚」の唄テイク選び。
その他諸々のエディット作業をし、夕方頃から僕の唄入れ。
息の量や滑舌の調整をしながら、細かいニュアンスを探りつつ、録っていく。
テイク数的には普段と全然変わらないものの、曲の尺的な理由で唄入れが長丁場に。
4時間かかって終了。
良いものが録れた。
夕飯後、今村Dのテイク選び作業へ移るが、それも同じ理由で時間がかかる。
その間ソファーで寝落ち。
確認して、深夜3時に作業終了。


5月13日

朝からめちゃくちゃ頭が痛い。
天気が悪いせいかとも一瞬思ったが、首の凝りが原因だと睨む。
薬局で置き鍼を買って貼り、さらにバファリンを飲んだら徐々に良くなって来た。
バファリンってやっぱり効くんだな。

レコーディング6日目。
「The Cut」オケ録り。完パケ目標。

今回、せっかくRHYMESTERさんとの曲を作るということで、
レコーディングエンジニアも、RHYMESTERさんの録りの担当をされている村田さんにお願いする事に。
昼にスタジオに入り、まずはリズム録りから。
ラップが入る曲なので、リズムの音色には特にこだわる。
キックとスネアの音色を、ドラムテックの今村公治氏と共に検証していく。
単純にチューニングや太鼓の種類だけではなく、皮を取り替えたり、ビーターを替えたりして、色々と試す。
合わせて、ベースの音色の方向性も探る。
と、音作りに時間をかけるも、テイクは2〜3で終了。
続いて、僕のギター入れ。
モニター環境と、いつも自分がレファレンスにしている中村研一氏がいないことで、演奏に慣れるまで時間がかかってしまった。
フレージングやダビングの検証をしつつ、予備の録り物も一応入れておき、終了。
夕飯後、湯浅ギターのダビングへ以降。
合い間で、Muumy-Dさんから歌詞の内容に関する連絡。
明日の唄録り時に最終確認をすることになった。
深夜2時、作業終了。

帰宅後、歌詞の確認・修正をして就寝。


5月14日

レコーディング7日目。
「The Cut」唄入れ。

昼、初めて使わせていただくスタジオに到着。
HIPHOPやR&Bまわりの方たちが主に使う国内屈指のスタジオだそう。
ProToolsのスペックが国内最高峰らしい。
Mummy-Dさんと宇多丸さんと歌詞に関しての最終確認。
擦り合わせをして、修正が必要な部分は修正していく。
一通り終えたところで、僕の唄入れからスタート。
サビのメロディーの組み合わせがまだ決まっていなかったので、その検証をしつつ。
1時間半ほどで終了。
これにて、今回のレコーディングにおける僕の基本的な録り物はすべて終了。
感慨に浸るまもなく、続いて、Dさん、宇多さんの順に唄入れ。
テイクを重ねるごとに、滑舌やリズムがどんどんシャープに、どんどん鋭くなっていく。
中高生の時からずっと好きだった、RHYMESTERさんの生のラップレコーディングに感動。
昔の自分に自慢してやりたいことが、また一つ増えた。
検証が必要なものが一通り終わったら、あとはお二人がいつものやり方で録っていくとのことなので、お任せして僕はスタジオを後に。

久しぶりに、日をまたがずに帰宅。


5月15日

昼から僕だけ打ち合わせで渋谷某所。
色々と今後のためになりそうな会合だった。

午後から、レコーディング8日目。
関根の録りこぼしてしまった唄の録り日。
まずは、ハモを入れる必要がある曲を順に。
声の調子も良いようで、サクサク進む。
夕飯後、「恋する感覚」関根パートの唄録り。
何せ、すでに仕上がっている花澤さんの歌声がすごいので、負けないようなテイクを録るために必死になる。
滑舌も発生も並じゃない花澤さんなので、関根もプレッシャーがあるだろうし、大変な唄録りだったと思う。
かなりの時間をかけたし、かなりのテイク数を重ねた。
唄録りとその他諸々の作業が終わったのが、午前4時過ぎ。
長丁場に疲れ果てた。


5月16日

エンジニア中村さんの自宅作業のため、レコーディングがお休み。
どこかに行く気もせず、家で掃除とゲームをしていたら一日が終わっていた。


5月17日

レコーディング9日目。
午後、諸々のエディット作業に始まり、「The Cut」関根の唄録り。
サクサクと終了。
夜、RHYMESTERさんがスタジオへ。
Dさんと宇多さんのラップパートのブラッシュアップ。
どんどん研ぎ澄まされていく。
それから、追加録音物の確認と検証。
DJ JINさんから音素材が届いていたので、その確認もする。
22時過ぎに作業終了。
何となくダラダラと雑談へ移行。
一度はRHYMESTERさんと話してみたかった話題に。
メディアでは間違いなく出来ない話だけど、超面白かった。
日をまたぐ前に帰宅。

スタジオで仕上げ作業していたエンジニア中村研一氏から、仮仕上がりをした状態の音源が届いていたので、確認。
それを受けてリクエストや細かい指定をメールで返す。
かなり良い感じになってきている。


5月18日

朝イチで歯医者。
右下奥の親知らずを抜歯。
親知らずを抜いた後は結構痛そうだとか、腫れがしばらく引かないんじゃないかというイメージでいて、少し緊張。
ただ、先生が上手い方だったらしく。
まずは麻酔から抜歯に到るまでの手順がすごく丁寧。
そして抜歯も、「え?もう抜きました?」というくらい一瞬だった。
抜歯箇所を3針ほど縫って終了。
「綺麗に抜けましたよ。」とのことで、記念に抜けた親知らずを持ち帰ることにした。
なるほど、確かに綺麗に抜けている。
「ちなみに、穴を空けてペンダントもお作りできますよ。」とのことだったが、まぁ、辞退した。

一度、帰宅。
事務仕事をしているうちにだんだんと麻酔が切れてきたが、ジンジンとはするものの、特別痛くない。
かなり上手く抜歯してもらえたらしい。
ただ、さすがに派手なものを食べれる気はしなかったので、昼食をお粥にしてみる。
少し前に買い替えた炊飯器にお粥機能が付いていたので、それで作ってみる。
良い炊飯器なので、妙に美味しく出来てしまった。
これまであまり食べた事がなかった、お粥の良さに気付く。

夕方、ベボベLOCKS!収録。
自分の連絡ミスなのだが、よりによって親知らずを抜いたその日にラジオ収録が入ってしまった。
滑舌などが大丈夫か気にしていたが、特別痛みがないので全然しゃべれた。

夕飯もお粥にしてみる。
全然いける。

明日明後日のTDでいよいよレコーディングも終了。
ここまでの音源を曲順通りに並べて聴いてみたが、相当面白くてテンションが上がった。


5月19日

朝イチで歯医者へ行き、抜歯箇所の様子を見てもらい、消毒。
「経過も良いですし、お酒や激しい運動などももう大丈夫です。お酒を飲んで激しい運動をしても大丈夫です。」とのこと。
腕は良いけど、変な先生。

そのままの足でスタジオへ。
日曜日の新大久保を突っ切る。
少し早く着いたので、中村研一氏と軽く音の方向についての擦り合わせ。
その作業をしてもらっている裏で、ミニアルバムのアートワークとMVの打ち合わせ。
曲のテーマやイメージやリクエストをお伝えする。
田辺秀伸監督は今回初めてご一緒するので、どんなプランを持って来てくださるのかがとても楽しみ。

一通り打ち合わせ関連が終わり、TDへ。
そこから途中に夕飯を挟んで、朝5時までかかった。
ある曲に関して、Mixの具合がかなり重要なのはわかっていたけど、ここまで時間がかかるとは思わなかった。
でも、バッチリな仕上がりになったのではないかと思う。

帰路につくと、もう完全な朝。
タクシーの中で目を閉じて、気が付いたら家の前だった。
倒れ込むように睡眠。


5月20日

レコーディング最終日。

昼頃、起床。
スタジオ作業が夜からなので、それまで家でのんびりする。
お粥を食べ、時間が無くて全く観れていなかった「仁義なき戦い」Blu-ray Boxを観始めたりする。

夜、スタジオへ。
RHYMESTERさんが来る前に、Mix確認後、細かく仕上げをしていく。
この楽曲はエンジニアさんが違うので、モニターの具合や音の癖も当然違う。
耳を馴染ませながら、少しずつ加筆修正。
歌とラップとバンドオケの共存具合のバランスを調整していく。
細かい部分の演出や微調整もする。
2時間ほど作業した所に、RHYMESTERさんが到着。
出来上がった音源を確認してもらう。
DJ JINさんは僕らが来る前に一度スタジオに来て作業していたのだけど、僕が軽くバランスをいじってしまったので、その確認も。
歌とラップの関係性を特に重点的に検証し、作業終了。
RHYMESTERさんとBase Ball Bearメンバーで雑談タイムへ。
音源の録りやコピーやバックアップをしているなか、1時間以上盛り上がった。
名言も多発。
最高に楽しかった。
そして、全レコーディングも終了。
すべての音源が出揃った。
あとはいよいよ、マスタリングを残すのみ。

達成感に身を任せ、スタジオから家まで歩いちゃうか!と思ったが、バッグが重過ぎて途中で断念。
あっさりタクシーに乗って帰宅。


5月21日

一日オフ。

午後、店着日を狙い購入してきた、DaftPunk「Random Access Memories」を聴きまくる。
高1の頃、「Discovery」を聴きながら登下校していた自分を思い出した。
あのアルバムを良い音質で聴きたくて、それまでMDだったのをやめて、CDウォークマンに切り替えたんだった。
それ以降、CDはすべてCDケースごと学校の鞄に入れていたので、当時聴き込んでいたアルバムは大体、ケースがバキバキになっている。
そんなことを、そんな感覚を思い出しながら、じっくりと聴いた。
くりかえし何度も聴いた。
音によって、蘇る記憶や思い出。
音楽の素晴らしさを改めて体感させてくれる、素晴らしいアルバムだった。
こんな感じ、本当に久しぶり。

「RAM」に引き摺られ、Oasisの1st〜3rdを引っぱりだして聴いた。
幾重にも重なるギターの向こう側を感じれた気がする。

夜、お気に入りの鰻屋さんで鰻重を食べる。


5月22日

昼から3rdミニアルバム「THE CUT」マスタリング。

スタジオが自転車で20分くらいの距離なので、天気も良いし、自転車で行ってみることにした。
思ったよりも早く着いてしまい、スタジオ近くのそば屋さんにふらっと入ってみる。
初めてのそば屋さんでは必ずざるそばを食べるという自分ルールに乗っ取り、ざるそばを注文。
すごく美味い。
これはいい店を見つけてしまった。

メンバーが全員揃った所で、マスタリングを開始。
今回も1曲1曲がバラバラで音的なテーマも違うので、そのFinalMixの仕上がりを崩さないように、仕上げていく。
順調に作業は進み、22時頃、マスタリング終了。
作品が完成した。
1ヶ月前にはまだ何も無かった、ツアー中も予約を取っておきながら何も作れていなかった作品が出来上がった。
「Perfect Blue」の制作も相当タイトだったけれど、上回るタイトさで、正直かなり大変だった。
でも、その分、夢中で作業出来た。
全部注ぎ込んだつもりだ。

自転車で帰宅。
そのタイミングでコピーライターの嵐田氏から連絡。
お疲れ会しようということで、彼の家の近所へ。
出口さんも合流し、プチ渋谷会。
彼らが最近行きつけだという、ものまねマスターがマスターをやっているカラオケBAR?カラオケスナック?へ。
カウンターとテーブル席合わせて十数席の大きくはない店だけど、平日にも関わらず、盛り上がっている。
軽く飲み食いしながら、桑田圭祐さんのものまねが十八番であるマスターに唄ってもらう。
…すげぇ似てるし、めちゃくちゃ歌が上手い。
他の2人は聴き慣れているらしいけど、初見の僕にはなかなか衝撃的だった。
それから何曲か唄ってもらったけど、そのたびに「本物は違うなぁ」みたいなよくわからない感じになった。
そんなマスターがいるからか、お客さんも歌自慢が集まるらしく。
確かに、他のお客さんもみんな歌が上手い。
遅くなるにつれ、他のお客さんが徐々に帰っていき、僕らのカラオケ三昧に。
3時の閉店までがっつり楽しんだ。
店にハマる気持ちもよくわかる楽しさだった。

それから3人でしばらく路上で「旅行でも行きたいなぁ」なんていつもの話をしつつ、
また明後日(金曜日)あの店に行こうということになり、解散。
確かに今夜のグルーヴは数年前、渋谷会としてみんなで夜な夜なカラオケをしていたあの頃のそれに似たものがあった。


5月23日

昼、コンタクトレンズを買いに行ったり、掃除をしたり、色々。
映画「ジャッジ・ドレッド」Blu-rayを観る。
15年くらい前のシルベスター・スタローン版ではなく、最新版のやつ。
リメイクというかリブートというか。
前情報も特に無い状態で観たのだけど、「ザ・レイド」のような「死亡遊戯」プロットの映画だった。
普通にすげぇ面白かった。

夕方、「光蘚」のマスタリングへ。
「惡の花譜」収録の他の楽曲とのバランスも考慮しつつ、仕上げ。
いい感じになったと思う。

夜、アイドリング!!!遠藤舞さんソロデビュー楽曲の提供の話をいただく。
時間に余裕はあまりないけれど、良い曲を作りたい。

映画「悪の教典」Blu-rayを観る。
面白かったし好きだけど、生徒役のキャスティングから受けるノイズが余りに多すぎるというか。
他の学園モノの映画が脳裏をかすめまくるから、これはそういうメタ的なあれなのか?!と勘ぐってしまう。
たまたまだったとしたら、公開の順序とかなのかなぁ。


5月24日

プロモーション日。
昼、ユニバーサル社(※)へ。
※EMI MUSIC JAPANは先日、ユニバーサルと合併したため、僕らの所属はユニバーサル社内のEMI Recordsというレーベルになりました。

メイクついでに髪を切ってもらう。
伸びまくっていたので、さっぱりした。

まずは僕だけ、秋葉原のディアステージへ。
でんぱ組.incの夢眠ねむさんと対談。
共通の知人が多いのもあり、Twitterなどでは繋がりがあったけれど、まともにお話しするのは初めて。
お互い暗い学生時代を送っていたのもあって、実に良いグルーヴの対談だった。

その後、会社に戻り、取材3本と撮影2本。
20時半、仕事終了。

22時、一昨日約束した通り渋谷会が、しかもフルメンバーで開かれることになっていたので、一昨日のあの店へ。
最初は僕と嵐田さんと出口さんの3人。テーブルに着いた。
カウンターでは、女性1人のお客さんと、男性1人のお客さんと、女性2人組のお客さん。
カラオケで意気投合したらしく、それぞれ入り交じって歌っている。
僕ら3人は仕事の疲れもあるのか、いまいち低空飛行。
1時間ほど黙々と飲み食いしたところで、カウンターのお客さんが帰り始めた。
そこでようやくエンジンがかかってきた。
渋谷会メンバーの、デザイナー会社社長の通称・社長と、同じくデザイナー兼下北沢のものまね王・中村マナヴが合流。
本当に久しぶりに渋谷会首脳陣が揃った。
しばらくみんなでカラオケを楽しんでいると、マナヴがマスターに「鈴木雅之 対決」を挑む。というか、出口さんに仕向けらる。
普段、マナヴもかなり似ていると思っていたけど、やっぱりものまねでご飯を食べている人は違う。
マスターの圧勝だった。
と、気付くと、いつの間にかカウンターのお客さんが入れ替わっている。
奥から、真面目そうな40代男性1人、夜の仕事をしているらしい30代女性と40代男性のカップル、
店に来た段階でかなり酔っぱらっていて下ネタをかましたくて仕方がない40代男性、
マスターに「福山さん」と呼ばれている40代男性。
このお客さんたちもカラオケが大好きらしい。
みなさんひっきりなしに曲を入れ、歌っている。
特に、夜の仕事をしているらしい30代女性の方は、すごく歌が上手い。
演歌なども歌いこなしていたから、歌を嗜んでいたのかもしれない。
その連れの40代男性は、「ミスチルが大好き過ぎ」という印象。
恐らく、コンサートに行ったり、そのDVDをくり返し観ているはず。完全に桜井さんの歌い方だ。
そして、「福山さん」は文字通り、福山さんだった。
歌い方をまねしているというか、そもそも顔立ちというか、骨格が福山さんに似ている。
歌声が完全に福山さんだし、本人もそれを意識しているんだと思うのだが、福山さんの曲を連発。
歌自体も相当上手い。
そんな猛者たちが入り交じるカラオケに、「なんだこれ。笑」な出来事が連発。
マスターとミスチル男性による「奇跡の地球」に対して、こちらもマナヴと社長が「奇跡の地球」で対抗。
なんで対抗心を燃やしているのか全然わからない。別に似てないし。笑
そしてこの日のピークは、社長による“原曲キー”の「ハナミズキ」。
ファルセットを使うこと無く、普通に歌い切る(トップがCくらいまで全然出てた)。
そのあまりの凄さに店中が一つになった。
いや、わかんないけど。笑
その後、ライターの三宅さんが合流(※僕は昼間の取材で一度会っていた)。
駆けつけ一曲ということで「夜空ノムコウ」を披露。
そこで事件が起きた。
三宅さんが気持ちよく歌っているそこに、福山さんがハモで乱入してきたのだ。
さっきまでは全然それが普通だったのだけど、ここまでの流れを知らない三宅さんが(冗談でだけど)、「そういうのいいです。」と言ってしまった。
福山さん、ガチ凹み。
遠い目をしてさみしそうにチビチビとウィスキーを煽っている。
三宅さんもそれに気付き、まずいことしたなぁとなっている。
でも、ここで流石の中村マナヴ。
日本一空気を読む男。
これまで何度も悪くなりかけた場の空気を和ませて来た、Mr.Air Readingである。
そこへ流れ出す、福山雅治「家族になろうよ」。
マナヴが、もう一本のマイクを福山さんに差し出しながら、「福山さん、一緒に歌ってください。」と。
そして歌いだすマナヴは、福山ものまねである。
福山さんも嬉しそうにそこに加わる。
福山と福山による福山だ。
目を閉じて聴いていると、どちらがどちらなのか本当にわからない。
わからないほどに、福山である。
パートごとに交互に歌っていき、最後のサビはW福山によるユニゾンでシメ。
店内がふたたび一つになり、ふたりの福山が固く握手を交わした。
…なんだこれ。笑
でも実際、これで福山さんも満足したらしく、おあいそしてお帰りになった。
「またお会い出来たら。」と、マナヴとまた握手をしていた。
何年か前の渋谷会全盛期、あの頃はこんなことばっかりしていたし、こんなことばっかり起きていた。
常にハプニングを探していたし、刺激を求めて街を彷徨った(※カラオケしかしてないけど)。
この店と出会えたおかげで、あの頃のあの感覚ともまた出会えたような気がする。
…なんて、浸っていると、徐々に窓の外が明るんでいき、カウンターのお客さんたちも徐々に帰り始めた。
僕らもフィナーレに向い、「WOW WAR TONIGHT 〜時には起こせよムーヴメント〜」を歌う。
そして、最後はマスターにサザンオールスターズの「Ya Ya(あの時代を忘れない)」を歌ってもらって、シメ。
最高に楽しい夜だった。

店を出て、各々、タクシーを捕まえやすいところまで歩いて、散開。
僕もかなり酔いが残ったまま、帰宅。
またこんな風にみんなで遊べたらいいよなぁ。
iPhoneで山ほど撮った、僕を含むおじさんたちの集合写真を見て、思った。


5月25日

たまっていたやらないといけない雑用をこなそうとしていると、朝からお湯が沸かない、ガスが出ない。
給湯器のリモコンにエラーが出ているので調べたら、ガスの元栓のエラーであった。
家の裏にまわってガスメーターを見てみると、赤ランプが点滅している。
隣の家で大規模な改装をしていたので、そのバタバタでメーターに振動が伝わり、ガスが止まったようだ。
リセットして無事に解決したものの、朝からめんどくさかった。

PS3「バイオハザード リベレーションズ アンベールドエディション」を始めた。
が、やり始めてすぐ、なんか違うなぁ…となってしまった。
このゲームは3DSだったから丁度良かったのかもしれない。

夜、かなり久しぶりにジョギング。
4.5kmほど走ったら、脚が即、筋肉痛になった。
無理せずまた身体を慣らしていこうと思う。

帰宅後、シャワーを浴びてから、「仮面ライダー×仮面ライダー ウィザード&フォーゼ MOVIE大戦 アルティメイタム」Blu-rayを観た。
坂本監督らしい、アクション&フェチ全開の映画だった。
ポアトリンを何で出したのかよくわからない。笑
最近の仮面ライダーの映画の全部盛り感すごい。

眠くなるまで仕事。


5月26日

昨日のジョギングの筋肉痛が引き続き凄まじい。
電話で仕事の打ち合わせ。

昼、MVの打ち合わせでユニバーサル。
監督が出してくださった案がすばらしかったので、一瞬で打ち合わせ終了。
面白くなりそう。

PS3「仮面ライダー バトライド・ウォー」を始めた。
ホリがあんまりハマらなかったと言っていたのでガッカリしていたけど、いざ自分でやってみたら面白かった。
ステージ数が少なさそうなのでそれはやや不安。

夜、眠くなるまで仕事。


5月27日

昼から色々連絡したり連絡受けたりしつつ、仕事の準備の仕事。
夜、遠藤舞さん提供曲のプリプロ。
ピアノを入れるというテーマなので、鍵盤を弾ける友人に来てもらう。
また、音を出せる環境が必要だったので、学芸大学メイプルハウスのディレクターをやっている友人の保坂君にメイプルのステージをお借りする。
朝までプリプロ作業。
1コーラス出来あがる。


5月28日

昨日に引き続き、昼から遠藤舞さん楽曲の準備。
夜、メイプルハウスでプリプロの続き。
フルコーラスが一通り出来上がる。

その帰り、保坂君の新車で横浜の方までドライブ。
とは言っても真夜中だし、やることもないので、コンビニでカップラーメン買って食べて、帰ってきた。


5月29日

昼に健康診断の再検査。
再検査といっても、元々の体質的な部分が出ちゃったみたいなあれなので、特にあれだと思うけど。

思ったよりも早く終わり、時間が出来たので本屋へ。
最近チェック出来ていなかった新刊をまとめて買ったのはいいけど、買いすぎた。
10冊も本を持って出歩くハメになるということを全然考えてなかった。

午後、事務所制作まわりの打ち合わせ。
今年はもう終わっているようなものだなぁ。
なんなら、年も明けてる。

帰宅後、曲作り。

筋肉痛もおさまったので、深夜、ジョギング。
また5kmほど。
今度は筋肉痛が出る事もなく。


5月30日

終日、遠藤舞さん楽曲の制作。
夜はまたメイプルハウスで。
フルコーラスの細かい調整をして、デモを録り、作業終了。
ピアノの似合う、良い曲になったと思う。


5月31日〜6月1日

取材日。
今日はRHYMESTERさんも一緒。
昼から、1本目に宇多丸さんと撮影やインタビュー。
2本目と3本目はMummy-Dさんも合流。
4本目と5本目はまた宇多さんと。
22時頃終了。
今回のコラボ制作をお二人がどう捉えていたのか、僕らをどう思ってくれていたのかを聞けたりして楽しかった。
僕の試行錯誤や紆余曲折が多かった制作だったけど、やはり、お二人は見守ってくれていたんだなぁ。
いい作品が出来て本当に良かった。
やり切れて良かった。

帰宅後、2時間ほど仮眠。
5月31日締め切りの「閃光ライオット」案件のデモ制作へ。
作り始めてから、イメージしていた感じから段々遠のいていき、そもそも曲自体が何だか違うなぁとなる。
それでも締め切りなので、一旦作り切る。
作りきっておきながら、完全作り直しを決める。

家を出る1時間前に作業が終わるが、寝たら確実に起きれないと思ったので、シャワーだけ浴びる。

昼から事務所にて、遠藤舞さん楽曲の作業。
編曲を、ベッキー♪#さん案件でお世話になったアゲハスプリングスの釣俊輔氏にお願いしたので、釣さんと方向性やイメージの共有。
昨日までの作業段階の音源を聴かせてもらうと、すでにかっこ良くてやばい。
仕上がりが実に楽しみ。

夕方、作業を終えて帰路につくと、事務所のある外苑前駅前が爆込み。
野球の早慶戦があったらしい。
駅の外側にも人が溢れかえっていて、駅にすら入れない。
仕方なく、タクシーで帰宅。

帰宅後、眠くなるまで「仮面ライダー ガンバライド・ウォー」をやろうと始めるが、即眠くなり、就寝。
長い1日というか2日間だった。

日記を読み返してみると、2ヶ月前の4月1日もまったく同じような1日を過ごしてたんだなこれ。


6月2日

数日間の疲れもあり、寝て起きてをくりかえしつつ、家で出来る仕事をこなしつつ。
そんな日曜日。

夕方、雑用ついでに隣の駅の釜飯屋に行ってみたものの、評判ほどでもなく。
何より、席からすぐ近くの水場で店員さんが食器を洗うその仕事が雑すぎてドン引き。
僕、そういうのいちばん気にする人だから。


6月3日

昼から事務所で野音セットリストの打ち合わせ。
ツアーで募集したリクエストも照らし合わせつつ、自分達でやりたい曲を選びつつ。
ある程度の流れは考えておいて、あとはスタジオで組み立てようということに。

そのままメンバー全員で移動して、ベボベLOCKS!収録へ。

帰宅後、たまっていた本や漫画をダーッと読んだ。


6月4日

取材日。
昼にユニバーサル社へ。
メイクをし、撮影&取材を4誌。
コメント録りなどをこなして、あっという間に夜。

そのまま、「The Cut」MVのフィッティング(衣装合わせ)。
全員ちょっと大人っぽい雰囲気。
ただ、こういう時はだいたい堀之内さんだけ親戚のおじさん感が出てしまうので、その調整。
彼だけ妙に色々なパターンを試したのち、無事に監督のOKが出て、終了。

帰り支度をしていると、テレビでW杯予選の日本対オーストラリア戦がやっていた。
全然どういう事情なのか知らなかったのだけど、マネージャー大久保に聞くと「今日で出場が決まるかもしれない」とのこと。
これは渋谷とか大変なことになるんじゃないのか?と思ったら、怖いもの見たさで渋谷に行ってみたくなった。
渋谷会のみなさんに連絡してみると、みんな都合が合うようなのでそのまま渋谷へ向かうことに。

21時前、渋谷駅に到着。
駅前のスクランブル交差点はたしかに異様な雰囲気。
警察やらバリケードやら中継車やらがあちこちに。
でも、思っていたほどの混雑はしていないし、まぁこんなものなのかなぁと、少し拍子抜けする。

21時過ぎ、デザイナー中村マナヴの事務所に着くと、丁度、1点入れられたところ。
事務所の下の階の飲み屋から「あーーーーー」という声が響いてくる。
「これは今日はないっぽいな」とか言っていたら、PK、そして、本田が決めて同点。
今度は下の階から「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」という声。
そのまま試合終了。
すると、渋谷中から「ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」という獣のような咆哮がきこえてくる。
この、一度凹んでからアガる感じはやばいだろうということで、マナヴとスクランブル交差点方面へ。
途中、ライター三宅さんが合流し、GARAGE出口さんも合流。
道玄坂から下っていき、109近辺に着くと、規制でスクランブル交差点の方へ行けない事がわかった。
すると、行き場を失った“騒ぎたい人たち”が、109前の小さいスクランブル交差点へ集まって来たので、その様子を観察してみることに。
ここで、嵐田さんやドラゴンさんも合流。
あちこちで始まったハイタッチの輪が徐々に大きくなり、それが、交差点の真ん中への猛ダッシュへと形を変えていく。
その集団心理というか、本来の動機が失われて、その行為そのものが目的になっていく様が結構怖かった。
しばらく観察して、みんなで韓国料理屋へ。
「あのノリすげぇなぁ」とか言いながら、食事をして、解散。


6月5日

昼から野音のリハ。
先日の打ち合わせを受けて、演奏する予定の曲を練習していく。
最近は全く演奏していなかった曲もあるので、重点的のその曲の練習。
アレンジの補強が必要だと感じた曲もあり、主にリズムアレンジを見直し、組み直す。
良い感じになった。

帰り際、前々から気になっていた素朴な定食屋に行ってみる。
素朴でおいしかった。


6月6日

昨日に引き続き、野音リハ。
曲の練習と、昨日リアレンジした楽曲の細かい部分の直し。

帰りに昨日と同じ素朴な定食屋へ。
何食べても素朴でおいしい。


6月7日

昼から「The Cut」MV撮影。
午前中にスタジオ入りして、メイク。
RHYMESTERさんも一緒。
まず最初に、アーティスト写真の撮影から。
MVのセットの中で、メンバーのみのパターンと、RHYMESTERさんも一緒のパターンを撮影。
続いて、MV本編の撮影へ。
今回は1カットで長回しの撮影。
つまり、演者も撮影も間違えてしまうとやり直しになってしまうので、全員で何度もリハーサルを重ねる。
体に動きが入った所で、本番。
1テイク目は、噛み合いがいまいちだったものの、テイクを重ねるごとにグルーヴが生まれていく。
7〜8テイク目で撮影終了。
予定時間よりもかなり巻いて終わった。
撮影した手応えそのままに、相当素敵なMVになったと思う。


6月8日

終日楽曲制作。
成果無し。


6月9日

取材日。
昼から、ユニバーサル社にて。
インタビューのみの取材をまとめて。
1時間の取材×5本を一気にやったので、完全におしゃべりハイになった。

何となく呂布に連絡してみると、渋谷にいるとのことなので、合流する事に。
ふたりで渋谷をぶらぶらしていたら、渋谷AXでLUNKHEADのライブをやっていることに気付き、AXまで行ってみることに。
どんな雰囲気かを見に行くだけのつもりだったのだけど、AXの入り口でたまたま嵐田さんに遭遇。
嵐田さんがスタッフさんにかけあってくれて、僕らも入れていただけることに。
フロアへ行くと、すでに終盤だったのだけど、素敵なライブだった。
初披露された新曲がすごく良かった。
ライブ終了後、会場に元・チャットモンチーの高橋久美子がいて、久しぶりに話せた。
彼女がチャットを脱退する直前に、レコーディングスタジオで偶然会った以来だったので、もう2年以上ぶりだったと思う。
変わらず元気そうで良かった。

同じく会場で偶然会った、ドラゴンさんやライター三宅さん、DJミラーボールとして出演していた村瀬社長と、先日の韓国料理屋へ。
軽く食事をして、解散。


6月10日

昼から野音ライブのリハ。
前回、ざっくりと決めてあったセットリストを試しに通してみる。
既に良い部分もあれば、全然かみ合っていない部分も。
曲間や曲のつなぎの検証をして、ライブのオープニングの流れを作り、練習。

クタクタになって帰宅。


6月11日

引き続き、昼から野音ライブのリハ。
昨日のリハで浮上した改善点を重点的に検証、手直し、練習していく。
一度作りかけたセクションを取りやめて、新しく作り直したのだけど、それが結構色んな意味で痺れた。
ヒヤヒヤもありつつ、出来上がったときの「やっぱこれだな」感。


6月12日

引き続き、昼から野音ライブのリハ。
ブロック確認をしてから全体を通してみるが、どうしても終盤の流れが気になる。
曲を入れ替えたり、つなぎを変更してみたりしてみるが、上手くはまらない。
焦りが残りつつ、リハ終了。


6月13日

昼から野音ライブの最終リハ。
昨日のリハで煮え切らなかった部分を検証、変更のち、全体通し。
大体良かったものの、もう一段階良いものになる気がしてしまう。
気になっていた終盤の流れをさらに追求することにした。
つなぎ方と曲を入れ替え、リハ終了。

帰宅後、リハ音源を聴き直してみるが、本当に終盤の流れのごく一部分についてが気になる。
スタジオで変更したものを、頭の中で練り直す。
当日のリハで調整することにする。


6月14日

朝、整体へ。
リハの連続で疲れた身体を整えてもらう。
結構痛かった。

帰り際、デパ地下へ。
ぐるっと見た感じ、あまりピンとくるものが見つからなかったので、無難かつ鉄板、崎陽軒シウマイ弁当を買う。
夕飯もシウマイが食べたいと思い、シウマイのみのセットも買っておく。

夕方、テレビの天気予報で「明日はまぁほぼほぼ雨です」的なことを言っていた。
「都内はまず雨ですね」的な。
「夕方は雷雨ですね、はい」的な。
天気予報士の眼鏡を叩き割ってやりたかった。
でも、実際、ネットの天気予報など何を見ても雨の予報。
雨の野音を覚悟した。

軽くライブの練習をして、早めに就寝。


6月15日

日比谷野音にて「日比谷ノンフィクションV」。
朝から晴れそうだったが、メンバーの集合場所へ着くと、もう完全に晴れ。
どこからどう見ても晴れ。
野音に到着し、リハをしている間も、信じられないほど晴れている。
実はこれまでの「日比谷ノンフィクション」シリーズは、毎回雨予報の中で開催しているが、一度も雨に降られていない。
それでも、曇天ではあったのだけど、これほどまでに晴れているのは初めて。おまけに暑い。
そんな逆転っぷりに、メンバーもスタッフもテンションがあがっていた。
セットリストの細かい確認、最後の修正をして、リハ終了。

本番。
演奏していて、最高に気持ちがよかった。
昼から夜に変わっていく野音ならではの景色や涼しい風と、最後まで気にしたセットリストの流れが上手く絡み合ってくれたと思う。
ライブが終わったあとの、みんなの表情から良いライブだったなぁという実感。
また「日比谷ノンフィクションW」やりたいな。
会場に来てくれたみなさん、ニコ生で観戦してくれたみなさん、どうもありがとう。


6月16日

午前中に地元へ。
祖父の三回忌。
祖父が亡くなって2年が経つけれど、祖父関連の行事に出れるのは今回が初めて。
10数年ぶりに会う親戚も居たりで、みなさまに挨拶したりなどして。

お坊さんがお経をあげてくれたのだけど、ああいう静かで厳かな空気の中にいると、すべてのことが面白く思えてくる。
お坊さんがお経をあげながら、妙に長い棒みたいなのを振り回すのだけど、それがツボってしまって堪えるのが大変だった。
あと、親戚のおじさんの焼香のあげかたとか。
焼香の煙でずっとむせてる親戚のおばさんとか。
おじいちゃん、ごめん。笑

その後、みんなでお墓を掃除して、線香をあげて、お清めの食事。
おじいちゃんをきっかけにみんなが集まって、おじいちゃんの話をして、笑って。
なんていうか、楽しかった。

実家に寄り、休憩。
夕方、父の運転で家まで送ってもらう。

帰宅後、早めに終わらせておきたかった作業をやって送信。
明日からのプリプロの準備。
相当ヒヤヒヤする。


6月17日

昼から、SOL!閃光ライオット応援ソングの制作、プリプロ。
3日間プリプロをして、その翌日から3日間でレコーディングをして完成させる。
スケジュール的にこの曲の制作をする時間が作れず、こんなギリギリの制作工程になってしまった。
かなり怖い。
先日(※5月31日参照)僕ひとりでデモを作りはしたけれど、その出来が全然違うなぁという感じだったので、全く別の曲を作ることにした。

10時間スタジオにいて全員が「!!!」となったアイデアが見えたけれど、今回のテーマには合っていないので、今後の「貯金」とすることになった。
それはそれで嬉しいのだけど、肝心の楽曲は見えず、作業終了。

帰宅後、曲を考えるも良いアイデアが浮かばず。


6月18日

昨日に引き続き、昼から制作。
右に行ったり、左に行ったりをしながら、夜には何となく曲っぽくなる。
が、お題に対してどうもしっくり来ていない。
作業終了時間になった頃、ベボベLOCKS!の放送。
スタジオでみんなで聴く。
「曲が完成しました!」と面白おかしく話しているが、現実のスタジオ内はすげー重い空気。
ため息まじりで、スタジオを出る。

帰宅後、朝方まで曲を考えるも良いアイデアが浮かばず。
ふて寝。


6月19日

プリプロ最終日。
起きてから曲の続きを考え始めるも、頭が全然起きていない。
2時間くらいぼーっとしてしまい、結局家を出る時間。
電車に乗る気もせず、タクシーでスタジオへ。

スタジオに着き、鍵盤の前に座り、何となくAメロを弾き始めたら、今まで全然思いつかなかったラインが突然出てくる。
その場でAメロ〜Bメロが完成。
すでに昨日出来ていたサビをくっつけたら、バッチリいい感じになった。
そこからはもうトントン拍子。
アレンジを進めつつ、歌詞も同時に書きつつ、コーラスラインなども考えつつ。
あっという間にフルコーラスが完成した。
タイトルを「senkou_hanabi」とする。
晴れ晴れとした顔で、スタジオを出る。

帰宅後、メロの直しと、歌詞の推敲。
続いて、届いていた遠藤舞さん楽曲の歌詞を手直し。
最終バージョンとなっていたけれど、いくつか気になる点があったので、その提案をさせていただくことにした。


6月20日

レコーディング1日目。
「senkou_hanabi」オケの完パケ目標。
今回はダビング日が無いので、すべてを録り切らないといけない。

昼にスタジオ入りして、リズムの音色決め。
閃光ライオットの応援ソングということで、若々しいサウンドをテーマにして作ったので、音色も若々しい感じにしたかった。
バンド物のオケの場合、リズムの音色がまず物をいう。
瑞々しい音色のスネアを作り、キット全体の音色を決めていく。
ベースも太くてバンドらしい音になった。
最近は僕のギターもダビングで録ってしまうが、今回は僕も一緒にベーシックを録る。
湯浅以外の3人で、3〜4テイクを回し、テイク選び。
勢いのあるテイクが録れた。
僕らのレコーディングの裏で、遠藤舞さんの唄録りをしていたそうで、ディレクターさんと最終的な歌詞のやり取り。
とてもいい歌詞になったと思う。
続いて、僕のダビング物。
とはいえ、今回は若々しい感じに仕上げたいので、あまりダビングするつもりはなく。
隠し味を2つ3つ入れて、終了。

夕食後、湯浅のダビング。
湯浅の通常セッティングで当ててみるが、どうも音色的に抜けて来ない。
全体的にハイ上がりに作ってきたので、中音域に寄っているいつもの感じだと、妙に浮いてしまう。
なので、アンプやギターを替えながら、検証をしていく。
手持ちの機材すべての組み合わせを試し、音色を決定。
続いて、曲頭から録り始めるが、フレーズがいまいちハマりが悪い。
そこまでの検証をしている時間がなかったので、僕もあまりフレーズを把握しきれていなかったのが仇になった。
その場でフレーズを作り直す。
結局、ちゃんと録り始めるまで2時間以上かかってしまったが、そこからは順調に録音が進んだ。
0時過ぎ、レコーディング終了。

帰宅後、明日の歌入れに備えて、歌詞を書き直す。
スタジオで合間を見てちょこちょこいじっていたが、しっかり見直す必要を感じたので。
朝方までかかって、書き上げた。


6月21日

レコーディング2日目。
午後、スタジオ入りして、唄入れ。
マイクの前で声を出し始めても、かなり疲労が残っている感じがして、声の立ち上がりが悪い。
体が全然鳴らない。
昔はよくこういうことがあったけれど、最近は全然なかったので、若干焦る。
休み休み声出しをして、やっとエンジンがかかる。
ただ、持続する気もしなかったので、今村Dに短時間で勝負を決めようと話す。
そこから約2時間、唄入れ。
元気を振り絞り、唄入れ終了。
夕食後、今村Dのエディットをしている裏で爆睡。
その後、今村Dは「吉村秀樹会」へ顔を出しに行ったので、僕とエンジニア中村研一氏とで関根の唄入れ。
今村Dがスタジオに戻ってきた頃、すべての作業終了。

スタジオを出て、スタジオのそばのジョナサンへ。
軽食をして、閉店まで原稿書き。
朝5時のタクシーから差し込む明かりが目に痛かった。
帰宅後、爆睡。


6月22日

レコーディング3日目。
TDチェックが夜からだったので、昨日は目覚ましをかけずに寝た。
途中、宅急便が来て起きたが、夕方まで爆睡。
寝溜めが出来てよかった。

宅配便の荷物は、最新のMacBook Air。
僕はMacBook Proを自宅ではディプレイにつないでデスクトップ扱いにして、外でも同じ環境で仕事出来るようにしていたのだけど、
制作や現場に持ち歩くことが頻繁になり、荷物が重くて肩がやばくなってきたので、外出用に購入することにした。
家を出るまで、設定や必要なデータの移行をする。

夕方、隣町で夕飯を食べようと思い、ぶらついてみるも、目当ての店が混んでいたり、今日に限って休みだったり、先月末に閉店していたり。
仕方なく入ってみた饂飩屋さんが、絶妙においしかった。
また行きたい。

その足で、新宿へ。
MacBook Air用のケースやアクセサリーを購入。
さぁ、スタジオに向かうか…というタイミングでTDチェックの時間が1時間押しに。
なので、喫茶店で原稿書き。
MacBook Airの軽さと速さに感動。

スタジオでTDチェック。
すでにバッチリな仕上がり。
さらに細かいEQなどの調整をして、詰めていく。
滞り無く、すべてのレコーディング作業が終了。

帰り際、すき家で牛丼ライトを食べて、新宿駅近辺まで夜中の散歩。
午前4時帰宅。


6月23日

ついに、終日オフ。
昨日も目覚ましをかけずに寝て起きたら、夕方。
寝起きで隣町の鰻屋さんへ行き、食事。
昨日食べれなかったから、わざわざ予約してまで食べに行った。
食後のデザートに、ミスタードーナツのカルピスドーナツを食べてみた。
面白い味だった。

あとは長風呂したり、調べものをしたり。
来週タマフルでBerryz工房の嗣永桃子さんについて話すことになったので、その準備も。
エッセイ「ももちのきもち」を読了。
興味深いことも色々書いてあった。


6月24日

正午、出口さんと祐天寺で会合。
出口さんの結婚式がもうすぐあるので、彼と奥さんの写真をまとめて渡しに。
結婚式を挙げるとなると何にでもお金がかかって大変だという話を聞く。
本当にちょっとしたことすべてにオプション料金が発生するらしい。
「いっそ動きたくなくなる」というのが面白かった。
僕ら渋谷会もお手伝いさせてもらう。
素敵な式になるといいな。

軽く昼食をとったあと、歩いて目黒区役所へ。
無料で使える茶室があるので、そこでまったり。
特にやることもないので、ちょっと休憩して、中目黒を経由し、代官山まで歩く。

初めての代官山蔦屋。
噂には聞いていたけど、確かに大きくて、おしゃれっぽい人たちが多かった。
敷地内にある写真屋さんで、今日彼に渡した写真を幾つかプリントしてみた。
最近は写真はすべてデジカメだし、画像ではなく「写真」として持つことが殆どないけれど、
いざプリントしてみると、ディスプレイ上ではわからない「写真」の良さがあって、ちょっとグッときた。
プリントした写真は彼にプレゼントした。

蔦屋前で友人の保坂くんと合流し、彼の車で武蔵小山へ。
商店街をぶらぶらしつつ、立ち飲みの焼き鳥屋で立ち食い。
焼きたてのつくねが美味かった。

その後、下北沢ガレージへ。
しばらくガレージに行っていなかったので、スタッフの大橋さんと話したりダラダラ。
そのまま夕飯もガレージで食べて、眠くなったので、帰宅。

帰宅後、熟睡。


6月25日

昼過ぎまで寝ていた。
寝れるときに寝ておかないと。

タマフルでの嗣永桃子さん特集へ向けて企画をまとめる。
DVDマガジンやらラジオ音源やらをチェックしていく。

夜、タマフル打ち合わせ。
かなりの熱量で喋ったと思う。
この感じで当日も喋ればいいんだと思う。笑

そのまま、School of Lock!の生放送へ。
閃光ライオット2013応援ソング「senkou_hanabi」の初オンエア。
反応も上々なようで一安心。

生放送後、TFMから一番近いファミレスまで歩いてみたら、またジョナサンだった。
ジョナサンで軽食と原稿を書きをして、帰宅。


6月26日〜27日

基本的にOff。
CD発売日だけど、逆にOff。
この3ヶ月ほど出来ていなかった掃除に手をつける。

週末のタマフルに備えて、嗣永桃子さんについての資料に目を通しまくる。
資料というか、DVDマガジン。

遠藤舞さんのソロデビュー曲「Today is The Day」の完成音源が届く。
バッチリな仕上がりだった。
情報解禁に向けて、コメントを書く。


6月28日

夕方、「THE CUT」発売記念JAMBORiii STATiON。
ライター三宅正一氏を迎えて。
主に、ここ数ヶ月のスケジュールに関する愚痴について。笑

終了後、三宅氏と渋谷へ。
ふたりで飲み。
意外とふたりっきりは初めて。
新作についてや、今後について語る。
店のラストオーダーのタイミングで、嵐田光氏が合流。
2軒目へ。

2軒目では、最近の仲間内まわりについて、おでんをつまみながら。
ラストオーダーまで3人でしみじみと飲み。


6月29日

昼に起きて、ひたすらタマフルの準備。
ひたすら内容整理。

夜、TBS入り。
テレビの方では「音楽の日」を放送中で、局内にピリピリした空気が漂っていた。
本番。
23時過ぎから24時頃まで、50分、自分のプロモーションはほどほどに嗣永桃子さんの歴史について、とにかく語った。
特に誰に頼まれた訳でもなく、勝手にやったプレゼンだったわけだけど、やりきれてよかった。
次回は是非、「ほんとにあった!呪いのビデオ」特集で。笑

放送終了後、タマフルスタッフのみなさんと本編で語っていたDVDを鑑賞。
友達ん家な感じですごく楽しかった。


6月30日

Off。

夜、「ゴッドタン キス我慢選手権 THE MOVIE」を観に行く。
劇場で2時間、最初から最後までみんなが笑いっぱなしなんて映画、他にはないと思う。
劇団ひとりさんの冴えまくりのアドリブも、素晴らしすぎる。
途中、普通に「キス我慢」というのを忘れて見入ってしまっている所へ、趣旨を思い出させるような展開が起きる。
その緩急も本当によく出来ていた。
posted by bbb at 22:19| 小出祐介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月05日

日記


3月1日

昨日に引き続き、バンドリハ。
昨日の練習で割と本気で疲れていたらしく、演奏の立ち上がりが悪い。
情けない。
ツアーに向けて、演奏する身体を作っていかないと。

帰り際、土砂降り。
まっすぐ家に帰る。


3月2日

午前中、関根とJ-WAVEの生放送に出演。
なかなか午前中に生ゲストで呼ばれることが無いので、新鮮だった。

夕方、オカモトズのレイジに誘われ、ラッパーのギブンと渋谷WWWヘ。
テレビブロス25周年記念イベントを観に行く。
大好きだけど、なかなか生で観る機会がなかった方たちを沢山観れて最高だった。
清水ミチコさんのものまねメドレー。
念願の生ミッちゃんに感動。
「フラッシュバックメモリーズ3D」の松江哲明監督とGOMAさんのトーク、そして、GOMAさんの生演奏。
ディジュリドゥの倍音とグルーヴに超やられた。素晴らしかった。
マキタスポーツさんのライブは、音楽分析と批評がパフォーマンスに昇華されていて素晴らしかった。
めちゃくちゃ面白かった。
OL Killerのパフォーマンスも初めて観ることが出来た。
フロアで超ノリノリの中、僕だけ退出。

友人夫婦と食事。
美味いパエリアを食べたが、量が尋常じゃなくて死にかけた。
その後、こたつのあるカフェでお茶をするも、こたつで爆睡。
フラフラになりながら、帰宅。


3月3日

午後、友人夫婦と浅草へ。
最初はスマートボール目当てで熱海に行こうとしていたのだけど、浅草にもスマートボールの店があるということで、浅草に変更。

雷門前で待ち合わせ、仲見世通りをいく。
途中、様々な煎餅と饅頭を食べる。
出来たての人形焼きが、別物みたいな美味しさということを発見。
温かいし、あんこが柔らかくて、超美味しい。
浅草寺に軽く挨拶して、ロック座の方面へ。
場外競馬場が近くだからなのか、道すがらの飲み屋では、おじさんたちが競馬を見ながら飲んでいる。

目当てのスマートボールのお店。
ひさしぶりのスマートボールを堪能。
店内に、昔のパチンコみたいな遊技台があって、遊んでみる。
設定のいい台だったらしく、当たりが続いて楽しかった。

せっかく浅草に来たんだしということで、お好み焼きともんじゃ焼きのお店へ。
坂口安吾が贔屓にしていたお店だったらしい。
昨日に引き続き、食べ過ぎた。

店を出て、夜の浅草を散策中に思いついて、スカイツリーに行ってみることにした。
東京であれば大体どこにいても見えるスカイツリーだけど、真下に来てみると、想像以上にデカい。
せっかくなので、展望台に行ってみることにした。
予約などいるのかと思いきや、当日券ですんなり入れた。

高さ350mの位置にある展望台まで、エスカレーターに乗る。
窓がないのでわからないけれど、すごい速度で昇っているんだと思う。
すぐ着く。
ドアが開くと、目の前に東京を一望出来る展望台。
視界を遮るものが無く、大パノラマ。
曇っていたので星空は見えなかったけれど、一面に広がる夜景はまさしく地上の星。
綺麗だった。
さらに、もう一段上の展望台に行ってみる。
(ちなみに、別料金がかかる。)
100m上がって、450mの位置にあるのだけど、100m上がっただけで景色がまた全然変わる。
千葉や横浜の方まで見えてしまう。
これだけ高いと、ゴジラが壊すのも大変じゃないか。スカイツリーは。
作品によって違うけど、大体50m〜100mだから。ゴジラ。
ちなみに、ガンダムRX-78-2とマジンガーZは、18m。
ガンバスターでも240m。
スカイツリーすげぇ。

また高速エレベーターで地上に降りると、なんとなく地に足がつかない変な感覚。
押上駅周辺を散策しつつ、帰路へ。
電車で爆睡。


3月4日

ベボベLOCKS!収録。
よく確認していなかったせいでスタジオを間違えてしまい、半蔵門から虎ノ門へ急いで移動。
遅刻。
収録後、TOKYO FMで別件があり、半蔵門へ戻る。
少し時間があったので、メンバーとSOL!スタッフで食事。
別件もサクッと決めて終了。


3月5日

クエンティン・タランティーノ監督の新作「ジャンゴ 繋がれざる者」に備えて予習中。
別冊映画秘宝「百発百中!ウェスタン映画入門!」を読み、タランティーノを取り上げている雑誌も色々さらった。
来週観に行く予定なので、それまでにマカロニ・ウェスタンも観ておこうと、仕事帰りに大きめのTSUTAYAへ。
日頃、あまりレンタルはしないのだけど、こういう新規開拓の際は「沢山借りて一気に観る」みたいな、
中高生の頃、レンタルビデオ屋に通っていた頃の気持ち。
目当てのマカロニ・ウェスタンと、最近の映画も何本か借りた。

ファミレスで一人食事。
お店に迷惑にならない程度に読書。


3月6日

映画「闇金ウシジマくん」を観る。
『ドラマ版の映画版』というのはわかって観たけれど、内容的にはもう少し踏み込んでほしかった。
原作のウシジマくんの、あのイヤな感じが欲しかった。
僕の場合、自分の地元に似た空気感が「闇金ウシジマくん」には漂っていると思っているのだけど、そういうムードというか。
観ていて、ちょっと不幸がポップだなぁと思ってしまった。
山田孝之さんや、大島優子さんの演技が良かった。

映画「るろうに剣心」を観る。
『どうせコスプレ映画でしょ』みたいに思っていて、謝りたくなるくらい凄いアクション映画だった。
『剣心のあの感じをそのままやるのもどうなの』と思っていて、謝りたくなるくらい佐藤健さんの演技が素晴らしかった。
剣心の飛天御剣流が『速さを活かした抜刀術』っていう設定を踏まえての殺陣であり、アクションであり。
その表現も、佐藤健さんのポテンシャルの高さも本当に凄い。
シリーズ化して欲しい。

映画「ザ・レイド」を観る。
劇場公開時からずっと観たかったのにタイミングが合わずで観れていなかった。
もっと早く観ておくべきだったと後悔した。
アクションだけでほぼ全編みせるって尋常じゃなさすぎ。
大した前フリもなく、いきなり本編開始。
そこから100分、アクションシーンばっかり。
戦いっぱなし。
しかも肉弾戦ばっかり。
戦いながらストーリーが進んでいく。
それこそブルース・リー的な、若い頃のジャッキー・チェン的な、格闘アクションの先にあるのだとは思うけど、
ストイックさとテンションや熱量は、凌駕するものがあるんじゃないだろうか。
超面白かった。


3月7日

午後、春ツアーに関する打ち合わせ。
ライブプロデューサーの本間さんを交えて、セットリストの方向性について話し合う。
その後、明後日に控えた、マネージャー大久保の結婚パーティーの打ち合わせ。
なんだこれ。

帰り際、夜にも関わらずすごく暖かいことに気がつく。
寒くも暑くもなく、実にちょうどいい。
お腹の空きも中途半端だったので、軽い運動ついでにしばらく夜の散歩をすることにした。
事務所のある外苑前から、渋谷駅まで歩く。
すっかりお腹もすいたので、王将で餃子を食べた。
食べ過ぎた。


3月8日

「カンニング竹山単独ライブ 放送禁止2012」DVDを観た。
相方の中島さんが亡くなって7周忌、このライブシリーズが始まって5年目にして、
これまで中島さんの話をしてこなかった竹山さんが、「相方の死」を「笑い」にする挑戦をするというもの。
このライブの中で竹山さんは「中島が死んでから、心にぽっかりと穴が開いたみたいだった」と語り、
「本当の意味で『カンニング竹山』というピン芸人になるために、相方のことを題材にしたネタをやる必要があった」と語る。
この2時間のライブはカンニングという「コンビ」のライブだった。
感動もしたけど、めちゃくちゃ面白かった。
すげぇ笑った。
お笑いの「緊張と弛緩」という型にはめるとすれば、「死と笑い」という究極の「緊張と緩和」。

「マンディンゴ」DVDを観る。
題材が題材なだけに、面白いとは言いにくいのだけど、すごく面白い映画だった。
「ジャンゴ」への期待も高まる。


3月9日

夜、マネージャー大久保の結婚パーティー。
盛大でとても面白いパーティーだった。
僕らもバンドで「初恋」を演奏した。
ご結婚おめでとうございやした。

パーティーにDJで出ていたOKAMOTO'Sのハマとレイジと会場を出る。
渋谷でMVを撮っていた、ラッパーのギブンと、彼らの友達のノザキ君(超映画好き)と会う。
渋谷TSUTAYAの1階で立ち話。
家が同じ方向の僕とハマとノザキ君で終電。
満員電車の中で映画の話をしながら帰った。


3月10日

「荒野の用心棒」「続・荒野の用心棒」「夕陽のガンマン」「Namie Amuro 5Major Domes Tour 2012」Blu-rayを観る。


3月11日

都内スタジオで諸々撮影。
スタイリングとヘアメイク共に、約2年ぶりに仕事する人たち。
ずっとスケジュールが合わなくて仕事出来なかったので、今回ご一緒出来てよかった。
また今後ともよろしくお願いします。

仕事終わりでレイジから連絡。
急遽、「ジャンゴ 繋がれざる者」を観に行くことに。
映画好きのノザキくんも合流して、3人で。
期待していたし、観るための準備もしてきたけど、本当に超絶最高だった。
「イエーイ!」なんて言いながら映画館を出た。

レイジに誘われて、つけ麺を食べ、レイジの家に遊びに行った。
部屋の写真を見たことはあったけど、いざ行ってみると、間取りも面白いし、置いてある雑貨も面白いし、センスの良い部屋だった。
前から薦められていた「Red Dead Redemption」というゲームをやらせてもらう。
レコードも聴いたりして。
最後に、オカモトズ全員が映った卒業アルバムを見漁って、おいとま。


3月12日〜13日

ここ最近の睡眠時間が短かったからか、寝溜めをするかのような睡眠。
夜になってやっと起きる。

「続・夕陽のガンマン」「ウエスタン」を観る。

昼、豪風の中、映画部で「ジャンゴ 繋がれざる者」を観に行く。
2度目でも最高。
「イエーイ!」ってなる。
観賞後、いつもの喫茶店へ。
発注していた「映画部バッチ」が出来上がる。
出来上がりが良過ぎて、普通に良い感じ。

帰宅後、少し寝て、ファミレスで夕飯。
TSUTAYAに行き、本やら映画やらを物色。
平成ガメラを3本借りた。
もう10年は観ていないので、今観たらどう思うのかなぁと。


3月14日

バンドリハ。
ツアーに向けた準備&慣らし運転的なリハーサル。
身体が全然仕上がっていなくて、疲れた。
ローディー上甲さんに家まで送ってもらうも、車内で爆睡。
家に着いて、吸い込まれるように布団の中へ。


3月15日

昨夜が早寝だったので、自動的に早起き。
起き抜けに「ガメラ 大怪獣空中決戦」を観る。
小学生の時に劇場で観て、その後にレンタルビデオで観て以来だから、10年ぶりくらいなのかな。
当時よりも遥かに面白く感じた、というか、面白さがわかったというか。
視点の切り方や、「怪獣災害」にまつわる描写が本当に凄い。
18年前でこれだけ出来るんだから、今だったらもっと凄い怪獣特撮が出来るんじゃないのかしら。
「巨神兵東京に現わる」もそうだったと思うけど。
ミニチュアセットとCGのバランスが超凄いやつが。
素人考えだけれども。

午後から、リハ。
おさらいをしつつ、ツアーで演奏する予定の楽曲のアレンジの細部を確認。
現在の自分たちの解釈も加えたいと思う。崩さない程度に、適度に。

帰宅後、爆睡。


3月16日

早起きして、朝食。
「ガメラ2 レギオン襲来」を観る。
これも久しぶりだったから、「こんな感じだったっけ」と思いながらも、改めて、超面白い。

午後、今年初めての整体に。
昨日一昨日のリハで、あらためて、「歌うための身体」が出来ていないと自覚。
歌っていて、歪みのせいで身体のあちこちがビキビキする。
案の定、久しぶりに鍼を打ってみると、痛すぎる。全然ダメ。
身体をほぐしてもらっても、全然ダメ。
全く手応えがない。
1時間かけて全身を診てもらい、まぁ来る前に比べてマシになったかなという程度。鈍り過ぎていた。
これからしばらく週1くらいで通うことにする。
本当にひどかった。


3月17日

恵比寿リキッドルームにて「musicる」イベント。

昼すぎに会場入りして、サウンドチェック及びリハ。
リハ後、楽屋で今後の制作の打ち合わせ。

打ち合わせを終えても本番まで5時間は待ち時間があったので、
ヒャダインさんのマネージャーさんが持ってきていたトランプとUNOを、メンバーとヒャダインさんで。
UNOを久しぶりにやってみると、割と運が重要なゲームなんだと気付く。
なので、トランプで大貧民に移行。
僕が結構強くて、湯浅が結構弱いということに気がついた。

本番は持ち時間の関係で3曲しか演奏できなかったけど、年内初ライブという意味では丁度いい長さだった。
途中、ヒャダインさんにも参加してもらって、「ぼくらのfrai awei」。
楽しかった。

イベント終了後、軽く乾杯があって、会場をあとに。
帰宅。


3月18日

早起きして、「ガメラ3 破壊神覚醒」を観る。
前田愛さんの名言「イリス熱いよ」に胸熱。
仲間由紀恵さんの完成度たるや。
「G3」のメイキングドキュメント「GAMERA 1999」を庵野秀明監督が撮っているのだけど、
「ラブ&ポップ」とのキャスティングの交差は何か関係があるのかな。
当時から気になっていたんだけど。

続けて、「アルゴ」を観る。
これも面白かった。
事実は小説よりも奇なりなんていうけれど、これを本当に作戦として計画したっていうんだからすごいよな。
斜め上過ぎ。

午後、ベボベLOCKS!収録へ。

収録を終えて外に出ると、凄まじい強風。
そんな中、六本木へ。
「クラウド アトラス」を観る。
これがまた凄い映画だった。
構成も映像表現も演出も世界観も、このクオリティーで作ったっていうことが凄すぎる。
見終えてから、音楽でこういうことをやろうと思ったらどういう風に表現すればいいのか、ずっと考えてしまった。


3月19日

午前中に整体へ。
何日か前に行ったばかりだったのもあって、だいぶほぐれてきていた。
この調子で通おうと思う。

それから渋谷へ。
誕生日に事務所から1万円分の商品券をいただいたのだけど、使い道を決めかねていて、財布に入れっぱなしだった。
が、昨日「クラウド アトラス」を観て、手塚治虫先生の「火の鳥」が読みたくなったので、「火の鳥」を全巻買うことにした。
値段を調べると、「手塚治虫文庫全集 火の鳥」は全巻で9500円くらい。
これに「賭博覇王伝 零 ギャン鬼編」最新巻を加えて、1万円分の商品券を使い切った。

午後からツアーリハ。
演奏する曲のリストアップはおおよそ出来ているので、練習。
久しぶりに演奏する曲を中心に。


3月20日

早起きして、メール業務などなど。

少し早めに家を出て、新宿へ。
カンパニー松尾さんの新作「私を女優にして下さい AGAIN 13」と、豊田道倫さんの「mtv」を買いに行く。

その後、ツアーリハ。
細かい演出やアレンジの見直しを中心に。

リハーサルを終えて、SOL!生放送まで時間があったので、各自食事へ。
僕はTFMの近くの天ぷら屋さんに行こうと先に半蔵門へ向かうも、まさかの定休日(というか祝日)。
仕方がないので、駅近くの中華屋さんに行くも、あまり美味しくなく。。
虚しい気持ちを抱えて、TFMへ。

生放送教室終了後、軽く録り物。
それから、番組スタッフとデニーズへ。
朝4時まで語らう。


3月21日

朝から体調が悪いというか、変な感じ。
背中の真ん中から腰にかけて痛いというか、変な感じ。
寝不足なのかなぁと思いつつ、リハーサルへ。

何曲か演奏したところで、背中の痛みが胃腸あたりの痛みに変わり、さらに変な体調。
さすがに嫌な感じがしたのでリハーサルを途中抜けして、病院へ。
診察してもらった感じ、そんな大事ではないと思われるとのことだけど念のための血液検査&尿検査。
健康診断に全然行っていないので良い機会だと思うことにした。
薬を受け取って、帰宅。

食欲も全然無かったけど、おかゆを食べて薬を飲んで早めに就寝。


3月22日

昼に昨日の病院へ行き、検査の結果を聞きにいく。
血液検査と尿検査共に異常はないけど、ウィルスが体内に入った時に上がる数値の上昇が見られるとのことで、
ウィルス性の胃腸からくる風邪との診断。
確かに言われてみれば、朝から頭痛もするし、身体もだるい。
測ってみたら、少し熱があった。
追加で薬をもらって終了。

その後、軽食をとって整体へ。
僕が「最後の砦」と呼ぶ所。
1時間くらいかけて身体の歪みを治してもらったら、頭痛と熱が下がった。
さすがの「最後の砦」。


3月23日

体調がだいぶ楽になるも、やはりまだ胃腸のズキズキとした痛みが残っていたので自宅療養。


3月24日

「火の鳥」を全巻読み終わる。

豊田道倫さんの「mtv」がすごく沁みる。

夕方、母が家に来る。
筍ご飯と、実家のVHSをデータ化する作業の流れで発掘されたらしい僕の幼少期の映像を持ってきてくれた。
4歳〜6歳の頃の映像だった。
自分の子供の頃よりも、父親の若い頃が今の自分に似ている部分が多くて驚いた。
ご飯の食べ方が本当にそっくりだった。

「イングロリアスバスターズ」を観て就寝。


3月25日

ゲームボーイアドバンス「ASTRO BOY 鉄腕アトム〜アトムハートの秘密〜」を購入。
DS本体が見当たらなかったので、GBA SP本体を探したら、ゲームボーイミクロの「MOTHER3 ver.」が出てきたので、これでプレイ。
想像以上に画面が小さくて操作しにくい。笑

昼からツアーリハーサル。
セットリストの組み立て。


3月26日

「ASTRO BOY 鉄腕アトム〜アトムハートの秘密〜」をクリアする。
「火の鳥」の構想に「アトム編」というのがあったらしく、もしそれが実現していたらどんなだったんだろうと色々調べていたら、このゲームに出会った。
いわゆる、ロックマン的な横スクロールのアクションゲームで、要所要所で手塚作品のキャラたちと出会うことで「アトムハート」を入手し、アトムがパワーアップしていく。
全部で7ステージあるのだけど、アクションゲームが苦手じゃなければ、だいたい3〜4時間くらいでクリアできてしまう。
が、1周目のエンディングはまさかのバッドエンド。
滅んでしまった地球をバックに「THE END」という文字が浮かぶという、すごい終わり方をするのだけど、そこに、火の鳥が登場。
アトムにもう一度生命を与え、『1周目とは違うエンディング』、つまり、別の未来を目指して、2周目が始まる。
そして、火の鳥がアトムに与えた「時間を超越する力」により、ステージセレクトが出来るようになる。
このストーリーとシステムの合致にまずやられる。
で、凄いのが、これまでアクションゲームとしてやってきたゲームが、ストーリーもののゲームに変貌するということ。
クリアした面をもう一度クリアしていくことに、新しい意味が加わる。
1周目ではわからなかったことが色々わかってくる。
…と、機会があれば是非やってほしいのだけど、これ本当に凄いゲーム。
アトムのみならず、手塚作品への愛情を感じる作り込みがハンパじゃない。
特に、本当のエンディング。
無事に地球を救ったアトム。
アトムの父、天馬博士が回想する。
名文・名台詞すぎて、普通に泣く。
以下、ネタバレ注意。


(トビオ) ※アトムの原型になった、天馬博士の息子。事故で亡くなってしまう。
お父さん。
どうして人間はいつまでも、憎しみあうの?
どうして争いがなくならないの?

(天馬博士)※トビオの父であり、アトムの製作者。
「それが人間の限界なのだよ。トビオ
人間には、暗闇の中から、未来を照らし出す情熱の炎がある。
だが、それらは自らも滅ぼす危険な炎でもあるのだ。
人間は一人ぼっちだ。
…友達が必要なんだ。暗闇の中で、一緒に炎を支えてくれる仲間が。
だから私はそれを…人間もロボットもこえる科学の子を、この手で作ろうとしているんだよ。」

(トビオ)
その子の名前は?

(天馬博士)
「アトム…。そう名づけようと思う。
決して分けることができないものという意味のギリシャ語だ。
どんなときでも、弱くて愚かな人間と、共に歩んでくれるように
それはきっと素晴らしい友達になってくれるだろう。」

(トビオ)
うん!ぼくはきっとその子と…アトムといっしょに行くよ
どこまでも行くよ…。


(天馬博士)
「トビオよ、見ているか。アトムだ。あれがアトムだ。
アトムよ、人間を超えろ!
国家や民族を!
思想や宗教を!
飢餓や貧困を!
戦争を!
人間の生み出した、くだらないものすべてを、超えて飛べ!
おまえは飛ぶのだ!人間が超えられなかった高みへ!
おまえは行くのだ!人間が行けなかった未来へ!」


是非、やってもらいたいゲームです。

午後からツアーリハーサル。
細かい演出やアレンジを重点的に。


3月27日

黒澤明監督「椿三十郎」を観る。

午後からツアーリハ。

帰宅後、黒澤明監督「用心棒」を観る。
順番逆だったと思いつつ、就寝。


3月28日

PS Vitaと「朧村正」を購入。
Wii版はめちゃくちゃやりこんだ。
すごくシンプルでわかりやすいゲームなので、夢中でガツガツやれる。
元々グラフィックも綺麗だったのだろうけど、Wiiでは発揮されず…
それが今回Vitaへ移植ということで、神移植だろと。
配信で新しいエピソードも展開するとのことで、めちゃ楽しみ。

午後からツアーリハ。


3月29日

昼からベボベLOCKS!収録。
かなり面白かった。

B.L.T.連載の取材で作曲家の杉山勝彦さんにお会いする。
乃木坂46の名曲、「制服のマネキン」「君の名は希望」などについて御伺いする。
年齢も近いし、音楽の捉え方にすごく共感出来たし、ためになることを沢山話してくださった。
ヒントを沢山もらえた対談でした。

帰宅後、制作。


3月30日

早起きして制作。
ギリギリまで作業して、ツアーリハへ。

セットリストもかなり決まってきていて、前後の入れ替えや、曲間、繋ぎなどを検証。
作らなければならないパートの作成。
前半ブロックの通しと検証をして終了。

PA岸さんに家まで送ってもらう。
岸さんは登山が趣味だということで、山の話を色々聞いた。


3月31日

早起きして制作。本日が締め切り日。
良い所までいくものの、曲の完成、デモを録るまでには到らず。
寝れない恐れが出てきて、栄養ドリンクを飲み、スタジオへ。

昨日に引き続きツアーリハ。
セットリストがほぼ決定。通してみる。
それを受けての調整をしていき、終了。

帰宅後、食事をして、すぐに作業にとりかかる。
曲の出来ていない部分を考え、歌詞を考え、検証し、修正し、
曲が出来た頃には朝の6時。
締め切りを朝10時にしてもらっていたので、デモ録りに入る。
この時間から体力的にも時間的にもしっかりしたデモを作ることは不可能なので、
ギターを沢山重ねた弾き語りの延長的なデモを作る。

なんとかデモを送信し、仮眠。
posted by bbb at 22:02| 小出祐介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月04日

日記


2013年

1月1日

さすがに今日明日は正月休み。
目覚ましをかけずに寝れた。
起きると、すでに夕方。
ダラダラとテレビを観る。
夕飯を食べようと外に出てみるも、ほとんど店がやっていない。
定食屋もスーパーもやっていなかったので、仕方なく出前ピザをとる。
ピザを食べながら、またテレビを観る。
飽きて、アイドリング!!!のDVDを観る。


1月2日

昨日に引き続き休み。
実家に帰ろうかとも思ったが、明日の武道館もあるし疲れたくなかったので、やめる。
明日の練習をして、夕方、隣の駅の大きいスーパーへ。
具材を買い、景気付けにすき焼きをやってみるが、ひとり鍋ほど難しいものはない。
後半、完全に白菜地獄。
死ぬかと思った。
風呂に入り、入念にストレッチして、就寝。


1月3日

ユーミン40周年イベント@日本武道館。

午前中、武道館入り。
僕と関根のリハ。
ステージ上で、現場のモニターさんが、元々下北沢GARAGEの音響スタッフだった人と気付く。
それこそ、僕らの初めてのライブのその場に居たような人だったので、ちょっと感慨。
リハの意味も、モニターの意味もわかっていなかったような僕らだったけど、こんなに素晴らしい現場に呼んでいただけるようになりました。

続いて、出演者全員が出る曲のリハがあり、本番まで待機。
楽屋ではひたすら練習。

これまで2度、しかも同じ「1月3日」に武道館公演をしている僕らだけど、とにかく緊張が半端じゃなかった。
でも、不安やプレッシャーのそれではなくて。
錚々たる顔ぶれの中だけれど、出来る限りの最高のパフォーマンスがしたいと、そんな気合から来る、武者震いに近いものだった。

本番はゲスト1組目として、ステージに上がり、「NIGHT WALKER」という曲を歌わせていただいた。
曲を決める際、ユーミンさんから「Hello,my friend」という提案をいただいていたのだけど、個人的にすごく好きなこの曲にさせてもらった。
寺岡呼人さんもユーミンさんもナイスチョイスだと言ってくださって、嬉しかった。
そして、あの素晴らしい演奏の中で歌わせていただいて、本当に光栄だったし、最高に楽しかった。

僕と関根はさらに、「DESTINY」を歌わせていただいた。
舞台下手から、関根、薬師丸ひろ子さん、ユーミンさん、大貫妙子さん、僕、という並びで。
なんだこれ。笑
みなさんの足を引っ張らないよう、一生懸命歌った。

そして、出演者全員での「やさしさに包まれたなら」も歌わせていただいた。
鈴木茂さんの生音を背中に浴びながら、林立夫さんのグルーヴを背後に感じながら。
宇多丸さんも言っていたけど、完全に、「夢過ぎて逆に緊張しないパターン」だった。笑
本当に、夢みたいだった。

終演後、関係者挨拶のち、武道館内のレストラン「武道」で出演者打ち上げ。
2時間ほど盛り上がったところで、終了。
2次会の案内があると、ユーミンさんが行く、と。
じゃあこれは行かないとだと、RHYMESTERさんと僕と関根。笑
マネージャー徳留も大久保も離脱したなか、僕と関根で2次会へ向かうことに。

ユーミンさんを中心に、ムッシュかまやつさんの超面白い話が炸裂。
「ムッシュ、まじやべぇ」とMummy-Dさん。
宇多丸さんと本間昭光さんで、特撮の話で盛り上がったり。
夢以上に夢な夜は、27時半まで続いた。

帰り道。
ジャンパーのポケットに、CDJで渡されてしまった試供品の煙草とライターのセットが入っていた。
もう煙草は完全にやめたのだけど、なんとなく吸ってみた。
初めて吸った時みたいな味の煙を、つめたい冬の夜の空気ごと吸いながら、今日のことを思い出しながら、少し歩いた。
ユーミンさんが打ち上げの最後に言った、『コツコツとやるべきことをやっていれば、みんないつかきっとまた会えるでしょう』という言葉が蘇った。
明日からまた、良い作品を作るために頑張ろうと思った。

ユーミンさん、あらためて40周年おめでとうございます。
今回の武道館ライブは、ユーミンさんが歩んできた偉大な40年へのリスペクトと、愛情と、物語たちに満ちあふれた、素晴らしい空間でした。
普通にバンドマンをやっていただけでは触れられない、すごく大切で貴重なものに触れられた気がします。
また、考え込んでも気付かない、重要なヒントを体感できたと思います。
音楽とは何か、表現とは何か。
そんな、いつも考え込んでしまうようなそもそも論ですが、ユーミンさんのように、楽しくストイックに追求していきたいです。
永遠になる一曲、僕も作りたいです。
そして、10年後、50周年のGolden Cercleにも呼んでいただけるよう、精進したいと思います。
心から、ありがとうございました!


1月4日

昨日の疲れがドッときて、朝まったく起きれなかった。
それでもなんとかシャワーを浴び、身体中に置き鍼を貼り、地元へ。

帝釈天にサクッとお参り。
サクッとおみくじで末吉。
サクッとご飯を食べて、サクッと実家へ。
めちゃくちゃ寒かった。

いつも実家からの帰り、父に車で送ってもらったりするのだけど、どうせならと、久しぶりに自分で運転してみることにした。
5年ほどまともに運転していなかったので、ペーパードライバーになってしまう前に運転しておこうと。
助手席に父を乗せ、自宅までの1時間と少しを運転してみた。
意外といけた。
もっとフラフラ運転になるかと思ったけど、全然大丈夫だった。
必要を感じていないので自分の車は持っていないけど、たまにはドライブしたいなぁと思った。
運転のために実家にまめに帰ろうかな。


※ここから先は、制作日という名のインプット期間が断続的に挟まってくるので、一部省略していきます。


1月7日

世間的にも正月休みが終わり、仕事はじめの人が多いよう。
媒体さんも動き出すということで、年明け最初の取材日。
インタビュー2本と、撮影2本。
ベスト盤とシングルについて色々語る。

夜、締め切りだった2012年アイドルソング10選の原稿を書きあげる。
かなり熟考しまとめたつもりだが、どうしても10選にはしぼれず、15選にした。


1月8日

昨日に引き続き、取材日。
インタビュー2本。
その後、ベボベLOCKS!の年明け最初の収録。

午後に、情報解禁があった。
ベスト盤とシングルの収録内容、アートワーク、そして春ツアーについて。


1月9日

早起きして、午前中から友人のおすすめ映画「ルビー・スパークス」を観に行く。

さらに、「レ・ミゼラブル」を観る。
感想は後でまとめて。


1月12日

夕方、仲の良い雑誌編集者の益子さんと、中野サンプラザへ。
ハロプロの正月全体コンサートを観に行く。
いつも、ハロプロのコンサートは大体益子さんと観に行くのだけど、ほぼ必ず欠員が出る。
今回もインフルエンザで何名か欠席。
それでも、すごく面白いコンサートだった。
真ん中のVTRコーナーで、岡井千聖さんが炸裂していた。
パフォーマンスでは、真野恵里菜さんがすごく良かった。
もうすぐ卒業だからというのは関係なく、歌の説得力というか、届き方がグンと増していて感動した。

終演後、男2人の反省会。
酒も飲まずに、蕎麦だけ食べて帰る。


1月17日

堀之内と僕の父の誕生日。
おめでとうございます。

取材日。
インタビューと撮影を2本。
まだ雪が残る中での野外撮影だったので、どんな風になっているのか、出来上がりが楽しみ。
インタビューも、昔から知っている編集部の方とのベスト盤の話。
感慨深かった。

移動して、ニコ生「西川貴教のイエノミ!!」。
初めて、西川さんとお会いさせていただいたのだけど、すごく楽しかった。
是非またお会いしたいです。


1月18日

取材2本と撮影2本。

夜、本田翼さんと雑誌企画で対談。
MV「short hair」の撮影時は、ほんとに少し話しただけだったので、初めてちゃんとお会いしたような感覚。
やっと本田さんがどういう感じの人なのかを知れた。
楽しい対談でした。


1月21日

ベボベLOCKS!収録後、インタビューを2本。
今回の取材タームの中でも、まんべんなく、かつ、深いところまで話せたインタビューだった。


1月22日

久しぶりの映画部。
初めての昼から、そして、初めての2本立て。

駅であっこと待ち合わせ、劇場でレイジと、ラッパーのギブンと呂布と合流。
まずは「フラッシュバックメモリーズ3D」を観る。(感想は後でまとめて。)

レイジのリクエストで、パフェを食べに。
真っ昼間からスイーツを食べに来ている女性の多さに圧倒されつつ、フルーツパフェを食べる。
今後の映画部の活動に関する打ち合わせ。
まもなく超観たい映画が公開になるので、予備知識の無いというみんなに予習を懇願。
呂布がここで離脱。

そして、劇場に戻り、「LOOPER/ルーパー」を観る。(これも感想は後でまとめて。)
上映終了後、あっこは次があるとのことで離脱。
僕とレイジとギブン君で、街を徘徊。
この日、オカモトズがアルバムの店着日だったのもあり、タワレコへ。
そして、3人でゲーセンでプリクラ。


1月23日

昼に、今後に関する打ち合わせ。
超たのしい打ち合わせだった。
また一つ大きな楽しみが増えた。


1月25日

午後から、PV最終打ち合わせ。
本田翼さん、そして、3rdと4.0thのCMで協力してくれたCMプランナー・嵐田光氏と今回もタッグを組むことになった。
撮影がなかなか大変そうだけど、楽しみ。


1月28日

午後から取材日。
メンズノンノで、アイドル特集。
タワレコ嶺脇社長と対談。
「メンノンもアイドルを追う時代になったんですねぇ」なんていう話をした。
写真撮影は赤坂の「砂場」という蕎麦屋さんにて。
(伊丹十三監督「タンポポ」で、大滝秀治さんが餅を喉に詰まらせるシーンで使われたお店。)

その後、テレビコメントやフリーペーパーなどの取材、エリアコメントの収録でみっちり。


1月30日

「PERFECT BLUE」MV撮影日。

朝6に渋谷駅に渋谷駅に集合し、ロケバスで出発。
2時間ほどで撮影現場到着。
茨城にある最近廃校になったばかりの学校。
先日の雪がまだ残っているし、すごく寒いが、天気は快晴。雲一つない。
僕がメイクをしているあいだに、主演の本田翼さんの撮影スタート。
まずは外でのシーンから。
様子を見に行くと、CMプランナー嵐田光がすでに「かわいい」しか言っていない状態。
「かわいいのでOKです」状態。
僕も本田さんとご一緒させていただくわけなのだが、ちゃんとした絡みがあるのは、実質1シーンのみ。
僕のちゃんとした演技も、それだけ。
でも、それだけなんだけど、僕は演技が苦手なので、本田さんにご迷惑をかけないか心配だった。
すぐにOKが出て安心。
引き続き、屋上での撮影。
本田さんがギターを持つシーンがあったので、ギターの構え方のアドバイスをしてみる。
ストラップが低かったのを上げ、それっぽく見えるコードを教えてみる。

ここで僕に長めの空き時間。
僕がウトウトしている間にも、本田さんの撮影は進む。
現場は廃校ということで、そもそも電気が通っていない。
そこに電源車を手配して電気を供給しているが、それでも限界がある。
暖房の効かない校内は相当に寒い。
薄着でいないといけない本田さんには、かなりキツかっただろうと思う。
ジェットストーブも気休めでしかない。

僕の撮影がいくつかあり、リップシンクのシーンも撮影。
日が落ちた頃、撮影も佳境。
校内の寒さもいよいよハンパじゃなくなっている。
そんな中、最後のシーン。
体育館にて、サーチライトの中を逃げ惑う本田さん。
横で撮影を見ていて、映画のようで実に素晴らしいシーンだった。
これにて、全撮影が終了。21時。
都内に引き返し、23時。
渋谷の路上で広告に関する打ち合わせをして、解散。

帰りのタクシーの中、良いものが撮れたという手応えを反芻して、寝落ち。


1月31日

昼からSSTV「モンスターロック」のロケ。
スペシャ前から始まり、僕のゆかりある地を「見て」まわるという企画。
ディレクターは「こい散歩」でずっと一緒にやっていた方なので、感覚としては殆ど「こい散歩」だった。
懐かしい気持ちで、ロケをさせていただいた。
適度に奇跡も起きつつ、適度にダレつつ、ロケ最終地点は僕の地元。
実家から100mくらいの場所でロケが終わったので、さすがに実家に寄った。
夕飯を食べさせてもらい、妹が飼いはじめたウサギの「妹子」を撫でたりした。


2月1日

昼からラジオのコメント録り。
ありがたいことで凄い数の依頼をいただいたので、2日間に分割。
それでも4時間かかった。


2月4日

ラジオコメント2日目。
今回は関根と2人。
3時間くらいかかって、終了。
そして、そのまま、1時間のラジオ番組の収録。
かなりのおしゃべりハイ。
さらにそのままJ-WAVEに移動して、「GROOVE LINE Z」の生ゲスト。
おしゃべりトランスした。

他の2人も合流して、2月14日のmusicるニコ生の打ち合わせ。
企画を練る。

メンバーと別れ、チーフマネージャーらとベスト盤の広告デザインの打ち合わせ。
嵐田さんが考えてきてくれたコピー案を選んだりする。

その後、映画部。
今回から新入部員として、岡村靖幸氏が加入してくださいました。笑
まずは、僕とハマとレイジとギブンと岡村さんで、中華屋へ。
ご飯を食べながら、近況報告などなど。
そして、あっこが合流して恒例のプリクラを撮りに。
すごい画のプリクラになった。
呂布が合流して、劇場へ。
今回は僕のイチ推しで「ベルセルク 黄金時代篇V 降臨」(感想は後にまとめて)。

鑑賞後、いつもの喫茶店で反省会。
過去最大に盛り上がった反省会だった。
次回観る作品を決めて、解散。
朝4時。


2月5日

夕方、「PERFECT BLUE」MVオフラインチェック。
メンバーやチーフマネージャーはここで初めて今回のビデオを観たわけだけど、過去に無い盛り上がりだった。
これまでの曲やビデオのオマージュが散りばめられているからというのもあるけれど、この曲にまた違う意味を見いだしたからだと思う。
直しも特に無く、実にスムーズに確認作業が進んだ。

移動して、NACK5「おに魂」出演のため有楽町へ。
時間があったので、ひさしぶりに駅前の「後楽そば」へ。
ここの焼きそばが超うまい。
歌舞伎町にもあったのだけど、閉店してしまって残念。

番組出演を終えての帰り際、風邪の気配を感じたので早めの葛根湯。
完全に勝利。


2月7日

取材日。
「musicるTV」の収録。
初めての地上波musicる。
ヒャダインさんに、事務所の先輩・氣志團の綾小路翔さんと。
翔さんの天才っぷりに完全にやられた。

バタバタと移動して、B.L.T.の雑誌連載取材。
今回の対談は僕の師匠であるアゲハスプリングスの玉井健二さん。
ベスト盤の取材で、自分のこれまでを振り返る話をしていると、どうしても玉井さんの話になる。
こういうタイミングで玉井さんに会えてよかった。
玉井さんが手がけていたトマパイの話もしつつ、いま玉井さんとしたい話をした。
玉井さんとは、おそらく永遠にしゃべっていられるんだけど、次もあるので1時間半で対談終了。

NHK-FM「ミュージックライン」の収録。
僕が言うのはおこがましいけれど、宇徳敬子さんのエイジレス具合がマジハンパない。
バレンタインに放送だったのもあって、チョコをいただきました。
ありがとうございました。

事務所に戻って、NTV「PON!」のコメント収録。
今日撮ったものが明日放送というスピード感に驚いた。


2月9日

昼、渋谷スペイン坂でラジオ生放送。
スポンサーさんから大量の歯磨き粉をいただく。
ありがたすぎる。

時間が空いたので、買い物したりブラブラと。
早めに有楽町に行ってみたら、人だかり。
覗いてみると、野々村真さんの娘さんが歌手デビューの記者会見みたいなのをしていた。
しばらく見学。

夜、LF「BUZZニッポン」生放送。
吉田アナウンサーと久しぶりに話せて楽しかった。
いつか、いくらでも尺を使っていい番組でご一緒したい。笑


2月11日

深夜、「DOCUMENTARY OF AKB48 NO FLOWER WITHOUT RAIN 少女たちは涙の後に何を見る?」を観に行く(感想は後に)。
すぐ隣で観ていた若い男性3人組のマナーが最悪すぎて、一生映画館に来るなと思った。
上映中にベラベラしゃべる、前の席に足を乗せる、携帯をしょっちゅう見る。
聞きたくもないのに聞こえる会話の内容からして、結構なAKBのファンなんだろうけど、AKBにも作品にも劇場にもリスペクトが無いその態度に、ただただ腹が立った。
もう一度言うけど、そういう人は一生映画館に来ないで欲しい。
DVDで良いでしょ、DVDで。


2月12日

昼から事務所で打ち合わせ。
まずは、春ツアーのグッズに関する打ち合わせ。
デザインまわりなどの確認。

続いて、年間の打ち合わせ。
ベスト盤&リリース後から約1年間の動きについて、あれこれ話し合う。
さらに続いて、今後の制作の打ち合わせ。
今村Dと制作関連の流れの確認。

少し時間があいて、夜、SOL!の生放送教室に出演。
好き放題しゃべらせていただいた。

生放送終了後、ホリと渋谷へ。
今村Dとデザイナー・三栖一明と、今回のベスト盤&シングルのイラストを手がけてくれた鎌田さんと打ち上げ。
今村Dが「酔っぱらって適当になる」の次段階、「寝ながら会話に参加する」をくり出した。
僕も割と飲んだ(飲めた)。

小雨が降る中、帰宅。


2月13日

ベスト盤「バンドBのベスト」&シングル「PERFECT BLUE」リリース日。

あらためてベスト盤とシングルを聴き直してみたら、イメージ通りに音を仕上げられていて、嬉しかった。
制作中は集中し過ぎて判断が下手になってしまうけど、いまの冷静な状態で聴いてみてバッチリだった。
ベストのリマスタリングも、シングルのMix→マスタリングも上手くいっていたということ。
今回学んだことを、今後にも活かしていきたい。


2月14日

午後、ラジオの生放送に関根と出演。

EMIに移動して、メイクをして、TBSラジオ「ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル」打ち合わせ。
僕が出演する企画内容を練る。

夜、ヒャダインさんとmusicるニコ生バレンタイン企画。
クリスマスにやったときとはまた違うグダグダさと、適度な奇跡。
スタジオ内がむせかえるチョコ臭に包まれていた。
ヒャダインさんのプレゼント用生写真に爆笑。
「(こんなことしてないで)作曲しろ」と、僕。


2月15日

明日のタマフルに向けて準備。
軽く情報をまとめる程度つもりが、朝までガッツリとかかってしまった。


2月16日

夜、バカリズムさんのライブ「バカリズム案7」を観に行く。
めちゃくちゃ面白かった。
想像力を刺激されつつ、発想力に驚かされつつ、爆笑する。
こういう体験、初めてだったかもしれない。
あまり感じたことのない高揚感を抱えつつ、移動。

TBSラジオ「ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル」に出演。
宇多丸さんのBUBUKAでの連載「マブ論」を読んで、アイドルソングの面白さに気付いた者としては、
宇多丸さんとこういう形で共演できるというのは、半端じゃない感慨。
また、普通にタマフルリスナーでもあるから、さらに感慨。
自分もそれなりにラジオの場数は踏んでいると思っているけど、久しぶりに緊張した。
こんな緊張は、何年か前に「嗣永桃子のぷりぷりプリンセス」に電話出演した時以来だった。
でも、本番はあっという間。
1時間じゃ全然足りないくらいだった。
是非また呼んで欲しいです。

バカリズムさんのライブ、そしてタマフル出演のほてりが冷めず、下北沢ガレージ・出口さんに連絡。
出口さん宅の近くの居酒屋で飲む。
帰り際、その近所の嵐田光の自宅前で記念撮影。
恒例行事。


2月17日

昼、ベボベLOCKS!収録。

収録後、M-ON!に移動してメイクや打ち合わせ。
合い間で叙々苑弁当を頼むことになり、ものは試しだと、自腹でいちばん高いやつを頼んでみた。
肉が口の中で溶けた。

夜、ベスト盤&シングル発売記念UST。
ライターの三宅氏、今村D、嵐田光氏を迎えて、レアな話が色々出来たのではないかと思う。
「リアルタイムで目撃すること・されること」が大切。
今後もコンテンツを考えていきたい。

放送終了後、今村D、三宅氏、嵐田光氏で打ち上げに。
そこにB.L.T.での連載を担当してもらっているライターの加藤氏も合流。
2件はしごして、27時頃解散。
結構酔っぱらったので、しばらく歩いて帰った。


2月19日

夕方、横浜みなとみらいへ。
楽しみにしていた崎陽軒のシウマイ弁当を買おうと思ったら、ランドーマーク内の店が休み。
シウマイ弁当を食べたい気持ちを抱えたまま、FM横浜で生出演。
帰り際、駅の売店でシウマイ弁当を購入。
でも、都内まで30分以上食べれないなんて我慢できないので、駅のホームで食べることにした。
食べている間に電車が来てしまい、マネージャー大久保を先に行かせ、ひとりホームに残って食べた。
冷たかった。

夜、FM FUJI生出演。
帰り際、スタジオの傍のゲーセンでUFOキャッチャーをやるも、まったく獲れず。
景品の重さとフックの力が全然合ってない。

その後、なんとなく5駅分くらい歩いてから帰宅。


2月20日

昼、制作の打ち合わせ。
めちゃくちゃ楽しみ。

それと同時に、今後の制作に関する重大な課題が出来てしまい、今村Dと軽く話しあう。
時間が無かったので深追いは出来なかったけれど、この問題をどうクリアしていくか、向き合っていく必要がある。

そのことで、映画部のみなさんにLINEで相談。
色々とヒントをくれた。
助かった。

夕方、久しぶりに下北沢「一龍」へ。
「一龍」みたいな中華そばは、本当に「一龍」でしか食べれないんじゃないかなぁ。
他で似た味を食べたことがない。


2月22日

夜、急遽入った取材。
このところ色々な取材があったけど、今回のは相当イレギュラーで面白かった。

下北沢ガレージ・出口さんと会合。
自分の制作に関しての最近の長考について、あれこれ。
答えはまだまだ見えないけれど、考え続けなきゃいけない。


2月23日

午後、ラジオの生出演で舞浜のイクスピアリ。

今日の仕事はこれ1本だったので、遠出ついでに、歩きで母校の方まで行ってみる。
ディズニーランド最寄りの舞浜駅は、僕らの中高の最寄り駅でもある。
2年前、25時間ニコ生をやった際に母校から中継をさせてもらったけど、周辺を歩くのは殆ど卒業以来と言ってもいいくらいだった。
学校帰りに買い食いしていた総菜屋さんに行って、メンチカツを食べた。
おばちゃんも味も全然変わっていなかった。
学校周辺の住宅街も久しぶりに歩いた。
静かさも含めて全然変わっていなかった。
スクールカースト上位の人たちが使うバス停、通称「6番線」。
時刻表自体は新しくなっていたけど、雰囲気は変わっていなかった。
学校の周りをぐるっと廻って、もう一つのバス停「5番線」。
学校が終わる時間に対して、「5番線」はバスが来るのが少し遅い。
早く帰りたい上位の人たちはこっちに全然来ないので、僕やその他の下層の人たちはみんなこっちで帰っていた。
「5番線」バス停に丁度バスが来たので、乗ってみることにした。
浦安駅前に着く。
バスから降りた目の前にあるゲーム屋さんに入ってみると、うさんくささが全然変わっていなくて面白かった。
中学生の時は、帰り際にこの店でよく「マーヴル・スーパーヒーローズ Vs. ストリートファイター」をやっていた。
駅前のゲーセンも変わっていなかったし、CD屋さんも変わっていなかった。
ただ、いちばん行きたかった駅前の本屋さんだけ無くなってしまっていた。
かゆいところに手が届くラインナップで、すごく好きな本屋さんだった。
そのまま東西線に乗り、西船橋へ。
そこから総武線に乗り換え。
このコースを行くのも、完全に高校卒業以来。
西船橋駅構内の雰囲気がかなり変わっていて、少し寂しかった。
電車内で疲れて爆睡。

新宿の紀伊國屋書店へ。
中学生の時、実家から一人遠出して紀伊國屋書店、その裏にあった「さくらや ホビー館」に行くのが、僕なりの「贅沢なお出かけ」だった。
そんなことを思い出しながら、「バカサイ'13」を購入。
てんやで天丼をガッツリ食べて、帰宅。


2月28日

春一番が吹く。
昨年、ベッキー♪#さんに提供した「15〜Spring Flag〜」は、まさにこのイメージ。
春の嵐。
風がとても温かい。

午後から、2月最終日にして、バンド年内初めてのリハーサル。
それぞれの楽器のメンテナンスやオーバーホールが終わり、そのチェックやテストを含めた、リハ。

久しぶりに音を出してみると、ドラムの音がまぁデカく感じもので。
いつもこんな大きい音で演奏していたのかと思ってしまう。
そして、ギターが重く感じる。
立ってギターを弾くのもひさしぶり。
しっかりメンテナンスしただけあって、生まれ変わったような出音。

ゆくゆくのツアーに向けて、楽曲のおさらい。
2ヶ月バンド練習していなかったとはいえ、身体は楽曲を覚えているもので。
純粋に演奏が楽しかった。

家に帰ってきたら、久しぶりに演奏して疲れたのか、猛烈に眠くなった。
爆睡。



※以下、観たり読んだりしたものの一部の感想。


「鋼の錬金術師 完全版」荒川弘 全18巻

コミックスで読んでいたけど、妹にあげてしまったので、完全版で全巻買い直した。
改めて、一気読み。

僕がこの2〜3年、作品や曲作りにおけるテーマにしていることがあって。
それは、「帰結するということ」。
手触りや感覚の話なので説明が難しいのだけど、
例えば、直線を走る50m走のように「スタートから、ゴール」に到着するのではなく、
校庭を1周する400m走のように、「スタートから、スタート地点という名のゴール」に帰結するということ。
大きな円環を描き、始点と終点が結びつくような感じというか。
冒頭にテーマに掲げたことが、しっかりと物語の結論に結びついてくるというような形を常に目指していて。
そこで、意識する作品の一つが、この「鋼の錬金術師」。
作品の冒頭で示される、エルリック兄弟の旅の目的に対する解答が、物語の最後でしっかり出る。
しかも、「等価交換」という、冒頭で示されている錬金術の原則がその結末に結びついているという、とても美しい終結の仕方を見せていて。
長期連載漫画ではなかなか出来ないことだと思う。
さらに、(未読の方のために詳細は伏せるが)「プラス1」という点も、心から頷ける。
『「スタートから、スタート地点という名のゴール」に帰結する』と書いたけれど、これは回帰ではなく、「ずれこむ」ということ。
同じ始点に戻るのではなく、新しい始点に立つということ。
その考え方に、僕は激しく同意してしまう。


「鈴木先生」 武富健治 全11巻+外典

何年か前に途中でストーリーを見失ってしまって以来止まっていたので、最終巻まで買って、改めて一気読み。

この作品は、「演技」が重要なキーワードで。
僕も、現実世界は芝居のようだと思う。
社会という人が作り出したシステム=虚構の舞台上で、どんな自分を演じていくのか。
「演じる」というそれは建前ではなく、「自己表現」のことだ。
例えば、自分の気持ちを伝えること。
形のない「気持ち」を、自分を介して伝えることも、立派な「表現」だと思う。
そんな「表現」のひしめきあいが、芝居であり、社会なのだと。
この作品で語られる「演技」とはまた少し角度が違えど、自分の考えと交差する部分が多く、沢山のヒントをもらった。

また、読んでいるあいだ、平田オリザ「演劇入門」が脳裏をよぎった。
芸術について考えることは、人生について考えることに近いのかもしれない。


「デラシネマ」星野泰視 最終8巻

楽しみに読んでいた「デラシネマ」が8巻で完結してしまって、少し残念。

この作品で好きなのは第32話「告白」。
映画界のトップスター・市岡歌蔵の独白。

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「スター」に祭り上げられたその私の目に、何が見えていると思う?
歓声を持って迎えてくれる大勢のファンか?
成功で手にした金か?
映画(シャシン)をヒットへ導くための確実な道筋か?
違う。
暗黒だ。
いくら求め努力しても結局は何も見えないんだよ。
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これは僕らが参加したヒャダインさんの楽曲「23時40分」にも通じるものがあると思う。
超売れっ子のヒャダインさんのように、ある程度夢が叶ってきてしまったらどうなるのだろう、と。
その答えは、「夢の先には夢しかない」。
夢もまた、底なし沼なのかもしれない。



「夜見の国から」池辺かつみ

「津山三十人殺し事件」を扱った、フィクション。
実際の事件とは決定的に異なる部分があり、まずはそこを描きたかったのだろうと思った。
この事件を題材にした作品はフィクション・ノンフィクション色々観たり読んだりしたけれど、
要点を押さえつつ、他の作品に敬意を示しつつ、「その部分」まで登り詰めていく構成が、素晴らしかった。

もし興味があるようであれば、「津山三十人殺し/筑波昭」や、映画「丑三つの村」などを観てからだと、より楽しめるかと。



「恐之本」高港基資 1〜2巻(2013年3月現在)

例えば、小説であれば想像力、怪談の語りであれば語り口、映像であれば手法など、僕がホラーに好みを見いだす部分は、ジャンルによって少し異なる。
特に漫画の場合は難しい。
「怖い」の表現方法や方程式が他とは全然違うのだと思うのだけど、絵というのが、まず、そもそも高いハードルだと思う。
絵という時点で、「実話っぽさ」や「リアリティー」としてのハードルがグッと上がってしまうというか。
「こんなこと起きたらどうしよう」という気持ちにさせるには、色々と工夫が必要そうだと想像する。

そんな中出会った「恐之本」はかなりツボを突いてくる。
日常から非日常へのずれ込み、「怪異」の起こし方がすごく上手い。
お化けや幽霊が怖い、異世界に突入して怖い、不条理で怖い、人間が怖いなど、手数も実に豊富。
オムニバスならではのグルーヴ感も素晴らしい。
装丁もまた凄く良い。
あまりじっくり見たくない。


「異界ドキュメント」高橋ヨシキ

映画雑誌の編集やデザイナー、園子温監督「冷たい熱帯魚」の脚本共同執筆もされている高橋ヨシキさんによる、実話怪談集。
僕も色々と実話怪談ものは読んできたけれど、そのどれとも違う。
異質で、不条理で、怖い。
「こう来るんじゃないか」という読みをすべて裏切ってくる。
語り口や切り口の斬新さも持ちつつ、その話自体がそもそも桁外れに面白い。
今まで触れたことがないものだった。
日常の暗がりを知ってしまったというそのことが、どんどん怖くなってくる。
是非、このシリーズは続けてほしい。



「何者」朝井リョウ

映画「桐島、部活辞めるってよ」に心を鷲掴みにされた僕が、Twitter上で映画の感想を連投していた時、原作者の朝井リョウさんからリプライをいただいて。
その時の会話の中で、今度刊行される新作の執筆中に、我々の「若者のゆくえ」を聴いていたと教えてくださって。
それが、この「何者」という作品。

読んで真っ先に思ったのは、「激しく同意!」。
僕が「新呼吸」というアルバムで歌っていることとすごく重なっていた。
自分が作った曲を聴きながら書かれた作品が、僕が“その曲の後”に辿り着いたところに触れていて、なんというか、すごく感激した。
同じものを見ていたのかなぁとも思った。

羨ましく思っている誰かのようになりたくて、
誰かのように褒められたくて、
誰かのような成功を掴みたくて、
いつか、それに「変身」でもできるのではと、いつだって期待している。
でも、絶対に、それは起きない。
唯一、自分で出来るのは、『より良い自分を目指して頑張る』ということだけ。
この、当たり前の現実を受け入れることは、当たり前なのに、すごくつらい。
『自分は自分にしかなれない』ということ。
『僕は僕をやっていくしかない』ということ。
それを受け入れ、はずれくじのような日々を費やし、大当たり=『自分が自分になる日』を迎えるために、努力していくしかない。
最高の瞬間を、最高の自分で迎えるために、努力していくしかない。
凡庸な僕らが立ち向うべき“者”は、“何者”でもない、自分だ。

先日、この「何者」が直木賞を受賞された。
近所の本屋にも、朝井さんの本が沢山積まれていた。
朝井さん、本当におめでとうございました。


「レ・ミゼラブル」

僕が観た日がたまたまレディースデイで満席。
しかも真っ昼間だったのもあって、ご婦人ばかり。
そんな環境で観たのだけど、中盤から劇場内のすすり泣きが止まなかった。
思うに、ご年配の方には、かなり沁みる内容だったのではないか。
豊潤な人生とは、成功しっぱなしの人生のことをいうのではないと思う。
得るものもあれば、それだけ、もしくは、それ以上のものを失いながら、それでも進んできた道の、その道程をいうのだと思う。
僕も、久しぶりに劇場で泣いた。
3時間という長篇映画だけど、そのすべてを連れて、物語は最後の最後に向かっていく。
本編が終了した瞬間、思わず拍手したくなってしまった。
(Twitterでいただいた情報によると、拍手が起こる場合も全然あったらしい。)

時間が合わず、結局一度しか劇場で観れなかったけれど、もう何度か劇場で観たかった。
あのカタルシスは、この映画でしか得られないカタルシスだったのではないかと思う。


「フラッシュバックメモリーズ3D」

ディジュリドゥ奏者のGOMAさんのドキュメンタリー。
交通事故によって記憶障害を追ったGOMAさんの、記憶と魂の記録。
過去の映像や脳内映像を、GOMAさんの演奏と共に体感していく。
トランス感もあり、かなり独特な映像体験だったが、何より、3Dの在り方にグッときた。
GOMAさんのフラッシュバックを表現するために、3Dという表現が選ばれた感というか。
作品の内容に対して、精神的に寄り添う表現としての3Dというのは初めて観た気がする。
ここ最近の3D作品の多くは、どこか目的と手段のバランスが悪いと感じることがある。
エンターテイメントとして、アトラクションとしては確かに良いのかもしれないけれど、「飛び出すこと」「立体的であること」自体が浮いてしまっているというか。
「飛び出していただけ」と思うことも多い。
この映画のように、もう一歩踏み込んだ3D体験が出来る作品が増えるといいなぁと思った。
目的と手段と意味の結びつき。
自分の音楽制作も、それを高い水準で実現していきたい。


「LOOPER/ルーパー」

いわゆるタイムスリップ物の映画なのだけど、脚本の作りや設定がすごく良かった。
最初に観たときは細かい粗ばかりを気にしていたけど、内容を思い出して反芻しているうちに、また観たくなってきた。
タイトルにもある通り、タイムスリップに伴って発生するそのループ=円環。
こういった趣きの作品における宿命、もしくはルールともいえる、それをどうやって決着させるのかが重要かと思う。
円環が開くのか、または円環がスパイラルしていくのか。
この作品のその決着は、「思い付いても実現しにくい」類のものだと思う。
僕の中で、東野圭吾「容疑者Xの献身」もその類のものだと思っているのだけど、「それを実現させるにはそれ相応の積み立て」が必要なタイプというか。
設定やストーリーの流れを含め、「爆発のためのお膳立て」がしっかりしていないと転覆してしまうタイプの仕掛けで。
後々、パンフレットを読み込んで、この作品の細かい設定はすべて、その一瞬の大爆発のための重要な導線だったんだと改めて感心した。
劇中、「ループを閉じる」なんて用語が出てくるのだけど、その言葉が含んでいる意味が、ジワジワと沁みてくる。


「DOCUMENTARY OF AKB48 NO FLOWER WITHOUT RAIN 少女たちは涙の後に何を見る?」

前作「DOCUMENTARY OF AKB48 Show must go on 少女たちは傷つきながら、夢を見る」と比較してみると、
ドキュメントの神様が微笑んだとしか思えない、あの「フライングゲット」ような奇跡は無かったけれど、ドキュメンタリー映画としての質は断然高かったと思う。
単なるメイキングにとどまらず、ドキュメンタリーとして監督が論じたいこと、伝えたいメッセージを感じた。
(ただ、『妙に作為を感じるシーン』の存在が、違和感を放ち過ぎていて気になった。)

「センターとは何なのか」「前田敦子とは何だったのか」を軸として語られるセンター論、センターについてのヴィジョンは大変興味深かった。
思うに、AKBにおけるセンターの神格化は、前田敦子さんその人が背負った業そのもの、もしくは、その業が引き起こしたものだったのではないだろうか。
前田敦子さんがセンターにいることによって生じる、説明の出来ない説得力。
その後の、カーストの頂点を失ったグループの奔走から感じる、どことなく決定打に欠いてる感じ。
あの感じは何なのだろう。
その得体の知れない何かを、しかも他のアイドルグループとは違う次元で持っていた前田敦子さんは、やはり「センターに選ばれた人」だったんじゃないかと思った。


「ベルセルク 黄金時代篇V 降臨」

初めて「蝕」を読んだ時、あの圧倒的な絶望に何を見たか。
それを言葉にするのはすごく難しいのだけど、「闇という名の光を見た」というような感覚だったのかもしれない。
今回の映画に、『あらゆる闇が光を凌駕する』というコピーが付けられていたのだけど、まさにだと思った。
めくるめく暗黒に、ただただうっとりした。
ただ、個人的に「原作のこの話までは見たい」と思っていた所までは届かず。
つづきもいつか映画化してくれたら嬉しいなぁ。
posted by bbb at 22:57| 小出祐介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月02日

日記



2012年

12月1日

昨夜から昼まで歌詞書き。
今村Dに歌詞を送信。
体力の限界まで曲制作をして、就寝。

夕方起きて、1時間ほど入浴。
今村Dから返信。
第一稿にしてリアクションが良く、ひと安心。

夜、下北沢GARAGE・出口さんと会合。
いつも行く回転寿司へ。
シャリが粘土というか餅というか、すごい食感。
出来にムラがある店だというのはわかっていたけど、結構ひどかった。
そのあと、バーへ。
お酒がだめな僕も久しぶりに結構飲んだ。
帰り際、東横線のホームで今日という日の記念撮影。
家が東横線沿いという訳ではないので、わざわざ撮りに行った。

タクシーで帰宅。
めちゃくちゃ寒いけど、よく晴れていて、星がきれいだった。

帰宅後、仕事しようと思いつつ、酒が残っていて頭痛。
久保ミツロウさんとヒャダインさんの「久保ヒャダ」を観る。
めちゃくちゃ面白かったし、めちゃくちゃだった。


12月2日

外で取材などがある予定だったが、諸々の都合で、一旦バラし。
自宅で制作。
明日からが最後のプリプロになるので、まだ出来ていない曲の完成を目標に進める。


12月3日

昼からスタジオでベスト盤ジャケットの打ち合わせ。
デザイン案を自分で提案しておきながら少し不安だったのだけど、文句無しの出来。すばらしい。
想像していた10倍よかった。
しかも、ラフの段階で。
どうなってしまうんだと、期待。

その後、プリプロ。
準備していたものがしっくりこなかったので、すべてボツ。
新しく作り直すが、それも却下。
最後の最後で出てきたアイデアに賭ける。

前日から寝れていなかったので、泥のように眠る。


12月4日

早起きして、プリプロの準備して、昼からプリプロ。

またも、準備してきたものをボツ。
メンバーや今村Dに意見を聞きつつ作業。
ラスト数時間でようやく固まる。
良い曲になったと思う。


12月5日

プリプロ最終日。

昨日出来てきた曲の細部を詰めたあと、すでに完成していた2曲の詰め。
スケジュール的にかなりきつかったけど、時間内に完成してよかった。

達成感から、なんとなく1駅分歩いてから帰った。


12月6日

午後から、明日のツアーファイナルのためのリハーサル。
昨日までの制作が祟ったのか、声が全然でない。
声帯が重い。
無理に歌わないことにした。

前回のライブから割と時間があいていたので入れたリハーサルだったけど、「ちょっとでも演奏しておく」というのが本当に大事。
演奏はフィジカルなものだし、「バンド」という団体で活動している以上は、特に。
1人でも身体が慣れていなくて演奏が固いと、全体に響く。
ここ1年は特に、どれだけ忙しくても練習を入れるようにしている。

体調を考慮して、早めに切り上げる。
早めに就寝。


12月7日

ツアーファイナル横浜公演。

昼に都内を出発。
横浜に近づく頃には、徐々に日が傾き始めていて、季節の流れを感じた。
(毎日スタジオにいると、こういう感覚が本当になくなってくる。)

会場の横浜ベイシスはかなり久しぶり。
前回来た時、かなりの大雨で階段搬入が大変そうだったのをよく憶えている。
(※階段搬入→機材を階段で搬入すること。重い機材を持っての階段の往復はかなりキツい。)

リハーサル中、大きめの地震。
地下だったのもあり、一度地上へ避難。
ともない、開場と開演も、電車などの運行状況を見て少し遅らせた。

本番は、ファイナルらしく汗だくの盛り上がりだった。
これにて年内のツアーはすべて終了。
今年は、春と秋にがっつりとツアーが出来て良かった。
武者修行ではないけど、自分達を鍛え直すようなつもりで1年間ライブをしてきた。
くやしいことも沢山あったし、試行錯誤も沢山してきた。
また次回のツアーで、さらに良いライブを楽しんでいただけるよう、精進したい。


12月8日

朝、全然声が出ない。
昨日の本番も決してコンディションが良かったわけではなかったが、トドメを刺してしまったらしい。
病院へ行って、喉カメラで診てもらうと、やはり声帯が腫れていた。
元々、喉は強い方なのだけど、ツアーの疲労と制作の疲労で、さすがにヘタってしまったらしい。
次回の予約をして、点滴を打ち、薬をもらって、リハーサルへ。

午後から、明日のライブのリハ。
関根史織が誕生日だったため、各々、プレゼントをあげたりする。
(湯浅からは無し。)
セットリストを決めたり、つなぎの確認をしたところで、夕方、東京女子流のみなさんがスタジオに到着。
明日の僕の誕生日ライブで披露予定の、「ヒマワリと星屑」リハーサル。
今までいろんなコラボはしてきたものの、『自分達の演奏で、女の子5人が歌う』なんていうのは初めてだったし、彼女たちも、普段から生演奏で歌っているわけではないので、正直、不安もあった。
が、「とりあえず一回やってみますか」と、始めたそれが、もうバッチリで驚いた。
歌い出し、彼女たち全員がユニゾンで歌い出したときの、その迫力がすばらしくて、鳥肌が立った。
その一瞬で『明日はもう大丈夫だ』と思ったし、僕らも彼女たちに本気の演奏でぶつかろうと思った。
それから、彼女たちの立ち位置や動き、振りなどに関して、ライブプロデューサーの本間さんから演出があって、何度か通して、リハ終了。
合間で、僕らに話しかけてくれる彼女たちは、無邪気な年頃の女の子たちなのだけど、歌っているとき、踊っているときは、すごく格好良い。
そのメリハリもまた、すばらしいなぁと思った。

リハーサル後、速やかに帰宅。
速やかに就寝。


12月9日

僕の28歳の誕生日。
もう28のような、まだ28のような。

昼、さいたま新都心HAVEN'S ROCK会場入り。
生中継もあり、雑誌のレポもありで、とにかく人が多い。
Base Ball Bearのリハ後、「ヒマワリと星屑」のリハ。
ステージ衣装の東京女子流のメンバーの煌びやかさに、たじろぐBase Ball Bear4人。

リハ後、広くはない楽屋を女子流メンバーに使ってもらうため、僕らは控え室として押さえてあったホテルの一室へ。
とはいっても、完全にシングルの部屋で、メンバー4人がいるだけで普通に窮屈。
そこに本間さんも来て、身動き出来ない状態に。
女子流のライブに間に合うように会場へ。
ステージからは観れなかったけど、モニター観戦。

続いて僕らのライブ。
もう、女子流で会場で暖まり過ぎていた。笑
半端じゃない湿気と熱気の中でライブ。
これ本当にワンマンだったらやばかった熱量だった。汗だく。
女子流のお客さんも、しっかり観てくださって嬉しかった。

最後に、「ヒマワリと星屑」セッション。
緊張したけど、すごく楽しかった。
28歳誕生日の素敵な思い出になった。
本当にみなさん、どうもありがとう。

2013年2月13日にベストアルバムに加え、シングル「PERFECT BLUE」の同日発売が発表。
2012年12月現在、「パーフェクト・ブルー」という宮部みゆきさん原作のドラマがやっていますが、特に関係はなくて。
どちらかというと、今敏監督「PERFECT BLUE」からの引用です。
(これも内容は関係ないんですけどね。)
3.5thアルバム収録の「Project Blue」が、ウルトラセブン第19話「プロジェクト・ブルー」からの引用だった、そのシリーズです。
よろしくお願いします。

本番終了後、楽屋で、東京女子流からいただいたケーキをみんなで食べる。
美味しそうに、楽しそうにケーキを食べる女子流に混じって、ケーキをむしゃむしゃ食べるおじさん達。


12月10日

早起きして、洗濯。
洗濯が出来ていなくてタンスの中がからっぽだったから、助かった。

それから病院へ。
喉カメラで診てもらうと、昨日本番があったのにも関わらず腫れがかなり引いていた。
ただ、気管に炎症がきてしまったので、気管の薬を出してもらった。
点滴をして、事務所へ。

事務所の一室を借りて、次の現場への移動時間まで、たまりにたまっていた原稿を書く。
頑張ったものの、多過ぎて終わらず。

SOL!の収録。
マイク越しの自分の声が、かなり疲れていた。


12月11日

シングルのレコーディング1日目。
リズム録り。

いきなり、ドラムの音色がご機嫌。
ベースも、「そんな音出せたんですか」というくらい、良い。
テンポや展開の確認を何度かして、2〜3テイクまわして終了。

夕食で食べた天丼が完全に失敗。
テンションが落ちる。

次曲もサクサクと終了。
1曲目の僕のギターダビングをある程度進めて、作業終了。


12月12日

REC2日目。

昼から、3曲目のリズム録り。
夕方には終了。
それから僕のギターダビングをして、湯浅のギターダビング。
1曲目の湯浅の音色決めにかなり時間がかかる。
というか、時間をかけた。
この音色1発で決まってしまうくらい、重要なので。

明日は歌録りのため、昨日より早い時間に終了。


12月13日

REC3日目。
昼から、歌録り。

関根の歌録りに時間がかかってしまい、深夜になってしまったので、ギターダビングを見送り。


12月14日

REC4日目。
歌録り。

まだ喉の調子に不安があったため、入念にウォーミングアップ。
マイクに向かって声を出してみたら、全然声が出ていて、安心。
短時間で良いテイクが録れた。

その後、こぼれていたギターダビングへ。
かなり順調に進んだ。


12月15日

REC5日目。
ギターダビングからスタート。
短時間で決着。
オケはすべて入った。

それから、僕の歌録り。
これもすぐ終わり、関根のコーラスを2曲まとめて。
1曲は、そもそもコーラスが必要かどうかを検証。
もう1曲は、予定していたコーラスラインがおいしくなかったので、それの検証。
それぞれの検証に時間をかけた。

朝の寸前で終了。
これですべての録音が終了。
明日からはエンジニア・中村研一によるMIX。


12月16日

ひさしぶりのオフ。
ゆっくりめに起きて、掃除やら洗濯やら。

午後、ずっと買いに行きたかった、樋口毅宏「ルック・バック・イン・アンガー」、水道橋博士「藝人春秋」を探しに。
4軒まわってやっと両方を買えた。

それから、投票をしに地元へ帰る。
実家に少し立ち寄る。
父はゴルフ疲れで寝ていたが、祖母、母、妹には会えた。
先日、妹が飼いはじめたウサギを初めて見る。
みなさん溺愛しているようで。(実際、室温などの管理が大変らしい。)
父親の携帯はウサギの写真で埋め尽くされているそう。

投票をして、実家の近くのうどん屋さんで、ひとり夕飯。
昔からよく行くお店で、僕はこの店のうどんがすごく好き。
日曜日に家族でどこかへ出かけても、結局「夕飯はこのお店で」となることが多かった。
そんなことを思い出しながら、うどんをすすった。

帰宅して、先日、病院でおすすめしてもらって注文していた、ネブライザーを受け取る。
自宅用と現場用と、2つ買った。
毎日の喉のケアのためである。


12月17日

午前中、コンタクトレンズを買いに。
眼科で検査を受けたら、少し視力が落ちていた。
いつまで落ち続けるのか。

それから、クリーニング屋へ行ったり、薬局へ行ったり、雑務をこなして、リハへ。

12月21日の、中村一義さん武道館イベントに向けたリハ。
中村さんの曲を演奏するのは久しぶりだったが、身体が覚えていた。
順調に終えて、帰宅。
生活サイクルを整えるためにも、早めに就寝。


12月18日

午前中、鍼&整体へ。
鍼が刺さってはじめて腰痛に気付く。
すげぇ痛かったけどすっきりした。

整体の近くの美味すぎるパン屋さんに寄る。
なんてことない普通のパンが超うまい。
店の奥で、ジャムおじさんみたいなおじさんがパンを焼いているのが見えて、妙に納得する。

それからスタジオへ。
新曲3曲のTD(トラックダウン)。
エンジニア・中村研一の仕上げた音を受けて、さらに細かく詰めていく。
朝方までかかって、3曲のTD終了。
達成感。


12月19日

昼から雑誌取材。
ベスト盤発売を受けての諸々。

移動して、ベボベLOCKS!収録。

帰り際、旧・EMI本社があった溜池山王に立ち寄り、
「愛してる」のアーティスト写真を撮影させてもらった、喫茶店「イーグル」へ。
納豆スパゲッティーをいただく。
この店の納豆スパゲッティーが大好きだったので、ひさしぶりに食べれて大満足。
店のマスターも、僕のことを憶えていてくれたっぽい。


12月20日

午後、眼鏡を買いに行く。
ツアー先で、サウナに眼鏡をかけたまま入ったら、フレームがぐにゃぐにゃになってしまって。
結局そのままだったので、新しく買い直そうと。
せっかくなので、形状記憶タイプのものにしてみた。
レンズもだいぶ傷ついていたので、傷がつきにくいやつを選んでみた。

その後、お茶の水へ、ギターを見に。
別に買いたいものがあったわけではないのだけど、今年は全然ギターを見ていなかったので、なんとなく。
数件まわってみたものの、ピンとくるものがなく。

そのまま、なんとなく神保町へ足を伸ばし、本屋めぐり。
特に何を買うでもなく、帰宅。


12月21日

中村一義さん15周年記念ライブイベント「博愛博2012」。日本武道館。
今年1月3日の武道館ライブが随分前のことに感じると同時に、もう年末かよ…と。

リハーサル後、出演者のみなさんにご挨拶。
サニーデイ・サービスさんとはかなり久しぶりだったし、くるりさんとは完全に初対面。お会い出来てよかった。
また、100sさんも、中村さんと町田さん以外のみなさまとは初対面。
今年はこんな風に、先輩方との交流がたくさんできて、本当に嬉しい。

本番は、あっという間だったけれど、中村さんとのセッションを楽しめて良かった。
「セブンスター」は自分達のライブでもカバーしたいくらい、手に馴染んでいる。
その後は舞台袖で、各出演者さんのライブを楽しんだ。
アンコールでは、出演者全員でステージにあがり、「歓喜の歌」。
ステージ上から雪が降る演出。
素敵な大団円だった。

簡単なロビー乾杯後、退館。

帰宅後、1日食事らしい食事をしていなかったので、近所のCoCo壱番屋。
そういえば、自分達の初めての武道館ライブ後も、ココイチだった。
(正月は近所の店が全然やっていなくて、本当に困る。)


12月22日

午後から、シングル&ベスト盤のマスタリング。

シングルのマスタリング作業後、続けて、ベスト盤のマスタリング。
最新曲を作業した耳で、これまでの曲の作業に入った。
大きいスピーカーで、これまでの曲のTD音源を聴いていると、当時のことを色々と思い出した。
当時は出来なかった解釈で、仕上げていったつもり。

ベスト盤はなにせ2枚組なので、曲数も多く、時間がかかる。
Disk1までを終えたところで、1日目終了。

スタジオから歩いて帰宅。


12月23日

マスタリング2日目。

昨日に引き続き、Disk2のマスタリング。
比較的最近の曲も多いのだけど、それらもマスタリングし直した。
それからシングル〜ベスト盤と続けてプレビュー。
メジャーデビューからの6年間を、3時間ほどで駆け抜けた。
現在地点の自分達を表現した、良い作品になったと思う。

朝方、帰宅。


12月24日

午前中からEMIへ。
シングル&ベスト盤にからめた、怒涛の取材日。
途中、南波志帆さんやヒャダインさんとの対談も挟みながら、連続で取材&撮影。

終了後、六本木のスタジオへ。
ヒャダインさんとのニコ生3時間。
そんな流れでここまで来ていたので、本当にお腹が空いていて、番組冒頭で寿司をマジ食い。笑
しかも、満腹になったら眠くなるという緩さで申し訳ない。

放送終了後、帰りのタクシーでスイッチが一気に切れて爆睡。


12月25日

昼から、年末イベントに向けたライブリハ。
ライブが久しぶりなので、慣らし運転も兼ねたリハ。
それにしても疲れていて、演奏も歌もヘロヘロ。
それでもなんとかセットリストが決まり、リハ終了。

帰宅後、長風呂。
ひさしぶりに湯船でゆっくりできた。

深夜、マネージャー大久保から入籍報告のメール。
確かに「記念の写メでも撮って送って」とは言ったけど、まさかの『婚姻届の写メ』が送られてきた。
…そういうことじゃねえよ!
ツイートしてやろうかと思った。


12月26日

昨日に引き続きライブリハ。
曲のつなぎなどの確認をして、通し。
確認して、通し。
また確認して、通し。
ガッチリと練習した。

これが年内最後のバンドリハ。
今年は、なるべく練習時間作ろうとしていたのもあって、リハが多い1年だった。
来年もなるべく沢山練習したい。


12月27日

午後までガチ寝。

明日からライブで、またバタバタしてしまうので、軽く大掃除的なことを。
さらに、読めていなかった漫画や本を読み、BDを観ていった。
棚から漏れて積みあがったそれらを、どうにかして収納したいが、いよいよ棚を買うしかない気がする。
本棚2つ、DVDラック2つ、フィギュア棚1つ。
これはなかなか、覚悟がいる買い物である。
慎重に検討したい。

明日のリハーサルに備えて、曲の練習。


12月28日

都内某スタジオにて、年明け1月3日のユーミンさん40周年ライブイベントの全体リハーサル。
スタジオが、国内のリハーサルスタジオで最大規模の広さで、それにまずビビった。
そして、くりひろげられる、とてつもなく豪華なミュージシャンのみなさまによる演奏。
そんな中で歌うのは、今年いちばん緊張したんじゃないかという気がするけど、すごくすごく楽しかった。
その後も、続々と、夢でも見ないような景色が広がるリハーサルだった。
本番が楽しみでしょうがない。

リハーサル後、新幹線で大阪へ移動。

雨が降る心斎橋を散策。
年末のざわざわ感の中を歩いて、いつも行くご飯屋さんへ。
が、まさかの貸し切りで入れず。
仕方なく弁当を買って、ホテルの部屋で食べる。

やることもないので長風呂して、就寝。


12月29日

FM802主催イベント、RADIO CRAZY。

去年出演した際、その合い間で、歌詞を共作したOKAMOTO'S「青い天国」に関する打ち合わせをした。
あれからもう1年経ったのかと思うと、早過ぎる。
本当に、ついこの間という感覚。

本番は実に楽しかった。
大阪のライブイベントのノリは、いつも素晴らしくて。
お祭りを楽しんでいる様子が、こちらにも伝わってくる。
是非また来年も出演させていただきたいし、大阪でのライブも沢山やりたい。

本番後、FM802の生放送に少し出させていただいて、会場をあとに。
新幹線で東京へ。


12月30日

土砂降りの雨。

午後から、事務所でフィッティング(衣装合わせ)。
小一時間で終了。

下北沢「一龍」にて、ラーメン食べ納め。
久しぶりに食べたけど、相変わらず超うまい。

その足で、下北沢GARAGEへ。
年末イベントに出演してる友人たちに会ったり、友人の子供と遊んだり。

それから、CD屋に寄ったりして帰路に。
電車に乗ると、年末感。
全然混んでいない。
この空気感、すごく好き。


12月31日

「COUNTDOWN JAPAN 12/13」で幕張。

昼に会場入り後、取材や収録。
そうこうしている間に、すぐ本番。

すごく熱くて楽しいライブだったし、良いライブ納めが出来たんじゃないかと思う。
1月3日の武道館に始まり、春ツアー、夏イベント、秋ツアーを経てきた、バンドの全力を発揮出来た。
メンバーもスタッフもみんな、良い顔をしていた。

年内の仕事が終わった開放感を感じつつ、アーティストエリアで食事。
お世話になったみなさまにも挨拶できてよかった。

帰宅後、シャワーを浴びてから、明治神宮へ。
友人達と出店をまわりながら年越し&参拝。

帰り際、原宿から歩いて渋谷に出ると、路上が荒れ放題でびっくりした。
日本じゃないみたいだった。

なんだかなぁと思いながら、タクシーで帰宅。
就寝。
posted by bbb at 04:02| 小出祐介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月01日

日記


11月1日

旅支度と掃除洗濯を一気に。
今回は2週間ほど家をあけるため、入念に片付け。
旅に出るときは掃除しないと不安。なんでだろ。

昼、旅先で制作する都合上機材が多いので、移動車が自宅まで来てくれる。
家の近い関根やローディー上甲さんも僕の家集合。
神戸へ。

20時頃、神戸に到着。
思っていたよりも全然寒くて驚く。

早速、ホテルの部屋で機材を広げて制作。
鍵盤があるだけで全然違う。


11月2日

ツアー神戸公演。
いい感じの晴れ。

会場入り後、マネージャー大久保と薬局に。
薬局が好きなので、全国色んな所で薬局に行っているけど、関東ではみかけない薬をたまに見つけたりする。
効くのかどうかはわからないけど、見つけてはなんとなく買ってみたりして。
今回も、ひとつ喉の薬を買ってみた。

前回の公演からやや時間があいたので、リハーサルは入念に。
全曲おさらいする勢いで細かい修正や調整もする。

本番前、大久保に味噌汁を靴にこぼされた。
革の靴なのに。
靴がネギと油揚げまみれになった。
革の靴なのに。

本番は調整も上手くいって、すごく良かった。
ただ、盛り上がり過ぎて酸素が激薄で。笑
そのせいで、演奏中に首が異常に凝ったり、目の前が暗くなったりもしたけど、無事生還できた。
あれだけの湿気と熱気のなか、みなさんありがとうございました。

本番後の楽屋で、頭から爪先までびしょびしょになった衣装を片付けていて、よくまぁこれだけ汗をかけるなと思った。
しっかりとYシャツを絞っておく。

打ち上げは中華。
ローディー上甲さんの『電子足彦自転車(※電気アシスト自転車)』という名フレーズが飛び出して爆笑。

ホテルの部屋に帰ってきて、制作をしようと思ったけど、ライブ中の酸欠もあってクタクタ。
倒れ込むように就寝。


11月3日

高知へ移動。
昨日の疲れが残っていて、車内で爆睡。
気付いたら、夕方。
高知に到着。

大久保と上甲さんと街を徘徊。
3年ぶりに、僕の大好きな「海がきこえる」にも登場する商店街をまわる。
が、印象的だったカラオケ屋さんの看板が変わってしまっていて、さみしかった。

その後、屋台に。
ラーメンと餃子がうますぎて。

ホテルの部屋で制作。


11月4日

高知公演。

楽屋でライブプロデューサーの本間さんが、どれだけ高知のご飯がうまいかを力説していて。
市場でどういうものが売っていたかなど詳しく教えてくれた。
本間さんはお米などを注文してきたらしい。

リハではまたさらに細かい調整。
細かすぎて伝わらないレベルの細かい調整。
でも、『神様はディテールに宿る』というのは本当に本当。
ごくごく僅かな変更が、全体を引き締めたりもする。
瞬間単位の調整を大切にしたい。

本番。
僕的には神戸公演のような苦しさがなく 笑、とても健やかに歌えたけど、今度は堀之内が相当な酸欠になっていたらしい。
意識が飛びかけるほどの熱いライブだったのは、すごく嬉しい。

本番後、下北沢GARAGEの元スタッフ・たのが楽屋にきてくれた。
彼女とは、僕らがGARAGEに出始めて2年目くらいからの付き合い。
僕のGARAGEバイト時代もかぶっているので、同僚みたいなもの。歳も近い。
会うのが前回のライブの時以来なので、これも3年ぶり。
近況などを話す。
再会を約束して。

みんなで打ち上げ。
が、僕と本間さんとマネージャー中村で、昨晩の味が忘れられず、途中抜けして屋台へ。
何を食ってもうまいとはこのこと。
味付けや調理どうこうではなく、素材のレベルが違うんだと思う。
生のピーマンを生で食べて、本気でうまい。驚いた。
散々食べたあと、さらに中村がラーメンを2杯食べた。
さすがにそれは無理だ。
帰り際、コンビニで地元メーカーのアイスを買って食べてみるが、これも美味い。
「なんだこれ」を連呼して、ホテルへ戻る。


11月5日

高知から大阪へ移動日。

途中、吉野川ハイウェイオアシスに。
釜揚げうどんを食べる。
サービスエリアとはいえ、四国であればどこで食べてもうどんがうまい。気がする。
施設内には野菜や果物の販売所もあったが、どれも新鮮でおいしそうだった。

ここのサービスエリアは吉野川に隣接しているため、川縁まで降りることが出来る。
降りてみると、綺麗な水が静かに流れる吉野川。
鴨の群れが鳴いている。
餌をやることも出来るらしく、関根がパンくずのような餌をあげていた。
その後、敷地内のアスレチックでひとしきり遊んだ。

夕方すぎ、大阪へ到着。

特にやることも無いので、ホテルの部屋で制作。


11月6日

一応、大阪オフだが、僕は今日が新曲制作の締め切りだったので、ひとりでスタジオに入ることに。
旅先でスタジオに入るなんて初めて。
練習であれば全然聞くけど、制作っていうのは聞いたことがない。

昼に、スタジオへ。
作業をはじめようとするが、到着してすぐに部屋が半端じゃなく乾燥していることに気付く。
これは喉に良くない乾燥具合だと感じ、マネージャー大久保に加湿器を買ってきてもらう。
普段僕らがスタジオに入るときは加湿器を必ず持参するのだけど、油断していた。
加湿器をガンガンに焚いて、作業。

土足厳禁、飲食禁止のスタジオで黙々と、延々曲作り。
10時間押さえていたが、何となくの形が見えてきたころには、もうスタジオの終了時間。
それでもデモを完成させなくてはいけないので、別のスタジオを大久保に探してもらい、予約。
さらに、デモ録音のために関根も招聘。
次のスタジオで合流することに。

移動し、搬入。
スタジオが空くまで小一時間あったので、その間に軽食をとる。
いつもホリがうまいと言って食べているお店の定食だったのだが、あまりおいしくなかった。
少し凹む。
早々に店を出る。
やることがないまま30分ほど持て余してしまい、コンビニでコーヒーを買い、大通り沿いの花壇のふちに腰掛ける。
寒い。
それでもどこにも行きようがないので、そこから動かなかった。
大通りを走る車を眺めながら、昔、事務所と契約する時に、当時のボスから「時間があるうちに曲を作っておけよ」と言われたのを思い出した。
たしかに、時間がない。
コーヒーをチビチビと飲みながら、頭の中で曲の整理。

関根と合流し、スタジオで曲の詰め。
当初押さえていた3時間を消費して1コーラス分が出来た。
この時点で0時をまわってしまっていたが、締め切りは締め切りなので、スタジオを延長し、デモ録り。
結局、そこからさらに3時間半かかって、簡単なデモが出来た。

ホテルに戻ったのが、深夜4時頃。
ラフMIXを作り、スタッフにメールで送り、5時就寝。爆睡。


11月7日

昼、Zeepなんば会場入り。
今日はツアーの合い間で所属事務所のイベント。
出演は奥田民生さん、SPARKS GO GOさん、OKAMOTO'S、住岡梨奈ちゃん、と、我々。
楽屋がOKAMOTO'Sと一緒。
もうずっーーーーーーーーーーーーーーーーーーと喋ってる。
湯浅以外の全員が。

出演順がじゃんけんで決められたため、イチ抜けの民生さんがトップバッター。
我々が2番。
で、住岡ちゃん、スパゴーさん、で、トリがOKAMOTO'S。
僕はOKAMOTO'Sのアクトの途中、作詞した「青い天国」にギターで参加。

アンコールは出演者全員で円広志さんの「夢想花」。
リハの時、自分の歌パートを全然憶えていなかったら、民生さんと八熊さんに「絶対練習するなよ!」と言われ。笑
でも、さすがにそれはダメだろと思って練習したものの、ガチで憶えられず。笑
まぁ、ウケたからいいのか。
そんな感じで楽しいイベントだった。

終演後、出演者全員で打ち上げ。
全体打ち上げ後、僕とハマとレイジと住岡ちゃんと4人でぶらぶら遊びに行くことに。
とりあえず、深夜の戎橋や、なんばグランド花月、金龍ラーメンなどをまわり、ラウンドワンに。
4人でスポッチャで遊んだ。
ハマのバスケと、レイジの弱いパンチと、住岡ちゃんの華麗なローラーブレードさばきが見れて良かった。

深夜4時頃、ホテルに帰着。


11月8日

OKAMOTO'Sに見送られて、ホテルを出発。
福岡へ。

夕方過ぎ、福岡着。
ホリとツアースタッフとで餃子を食べにいく。
このツアー、餃子を食べてばっかりだなと言いながら、くやしいけど、うまい。

ホテルの部屋で制作。
今村Dと制作について電話打ち合わせ。


11月9日

昼からスタジオで制作作業。
大阪と同じパターン。
途中から関根に来てもらい、前回大阪で作った曲の見直しや修正をしていく。
一通り出来たところで、デモ録り。
前回のデモよりも、しっかり作る。
関根にベースも弾いてもらい、「やっぱり生ベースっていいね」と思う。
グルーヴが引き締まった。
今回は8時間ほどで作業終了。

ホテルに戻り、ラフMIXを作る。
トラック数が多く時間がかかったが、良い感じになった。
今村Dに送信して、遅い夕飯。
「一蘭」でラーメンを食べた。
最近は店舗数も増えているし、東京にもあるけど、やっぱり博多だと違う気がする。

明日に備えて早めに就寝。


11月10日

ツアー佐賀公演。

昼、佐賀へ移動。
福岡から約1時間ほどで到着。
重い曇天かつ、かなり寒い。

リハーサルを済ませたところで、楽屋を訊ねてきてくれた人が。
元・12月8日というバンドのボーカル、キハラくんだ。

彼らと出会ったのは2002年の12月。
僕らがライブハウスに出始めて半年ほど経った頃だった。
ホームである下北沢GARAGEのスケジュールでよく目にするバンド名があって。
それが、「12月8日」だった。
GARAGEスタッフからも、Base Ball Bearと相性良さそうと言われていて。
いつか対バンする時を楽しみにしていたら、渋谷ON AIR nest(現:O-Nest)で対バンすることになった。

初めて会った彼らは素朴で、すごくやさしいお兄さんたちだった。
そして、自分達のライブのあとに観た、彼らのライブは本当に本当に衝撃的だった。
うちのメンバー4人で、最前でかぶりつくように観た。
ギターの音も、演奏する彼らの姿も、叫ぶようなキハラくんの歌も、最高にかっこよかった。
打ち上げで、彼らと色んな話をしたと思う。
年下の僕らに対して平等に接してくれ、認めてくれた。
それがすごく嬉しかった。
それから、12月8日は僕らにとっての目標で、ライバルで、戦友となった。
何度も対バンがセッティングされたし、お互いの企画ライブにも呼んだり呼ばれたりする仲だった。

2003年秋、12月8日が初めての音源リリースをすることになった。
同時期、僕らも「夕方ジェネレーション」の制作に入っていた。
(※ちなみに、「夕方ジェネレーション」の歌詞カードの写真は、12月8日のスタッフだった「たけしゃん」という男の監修によるもの。)
キハラくんにイチ早く音源をいただいて聴いた僕は、完全に打ちのめされた。
素晴らし過ぎて、とてつもなく悔しかった。
その「ナーヴァス・ビルディング」というアルバムに負けたくなくて、曲の作り直しを何度もした。

「ナーヴァス・ビルディング」リリースから1ヶ月後、「夕方ジェネレーション」が店頭に並んだ。
当時、僕と湯浅が住んでいた本厚木のCDショップで、この2枚が並んで売られていて、嬉しかった。

その後も、僕らと12月8日は引き続き仲が良かった。
キハラくんは、僕と湯浅が住む本厚木に近い所に引っ越してきたし、お互いの家を行き来したりもした。
僕の20歳の誕生日はキハラくんに祝ってもらった。

2005年。
僕らはメジャーデビューへの準備を進めていたが、12月8日は活動のペースを少し緩めているようだった。
この頃から、連絡する回数や、会う機会が減っていった。

2006年冬。
僕らがメジャー1st「C」をリリースした頃、久しぶりにキハラくんからメールを貰った。
「祭りのあと」がすごく良いと褒めてくれた。
「こんな曲を書きたいって思ってた」とも言ってくれた。

2007年夏。
2年目の“若若男女”。名古屋公演の日。
下北沢で行われたライブで、12月8日が解散した。
観たかったけど、行けなかった。
おこがましいけれど、僕は彼らの分も頑張ろうと思った。
順調にここまで来れたからには、行ける所まで行こうと思った。
それから、キハラくんは地元である佐賀に戻った。

その後、連絡をとらなくなってしまったのだけど、キハラくんとは昨年、Twitterを通じて再会した。
その頃、僕は作りたいと思っていた曲があった。
12月8日へのオマージュの曲だ。
あの頃の下北沢のライブハウスシーンであり、僕らであり、彼らであり、当時の匂いであり、ギターロックで勝負していくという決意。
バンド10周年の年に、それを詰め込んだ曲を作りたいと思っていた。
再会したのは縁だと思い、その意志を伝えると、キハラくんは快諾してくれた。
そして、出来たのが「short hair」。
この曲、実は、12月8日の「グッド・バイ」という曲の構成をなぞっていて。
頭の中で、彼らが演奏している姿を想像しながら作った。
曲の完成後、キハラくんにデモを送ると、とても喜んでくれた。

そんな経緯があり、今回の佐賀でのライブは僕らにとって、すごくすごく特別なライブだった。
バンド結成10周年最後の日に、たまたまとはいえ、こういうライブ入るとは引きがあるなぁと思う。
久しぶりに会ったキハラくんはあまり変わっていなかったし、キハラくんも「ホリくん以外は全然変わっていないね」と言っていた。

本番ではやはり、特に「short hair」に気持ちが入った。
ライブ後、キハラくんも「12月8日が演奏している姿が重なった」と言ってくれた。


たくさん失う 時が流れゆく
それでも僕は、君を待ってる


キハラくん。
きっとまた、一緒に音楽やりましょう。
待ってます。



終演後、熊本へ移動。
0時を回ったところで、ファンのみなさんがTwitter上で沢山のメッセージを送ってくれた。
バンド結成11年目の日だ。
温かいメッセージ、本当にどうもありがとう。
遅くまでTwitter上で荒ぶった。


11月11日

ツアー熊本公演。
不安定な天気。

前回の熊本公演の日も、大雨だった。
というか、豪雨。
熊本城のお堀が氾濫していて、かなり焦ったのを憶えている。
実際、高速の通行止めで会場に着けなかったお客さんもいらっしゃったようで。
今回はさすがにそこまでではなかったので安心。
(ちなみに、すぐ隣の会場ではmonobrightがライブをしていた。)

本番はもう全身ズブ濡れになるほど、汗をかいた。
足元に水たまりが出来ていたくらい。
11周年にふさわしいすごく熱いライブだった。
機材がかなり心配になったけど。笑

終演後、メンバースタッフで打ち上げ。
マネージャー大久保がドヤ顔で、「11周年おめでとうケーキ」を運んできた。

来年2月13日発売のベストアルバム&来月12月9日誕生日ライブの情報解禁もあった。
解禁時間が丁度ライブ中だったのもあり、チャットモンチーさんにお願いして、動画で告知をしていただいた。
僕の人間的な部分を極めてわかってくれているコメントだった。笑
同期のチャットモンチーさん、今後もよろしくお願いします。


11月12日

松江への移動日。

出雲近辺を通りかかった際、雲間から金色の光が射しこんできていて。
詳しい人に聞くと、旧暦でいう神様が帰ってきている時期だったらしく。
なんだか縁起の良いものを見れたのかもしれない。

到着後、PA・オクさんと照明・オージさんと出雲そばを食べに行く。
シンプルで実に僕好みの味だった。
そば湯もドロドロで濃厚。おいしかった。

深夜、ホテルのサウナに入る。
時間がなくて最近サウナに行けていなかったので、超さっぱりした。


11月13日

松江公演日。
これでついに47都道府県制覇。

宍道湖のほとりにある会場。
風が強いとは聞いていたけど、強風というより、爆風。
びびった。

初めての松江公演でちょっと緊張したけど、すごく良いライブになった。
会場の雰囲気が下北沢GARAGEにかなり似ていて、なんだか感慨。
11年もバンドやってきてよかったなぁ。
終演後、会場のスタッフさんから47都道府県制覇のケーキをいただいた。
ワンポイントで入っていた島根のゆるキャラ「しまねっこ」が超かわいかった。
必ずまた来ます。

スタッフと軽く打ち上げ。
ちょうどいい感じのラーメン。
昨夜に続きホテルのサウナに入る。

詞曲提供したショコラさんの完成音源が届く。
自分の書いた曲をショコラさんが歌っている。
それだけでジーンとした。
相対性理論の永井さんのアレンジも素敵だった。
早くみなさまに聴いてもらいたいな。


11月14日

東京戻り。

松江からストレートで10時間。
車は確かに疲れるけど、景色をしっかり楽しめるから好きだ。
特にこの季節。
紅葉した山間を行くのは、気持ち良い。

久しぶりに帰ってきた東京は、冬の空気感。


11月15日

一日オフ。
こみあげる疲れ。
特に出かける気もしないし、軽く仕事をして、あとは家事をこなした。


11月16日

ツアー新木場公演。
今回のツアーで最も大きい会場。
ステージも突然大きくなる。
リハーサルで動きも込みの確認をする。

本番は実にホームらしい盛り上がり。すごく楽しかった。
ここまで酸素の奪い合いみたいなライブが続いていたので、みんなが「さすがに今日は」と思っていたのに、全然空気が薄くて参った。笑
会場のサイズは関係ないんだというのを学んだ。

終演後、AKB48の佐藤亜美菜さんが挨拶にきてくださった。
ひさしぶりにお会いしたけど、お元気そうで何よりでした。
亜美菜さんとひとしきりお話した後、次に現れたのがマネージャー大久保の彼女で、なんか面白かった。笑
12月に結婚するとのことで。
このふたりが夫婦になるのかぁ。
大丈夫か。笑

帰り際、下北沢GARAGE・出口さんに連絡。
急に時間が出来たという友人・アンドレと中目黒で飲んでるからとのことで、中目へ。
合流すると、そこに偶然、僕らのライブを観にきていた嵐田氏とライター・三宅氏&加藤氏もきてびっくり。
呼んだ訳ではなく、完全に偶然。しかも隣の席。店広いのに。
出口さんはこういう引きがあるからすごい。


11月17日

昨夜の疲れが全然取れないまま、レコーディングスタジオへ。
まだ言えないレコーディング。
昼から始めて、朝4時終了。
全員クタクタ。


11月18日

昼からスタジオでベスト盤のデザインなどなどの打ち合わせ。

そのまま、プリプロ。
足し算に足し算を重ね、最後に一気に引き算。
足された物は残っていないけど、足された事実は残る。
それが大事。みたいな。

帰宅後、明日の取材と制作の準備。
思いの外、時間がかかってしまった。


11月19日

昼、スタジオで雑誌B.L.T.の連載取材。
漫画家のうすた京介さんと。
℃-uteの話で盛り上がる。
僕はもう小学生の頃からうすた先生の大ファンなので、お会い出来て本当に嬉しかった。
持参した「すごいよ!!マサルさん」のコミックス第1巻(初版)にサインをいただいた。
16年越しのサインに感動。
ちなみに、自分からサインをお願いしたのは何気に人生初の出来事でして。
宝物にします。

その後、新曲の制作リハ。
一通り出来た段階を今村Dに聴いてもらうが、惜しいとのこと。
悔しいけど時間切れで、次回に持ち越し。

友人と合流し、「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」を観に行く。
公開3日目とはいえ、平日深夜にも関わらずほぼ満員。
映画本編に関しては、感想を語るのが正直難しい。
ただ、ライトユーザーからヘビーユーザーまでごちゃまぜのあの客層。
沢山の人たちと平日深夜にあの映画を観たという事実が、エヴァの凄さだなと思った。
ただ、ライトユーザーはかなり「ふるい」にかけられたと思うけどなぁ。どうだろう。
「エヴァだから。」という姿勢で、完結編を待ちたい。

そのまま、花園神社の酉の市へ。
前夜祭ということで、かなり深夜までやっている。
が、時間が時間なだけに、客層は歌舞伎町の方々ばかり。
かなりの髪型ファイナルファンタジー率だった。
チョコバナナを食べて退散。


11月20日

一日、家で仕事。
ベスト盤のデザインに関する諸々などもこなす。

深夜、友人・ナカムラマナヴと、ドラゴンさんこと石川龍氏と、花園神社酉の市へ。
2日連続。今夜が本祭。
去年もこのメンバーで行っているので、せっかくだからと同じ店へ。
昨夜の前夜祭と違ってお店の撤収があるので、終わりは意外と早い。
それでも散々食べて満喫できた。

帰宅後、明日の仕事の準備をして、就寝。


11月21日

昼、ある対談。
すごく面白い対談だった。
後日お知らせします。

そのまま、ベボベLOCKS!収録へ。

次まで時間があいたものの、特にやりたいこともないので、一人渋谷で食事。
夕方の混んでいる時間帯に渋谷へ来ると、だいたい行く店。
もうここしか行く気がしない。

まだ言えない曲のTDへ。
狙い通りの、良い仕上がりになったと思う。

帰宅後も仕事。


11月22日

アラームに気付かず、ガチ寝坊。
移動だけだったので助かった。
最近は寝坊も減っていたのでショック。

滋賀へ移動。
紅葉シーズンのため、宿がとれず宿泊は大津。

将平と駅前をぶらついてみる。
街並が松戸方面に似ていてセンチメンタル。
食事をしたかったが、店がなかったので、ホテルのレストランで夕飯。
天丼を頼むも、全然おいしくなくて凹む。
あれは天ぷらじゃなくて、エビフライだって。

いただいたヒャダイン「20112012」、Chocolate&Akito「Duet」を聴く。
どちらも本当に素晴らしかった。
僕も頑張ろう。


11月23日

ツアー滋賀公演。
全員疲れを溜め込んでいる感じがあったので、相当入念なウォームアップして、本番。
滋賀でのライブは3年ぶりだったけど、本当に熱いライブだった。
天井から床からびしょびしょ。
これに備えて、今回からエフェクターにサランラップをかけて、汗&湿気ガードをしていて。
地味だけど、完全に正解。ショートしなくなった。
Talking Rock!吉川さんや、先日の対バンライオットで一緒だったCROMARTYが観にきてくれていたので挨拶。

終演後、そのまま福井へ移動。
宿泊先のホテル最上階に大浴場が。
サウナもあるらしいので行ってみると、ホリが先に入っていた。
ホリと風呂で一緒になるのは10年ぶりくらい。
洗顔しているホリの姿が相当面白かった。


11月24日

ツアー福井公演。
あっという間のセミファイナル。
会場入り後、急に閃いて楽屋で新曲のコード進行をいじる。
良いのが思い付いてよかった。

福井では1年ぶり3回目のワンマン。
MCも盛り上がったし、ハプニングも楽しめてかなり面白いライブだった。
ライブは生物。
同じセットリストでも、毎回同じじゃない。
会場によって、人によって、全然違うものになる。
今回は特にそれが感じられた。
昨日とも全く別の表情だった。

終演後、打ち上げ。
言葉のグルーヴ感だけで延々話が盛り上がった。
実に高尚な打ち上げだった。


11月25日

早起きして、ホテルの大浴場へ。
朝サウナ。
おじいちゃんたちに混じって、サウナ内のテレビで日曜朝のアニメを観ながら汗をかいた。
露天風呂も入った。
朝のつめたい空気が気持ちが良かった。

早起きついでに、ホテルの朝食バイキング。満腹。
さらに早起きの調子に乗って、近くの川へ。
すごく綺麗だったけど、ぬかるみにはまって靴が泥だらけに。
しくじった。
革の靴なのに。
革の靴なのに。

東京へ戻り。
東名が半端じゃない渋滞。
早めに出ていたからまだよかったものの、それでも東京まで8時間くらいかかった(※通常5時間くらい)。


11月26日

朝、早めに起きて仕事。

夕方、雨がどしゃぶりの中、来年のことで1件打ち合わせに出る。
面白い感じになっていきそうな予感。

帰り際、本屋で「まんが道」の新装版?完全版?が出ていて、買おうかどうか散々悩んで、一旦やめた。
溜まっている漫画が多すぎる。
最近ネットで“テラさん”の晩年に関する記事を読んで、密かに「まんが道」熱が高まっていたので、堪えるのが大変だった。
かなり悩んだ。

明日からまた制作なので、準備。


11月27日

昼からスタジオにてプリプロ。
今回もキツめのスケジュール。
制作が遅れているのか、制作日数が元から足りないのか、わからなくなってくる。
妥協したいとは全く思わないけど、無理も出来ない。
限られた時間を上手くまわして、最大限のパフォーマンスが出来るように考える。

終電近くまで作業。
メンバーが帰ったあと、今村Dと歌詞について話す。
僕は僕で歌詞についていつでも考えているし、今村は今村でディレクターとして「良い歌詞とは」を考えてくれていると思う。

今村Dに送ってもらい、帰宅。


11月28日

昼からスタジオでプリプロ。
昨日の続き。
1曲はアレンジの細かい詰め。主にアンサンブルについて。
2曲目はこれまでのプリプロを受けての修正や見直し。
今村Dに聴いてもらうと、「もっと○○して欲しい」と無茶なリクエスト。
が、渋々やってみると、そのアイデアのおかげで曲がまた良くなり、なんかくやしい。
次回までにまた細かい見直しをしてくるつもり。

帰り際、今村Dとホリとラーメン。
昼から何も食べていなかったので、ラーメンと焼き飯。
食べ過ぎた。

渋谷まで今村Dの車で送ってもらう。
スタバでコーヒーを飲んで、タクシーで帰宅。


11月29日

疲れが爆発。
朝、全然起きれなかった。

昼に、整体&鍼。
鍼がもう、激痛だった。
先生にも「ここ最近でいちばんやばいですね」と言われた。
自分でも、先生の指が凝りに全然食い込んでこないのがわかった。
1時間みっちりほぐしてもらった。

自宅で制作。


11月30日

終日自宅制作。

ナンバーガール解散から10年。
日本が誇る、素晴らしいロックバンドの一つだと思う。
聴いたことが無いという最近の若い子たちには是非聴いてほしいです。
耳に刺さるから。

「闇金ウシジマくん」最新刊を読む。
「洗脳くん」編やばい。
posted by bbb at 01:10| 小出祐介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月02日

日記



10月16日

早めに起きて、朝食、入浴。

昼イチで事務所にて打ち合わせ。
来年の動きについて。
とりあえずわかったのは、もうすでに時間が無いということ。
今月末に制作締め切り。
知らないうちに切羽詰まっていた。

移動してベボベLOCKS!関連を諸々。

かなり久しぶりに渋谷。
しかも夕方の人が多い渋谷。

東急ハンズで財布を購入。
サカナクション山口くんに随分前から、「財布はちゃんと選んだ方が良いよ」といわれていて。
どうやら風水的に。
うろ覚えだったけど、言っていたようなやつを買えたはず。たぶん。

軽食を摂ろうと喫茶店に入ると、隣の席でおそらくマルチ商法か何かの何か。
スーツ姿の男性が、女性二人にめちゃくちゃ怪しい話をしている。
よくある手口だとすると、この女性の一人も実はグルなんじゃないかと。
実際、熱心に相談しているのはもう一人の女性で、実は2対1の構図になっていたっぽい。
『大金を儲ける楽な方法』みたいなそんな話が丸聞こえ。
図で説明してみたり、人形を使ってみたり、妙な端末を出してみたり。
僕が店を出る頃には、さらにもう一人スーツ姿の男性が援軍として加わっていた。
最初からいた男性の上司らしい。
大金を儲けるどころか、大金を搾り取られませんように。

渋谷AXで岡村靖幸さんのライブ。
スタンディングで3時間。
全く飽きないライブだった。
僕らもツアーリハをずっとやっていて、頭がツアーモードになっていたから、より、その構成の巧さに唸った。
パフォーマンスも素晴らしかった。
終演後、ひさしぶりに岡村さんにお会い出来た。
普通に雑談してしまったけど、岡村さんが元気そうで良かった。
マニピュレーター白石さんも相変わらずで。笑
MC面白かった。

自分達のツアーのことをぼーっと考えながら帰宅。
夜風がつめたかった。


10月17日

一日、自宅で制作関連の諸々。

夜、ツアーに備えて英気を養おうと鍋をしてみた。
白菜の分量が多過ぎて、後半は白菜地獄だった。


10月18日

昨日の昼、突然SoftBankから連絡があり、「明日iPhone5が入荷します」と。
僕が予約をしたのは発売日から2〜3日経った頃だったと思う。
「次回入荷は約1ヶ月後かと思われます」と言われ、本当にその通りだった。
正直、iPhone5熱は下がっていたけど、いざ手に入れてみると、4Sからのバージョンアップを色々感じられて嬉しかった。

午後、メンバー&スタッフで車で岐阜へ。
噂の新東名。
清水PAにて休憩。
初めて降りるPAだったが、出来たばかりらしく、ものすごく綺麗。
中にあった「カワセミベーカリー」というパン屋さんのシュークリームを食べてみたら、すごく美味しかった。
トイレもトイレと認識出来ないくらい綺麗。
お年寄りの団体さんが「あれ?トイレは?これ?いいの?」と戸惑っていて、その気持ちもよくわかった。

岐阜に到着。
チェックイン後、ホリとPA・オクさんとローディー・ミナミさんと手羽先屋。
カウンターで飲んでいた、鹿児島から出張で来ているというおじさんが酩酊。
隣にいた地元の方に絡み酒。
半ば強引に「二軒目行きましょうよ」と、その方を連れて店を出ていった。
その一部始終が気になって、オクさんが話している内容が全然頭に入ってこなかった。
結婚がどうのこうの言っていた気がする。

小一時間店にいて、ホテルに戻り、就寝。


10月19日

ツアー初日。
快晴中の快晴。
雲一つない。

会場は、昨年の春ツアーでもお世話になったCLUB ROOTS。
天井が高く、実にライブハウスらしい雰囲気がとても良い。

初日ということもあって、練習も兼ねてかなり細かくリハーサル。
思いのほかステージ床が鳴り、低音が溜まる。
お客さんが入ればある程度吸われるにしても溜まりがちだったので、音作りに苦戦。
本番までの間も、各々自主練習をして過ごした。

本番は、初日らしい緊張感がありつつ、岐阜の熱いみなさんのおかげですごく良いライブになったと思う。
MCも楽しかったなぁ。
やはり、“10回のリハーサルより1回の本番”。
これまでのリハーサルではわからなかった改善点も色々と見えた。
本番後、メンバーとライブプロデューサー・本間さんと話し合い。
セットリストに直しを入れ、明日に臨むことにした。

観に来てくれた、岐阜にお住まいの堀之内のご友人とお会いして、清水へ夜走り。
途中PAで夕飯。
疲れていて、何を食べたか憶えていない。

清水に到着後、コンビニで買い物を済ませて、即就寝。


10月20日

引き続き、晴れ。

昼過ぎにマネージャー大久保からメール。
「メンバーのみなさんに、し〜す〜をご用意いたしやした(笑)」とのこと。
なんだこの浮かれたメールはと、怪訝に思いながら会場入り。
本当にお寿司が用意してあった。
こんなことをしてもらったことがないので、さらに怪訝に思い、大久保にこの珍しいサービスの理由を聞いてみる。
「いやぁ、彼女とサッカーの観戦に来たときによく行くお寿司屋さんで、安くて美味しいんだよねぇ。」とのこと。
イラッとしたけど、実際、お寿司は美味しかった。
鮮度が違うと全然違うんだなぁと実感。

リハーサルでは、昨日の本番を受けての変更点もあったので、曲のつなぎなどを確認。
1曲削り、別曲を追加したのでその練習も。
音的には、昨日と真逆で超絶デッド。
しかも、あまり経験したことがないデッドさでびっくりした。
この昨日とのギャップで音作りに苦戦した。
アンプの向きなども含めて細かく調整。

本番は、昨日からの調整が良い方向に転んだ手応えがあった。
セットの流れに関して、自分的に気になっていたことが解消されたのは大きいと思う。
より気持ちが乗る感じがした。
それにしても、会場がとんでもない熱さと湿気ですごかった。
おかげで足元(※エフェクターのこと)がショートしてしまって、アンコールで使えなくなってしまった。
でも、それくらい盛り上がったということだから、全然良いこと。
毎回機材が壊れるほど熱いライブがしたい。
…それはそれで困るけど。

終演後、東京戻り。
痛風のせいでお寿司が食べれなかった湯浅の「ラーメン食べたーい!」の一言で、PAで夕飯。
待望のラーメンだったにも関わらず、ぬるくてまずかったらしい。


10月21日

2日間の疲れのおかげで結構なこと寝た。

確定申告の準備。
事務所の事情で、今年からこの時期から準備をしなくてはいけないことに…。
領収書などを整理して月ごとに分別。
量もあるので地味に時間を食う。

制作。


10月22日

昼過ぎから事務所で打ち合わせ。
来年に関しての諸々。

夕方、久しぶりに下北沢。
大好きなラーメン屋「一龍」で食事後、下北沢GARAGEへ。
出口さんとあれこれ話して、下北沢散策。
とはいっても、庭のような下北沢なので、特に目新しい発見はなく。
むしろ「この店潰れちゃったんだ」みたいな変化の方が目につく。
なんやかんやあって、帰路。

GARAGEから下北沢駅に向かう途中から女性に後をつけられて、撒くためにかなり遠回りをした。家に帰るところだったし。
もしかすると普通にファンの方だったのかもしれないけれど、後をつけるのはやめてください。怖いので。

帰宅後、確定申告の書類整理。
制作。


10月23日

朝から、ものすごい豪雨。

妹の誕生日。
4歳下なので、24歳。
もう24歳かぁ。
先日就職してバリバリ働いているそうで。
大変なことも嫌なことも多いと思うけど、お仕事頑張ってください。

昼から今後の打ち合わせ。
顔合わせと企画出し。

続けて、プリプロ。
まだ言えないけど、すごく楽しみな曲。
大体のアレンジなどなどが決まった。
かっこいい曲に仕上げたい。

帰り際、スタジオから新宿まで数駅分歩いてみた。
雨はすっかり上がっていたが、空気がつめたかった。
冬の気配がした。


10月24日

一日、自宅で制作。
時間が無いのに、作業が進まなくて焦る。

チーフマネージャー徳留とメール。
制作のヒントになりそうなことを色々。

夜から急に寒くなった。
寒くて仕事に集中出来なくなったので、思わずヒートテックを着る。
着たら終わり。
もう脱げない。
寒がりだから。


10月25日

昼になれば暖かくなるだろうと思っていたのに、全然寒い。
これは始まったな。

夕方まで自宅で制作。
夕方からイベントライブのリハーサル。

帰宅後、制作。
時間が無いから決めうちで作りたいけど、決めうちをするよりも選択肢を沢山作っておきたい。
そんな葛藤がくり返し。
で、作業が進まない。
細切れの曲の切れ端ばかりが出来ていく。


10月26日

早起きして、制作。

久しぶりに真っ昼間の渋谷へ。
渋谷タワレコへ、GREAT3「彼岸」を買いに行く。
最近はCDもamazonで買うのがもっぱらだったので、なんだかドキドキした。
でも、これがすごく大切だなぁと。
新譜をずっと楽しみにしていて、発売日に学校帰りにCD屋さんへ行って、買いたてのCDをCDウォークマンで聴きながら家に帰る感じ。
あの感じは忘れちゃいけないと思う。
そんな風に「CDを買いに行かなくちゃ」と思わせてくれた、GREAT3に感謝。
僕も、もしかしたらそんな瞬間を提供出来ているかもしれないと思うだけで、もっと頑張っていこうと思える。

その後、事務所にて打ち合わせ。
こちらもまだ言えないけど、楽しみ。

GREAT3「彼岸」を聴きたくてうずうずしていたところに、事務所の原田会長がいたので、会長を誘い、会長のデッキで一緒に聴くことに。
この「彼岸」という曲に込められたメッセージを会長に教えてあげたら、歌詞を読みながらしみじみと聴き入っていた。
「やっぱりAメロが良い曲は良いよね」なんて話す。

帰宅後、仮眠。
1時間くらいして起きて、軽く食事をして制作。
だいぶ感じが掴めてきた気がする。
輪郭を掴むことが、まずは大切。
お皿が無ければ、料理は盛りつけられない。


10月27日

早めに起きて制作。

午後の便で釧路へ。
天気予報を見てみると、現地の最低気温が2℃となっていて。
「いやいやいやいや」と思いつつも、ヒートテックやら冬物やらをしっかりトランクに詰め込んできた。
案の定、飛行機を降りた瞬間、東京では10月に感じ得ない空気の冷たさ。
これはちゃんと準備してきて正解だったと思った。
横で、「短パンしか持ってきてないっぽい…」と言っているマネージャー大久保を横目に。

空港から車で30分ほど走り、釧路駅前のホテルに到着。
部屋が、デフォルト暖房で乾燥しまくりだったので、加湿器をフル稼働させてメンバー・スタッフで食事へ。
イベンターさんに紹介していただいたお店。
特に珍しい料理があるわけではないけど、一品一品がシンプルかつ丁寧に作られていて、すごく美味しかった。
気付けば、店内は満席だった。

ホテルへの帰り道、路上の気温表示に「4℃」と出ていた。
どうりで息も白い訳だ。
僕も関根もガッツリ着込んでいる。
それでもマネージャー大久保は短パン。
マネージャー中村なんて、コンビニでアイスを買って食べていた。
いかれてる。

ホテルの部屋の湿度も良い感じになったところで、制作。
昨日、チーフマネージャー徳留に「ホテルでも曲作り出来るでしょ」「釧路なら、なんかいい曲出来るんじゃない?」と適当なアドバイスをいただいたので。
作業を始めてみて気付いたのは、釧路だろうがなんだろうが、部屋である以上、気分的にあんまり変わらないということ。
時間を有効に使いたいから全然良いけど。

明るくなるまで作業するが、煮詰まって、寝る。


10月28日

曇天。
かなり重い色をした雲が広がっている。
おまけに超寒い。

午後、ホテルを出発。
車で30分ほどかけて、今回の「対バンライオット」会場である釧路工業高等専門学校へ向かう。
途中、曇天にカモメが飛び交い、かなり不穏な空。
うわぁーと思っていたら、すぐ釧路高専に着いた。
かなり怖い空模様だった。

楽屋になっている教室に入ると、学園祭的にはもうそろそろ終わりといった雰囲気。
SOL!チームや学校の先生方と打ち合わせをして、本番へ。

本番は全校生徒が参加する後夜祭の中で行われた。
約1000人の生徒さんが体育館に集まっていたという。
舞台袖にスタンバイすると、ダンスコンクールで優勝したチームがパフォーマンスしている最中だった。
僕は正直、この学校行事の空気感が苦手で。
高校時代は、行事に全く参加しなかった。
おまけに、今回は番組イベントといえど、おそらくは僕らのことを知らない人が殆ど。
僕らが高校2年の文化祭で味わった、「誰も自分達に興味が無い中のライブ」の再来の可能性もある。
本音を言うと、かなり怖かった。
でも、そんな心配も吹き飛ぶくらい、とても温かく迎えてくれて、本当に嬉しかった。
共演のCROMARTYも僕らもすごく楽しめた。
釧路高専のみなさんにとって、いつか思い出してもらえる日になっていてくれたら幸いです。

終演後、今回の企画に協力していただいた先生が挨拶にきてくださって。
「最前で盛り上がっている子から、後ろの方で見ている子まで皆が楽しんでくれて感動した」と言ってくださった。
SOL!職員あっきー先生も、斜に構えてるような子が本当に一人もいなかった、と。
嬉しかった。
生徒のみなさんにも先生方にもみんなに喜んでいただけて、この仕事をしていて良かったと思った。
良い経験をさせていただきました。
ありがとうございました。

一度、ホテルに戻り、Base Ball BearとCROMARTYとSOL!スタッフ全員で打ち上げ。
海に近いところにお店があったのだけど、風がかなり強い。
気温2℃でこの強風はヤバい。
と、寒さにみんなやられていたのだけど、湯浅だけカーディガンにTシャツという薄着。
短パン大久保よりひどい奴がいてビックリした。
それでも寒くないと言い張った湯浅は大したもんだ(棒)。

一次会が終わったあと、SOL!ヘルツ先生の部屋でSOL!チームと僕で部屋飲み。
寝ちゃったヘルツ先生を横目に、動画を観たり、タキンチャイの話で盛り上がったりで、朝4時半。


10月29日

朝9時半ロビー集合。
強風&豪雨。
かなりの荒天。
飛行機が飛ぶのかという心配をしつつ、釧路空港へ。
予定通り飛行機は飛んだものの、ものすごく揺れた。

東京へ着くと、快晴。
嘘みたいに暖かい。

帰宅後、仮眠して仕事。
原稿チェックや書き物、メール業務。
その後制作。


10月30日

起きてから、終日自宅制作。
以上。


10月31日

今日が新曲の制作締め切り。
昨日の午前中から制作を始め、寝ずに今日の昼まで制作をしていたが、納得いくものは出来ず。
ショックと焦りで、精神的にも体力的にも割とキツい。
それでも打ち合わせのため、事務所へ。

昼から来年に向けた動きの諸々を打ち合わせ。
そして、曲が出来なかったことを話し、締め切りを一週間延ばしてもらうことになった。
ツアー先でホテルやスタジオで制作することにする。

次にまた別件の打ち合わせ。
そこで色々話しているうちに、これまで考えてきたことや、昨日今日と寝ずに制作していたことがガチッ!とハマる瞬間があった。
天啓・・・!!
圧倒的閃き・・・!!
っていうやつ。
曲こそ出来なかったけど、これがあっただけでかなり救われた。

打ち合わせ後、TOKYO FMへ。
ベボベLOCKS!の諸々。
11月中旬の回はマジでやばい。

21時頃仕事終了。
帰宅後、もうどうやって寝たのか憶えていない。
posted by bbb at 00:49| 小出祐介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月16日

日記


お久しぶりです。
こっそりとブログ再開します。
ちゃんとしろ、俺!


10月1日

台風一過ですこぶる天気が良い。

昨夜は大阪で中村一義さんとのライブ。
予報通りに夕方頃、台風直撃。
終演後、そのまま東京に戻ることになっていたが、新大阪駅に着いてみると、チケットを手配していた新幹線が運転見合わせ。
とりあえずホームに停車中の新幹線に乗り、車内で手続きをして、どうにかこうにか帰ってきた。
到着が3時間遅れとかそんな感じだった。

一日、制作。

夜、「踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望」を観に行った。
タマフルで宇多丸さんやリスナーさんが指摘していたことと完全に同意見だった。
良い所も悪い所も込みで。


10月2日

数日前、突然喉に鋭い痛みが走り、病院に行った。
診てもらった結果、扁桃腺が炎症を起こしていたとのこと。
幸い、声帯には炎症がいっていなかったので、声は出る。
大阪での2日間のライブは薬で抑えて問題はなかったが、まだ少しだけ痛みが残っていた。
念のため、病院に。

僕が通っている病院は、声の仕事をしている方が沢山通っているところで。
それだけに、声に特化した治療をしてくれる。
ライブ直前に喉を痛めた!といった緊急事態にも対処してくれるし、実際本当に治る。
僕の場合、季節の変わり目に必ず風邪を引くダメな人なので、少なくとも年に4回はお世話になっている。
今回も、夏から秋へのそれだと思う。
胃カメラならぬ喉カメラで患部を診てもらい、点滴を打って、薬をもらい、終了。

先月末、拙宅のインターネット回線が、ADSLからひかり回線になった。
長いことADSL生活だった僕には、ものすごく速く感じる。
そのおかげでYouTubeを観るのがすごく楽しい。
…ということは、やっぱり今の子たちはみんなそうなんだろうなと気付く。
これだけサクサク動画が観れてしまうなら、観てしまうだろうな。
これで済ませる気持ちもわからなくない。


10月3日

今月下旬から始まる我々の秋ツアーに関する打ち合わせ。
メンバーと、ライブプロデューサーの本間さんとで楽曲をざっくり選んでいく。

歌であったり演奏であったり、少しでも「上手くなったかもしれない」と思えると、途端になんでも楽しくなってくる。
昔は上手く演奏出来なかった曲も、今演奏してみると本当に、「あ、こういう曲だったんだ」と再発見があったりするから面白い。

今回の秋ツアーは『TOUR 新呼吸 take.2』というタイトルの通り、前回のツアーの続きである。
会場も前回は行っていない所が中心になっている。
でも、単純に同じセットリストでいくことは考えていない。
アルバム「新呼吸」のツアーをするのは、一応、今回が最後になる。
また、アルバム発売から約1年が経っている。
そんな解釈も加えつつのセットリストで臨みたいと思っている。

帰り際、豪雨。
先日の台風でもこんなに濡れなかったのに、という感じだった。

帰宅後、制作。


10月4日

朝まで制作していて、一息ついたところで、今日発売の「バイオハザード6」の予約をAmazonでしていなかったことに気付いた。
ただ、どうしても今日からやりたかったので、そのまま勢いで「バイオハザード6」を買いに行った。
「ゲームの新作を買う」という行為が何よりも楽しみだった小学生の頃を思い出した。
祖父にねだって、隣街のゲーム屋さんによく行ったなぁ。
買ってもらってその帰り道、このゲームがどれだけやばいかっていうのを祖父に熱心にプレゼンした。
全然興味なかっただろうけど。笑

ベボベLOCKS!収録。
久しぶりに、普通のラジオらしい企画をやってみたらやってみたで、全然刺激が足りなくなっていることに気付いた。
リスナーの人たちもやばい企画が欲しいだろうし、メンバーもスタッフもみんな同じ。
普通のことをやってみて、再確認出来た。

帰り道、いきつけの天ぷら屋さんに行こうと思ったら、またも豪雨。
傘を持っていなかったため、シャワーみたいな雨に濡れなくてはならなかった。
びしょ濡れになって、お店へ。
天丼をいただいた。

さらに帰り道、駅でSOL!とーやま校長とバッタリ。
「アーティストさんも電車乗るんですか?」と。
いやいや、全然普通に乗りますって。


10月5日

午後から制作関連の打ち合わせ後、ライブリハーサル。
明日のイベントのセットリストを決めつつ、ツアーで演奏する曲の洗い出しもしていった。
久々に演奏する曲もかなりあった。


10月6日

渋谷AXにて、「テレビ朝日 ドリームフェスティバル2012」。

午前中のリハーサルから、本番まで7時間近く開いてしまうので、一度帰宅して3時間ほど仮眠をとった。
夕方、改めてAXへ。
トリのサンボマスターさんのあと、ステージに出演者みんながあがってセッション。大団円。
もの凄く楽しかった。

終演後に代々木第一体育館の方の出演者さんも合同で軽い打ち上げ。
出演者1組ずつ挨拶をするという無茶ブリにも、渋谷AX出演組の連帯感が発揮されて面白かった。

ライブ後に青森へ夜走り→そのまま北海道というOKAMOTO'Sを見送り、帰宅。


10月7日

打ち合わせ後、ツアーリハーサル。

あがっている候補曲を演奏してみて、ひたすら検証していく。
久しぶりな曲も多いので、感触を確かめつつ。
なんだか妙に空気が薄いスタジオで、歌が歌いにくかった。苦しい。

帰り際、昼の打ち合わせを受けて、今村ディレクターと電話打ち合わせ。


10月8日

昨日に引き続き、来年についての打ち合わせ。
どういう1年にしていくかメンバーと話し合い、それを大まかな時系列の表にして大人達に提出。
揉んでもらい、それを受けて今後さらに細かく打ち合わせしていく予定。

ツアーリハーサル。
昨日の楽曲検証で残った楽曲をさらに検証し、セットリストが決まってきた。
昨日に引き続き空気の薄いスタジオ。苦しかった。

帰宅後、倒れ込むように就寝。


10月9日

毎週録画している「ザ・ノンフィクション」。
昨日放送の「アイドルすかんぴん2」を観た。
今回は主に地下アイドルを取り上げていたが、「すごくわかる」という感じで。
この10年でアイドルという枠が拡大、もしくは膨張、もしくは浸透していった結果、インディーズやアマチュアのアイドルが出てきた、と。
で、みんなライブハウスでCDを手売りしたり、チラシ配ったり、物販でファンの方と話したりとか、動員で悩んだり、メンバー内に亀裂が生じたりとかして。
っていうそれが、バンドのライブハウスシーンと全然同じで、デジャヴした。
僕らも動員が全く伸びず悩んだり、将来のことで揉めたりとかしてきたし、周りのバンドも全く同じだった。
正直、夢って残酷だなって思うことも沢山ある。
夢でお腹いっぱいになるためには、努力だって運だって必要で。
いまでも僕は夢の途中にいるけど、いつまで途中にいればいいのかと不安になってしまう時だってある。
もちろん、それが原動力だということはわかっているけど。
だけど、見果てぬ夢を追い続けていくことは、本当に大変なことだ。
あれから10年が経って、こうやって音楽の仕事をさせてもらっていることがとても有り難い。
でも、感謝するよりBETすることが大切な時期もあるから、難しくて仕方ない。

「アイドルすかんぴん2」番組の最後、泉谷しげるさんのナレーション。
『夢っていうのは恐ろしい 諦められない』。
そのバックには手嶌葵さんの「光」という曲。
『交差する 交差する 光と影 その先に何がある?』。
今やっている仕事にそんな「夢について」というテーマがあり、考えていたところだったので、思っていた以上に刺さった。


10月10日

ここ最近睡眠が不規則だった上に、あまり眠れなくて。
疲労が爆発してしまったのか、14時間は寝てしまった。
寝過ぎてしまうと損と感じる人だけど、たまに貯金の様な睡眠をとってしまうことがある。

B.L.T.連載の原稿をチェック。
次号はNHKの音楽番組プロデューサー石原真さん。
仕事で何度もお世話になっている方だったけど、まさかこんな形でお会いすることになるとは。
AKB48関連で「えっ、そうだったんですか!?」というようなことも沢山ご存知で。
なぜかというと、石原さんはそれらを目撃しているから。
前後編でお送りするので、お楽しみに。

仕事の資料を諸々確認&制作。


10月11日

「鋼の錬金術師」完全版を全巻大人買い。
普通のコミックスは妹に譲渡してしまったので。
「鋼の錬金術師」や「寄生獣」は見事な完結をしている漫画なので、すごく好きだ。
物語が膨張していった先で収束するのではなく、テーマがしっかり帰結しているというか。環になっているというか。
これは、自分が曲やアルバムを作る時にも大切にしていることで。
そこに、うつくしさを感じているんだと思う。

午後からツアーリハーサル。
前回大筋決まったセットを強引に通してみたところ、根本的に考え方を変える必要を感じた。
なので、通し後にメンバー全員で再度セットリストの見直しの話し合い。
そのおかげで良い方向に向かえていると思う。


10月12日

午前中、整体へ。
首から背中にかけて凝りがやばいことになっていたので、鍼。
自覚症状のある首から肩甲骨よりも、腰がめちゃめちゃ痛かった。
身体のゆがみも整えてもらい、だいぶ楽になった。
癖がつく前にまた行かないとなぁ。

午後からひとりで某所に載る取材を受ける。
とても光栄なお話で有り難い限りです。

ツアーリハーサル。
昨日の大幅な変更を受けて、また通し。
そもそもの問題点と課題がはっきりとわかり、その修正。
沢山、曲も仕掛けも詰め込みたくなるけれど、盛りだくさんにすれば良いっていうものではやっぱり全然無くて。
『2時間あっという間』を感じてもらうためには、セットリストを研ぎ澄ませることは勿論、演奏している僕らだけにしかわからないような細かい調整も必要。

疲れてフラフラになりながら帰宅。


10月13日

昨夜早く寝たので、早起き。
外に出てみると、かなり秋めいた天気。
朝焼けの雰囲気がとても良い。
涼しくて、からっとしている。
乾燥が気になる。
夏でも止めたことはないけど、そろそろ加湿器もフル稼働だな。

早い時間から溜まっていた洗濯物を片付ける。
食器などの洗い物はちゃんと出来るのに、衣類だけはどうしても溜めてしまう。
5〜6回は洗濯機を回した。

その後、苦手な洗濯物をたたむ作業。
ネットで綺麗にたたむ方法を検索して実践してみるが、まったく出来ない。
単純に自分が不器用なだけだと気付く。
実際、折り紙がものすごく苦手。
子供の頃から、本を見てもその通りに折れた試しがない。
自動車教習所に通っていたときも、緊急時についての授業で、布を折って腕を吊るやつを作るっていうのも全然出来ず恥ずかしかった。
いつかテレビで見た、「シャツが一瞬で綺麗にたためる道具」を買うしかないな。

洗濯をしている合い間でバイオ6。
とりあえず本編はクリアした。
でも、今回はこれ以上周回プレイをしてやり込もうという気持ちが湧いていない。
バイオ4と5をやり込んできすぎたのか、ゲームの性質の変化に戸惑った。
QTEや乗り物の操作が多過ぎたり。
画面も妙に暗いし、カメラの動きや操作性のせいで死ぬ場面も多かった。
ストーリーは堪能出来たけど、4・5のような何周もしたくなる感じがこなかった。

軽く制作をして、早めに就寝。
もうツアーに備えて生活リズムを整えないと。


10月14日

早起きして軽く制作。
掴めそうで掴めないという感じをずっとうろうろしている。考え込んでしまう。

午後からツアーリハーサル。
曲単位の練習と細部の調整をしてから、全編通し。
スタッフ的には良い流れなんじゃないかということだけど、演奏している自分的にはしっくり来ていなくて。
そのことについて話し合い、セットリストの手直し。
これだけ曲の足し引きをくり返すのは、いままでなかったかもしれない。
明日がリハーサル最終日なので納得出来る所まで持っていきたい。

ローディーの上甲さんに送ってもらい、帰宅。


10月15日

早起きして、入浴。
発声練習をして声を出す準備をした。
連日のリハーサルで声に疲れが出てきている感じがしたので。

家を出るまでの間、たまっていた漫画を読んでいたら、「自殺島」8巻が2冊あることに気付いた。
こういうこと、本当にしょっちゅうやってしまう。
先月は別冊少年マガジンも2冊買った。
その前は「闇金ウシジマくん」と「SKET DANCE」でやった。
どうかと思う。

午後からツアーリハーサル。今日が最終日。
昨日のリハを受けて、セットリストの再調整。
僕がしっくり来ていなかったことに、やっと折り合いがつけれた。
細部の調整をして、全編通し。

本番にならないとどうなるかわからないけど、かなり良い仕上がりだと思う。演奏していて、手応えを感じた。
「新呼吸」というアルバムと、前回・前々回のツアーをしっかりと咀嚼出来ているはず。
今回は11本と数は多くないけれど、昨年秋からの1年の流れを締めくくるに相応しい内容だと思う。
楽しみにしていてください。

通し後、さらに細部を再調整。
気になる所の練習もして、リハーサル終了。

クタクタになって帰路。
2駅寝過ごした。
posted by bbb at 07:33| 小出祐介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月01日

日記【4月20日〜5月31日】

4月20日

ヒャダインさんこと、前山田健一さんと我々の新曲を制作することになり、2人でスタジオに入る。
今回の経緯に関してはゆくゆく話す機会があると思うので省くが、ヒャダインさんにとって完全共作は初めてのことなのだそうで、すごく楽しみにしてくださっていた。
勿論、僕も。

僕はバンドマンで、ヒャダインさんはプロの作曲家。
お互いの方法論をかけあわせる形で、原曲制作作業をしていくことになった。
例えば、ヒャダインさんのアイドルソングに使うようなメソッドをバンドサウンドに落とし込むとどうなるか。
それを想像しながら構成を組み立てていく。
メロディーはラリー形式で作っていった。
1行目は僕、2行目はヒャダインさん、また3行目は僕…というような感じで。
同時にサビの歌詞も考えた。
先日の打ち合わせ時に話していたテーマをそのまま文字にしてみたら、100点満点中、2点の歌詞になった。笑
でも、良い2点。
かわいそうで良い2点。


4月21日

昨日制作した楽曲の作詞にとりかかる。
歌詞も、ヒャダインさんとメールでラリーしながら書いていく。

作詞のスタイルに関しても、僕とヒャダインさんは全く違うと思う。
でも、共鳴する部分も沢山あって。
それは報われない青春時代を送ってきたということ。
全然自慢出来ないけど。
「青春をこじらせるとこうなっちゃうぞ」というのを、上手く歌詞にしたい。

AKB48「DOCUMENTARY of AKB48 Show must go on 少女たちは傷つきながら、夢を見る」を観る。
僕はこの「Show must go on」という言葉がとても好きだ。
「何が起きても続けなければならない」。
暗転、4カウントがあって、イントロが始まった瞬間の前田敦子さんの笑顔と輝きには、鳥肌が立った。


4月22日

ベボベLOCKS!収録。
「SCHOOL OF LOCK!」番組内では珍しい、フリートークを収録。
台本にも本当に、『ここからフリートークです』と書いてある。
実に、雑談であったと思う。

スタジオで制作作業。
先日ヒャダインさんと制作した楽曲のアレンジに取りかかる。
原曲制作の段階でかなり曲がまとまっていたので、バンドアレンジも立ち上がりが早い。
まずは、ドラムの音色、及びパターンに重きを置いて作業する。

ある程度進み、1コーラス分演奏出来るようになった段階で、Aメロのはまりがどうもしっくり来ないことに気付いた。
ヒャダインさんにも確認を取りつつ、メロディーを変更。
よりフックが強まったと思う。
歌詞もその場で書く。
引き続き、2点。


4月23日

朝方、ヒャダインさんと歌詞のやりとり。
昨日の段階の歌詞を夜のうちにパスしてはいたが、ありがたいことに戻しも大変迅速で。
さすがです。
残念さが強まった歌詞を持って、スタジオへ。

昨日に引き続き、制作作業。
一通りアレンジが固まる。
直線的なビートが良い感じ。
湯浅のギターパートなど細かい部分は明日へ持ち越し。

帰宅途中、終電で寝過ごす。
自宅最寄り駅から5駅ほど過ぎたあたりで気付いた。
折り返しの電車もすでになかったので、タクシーで帰宅。
…しようと思ったが、タクシーが全然通りかからない。
なので、戒めの意味を込めて、2駅分歩いてからタクシーを拾った。
疲れた。


4月24日

朝方、ヒャダインさんと歌詞のやりとり。
フルコーラス分の歌詞を仮埋めする。

スタジオ作業最終日。
湯浅のギターパートの調整に時間がかかる。
ギター2本で完結させようと思ったら、かなり作り込まなければならない。
もう10年も続けてきた作業ではあるが、難しい。
ある程度のメソッドは構築してきたつもりではいるけれど、パターン化するのも嫌。
常に、自分を裏切りたい。
なので、湯浅に求める課題やリクエストもいつも多い。

帰宅の際、終電間際の電車が止まっていた。
駅のホームに人が溢れかえっている上に、「電車はあと2本しかありません!」というアナウンスがされている。
次がいつ来るのかもわからないし、このホームにいる人たちが全員同じ電車に乗り込むことを考えたら恐ろしくなったので、渋々改札を出る。
すぐにタクシーを拾うことも考えたが、昨日に引き続きしばらく歩いてみることにした。

歩きながら何気なく、ライブハウス 学芸大学メイプルハウスのディレクターをやっている友人に電話をすると、「店にいまポニーテールスクライムの子たちがいるので来ないか」と誘われる。
ポニーテールスクライムは、数年前ベボベLOCKS!で僕にそっくりだと話題になったリスナーの「たんぽぽクラブ」が現在やっているバンド。
彼らの面倒を見ているその友人のつながりで、時々会うことがある。
彼が車で迎えに来てくれるというので、表参道で落ち合うことになった。

現在位置の市ヶ谷駅から歩いて、神宮外苑を通り、青山通りへ抜ける。
道がわからないことはなかったが、普段、通るとしても車で行く道を歩いてみると、思ったよりも距離があった。
道もかなり暗かったので、怖いというか、暇だった。
小一時間歩き、友人と合流。メイプルハウスへ。
そのまま友人とポニーテールスクライムの面々とファミレスに行った。
閉店まで漫画の話とバンドの話をして、友人に車で家まで送ってもらった。


4月25日

昨日までの疲れがどっと出たのか、ほとんど丸1日寝てしまった。
ここまでガッツリ寝てしまうことも、寝れることも、なかなか無い。
0時前に起きたら仕事のメールと着信が山ほど来ていて、自分の知らない間に1日が終わったのを実感した。

深夜、ジョギングに。
おそらく、家の近所では最も車が通らない時間帯なので、走りやすかった。
空が明るくなりはじめた頃に帰宅。


4月26日

ジョギングから戻り、しばらく雑務仕事。

昼頃、父親と電話で昨年亡くなった祖父の法事について話した。
ツアーの公演日と丸かぶりだったので、僕は参加できない。
葬儀といい、開眼法要といい、祖父にまつわる諸々にはことごとく仕事が入っていく。
仕方ないと思ってもいるが、少しさみしい。

メールで湯浅とギターソロに関するやりとり。
軽いデモを作ってもらい、フレーズを確認する。

湯浅は昔から、いまいち意図が汲み取れないフレーズを作ってくる節がある。
それが宇宙的で良い時も多々あるのだけど、ハマりが悪いこともある。
それらをレコーディング現場で直すことも多いのだけど、さすがに時間がもったいなさ過ぎる。
うちのバンドの場合は僕と湯浅のギターしか上物(うわもの)がないため、2人で作り込まなければならない部分も多い。
フレーズをきちんと決めておかないと、重要な音色選びやテイクに時間が割けなくなってしまうのだ。
そのため、最近は何らかの形であらかじめ確認、確定しておくようにしている。
湯浅に僕の家に来てもらって最終詰めをすることもあるが、今回は時間の都合でこういう形での確認にした。

てっぺんを回る前にギターソロがほぼ決まった。
細かいニュアンスは当日現場で詰めることにした。


4月27日

寝るタイミングを見失い、朝まで起きていて。
ようやくウトウトしたあたりで、Amazonさんからお届け物が。
映画「リング」Blu-rayが届いた。
意外にもBlu-rayが出ていなかった「リング」。
高画質で観れる歓びで、早速観てしまう。

VHSが物語のキーとなっている作品をBlu-rayで観ているこの感じ。
作品中に出てくるビデオテープやブラウン管のテレビ。
このアナログ感に趣を感じるし、怖い。
「ダビング」なんて言葉も、今では「ダウンロード」や「コピー」の方がしっくりきてしまう。

日本人の「怖い」という感覚には「趣」とか「侘び寂び」もかなり含まれていると思っていて。
キャンプ場で人を襲うジェイソンよりも、井戸から出て来て畳を這う貞子の方がよっぽど「怖い」。
それが、3Dで飛び出て来たり、YouTubeのウィンドウから出て来たりしたって、ただビックリなだけじゃないか!
…いや、「貞子3D」も観てみたいけれど。
でも少なくとも、僕が好きな「リング」の怖さは、お化け屋敷のそれじゃなく。
日本人の、もっと生理的な部分に触れてくる怖さだと思っている。


REC1日目。オケ録り。
「HIGH COLOR TIMES」を録ったスタジオでの、ひさしぶりのレコーディング。
今回の目標としては、まず、「ドラムとベースの塊感」。
とにかく、グッと引き締まったリズムに仕上げたかった。
音色を決め、ドラムの録り方を諸々調整して、ドラム+ベースを先に録る。
夕方過ぎには終わり、夕飯を挟んでギターのダビングへ。

うちのレコーディングは、テイクを重ねることは多くないものの、とにかく録り物の量が多い。
いわゆる隠し味的な音を沢山録っている。
その音色を決め、場合によってはシュミレーションをしつつ録るので、量に時間を食われてしまう。
僕のパートを録り終えた頃にはすでに24時を回っていた。

深夜のレコーディングは大変危険である。
判断力が著しく低下する。
体力も消耗しているし、ケアレスミスも多くなる。
そんな時間に大体、湯浅の出番はやってくる。
湯浅の雰囲気系の録り物も、ギターソロのテイク聴きも、どんどん辛くなってくる。
しかも、そんな時に限って、妙な所でハマったりしてしまう。
頑張って、なんとかかんとか30時には終了。

もう明日が始まっている中、帰宅。就寝。


4月28日

REC2日目。歌録り。

いつも歌録りで使うことが多いスタジオへ。
朝のうちにヒャダインさんとメールで歌詞を確定させた。
「初恋」の歌録りの日に歌詞が書けず、録りを飛ばしてしまうということをやらかしたばかりなので、ちゃんと歌詞が出来ているこの安心感。

夕方集合で、夕飯までに僕パートは済ませ、関根パート。
順調な歌入れだったと思う。

作業を終えて、下北沢へ。
下北沢GARAGE出口さんが、ペトロールズのレコーディング現場にいるとのことなので、少しお邪魔しに行った。
仕上げたてのライブ音源を聴かせてもらい、しびれた。最高。
長岡亮ちゃん氏とも久々に会えてよかった。


4月29日

REC3日目。TD。

録りからかなり作り込んでいたので、きちんとイメージ通りに組みあがった。
エフェクトや細かい演出を調整。
ギターも狙った効果が上手く出た。
色々とトライアルな部分も多かったレコーディングではあったけど、自分のアイデアがなかなか実用的だったので、今後も使っていこうと思う。
音圧的には、マスタリングでがっつり持ち上げる予定。


4月30日

出来上がった音源をヒャダインさんに聴いていただいた。
良いリアクションを貰えて嬉しかった。

昼から、さらに次の新曲の制作リハ。
デモを再現してみようとするが、どうも上手くいかない。
結局、メロディーを変更してみることにした。

終電で帰宅。


5月1日

昼、HMJMへ。
昨年、うちのバンドのUstream企画で対談させていただいて以来1年以上ぶりに、カンパニー松尾さんにお会いした。
カン松さんはとても気さくな方で、話も相当面白いし、上手い。
小一時間ほど打ち合わせをさせていただき、正式に、ミニアルバム「初恋」のアートワークに関わっていただくことになった。
すごく楽しみ。

午後から、新曲制作リハ2日目。
昨日の続きで、メロディーやリズムを変えてみたり、色々と試してみるが上手くいかず。
デモと全くアレンジにしようと思ったら、そもそも違うことをしなければいけなさそうだ。

夜、下北沢GARAGEの人事変更パーティーイベントへ。
長年店長を務めていた出口さんがマネージングディレクター(?)となり、
僕がバイトしていた当時(一応)後輩だった、まこっちゃんが新店長になった。
僕自身、仕事でクタクタだったのでかなり朦朧としていたが、まこっちゃんも祝い酒で泥酔して変な感じになっていた。笑
みんなの家であるGARAGEを、さらに盛り上げていってもらいたいです。
僕も出来ることがあれば何でも協力したい。


5月2日

新曲制作リハ3日目。

曲の構成を根本的に変更してみることに。
リズムもコード進行もテンポもメロディーも変えたら、まるっきり別曲に。
当たり前だけど。
でも、これはこれで全然良いバージョンになったので、良しとする。
なかなかファンキーになった。


5月3日

昨日までの制作を受け、大人たちに意見を聞く。
元々作っていたバージョンと、新しく作った別曲バージョンを聴き比べてもらう。
結果、元々のバージョンをベーシックに作業を進めることになった。
後者は後者で全然成立しているので、別曲としていずれ立ち上げることにしようとなった。
曲のストックが出来ると、ちょっと気持ちに余裕が出る。
いつも時間がギリギリだしキツキツなので、本当に嬉しい。


5月4日

ひさしぶりに、一日オフ。
たまっていた家事を片付けて、あっという間に一日が終了。
どうせまた散らかるのにね。


5月5日

午前中、呂布から電話。
急遽、この日の夜にあったJAPAN JAMを観に行けることになった。
ズットズレテルズの再結成は、僕もすごく楽しみにしていた。
3年前の「閃光ライオット」でお目にかかって以来だし、何より、今のズレテルズが観たかった。

GARAGEの出口さんも誘って、新木場コーストへ。
トライセラ&杏子さんの激シブなアクトも観れた。
大好きなトライセラが大好きなバービーの曲を演奏するなんて、普通に完全に高まった。

OKAMOTO'Sのライブをちゃんと観たのも、かなり久しぶり。
ハマがすごく堂々としていて、印象的だった。
し、ドヤ顔にウケた。笑
僕がいうのも何だけど、本当、立派になったなぁと。
遠い目。

そして、ズットズレテルズ。
どういう攻め方をしてくるのかなぁと色々予想していて。
『あれから3年経ったズレテルズ』をかましてくるんじゃないかと思っていたのだけど、
そしたらなんと、『3年前の翌日』みたいな感じでびっくりした。笑
全員が集まるとこのグルーヴが生まれるんだなぁと感心つつも、OKAMOTO'Sのメンバーの責任感やプロ意識の成長もひしひしと感じて、先輩として遠い目。
僕も、もっと頑張らないといけないな。

深夜、元ランクヘッド ドラマー石川龍(ドラゴンさん)ご夫婦のお宅でホームパーティー。
昨年ご結婚されたお二人の新居でホームパティーをやろう!という話をずっとしていたのに、なかなかみんなの予定があわずに実現出来ていなかった。
引っ越しから半年以上が経ってしまったけど、GWということで、ささやかだけどオフらしい時間が過ごせた。
みんなで具を包んで大量の餃子を焼き、奥様の手料理に舌鼓を打った。
僕はお腹いっぱいになったところで爆睡。
ほんとすいません。


5月6日

ツアーリハーサルが始まった。
いつもならツアーが始まるまでに1ヶ月は余裕を持ってリハーサルに入るのだが、制作スケジュールとの兼ね合いでかなり時間が削られてしまった。
短時間で練り上げていかなければならない。

スタジオでセットリストの打ち合わせ後、慣らし運転的なリハーサルから始める。
基礎練習や楽曲のおさらいを中心にこなす。


5月7日

ツアーリハ2日目。
昨日と同じく慣らし運転的なリハーサルをしつつ、作り込まなければならない部分の組み立てに取りかかる。

帰り際、電車でうつらうつらとしていたら、突然喉が痛くなる。
この痛み方はまずいと思い、帰宅後すぐにうがい薬でうがい、さらに喉の薬も飲み、マスクを2枚して、加湿器ガンガンで就寝。


5月8日

…が、朝起きると、唾液が飲み込めないほどの喉の痛みに加え、身体がだるい。
どうやら時既に遅しだったようだ。
ツアーが目前なことも考慮して、リハはお休みさせてもらうことにした。(メンバーは3人でリハ。)

ただ、ゆっくり風邪を治している時間もないので、明日にはリハに復帰出来るよう、にんにく注射を打ちに行き、薬も処方してもらう。
帰宅後、ベッドに横になったところで、熱の気配。
計ると、まさかの38.5℃。
病は気からとよく言ったもので、自覚した途端、さらに熱が跳ねた。
最終的には39.3℃まで上がり、寝ているのも辛かった。
そこそこ暖かい日だったが、ヒートテックを着込み、水で薄めたポカリスエットをがぶ飲みし、汗をかきながら寝続ける。
汗だくで起きては着替え、起きては着替え、をくり返した。


5月9日

朝方、熱のピークは越したようで、平熱近くまで下がった。
喉はまだ万全ではなかったが、昼過ぎからリハへ。
歌わずに演奏のみの練習をした。

リハーサル後、中国国内で放送される音楽番組の打ち合わせ。
僕らの特集を組んでくれるそうだ。


5月10日

機材に関する打ち合わせ。
ツアーに向けて、各々の機材システムの調整。

夕方からツアーリハ。

途中でスタジオを抜け、新曲制作の打ち合わせへ。
既に発表されているように、ミニアルバム「初恋」には、岡村靖幸さんプロデュースの楽曲が収録される。
ここまで、岡村さんと何度かスタジオに入りデモの制作をしてきた中で、数バージョンのアレンジが出来たため、最終的にどのアレンジでいくかの話し合いをする。
数日後の制作リハに余白を残し、甘く諸々決めた。

曲の話をしながら、岡村さんと2人で途中まで帰った。
この感じ、すごいことだと思った。


5月11日

ツアーリハ。
順調に流れが組み上がって来た。
今日もストイックに練習。
過去の曲を演奏しながら、リズム練習をしながら。


5月12日

ツアーリハ。
セットリストの組み立てなければならない部分を完成させるが、ほとんど丸一日かかってしまった。
時間が無い中でこの時間ロスはくやしいが、良いパートが出来たと思う。


5月13日

一日オフ。

ライブプロデューサーの本間さんから、ツアーに向け、タンパク質を摂れる食事を心掛けるべし!と言われ、
意識的にそういう食事をするようにし始めた。
かなり偏食なので、豆・牛乳・肉or魚・玉子、を1日でしっかり食べたことなど殆どない気がする。
どういう効果だったのか忘れてしまったとけど、とにかく身体に良いそうなので(笑)そうすることにした。


5月14日

岡村さんとの新曲の制作リハ。
が、湯浅が体調を崩してしまい不参加。
僕の風邪が感染ってしまったらしい。
3人で出来る所まで詰めておき、さらに湯浅になるべく負担がないように決められる所は決めておく。


5月15日

岡村さんがスタジオに来てくれ、バンドと共に楽曲の詰め。
湯浅も復帰。

これまでのバージョンに、突然、岡村さんから新提案。
そのプランを組み込みつつ、アレンジの最終調整。
すごく面白い曲になってきたと思う。

夕飯は、メンバーと岡村さんで。
岡村さんに「この店、美味しいですから!」と太鼓判を押したのに、店がしなくていいリニューアルをしていて、味も正直落ちていた。
ほんとごめんなさい。


5月16日

ツアーリハ。
未決定の部分をひとつずつ埋めていき、ようやくセットリストの完成系が見えて来た。
が、これまで一度も最初から最後までを通せていない。
「これがせめて3日前なら…」とみんなで不安にもなるが、集中して身体に叩き込んでいくしかない。


5月17日

スタジオを広い所へ移し、全体ツアーリハ。

前日に決まったことを踏まえた調整後、強引にフルでセットを通す。
それでわかったのは、意外にも、形になっていたということ。
パーツごとに細かく作り込んでいたことが、間違ってはいなかったらしい。
さらに、微調整をして、ラフにセットを通す。
クタクタになって、リハーサル終了。
でも、風邪も治り、声も本調子を取り戻していたので演奏していて楽しかった。


5月18日

ツアーリハ最終日。
曲間やつなぎを確認後、全体の通し。
ここまで全員が集中して練習してきた甲斐あって、良い内容になってきていると思った。
というところで、すかさずテンポ感や細部の微調整をし、最後の通しリハ。
各々、どう動くかなど、見せ方の最終確認もした。


5月19日

取材日。
中国の音楽番組の収録。
慣れない中国語で「こんにちは、Base Ball Bearです」等の挨拶をしたりもしたけど、
きっと現地では「カタコトで面白い 笑」みたいに聞こえたりするんだろうなぁと。
いつか海外でライブをするなんて時には、挨拶くらいスマートに出来る人でいたい。

明日、ツアー初日だということもあり、割と早い時間に仕事終了。
支度もして、万全の状態で寝ようと思うも、不安で思わず練習をしてしまう。
結局、セットリストを通して、細かい部分の確認をしてから、就寝。
寝ながらリハの音源を聴こうかとも思ったが、脳が休めなさそうな気がしたので、普通に。


5月20日

ツアー初日。Zepp Tokyo。
7月11日発売のミニアルバムに収録する音源の録りもあるという、なかなか難易度の高い初日。
メンバー4人とも凄く集中して演奏をしていたと思う。
4人とも「楽しかった!」と言ってステージを降りることが出来たのが良かった。
漂う緊張感がスリリングで、本当に楽しかった。
お客さんもホームらしい盛り上がりを見せてくれて、嬉しかったし、心強かった。
どうもありがとう。
7月11日に渋谷AXで追加公演があるので、そこで是非またお会いしましょう。

帰宅後、明日からの岡村さん楽曲の歌詞書き。
…が、さすがに途中で寝落ち。


5月21日

レコーディング初日。オケ録り。

アルバム「新呼吸」を録っていたスタジオで久しぶりの録り。
岡村さんの提案でリズムを変更したり、フレーズの変更をしたりをしつつ、録っていく。
岡村さんにアコギを入れてもらったりもした。
いつもは長期戦になりがちな湯浅パートも比較的早期決着。
29時終了。


5月22日

レコーディング2日目。歌入れ。

昼、昨日のオケ録りの隙間で書いていた歌詞を加筆修正し、スタジオへ。
それでもまだ微調整をしたかったので、書き終えるまで、岡村さんのアコギのテイク差し替え。

歌録りは岡村さん監修の中、いつものように今村D主導で録っていくことに。
今村もちょっと緊張している感じだった。

岡村さんが今回の歌詞をすごく気に入ってくれているので、言葉がしっかりきこえるアレンジになっている。
それを踏まえて、自分ディレクションで滑舌に気を配って録っていった。

夕方、早めに録りが終わったので、EDIT中に岡村さんとエンジニアの白石さんと3人でドン・キホーテへ。
調味料やらアミノ酸やら、色んなものを買った。

夜、関根パートの録りや確認をして終了。
後日、これらの録り素材を元に岡村さんのEDIT日が設けられることになった。
すごく楽しみ。


5月23日

昼過ぎ、メンバー&スタッフで仙台へ移動。
半年と少しぶりの車移動が思っていたより、身体にきた。
それでもSAに寄ったりするのが楽しいのを思い出したりして、いよいよツアーめいてきた。

夜、仙台市内に到着。
前回は寒くなる直前の季節に来て、今回は暑くなる直前の季節。
だからか、「ついこの間来た感じ」が凄まじかった。

ひとり、飲み屋街の饂飩屋で夕飯。


5月24日

仙台本番日。

Zeppのライブを受けて、リハーサル時に曲のつなぎなどの細かい変更。
より、セットリストの精度を高めていく。
リハが終わっても本番前までメンバー全員練習しっぱなし。

今回は集中力がいる内容なので力が入ってしまいがちだが、逆に自由にやっていい部分もいくつか仕掛けてあって。
その緊張感とフリーキーな部分のバランスがとても良いので、演奏の充実感がかなりある。

この日のライブはメンバー全員にセットリストが身体に入った!という感覚があったと思う。
初日の「セットリストとの対峙」という感じから、「セットリストが血になっていく」感じ。
とても楽しんで演奏できた。
楽屋に戻った時の「よし!」っていうのがみんなにあった。
でも、MCで延々「BOYS BE…」の話ばかりしてすいませんでした。笑
次はもっと良いネタ仕込んでいきます。笑

打ち上げで、お茶漬け屋さんに。
昨日の飲み過ぎ&喋り過ぎで声がカスカスになっているローディーの上甲さんが、カスカスの声で喋りまくっていたので、呆れた。
声枯れの薬飲むより、あなたの場合は喋らないのが一番効くって。笑


5月25日

青森へ移動。
昨日の疲れで爆睡しているうちに着いていた。

お昼過ぎには着いてしまったので、青森駅をぶらぶら。
さらに歩いて、海辺を散歩していたらめちゃめちゃ雨が降って来て、慌ててホテルに戻る。
お土産でも買おうかと思っていたのに、駅ビルでSOY JOYを5個買っただけだった。

夜、ホテルの食堂で天丼を注文。
そしたらメインであるはずの海老天ぷらが、完全にエビフライで。
揚げたては揚げたてでも、こんがり揚がっていた。
ちくしょうと思いながらも大盛りを頼んでしまった手前、なんとか完食した。
頑張った。


5月26日

青森本番日。
昨日の強い雨が嘘のように快晴。
ホテルの窓から見える海が、すごく綺麗だった。
良い青だった。

青森も前回のツアーで訪れているので久々な感じはしなかったけど、お客さんの反応がとても良くて嬉しかった。
楽屋まで湿度でびしょびしょになるほど汗をかき、気持ちよく終演。
セットリストもこの感じでいけるという手応えがあった。

そのまま盛岡へ夜走り移動。
到着後、関根と堀之内とでラーメンを食べに行った。
にんにくラーメンに半チャーハンという鉄板で。

盛岡ではこの日と翌日が「東北六魂祭」ということで、深夜でも大にぎわいだった。


5月27日

盛岡本番日。

窓の外から東北六魂祭の祭り囃子がきこえる。
会場入り前にパレードを少し観に行った。
東北六県のお祭りが一同に介しているだけあって、すごいグルーヴ。
祭りビートと巨大な神輿や山車に圧倒された。
人の力を感じた。

盛岡でのライブは約3年ぶりにも関わらず、みなさんには熱く盛り上がっていただけてとても嬉しかった。
昨日に引き続き、熱気がすごく、全身ずぶ濡れ。
湿気も凄まじく、4人とも機材がやられながらも無事生還。
ハプニングも楽しみながら演奏出来た。
次はもっと早いうちに来れたらいいな。
楽しみに待っていてください。

打ち上げのお店が何を食べても美味しくて、ついつい食べまくる。
東北3公演を終えて、メンバー・スタッフで真面目な話もしつつ、真面目じゃない話もしつつ。
とりあえず、ローディーの上甲さんが始まっていて面白かった。

ホテルに戻り、泥のように就寝。


5月28日

東京戻り日。
基本的に移動中は熟睡。

夕方、青山の事務所に到着。
アーティスト写真のためのフィッティング。
さらに、MVの打ち合わせ。
これやりたいあれやりたい、を監督に伝える。
僕なりに思う所がある。

今村Dとレコーディングスタジオへ。
ミニアルバムに収録されるライブ音源のEDIT&TD。
ツアー先で音源を聴いて、エンジニアの上條(kj)氏に指示出来ていたので、かなりイメージに近い音が組まれていて、嬉し。
ここからさらに選曲をし、1曲ずつEDITしていく。
ツアーが始まったばかりなのに、もうライブ音源を作るなんて変な感じがするが、リアルタイムなディレクションが出来て案外良いかもと思った。
「いま、こういう風に演奏している」というのが具体的に反映されていると思う。
また、初日だったのでヒヤヒヤしていたが、テイクも良い感じで。
選曲に迷うという、嬉しい悩み。

30時まで作業し、帰路につく。
久しぶりの都内をタクシーで走る。
景色を見ていたら、知らないうちに寝ていた。


5月29日

昼過ぎから昨日に引き続き、ライブ音源の作業。
別に厄介なことをしていた訳ではないのに、普通に時間がかかる。
30時までかかって、一通りの作業が終了。
夕方から来ていた他のメンバーはここで帰宅。
今村Dも会議があるということで、32時にはスタジオを出た。
僕と上條氏はさらに細かい調整をし、35時に全作業終了。
良いライブ音源が出来たと思う。
それにしても、時間かかった。


5月30日

帰宅が正午頃ではあったが、疲れ過ぎて眠れず。
15時頃にようやく眠れた。

夜から岡村さんとの楽曲TD。
すごく素敵な仕上がり。
楽曲についてや、制作中の話は、またいずれ。

その後、ファミレスでジャケットデザインの打ち合わせ。
今村Dとデザイナー三栖一明で。
フォントなど文字組みに関してリクエストを。
打ち合わせが終わってからも、おしゃべりハイになってしまった。
28時、ファミレスを出る。

今村Dの車で送ってもらうその車内で、曲が揃ったミニアルバムを通して聴く。
今年1月からの制作があっという間に感じられた。


5月31日

言い訳出来ない完全な寝坊をぶちかましてしまった。
目覚ましに全く気付かなかった。
大慌てで事務所へ。

B.L.T.連載の取材。
1時間遅刻してしまったので、メイクをしながら色々と話す。
軽い撮影をして、別雑誌の撮影へ。
遅刻で撮影が押してしまって本当にすいませんでした。。

夕方から、都内某所でカンパニー松尾さんによるアーティスト写真撮影。
「写真は得意じゃないんだよ〜」とおっしゃるけど、松尾さんの写真、僕はすごく好きです。
2時間ほど撮影して、最後は松尾さんの「この場所では、(僕の技術では)上手く撮れません!笑」という一言で終了。笑
仕上がりが楽しみです。

帰り際、下北沢「一龍」でにんにくラーメン。
そういえば、下北沢に行くのが結構ひさしぶりだった。
posted by bbb at 04:50| 小出祐介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月20日

日記


4月10日

午前中から制作。
一点集中で考え込んでしまう。
まだまだ追い込んでいきたかったが、身支度をしなければいけない時間になり、シャワーを浴びにいった。
が、髪を洗いはじめたあたりで、突然、メロディーやリズムや構成が一気に浮かんだ。
「これだ!」と思い、忘れないように歌い続け、急いでシャワーを済ませる。
浴室を出て、裸のままレコーダーを回す。
無事にアイデアを録音することに成功した。
裸で鍵盤を弾く姿はなかなか情けないものだったと思うが、そんな良いメロディーに限って、浮かんだ瞬間忘れてしまったりもする。
浮かんだものは即、録音するように心掛けている。

夕方、EMIで新曲に関する打ち合わせ。
とても盛り上がった。
良い曲ができそうな気がする。

帰り際、下北沢GARAGEに寄る。
そこで、数年ぶりに「algo」というカードゲームをやった。
(詳しいルールなどは→ http://www.sansu-olympic.gr.jp/algo/ )
一時期、GARAGEファミリーの中で異様なほど流行ったのだが、向いているゲームらしく、僕はかなり強かった。
が、GARAGEの出口さんも相当に強く。
最後に出口さんとやったときは、ルールから逸脱した心理戦にもつれこんでしまい。
最終的に僕が勝ちはしたものの、1ゲームに約3時間を費やし、
また、相当な嘘のつきあいになってしまったため、これは友情に亀裂が生じる恐れがあると、封印されていた。
今回はそれ以来の約3年ぶり。
現在GARAGEに出ているバンドマンの子と、「クチビル・ディテクティヴ」MVでおなじみの栗原パンダと手合わせ。
彼らには12ゲームやって、一度も負けなかった。
出口さんとは2ゲームやって、1勝1敗。
負けず嫌いの僕らなので、キリがよかった。
ライトに遊ぶ分には、本当に頭を使うしすごく楽しいが、深追いはかなり危険。
ボンバーマン並に友達を失くしかねないゲームなので、みなさんも遊ぶ際にはご注意を。

深夜、ジョギングに。
夜に走るのは初めてだったが、昼間と違い人も車も少ないので走りやすかった。
車が多いと、排気ガスで苦しくなる。
暖かい夜だったので、それもまた心地よかった。

走りながら、呼吸の仕方を色々と模索していて。
気付いたのは、歌う時のような呼吸をすると良いということ。
いわゆる腹式呼吸だ。
鼻から吸って、口から吐く。
その時の腹筋の使い方も意識しながら走ってみたら、息苦しさがかなり緩和された。
こういう発見が、物事を楽しくさせる。

前回よりも長い距離を走って、帰宅。
良い具合の疲労感を感じ、就寝。


4月11日

一日、制作作業。

少し前に出た、The Chemical Brothers「Don't Think -Live At Fuji Rock Festival-」を観る。
DVDがメインで、ライブCDがそれについてきている感じなのだけど、この映像が本当に最高。感動。
セットリストもパフォーマンスも超絶最高。
こんなにライブ映像作品で感動したのは、久しぶり。
「Swoon」から「Star Guitar」のつなぎに痺れ、「Block Rockin' Beats」の迫力にやられた。
ドキュメンタリー風の構成も、カメラワークも臨場感が半端じゃなくて。
あの場にいる感じ、フェスのあの感じが、真空パックされていた。
完全にケミブラ熱が再沸騰した。
3回ほど爆音でくり返し観て、踊った。

「第2次スーパーロボット大戦Z 破界篇」を始めた。
これの続編にあたる「再世篇」が発売したばかりだが、どうせやるならと前作からやることにした。
直前まで「スーパーロボット大戦F」と「〜完結編」をやっていたので、システムの差に驚いた。
スピード感は桁違いにあがっているけど、逆に難易度はすごく下がって感じた。
「F」はシリーズのなかでも難易度が高いので、より。
やりこんでいこうと思う。


4月12日

一日、制作作業。

夜、父と母が家に来た。
たけのこご飯を作ったので、持ってきました、と。
年に数回しか母の手料理は食べれないのだけど、やっぱりめちゃくちゃ美味しい。
実際、「母の味補正」をさっ引いても、うちの母の料理は美味しいと思う。
…と、誰もがそう思ってるんだろうな。
最後の晩餐を選べるのなら、母の手料理にしたい。


4月13日

一日、制作作業。

午後からデモを録り、曲の確認などをしてもらい。

さらに、来週歌録りする新曲の歌詞を最終確認。
もう数えきれないくらい書き直して来た歌詞だ。

「新呼吸」以来の新曲ということもあり、自分のなかのハードルがかなりあがっていて。
仕上がりにずっと納得出来ていなかった。
具体的には、『自分らしさ』と『わかりやすさ』を両立させるということ。
そのバランスがなかなかとれなかった。
(言葉のはまりを選ぶタイプのメロディーということもあるとは思うが。)
1ヶ月ほど前に書き終えてはいたのだけど、今村Dから、曲の出だし2行について「他にパターンがありそうか」という話があり。
それで、最終確認をすることにした。

改めて見直してみると、もうこれ以上の修正は必要がないように感じた。
フレーズ同士がしっかり作用しあっていたからだ。
出だしの2行についても、さりげなく曲全体のフリになっている部分なので、崩しようがなかった。
逆に、これを変更してしまうと、それ以降のフレーズ同士の結びつきが薄らいでしまう。

今村にその旨を伝え、この最終バージョンでいくことにした。
歌詞の決定稿がやっと出来上がった。

こういう風に少し時間を置いて、「単純に良いと思ったかどうか」で判断することが、時に重要だったりもする。
今回は相当な一点集中型の制作をしていたせいで、冷静なジャッジをくだせなくなっていた。
自分に深く深く潜っていくような制作も確かに重要だ。
しかし、湯船から桶でお湯を大雑把にすくい取るような、瞬発力や初期衝動もすごく大切なんだと思い知らされた。
その中にしかないものも沢山ある。
その両方を両立させる器用さが必要なんだと思う。


4月14日

夜からスタジオで新曲の制作作業。

前回まで進めていた曲の続き。
さらに別曲を新たに制作開始。

夕飯で、生まれてはじめてエチオピア料理を食べた。
宗教上の理由もあるそうで、肉とみせかけて野菜、といった料理も多かった。
全体的にさっぱりとしていて美味しかった。

28時まで作業をして、終了。
帰り道、日の出がずいぶん早くなって来ていることに気がついた。
もう夏が近い。
早く薄着で外に出かけたい。


4月15日

昨日までの制作作業を受けて、今後のプランを考えたりしていた。

夕方、整体に。
近頃はジョギングをしていることもあってか、だいぶ身体の調子が良かったが、制作続きで肩こり腰痛が発症。
こういうのは我慢していても仕事の効率が下がるだけなので、さっさといつもの整体に行った。

僕の整体は、鍼→全身の調整という流れ。
首から腰までまんべんなく整えてもらっている。
僕の場合放っておくと、なんというか、身体のバランスが変な感じになってくるのだ。
どちらかに重心が傾いている感じというか。
そこからくる症状も多々あると思うので、フラットに戻してもらっている。

肩こり腰痛もずいぶん酷い。
特に、首から肩甲骨のエリアは相当で。
頭痛がきてしまったりもする。
首から背中にかけては、こじらせると発声にも支障をきたしてしまうので注意している。

整体後、すっきり軽くなった身体で近所のファミレスへ。
比較的見かける大手のファミレスだが、はじめて入った。
隣のテーブルでは、パートさんなのか、スーパーの制服を着たおばさま4人組が話に花を咲かせていた。
ガールズトークもいつかは井戸端会議になるんだな。
盛り上がっているおばさまたちの横で、ひとり黙々とハヤシライスを食べ、店を後にした。

帰宅後、どうも風邪を引いているような気がして、早めに就寝。


4月16日

起床後、案の定体調がふわふわしていて。
「風邪じゃない」と思い込もうとしても、身体がだるい。

僕の体調不良(主に風邪)は、まず背面から来る。
風邪の引きはじめは、背中の凝りが酷いなぁというくらいなのだが、
「あれ?これ風邪?」と自覚した瞬間にガクッと来たりする。
『病は気から』を地でいった経験が何度もある。
今回も、そんな感じで気付いたら熱が出てしまっていた。
37.5℃。
それほどの高熱ではないのが不幸中の幸いであったが、明日は歌録り。
何としてでも喉や鼻に炎症がいくのを食い止めなくてはいけない。
こういう時の自己流対策として、まず加湿器。
これは基本で、加えて保湿マスクを3枚重ね、さらにその上からタオルを巻く。
あとはもう厚着をして、ひたすら寝る。
汗をかいたら、即着替え、その度にうがいと喉の薬を摂取。
それを一日くりかえしていた。


4月17日

朝起きて熱を計ると平熱まで下がっていた。
若干の気だるさは残ってしまっていたが、いつもは眩暈までいってしまうので、ずいぶん手前で踏みとどまれた方だと思う。
喉と鼻も問題ない。
昼にスタジオへ向かった。

歌録り前に、メンバー全員とスタッフで今後の打ち合わせを諸々。
メンバーと会ったのは1週間ぶりだった。

歌録りは極めて順調にいった。

すでに発表されているように、我々の新曲「初恋」が映画「図書館戦争 革命のつばさ」の主題歌に決定している。
曲が使用されている映画の予告編も公開されているのだが、一度完パケた歌詞をどうしても全編書き直したくて、
映画制作のみなさまにも無理をきいていただき、今回リテイクをさせていただくことになった。

音源を一度あげたのが3月頭で、それからの1ヶ月、歌詞を書き直しては今村ディレクターと話し合いをくり返してきた。
こういうことをするのはバンド史上でも初めてのことだ。
過去にもあとから「こうしたらもっと良くなる」ということに気付いたりすることはあったが、それはライブなどで実践していけばいい話であって。
特にバンドにとって、レコーディングは「記録」である。
その時のバンドの考えやモードや空気をパッケージするのが、レコーディングであると思っている。
しかし、今回は曲そのものの問題であった。
アルバム「新呼吸」発表後に初めて世に出す新曲であるし、もっとクオリティーを追求したかった。
その旨を今村Dに伝えると、彼も思う所があったようで、今回のリテイクに踏み切ることになった。

夕方頃、僕の歌入れが終了。
歌っていて、前バージョンよりも歌詞が良いと改めて思ったし、歌そのもののテイクも良いと思った。

歌のエディット作業を今村にまかせて、少しスタジオの外に出た。
1ヶ月腹にためこんでいた靄からの開放感を感じたかった。
目黒川が近かったので、川沿いをしばらく歩いた。
先週来た時は満開だった桜にはずいぶん緑が混じっていて。
季節の進行を感じた。
「桜の季節過ぎたら遠くの町に行くのかい?」
散りはじめた桜を眺めながら、あの曲の永遠さについてぼんやりと考えていた。

山手通り沿いのドン・キホーテで食器洗い用のスポンジを購入して、スタジオに戻った。

関根のコーラス入れをしつつ、食事をとりつつ、デザイナー三栖一明と打ち合わせをしつつ、ベボベLOCKS!の放送を聴きつつ、スタジオ作業終了。
24時。
すっきりした気持ちで地下のスタジオから地上にあがった。
妥協したり、あきらめたりしなくてよかったと、心から思った。
しばらく246沿いを歩いて、下北沢GARAGEに向かった。

こういう日は昔からGARAGEに行きたくなる。
何がある訳ではないけど、僕にとっては家よりも家らしい場所なのかもしれない。
家にいる方がよっぽど、仕事をしなくてはいけない気がしてしまう。
仕事を少しの間だけ忘れて、仲間とおしゃべりする。
それが出来る場所があるのは、ちょっとした救いだと思う。

GARAGEに着くなり、オカモトレイジと嵐田さんが来た。
普段あまり飲まないビールを少し飲んだり、くだらないことを延々話して、解散。
29時。
病み上がりで全力で歌うのはさすがに疲れたんだと思う。
泥のように眠った。


4月18日

夜、新曲「初恋」の再トラックダウン。
エンジニアの中村研一と話し、前バージョンを受けて、主にリズムにまつわる音の方向性や処理の見直しをした。
より劇場型の音源になったと思う。
是非、映画「図書館戦争 革命のつばさ」で聴いていただきたい。

スタジオを出て、スタジオ近辺に住んでいる友人に連絡をとった。
車で迎えにきてもらい、三軒茶屋のファミレスに行った。
たぶん僕はファミレスが好きなんだろうな。
比較的頻繁に行く気がする。

その友人は僕らが昨年11月11日のニコ生でライブをした、「メイプルハウス」でディレクターをしている。
ちなみに彼も下北沢GARAGEファミリーの人間である。
彼がみている若いバンドマンの子たちの話を聞いたり、音楽の話をした。

帰り際、TSUTAYAで漫画数冊と「第2次スーパーロボット大戦Z 再世篇」を購入。


4月19日

LinQ「Love in Qushu 〜LinQ 第一楽章〜」を聴いた。
1曲目「LinQ Thema」がまずとても良かった。
最近は特に、アイドルのアルバムの冒頭にインストが入っていたりするが、その中でも特にかっこよかった。
どんなアルバムでもそうだけど、入り口はとても大切だと思う。
その世界のはじまりにワクワクしたい。
もちろん、曲の流れも、つなぎも、出口も大切。
そもそも、「アルバム」という世界観がすごく大切。
僕はそういう「アルバム」を聴いてきたし、そういうのが「アルバム」だと思っているし、そういう「アルバム」を作っていきたい。
「○○のタイアップの○○を含むシングル4曲+新曲8曲入り!」って、すこしさみしい。

音楽アルバムのことを普通に「アルバム」というけど、由来は数枚のレコードを写真のアルバムのような本に収めた所からといわれていて。
つまり、その形体からアルバムといわれるようになった、と。
今でいえば、ジャケットがあって、歌詞カードがあって、盤があるのが、「アルバム」。
当たり前なんだけど、これってやっぱり大切にしたいなぁと。
うちのライブスタッフたちともそんな話をしていて。
「アルバム」って、本当にワクワクしてたと。

照明の渡辺氏は学生の頃、レコードをお金を貯めて買って、帰ったらまず部屋でジャケットをまじまじと眺めてたんですって。
これってどういうイメージで作られたジャケットなんだろう。
デザインは誰が作ってるんだろう。
ちょっと遠目で見てもかっこいいなぁ。
で、歌詞カードを取り出したら、紙の匂いも一応かいでみる。
なんだかインクのいい匂いがする。
ロックアルバムの歌詞カードは、かっこいい匂いがする気がする。
布団に寝転がって歌詞カードの解説を読んだり、歌詞を読んだりして、色々想像してみる。
タイトルからしてこの曲が好きそうだとか、このフレーズにメロディーがつくとどんな感じなんだろう、とか。
そして、新品の盤面にちょっとドキドキしながらついにレコードに針を落とす。
すこしレコードノイズが聴こえて、「ジャーン!」とアルバムが始まる。
立ち上がってリズムをとりながら歌ってみたり、踊ってみたりして。
疲れたらまた寝転がり、ジャケットを眺めたり、歌詞を読んだりして。
すると、ジャケットのヴィジュアルの意味がわかってきたり、デザインに隠されたメッセージを発見したりする。
それでまた最初からアルバムを聴いてみる。
で、気付いたらジャケットを抱えたまま寝ちゃってたりする。

僕も学生時代、通学カバンにはCDプレイヤーとアルバムを何枚か、しかもケースごと入れていた。
盤だけなのがいやだったんだと思う。
必ず、ケースごと持ち歩いていた。
そんなのカバンが膨れるだけだし、ケースもバキバキに割れまくっちゃうんだけど、それが好きだった。
「アルバム」を持ち歩きたかった。

音楽が身近で手軽なものになることは悪いこととは思わないけど、フィジカルを疎かにはしてほしくない。したくない。
作る人も、聴く人も。
作品に触れることや、所有すること。
そのワクワクを忘れて欲しくないし、そんなワクワクを伝えられる作品作りをしていきたい。


「ハロプロ!TIME」で℃-uteの矢島舞美さんが自転車旅をしている。
今回は熱海編。
僕も「こい散歩」で熱海ロケをしたことがあるが、熱海って本当に面白い街で。
「時間が止まっている感じ」に街中で出くわす。
泊まりで行ったことがないので、2泊3日くらいでいつか散策したい。
posted by bbb at 08:00| 小出祐介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月10日

日記


4月5日

昼にジョギング。

ジョギングを始めたのは2週間くらい前。
不規則な就寝時間に運動不足と、不摂生きわまりない生き方をしている僕なので、身体にガタが来ない訳が無い。
自覚症状もバリバリだったが、「まぁ大丈夫だろう」でここ数年過ごして来た。
が、目に見えた体力の衰えと、凄まじい肩こり・腰痛・偏頭痛が日常生活に支障をきたすようになり、さすがに無視し続ける訳にはいかなくなった。

制作期間に入るとどうしても、他の事がおごそかになってくる。
思考に没頭したいし、余計な事に時間を使いたくなくなってしまう。
が、それも健康な身体あってこそだと思い直した。
いまさら。
それで、自主的に運動をしていこうと決意したのであった。
ついでに、5月からのツアーに向けての体力作りも兼ねていこうという狙いもある。

ジョギングを始めるにあたって、お世話になっている整体師兼スポーツトレーナーの人に、アドバイスを求めると、
「小出さんは良い筋肉をしているので、運動をしないと勿体ない。」と、言われた。
体育の先生や他の整体師さんにも言われたことがあるので、多分そうなんだろう。
実際、祖父も父親も体躯が良いので、遺伝なのかもしれない。
また、自分は無駄に筋肉質な方だという自覚もある。
先生によると、運動を怠り、「良い筋肉」を持て余した結果、筋肉が凝り固まって前述のような症状が出ているらしい。
「運動やストレッチをまめにするようになれば、いい感じに仕上がってくるはずですよー。」とのことなので、いい感じに仕上げていこうと思う。

学生時代、僕は短距離走は速かったが、長距離走は苦手だった。
(ちなみに関根は駅伝に出場し、区間賞を獲るくらい長距離が得意で、
堀之内は、割と速い僕よりも短距離走が速かった。
湯浅は両方とも全然ダメだった。)
マラソン大会なんてものもあったが、ちっとも良い成績じゃなかった。

そんな、持久力に自信がない上に久々の運動だったので、今回のジョギング初日は3kmほどで相当に疲れ、即、筋肉痛に襲われた。
だが、コツコツ走り込んでいくにつれ、休憩無しで走れる距離が、徐々にのびていった。

この日は途中で下北沢GARAGEに寄ったりもしつつ、総距離で約10kmほどを走り、数km分歩いて家に戻った。
暖かい日中、満開が近くなった桜を見ながらのジョギングは大変気持ちがよかった。
が、またも両脚が筋肉痛に。
でも、筋肉痛をくり返して筋肉は育つそうだから、これでいいのかな。

夜、新曲の制作へ。
さらにメロディーや構成を詰める。
この先の色々な展開が見えて来た。
かなりワクワクが高まっている。

小雨が降る中、終電で帰宅。


4月6日

一日、自宅での制作作業。
思うように進まなかった。

夕飯は、スパゲッティーを作った。
自炊が当たり前の人からすれば、「スパゲッティーくらいで。笑」となるかもしれないが、
自炊経験ほぼ皆無といえる僕からすれば、めざましい進化である。
と、自負している。
ソースは残念ながらレトルトのものを買ってきてはいるが、どうせならということで、
一旦フライパンにあけ、火を通し、味付けを自分好みに調整し、パスタと和えている。
ちゃんと、美味い。
そんな調子で、ここのところ週2〜3回は自炊をしている。
先日、人生初の手作りカレーが上手く出来たときは、自分で自分にびっくりした。
やれば出来るじゃん!と。
適度にレパートリーを増やしていきたい。


4月7日

夕方まで制作作業。

夜、昨年のカンパニー松尾さんとのUstreamでお世話になった益子さんと、Berryz工房@渋谷公会堂を観に行った。
ご存知の方も多いように、僕はいわゆる在宅主義者だ。
基本的に現場に行かない。
(そのあたりは雑誌「B.L.T.」での僕の連載などで話しています。)
とはいっても、これまで何度か友人に誘われ、足を運んだ事がある。
今回は約2年半ぶりの現場。
有り難い事に、アップフロントさまにお誘いをいただいたのと、
先日のタワレコ社長・嶺脇さんとの対談を受けて、Berryz工房を久しぶりに観たいと思っていたため、出動させていただくことにした。

この日は、メンバーの夏焼雅さんが体調を崩されお休みだったものの、素晴らしいライブだった。
例えば、須藤茉麻さんのグルーヴ感がとても良いことに気付いた。
裏拍の体現っぷりが、際立っていた。
アフターなノリがとてもダイナミックで素晴らしかった。
ダンスといえば清水佐紀さんなのだけど、清水さんは全身のしなやかさから生まれるグルーヴで。
柔らかで繊細な表現に、より磨きがかかっていた。
前半は主に、この2人のダンスに注目していた。

後半、菅谷梨沙子さんの歌が変わっていることに気付いた。
同時に、以前、つんく♂さんが『菅谷が急に歌が上手くなった』と発言していたのを思い出した。
僕はここ数年の菅谷さんの歌唱における、「こぶし感」というか、それを少し気にしていて。
もしかすると、歌における様々な表現を、そこに集約しすぎているのではないのかなぁと。
と、勝手に余計な心配をしていたのだが、それが見事に払拭された。
とても素直で、伸びやかな歌声だった。
きっと自分の歌を見つけはじめているのだろうなぁと、感動した。

MCでは嗣永桃子さんと徳永千奈美さんの絡みが最高だった。
おふたりの「ぷりつぅ!」でのやりとりのように、『本当は仲が良いけど』をしっかりと踏まえたやりとりに、涙腺が弛んだ。
その「踏まえ」が安心な成立をしていて、グッときた。
『ぶりっこな嗣永に「きらーい」という徳永。まぁ、ふたりでご飯行ったりしますけどね。』
みたいなのが、今後活きてくると信じてやまない。

終演後、ライブに招待された人間は関係者挨拶にいくのが普通なのだけど、スタッフさんにだけご挨拶をして、渋公をあとにした。
(そのあたりの理由についても、B.L.T.の連載で。)

そのままの足で益子さんと食事に。
ガールズトークならぬ、ボーイズトークを4〜5時間かました。
ここのところ制作続きだったので、ライブも含めて良い息抜きになった。

益子さんと別れ、タクシーで帰宅。
……が、タクシーを降りた直後に、自宅の鍵を失くしていることに気がついた。
急いで、レシートをもとに、タクシー会社とさっきまでいたお店に連絡したものの、見つからなった。
どうしようかと玄関先で佇んでみたものの、この日は気温がかなり低く、また、風も強かったため激寒。
ひとまず風のない場所に移動し、鍵のトラブル救急を検索。
料金を見てみると、割と高い。
しばらく悩んだが、深夜に失礼を承知で大家さんに連絡。
運良くまだ起きていてくれたため、マスターキーをお借りすることに。
もう一度タクシーに乗り込み、渋谷近辺の大家さん宅まで鍵の受け取りに行き、さらに引き返す。
不注意が招いた、なんとも不毛な往復。
良い一日の最後の最後で散々な目にあった。

冷えきった身体を温めてから、就寝。


4月8日

一日、制作作業。
深夜までかかってしまったが、そこから友人の誕生日会に向かった。

「社長」というあだ名のその友人とは、6年ほど前に知り合った。
彼と知り合った頃、下北沢GARAGE・出口さんや嵐田さんたちと、「渋谷会」という会合を夜な夜な開いていた。
酒が飲めなかったり、友人がいなかったり、家族がいたりと様々な理由で、僕も彼らも全然夜遊びをしない人間だったが、
ある時から突然、失われた青春を取り戻すが如く、遊びまくり始めた。
何がきっかけだったのかは全く憶えていないが、とにかく突然火がついたのだった。
ちなみに、夜遊びといっても、男数人泥酔しながらのカラオケ大会である。
仕事を終えた深夜から、朝、時には昼前まではしゃぎ倒すのだ。
くだらないことを言いながら、くだらないことで爆笑しながら、90年代の曲ばかり歌っていた。
それが本当に楽しかった。
楽し過ぎて、ピーク時には2日に1回のペースになっていた。
そのペースも割と長く続いていたが、「そのうち誰か身体壊すぜ」なんて言っていたら、本当に一人が体調を崩してしまい、それを機に落ち着いていった。
思えば、いまではみんなが忙しく、月1回集まるのでさえ難しいのに、よくまぁ、あんなに頻繁に集まれていたなぁと。
きっと時間もエネルギーも、持て余していたのだろう。
それらの発散の場になっていたんだと思う。

そんなメンバーと仲間内での久々の会合は、とても楽しかった。
最後はみんなで目黒川沿いの夜桜を見に行き、解散。
来年もまた、こんな感じで。


4月9日

朝から体調がフワフワしていた。
風邪の引きはじめなのか、それとも、ついに花粉症になってしまったのか。
とりあえず気だるかった。

昼前から事務所で、制作に関する打ち合わせ。
現在制作中の新曲についてなど諸々を話した。
着実に、良いカードが手元に揃って来ていると思う。
会心の一手を打ちたい。

続けて、5月からのツアーグッズについての打ち合わせ。
デザイン関連を諸々。
こちらもお楽しみに。

続いて、ベボベLOCKS!レギュラーの収録。
開始当初から一緒にやってきた、構成作家のタキンチャイが卒業しての一回目。
かなり手応えのある内容になっております。

帰宅後、風邪薬と栄養ドリンクを飲み、仮眠をとったら体調も回復。
制作作業の続きにとりかかる。
現状、複数の曲を平行して制作しているので、頭の中が忙しい。
posted by bbb at 12:19| 小出祐介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月05日

日記


3月31日

渋谷O-EASTにて、南波志帆さんのイベントに出演。

南波さんとは初共演であるし、また、渋谷でライブをするのも久しぶりだったので、前々から楽しみにしていた。

きゃりーぱみゅぱみゅさんのステージは初めて観させていただいたのだけど、曲とダンスの絡まり合いが大変面白く。
食べ物でいえば、スパゲッティーのような。
ミートソース・スパゲッティーのような。
とろとろのソースと、柔らかめのパスタをフォークでぐるぐる巻き取っていくような、グルーヴがそこに発生していた。
これはすごく不思議な手触りであり、勉強になった。

僕らのステージは、この日のために改良したセットリストだった。
ライヴプロデューサーの本間さんと話し合い、普段バンドもののライブはあまり観ないようなお客さんにも楽しんでいただける内容にしようと心掛けた。

例えば、「セットリストを変える」とだけ言うと、単純に「曲目を変えるだけ」と思われがちだが、実はそうではなく。
曲を入れ替えることで、流れの前後関係が変化してしまう。
と、なると、その変化した前後関係に応じての調整が必要になってくる。
具体的には、曲のつなぎ方や、間や、テンポ感などである。
その曲の「そのセットリスト内での在り方」を明確にするために、曲のタイム感やノリを微調整し、メリハリをつけていく。
うちは同期無しの生演奏なので、テンポ感の速い遅いの調整までもが可能であるが、これが結構難しい。(特にドラム。)
ライヴリハーサルは、主にこの曲の変化を身体に覚えさせるための練習といっても良いかもしれない。

この日のライヴはそんな調整も上手く行き、程良い緊張感のなか、すごく楽しく演奏出来た。
観に来てくださったみなさん、どうもありがとう。

南波さんのバンド編成のステージを観るのは、実は初めてだったが、とても素晴らしかった。

以前彼女が語っていた、自分のイメージする歌手像。
人に書いてもらった詞曲を、自分なりに解釈し、歌にし、届ける。
それはシンガーソングライターのそれではなく、まさに「歌い手」というべきもので。
それに、しっかりと意地とプライドを持って向き合っているから、南波さんは実にかっこいい。
MCでも話したが、若いのに本当に出来た人だ。

この日は南波さんの高校卒業記念イベントであったのだが、
そんな時に彼女が歌う「こどなの階段」は、自分が想像していたものとはまた違う鳴り方をしていた。
僕はといえば、すっかり、親御さんが娘の門出を祝うような気持ちで聴いていた。
一歩一歩、「大人の階段」を昇り始めた彼女の姿は、清々しく、凛々しく、煌めいていた。


イベント終了後、下北沢GARAGEへ。
GARAGEではこの日、18周年アニバサリー前夜祭。
GARAGEファミリーのみんなが大勢駆けつけていた。
「新呼吸」のCMでおなじみの嵐田さんもいたし、呂布にも久しぶりに会った。
イベントでは何種類かの手作りカレーが振る舞われていて。
僕もウィンナーを大量に焼いた。

フロアの壁には蛍光色の紙に書かれた「絶好調」の文字。
下北沢GARAGE店長、かつ、僕の親友である出口さん曰く、「(フロアが)アメ横みたい。」とのこと。
なんかわかる。
汗とカレーのスメルでくっさかった。

気付いたらGARAGE事務所で寝落ち。
家がご近所の、ドラマー石川ドラゴンさんご夫婦と一緒にタクシーで帰宅。


4月1日

下北沢GARAGE18周年の日に、先輩・スネオヘアーさんのイベント。
そこに飛び入りでお邪魔させていただいた。
ちょうど1年前にもGARAGEでスネオさんと演奏させていただいた、名曲「赤いコート」をふたたび。
トークも楽しかった。

スネオさんとの付き合いは実はこっそりと長く。
今まで仕事で一緒になったことは殆どないのだけど、
スネオさんとGARAGE店長の出口さんが同郷(新潟県長岡市)であり、また、旧知の仲で、
何年か前の正月に、出口さんのご実家に何泊かさせていただいた時に、
たまたま帰郷中であったスネオさんと夜の長岡で痛飲したことがきっかけで仲良くなった。

本番終了後、スネオさんご夫婦と出口さんと焼き鳥屋へ。
そこで、スネオさんとも超ご近所さんであったことが発覚。
僕が通っている美味しいたい焼き屋さんの常連さんであることも発覚。
なんだか嬉しかった。


4月2日

映画「12人の優しい日本人 HDリマスター版」DVDを観る。
なぜHDリマスターまでしてBlu-rayで出してくれなかったのかは謎だが、もの凄く好きな映画なので、前のDVDは持っているものの、買い直すつもりで購入。

僕が三谷幸喜さんの作品が好きなのは、ざっくりと言って、知的でユモーラスだからだと思っている。
そして、すべてに伏線があり、その伏線を見事に回収していく。
論理的であり、数学的であり。
とても立体的な思考の元、考えられているのだと思う。

以前、三谷幸喜さんの密着ドキュメントを観たことがあるのだが、そこで脚本の執筆風景が紹介されていた。
三谷さんはホワイトボードにプロットをフローチャート形式で書き、ディテールを詰めていく方法をとっていた。
それを参考に、アルバム「新呼吸」の制作は、タイムラインを書き、時間ごとのストーリーを掘り下げていくという進め方をした。
やってみてわかったのは、「ものすごく時間がかかる」ということ。
自分で大きなルールを作ってしまっている以上、そこから外れるものは入れたくない。
一発でイメージに合う物が出てくれば良いが、そうでなかった時に大いに悩まされることになった。
三谷幸喜さんの「筆が遅い」というのが、おこがましいけど、少し理解出来た気がした。
立体的なパズルは難易度が高い。
ただ、難易度が高いが故に、達成感も大きい。

映画の話に戻るが、「12人の〜」で好きなシーンは、冒頭の飲み物を注文するシーン。
これがまた大変秀逸で。
この作品では、12人の陪審員に名前があてられていない。
が、冒頭で「飲み物の注文」と「座席決め」を通し、各々のキャラクターや立ち位置を説明しきってしまうのだ。

ある人は全員の注文を聴き、
ある人はそれをメモし、
ある人は注文と共にくだらない冗談を良い、
ある人は人の注文を聞いてコロコロと自分の注文を替え、
ある人はせっかちに同じ注文を何度もくりかえし、
ある人は興味なさげに煙草を吸い、
ある人はドカッと椅子に座り無難なホットコーヒーを注文し、その後ろには「私も」と手を挙げる人がいて、
ある人はビールが飲みたいと言い出し、
ある人は喫茶店の出前なのにヤクルトを注文する。(しかも、ちゃんとある。)

これだけで、この人たちがどういう個性や思考の持ち主たちなのか、大体理解出来てしまう。
「説明の説明」をせず、オープニングBGMをバックに、人物紹介を成し遂げられてしまっている訳である。
さらに、ある人の「(話し合いが)始まりますよ!」の台詞と共に、BGMが止まり、本編が始まる。
実に、スマート。
僕自身、「説明の説明」が嫌いなタチなので、実に惚れ惚れする名オープニングである。


夕方、雑誌B.L.T.の連載取材。
今回は巷で噂のSEXY BOY…ならぬ、巷で噂のタワーレコード代表取締役社長・嶺脇育夫さんにご登場いただいた。
ヲタヲタしく、大変濃い内容の対談となった。
次号B.L.T.に掲載予定。
嶺脇さん、今度一緒にコンサート観に行きましょう。ファミリー席で。

余談だが、対談開始前、偶然我がEMI MUSIC JAPANの社長が通りがかり、社長同士の会話があって。
どっちかっていうと、この風景が普通だよなぁと思った。

また、ライターさんから興味深い話を聞いた。
以前、音楽を聴いていたら、仕事で関わっている若い子たちに「これって音だけ?」と聞かれたのだそうだ。
つまり、「動画じゃないの?」「映像はついてないの?」と。
これは極端な例かもしれないが、若い子たちの音楽の聴き方が変わってきているんだろうと実感。
考えさせられた。


ハイパーホビー5月号を読んだ。
いよいよ、「仮面ライダーフォーゼ コズミックステイツ」のヴィジュアルが解禁されていた。
ボディのあたりが大変なことになっていた。
最近のライダーは最終的に「全部乗せ」状態になるよね。
好きだけど。
ディケイドとかすごいことになってたもんなぁ。
昔は、ストロンガーのチャージアップですら、すっげぇ!と思ったものだけど。
RXのロボライダーとバイオライダーなんかもう、超すっげぇ!と思ったし。

そんな風に驚きは、普通になってしまう。
驚かせ続けようと思ったら、1つの次は2つ、2つの次は3つと上乗せ続けるか、
それを超える驚きを提供し続けなければ、人は「衰えた」と感じてしまう。
常に「超え続けるコンテンツ」を僕らは用意し続けなければならない。
永遠の課題だなぁとしみじみ思う。

そして、僕はこんなペースで日記を書き続けていけるのかと、書いておいて心配になっている。


4月3日

昼過ぎから暴風雨。
家が振動するくらい風が強かった。

夕方から制作のためスタジオに移動。
叩き付けるような雨の中、駅まで辿り着くと、今度はホームにものすごい吹き込み。
電車も全然来ないため、雨が届かないホームの端に大勢の人が固まっている状態だった。
が、十数分待って来た電車は意外にも空いていた。
早いうちに帰宅命令が出ていた会社が多かったのだろうか。

スタジオ最寄りの駅に到着すると、突風はあるものの雨はすっかり止んでいた。
先に食事をしようとブラついてみるも、暴風雨のせいか、営業しているお店が少ない。
5軒ほどまわって、ちょいと有名な定食屋さんで食事をした。
良い塩梅の肉じゃがだった。

この日は主に制作の進め方を決めたり、楽曲の方向について話し合い、少し音を出して終了。
翌日から本格的に作っていくことになった。

自分が大切にしてきた美学が、時に足枷になることもある。
今回のスローガンは「トライ&エラー」。
様々な挑戦をしてみたい。

帰宅する頃にはすっかり空も穏やかになっていたが、
道には壊れた傘の残骸が散らばっていた。


4月4日

「刻刻」という漫画を4巻まで読んだ。
かなり独特な世界観で、何が起こっているのかさっぱりわからないのだけど、どんどん読める。
に、しても何が起きているのか全然わからない。
「ベルセルク」も3巻までは、何をしているのかさっぱりわからなかったけど、その先の加速が半端じゃない。
と、いうこともあるから、この先が楽しみ。

夕方から制作。
集合してから、まず食事をした。
初めて行くお洒落で現代的な蕎麦屋さんだったのだけど、すごく美味しかった。

下町で育った僕はどうしても、お洒落な蕎麦屋さんよりも、年季の入った町の蕎麦屋さんに入りたくなってしまう。
江戸前なざる蕎麦を、つゆにどっぷりつけて食らうのだ。
揚げたての天ぷらが横にあれば、なお良し。
わさびが、ねりわさびではなく、すりわさびなら、なおなお良し。

そんなお店ではなかったけど、手打ちの蕎麦やつゆにこだわりが感じられ、大変美味しく、箸が進む。
一人でざる3.5枚分を食した。
まだいけた気がする。

この日の作業としては、大まかにリズムを決め、適度にギターを入れ、メロディーを何パターンか試していき。
言葉もはめて、さらに試し。
反射神経で曲の大枠を組み立てていった。

帰宅後、デモを聴きながら曲の続きをイメージ。
「自殺島」最新刊を読んだ。
posted by bbb at 02:27| 小出祐介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月06日

SAYONARA-NOSTALGIA TOUR コンセプトについて

いよいよ、明日からツアーが始まるという中、突然ですがひとつお知らせをさせてください。
以前、blog内でお知らせさせて頂いた、今ツアーのセットリストのコンセプトに関して、
リハーサルを重ねていく中でメンバー・スタッフと話し合い、変更をさせて頂くことにしました。

元々は、

インディーズ時代を含む、各アルバムの世界観の再構築/再構成をテーマにした実演。
セットリストを5〜6パターン用意する。

などのテーマや目標を掲げツアーを廻っていく予定でしたが、
今回の震災を受けて、僕自身の考え方や気持ちに変化があり、全体を見直すことにしました。
再考に到った最大の理由は、「各アルバムの世界観の再構築/再構成」に関して、
どうしても『(WHAT IS THE)LOVE&POP?』のセットリストで歌う気持ちになれなかったことです。

あのアルバムのテーマである、『究極的にいえば、結局は孤独』を改めてライブで表現しようと計画していたのですが、
狙い通りとはいえ、はっきり言って、大変重い内容のセットリストになっていました。
それがあのアルバムに込めたものですし、それをライブで実演/表現することにはやり甲斐があると思っていましたし、
みなさんに満足して頂ける内容に出来るとも思っていました。
しかし正直なところ、震災後、「そもそもの孤独」という部分に関して歌う事への迷いが、自分の中に湧いてきてしまいました。
考え過ぎなのかもしれないですし、まだ考えが足りないのかもしれません。
そういうテーマを歌う事への自粛や遠慮とは思ってはいません。
きっと、これまで自分の感じていた、自分の知っていた「日常のカタチ」が変わってしまったからなんだと思います。
ずっと考えてはいるのですが、気持ちも考えも全然整理ができていないというのが現状です。
僕はそのような旨をメンバー・スタッフに伝えました。

僕の申し出を踏まえて、セットリストに関して話し合う中で、
「すべてのセットリストでツアーがまわれない」時点で、
「このコンセプトが成立していると言うことが出来ない」、
「残りの4つのセットリストだけでやり通す確実な意味合いを見いだせない」ということになり、
改めて、ツアーを通して何を伝えたいかを全員でまとめ直す事になりました。

僕らが昨年秋のツアーで見い出した「自分達なりのライブの表現の仕方」の延長で、
「今回のツアーは『コンセプトがあるという、コンセプト』でいこう」と決め、
準備してきた様々なこと、プランそのものや意味合いを崩さなくてはいけないのはすごく悔しいです。
僕にとっても、バンドにとっても、とても大切なプランでした。
でも、前回のblogで「ツアー再開についての決意や決断」について書かせて頂いたように、
もはや「自分達のコンセプトを全面に打ち出す」ことよりも、
この状況下でも自分達のライブを観に来てくださるみなさんに満足してもらいたい、
楽しんでいってもらいたいということにしかモチベーションはないということにも気がつきました。
そんな意志を確認した上で、新しくセットリストを組み直しました。
メンバーの総意として、
『なるべく沢山の楽曲を演奏していきたい』、
『「聴きたい」とよくご意見を頂く楽曲を盛り込んでいきたい』、
『固定のセットリストになると、どうしても外れてしまうような楽曲をなるべく減らしたい』、
という考えがあったので、ラインナップの見直しなども進めました。


前置きが長くなってしまいましたが、変更後のコンセプトとセットリストについて、簡単に説明させて頂きたいと思います。
まず、

インディーズ時代を含む、各アルバムの世界観の再構築/再構成をテーマにした実演。

この概念に関しましては前述の通り、今回のツアーではなくさせて頂きました。

そして、

セットリストを5〜6パターン用意する。

ですが、少しニュアンスが変更になります。

ネタバレに繋がってしまうので詳細は省かせて頂きますが、
セットリスト自体を複数用意する」ということではなく、
セットリスト内、各箇所に候補曲を複数用意する」ということで、演奏曲にバリエーションを持たせることにしました。
(候補曲は勿論、「(カップリング曲を含む)インディーズ時代〜最新曲」の中から選ばせて頂いています。)
おそらくツアー全体を通して完全同一のセットリストで演奏する会場はないと思われます。
メンバースタッフ一同、緊張感を保ちながら各公演に臨みます。
どんな楽曲が演奏されるか、楽しみにして頂けたらと思っています。

最後に、以上の通り、今回のツアーコンセプトに関する変更を、こちらの判断で行わせて頂きましたことをお詫びいたします。
また、元々のコンセプトを楽しみにしてくれていた皆さんには大変申し訳ないです。
ただ、それを超えるライブを必ずします。
期待には応えます。
楽しみにしていてください。


僕が感じていたよりもずっと、僕自身の中で確かだった何かが揺らいでいたことを自覚せざるを得ない、ここ数日間でした。
このツアーだけではなく、この先のプランも、現在制作中の作品も、間違いなく「中断していたものを再開すればいい」ではないです。
自分の「これから」を作っていくためにも、もっと「新しい日常」を生きていきます。
その中で沢山考えて、自分を見つめていこうと思っています。
そして、時計の針を自分の手で進めるために、明日からのツアーをやり遂げたいです。
7/1まで続くツアーの中で、みなさんと時間や空間を共有するその中で、何を感じるか、何を見つけるか。
感じられるのか、見つけられるのか。
少し不安でもあります。
ただ、それでも胸躍る自分がいるのは、きっと、音楽そのものが、ワクワクするものだから。
これまでも、これからも。

各地でみなさんとお会い出来ること、心から楽しみにしています。
その日、その場所、その瞬間。
一緒に楽しみましょう。
よろしくお願いします。


Base Ball Bear 小出祐介
posted by bbb at 16:29| 小出祐介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月27日

SAYONARA-NOSTALGIA TOUR について

すでにお知らせさせて頂きました通り、
この度、メンバーとスタッフで協議を重ねた結果、
ツアーの見送らさせて頂いた関東7公演の振り替え公演及び、
4/7 清水JAMJAMJAM以降の(中止とさせて頂いた東北4公演以外の)ツアー敢行を決定させて頂きました。
以下をご参照ください。


【関東地方7公演の振替日程】
3/17(木)下北沢GARAGE
振替日:7/1(金)
開場/開演 18:30/19:00


3/19(土) 水戸club SONIC
振替日:5/29(日)
開場/開演 17:30/18:00


3/21(祝・月) 横浜BLITZ
振替日:5/6(金)
開場/開演 18:00/19:00 ※時間が変更になりました


3/23(水) 千葉LOOK
振替日:6/20(月)
開場/開演 18:30/19:00


3/25(金) HEAVEN'S ROCK さいたま新都心 VJ-3
振替日:5/7(土)
開場/開演 17:30/18:00 ※時間が変更になりました


3/27(日) HEAVEN'S ROCK Utsunomiya VJ-2
振替日:6/26(日)
開場/開演 17:30/18:00


3/28(月) 高崎club FLEEZ
振替日:6/24(金)
開場/開演 18:30/19:00


払い戻しについてなど、詳細に関しましては、
http://baseballbear.com/ の「LIVE」ページをご覧下さい。


振り替え公演に関しまして、「この日だったから参加出来た」という方には大変申し訳ない結果になってしまいました。
横浜BLITZ公演につきましては、元々休日の公演でありましたが、やむを得ず平日の公演とさせて頂きました。
本当にごめんなさい。
出来る限りの調整はしたつもりなのですが、
震災の影響で他のバンドさんやアーティストさんにも、振り替えや延期が相次いでおり、
希望の日に会場をおさえるのが大変難しくなっているのが現状です。
みなさまには事情をご理解ご了承頂きたいです。
また、中止とさせて頂いた東北4公演に関しましても、いつか必ずリベンジさせてください。
よろしくお願い致します。



改めまして、この度、ツアーを再開(というか仕切り直しを)させて頂く事なりました。

先日のチャボベLOCKS!でも話させて頂きましたが、この2週間、ずっと頭の中がグルグルしていました。
前回のブログを書いた後も、「何ができるだろう」「いや、というか、何をしたらいいんだろう」の、そればかりでした。
正しい、は幾通りもあると思います。
各アーティストさん、自分なりの今正しいと思うことを実行されているのだと思いますし、
間違ったことは誰もやっていないと思います。
じゃあ、自分の今正しいと思うことは何なんだ、と。
個人としてやれることは微力ながら参加させて頂きましたが、
公に名前を出している自分として何が出来るか、と。
活動を自粛しようという気は微塵もありませんでした。
が、ひたすら考えて僕が選んだのは、『何もしない、をする』ということでした。
「余計なことをして、迷惑をかけたら申し訳ない」と思ったというのが、実際のところです。
みなさんからもたくさん、自分達名義で募金を募ってほしい、などなどの声を頂きました。
でも、小さい募金窓口が乱立するのもどうかと思っていましたし、それらが僕にとっての「今できること」とも思えませんでした。
僕らくらいのバンドがやるべきこととは思えなかったんです。
本当に悔しいし、情けないですが、前回のブログに書いたような『それから』を待つことにしました。

しかし、ツアー再開時期に関しても、「じゃあそもそも、いつからならいいのか」というのが曖昧で、すごく悩みました。
『「そろそろ始めよう」の「そろそろ」って一体何基準なの?』と、考えてしまいました。

「半年?それとも1年?」
「誰かが『もう大丈夫ですよー』って教えてくれるの?」
「ニュースや世間の流れで判断すればいいの?」
「『他の人たちもやってるから』に乗っかればいいの?」

正直、考えてもわかりませんでした。

でも、先日のチャボベLOCKS!で久々に、「人に伝えること」や「音楽をする」に触れることが出来て、ツアーを始める決心をしました。
責任感や使命感とは、おこがましくてとても言えませんが、
「それでも、僕がやれることは音楽や音楽にまつわることの中にあるんだ」と、改めて思ったからです。
みなさんが書いたラブレターに曲をつけながら、演奏しながら、歌いながら、
忘れたつもりはなかったのに、遠ざかっていたことを身体が思い出しました。
今は、待ってくれているみなさんに全力で向き合うこと。
ツアーを楽しみにしてくれているみなさんの期待に応えること。
それが、まずやるべきことだ、と、
『それから』は、自分で決めなきゃいけないんだと、気付かされました。
だから4月から、ツアーをやることにしました。

ただ、まだまだ不安定な状況に、実際問題、ガソリン・電気など物理的な不安がないとは言えません。
北海道公演に関しては、いつもならばフェリーで行う機材の運搬が可能であるか、不透明でもあります。
その場合、最小限の機材を手持ちで向かう事になるかもしれません。
また、当日、諸々の安全面を考慮し、公演の中断及び、中止にせざるを得ない事も起きるかもしれません。
当然、可能な限りの安全確認は怠らないつもりです。
ですが、「そもそもの安全」についてが揺らいでいるのが現状です。
この公演にみなさんが参加されるかどうかについては、ご自身や、保護者の方の判断に委ねさせてください。
あまりご無理はなさらず、まず優先したいことを優先していて欲しいです。

こういう状況でのツアー再開とはなりますが、僕達にステージに上がるという意味での迷いはもう、一切ありません。
全力で演奏します。
それでも参加してくれるというみなさんに全力で楽しんで頂けるよう、全力を尽くします。
音の中の楽しいや気持ちいいが、少しでもみなさんの力になってくれたなら、この上ありません。
また、自分達が自分達として出来る、具体的で確実なことの一つだと思い、ツアー終了後になりますが、収益の一部を寄付させて頂くつもりでいます。

アーティストという仕事は、なんて曖昧なんだろうと思います。
曖昧なものの上に、曖昧に立っていて。
目に見えないものを形にするより、今は目に見える救助が必要だと、本当に思いました。
なのに、アーティストの血はこういう時にこそ、滾るものです。
目には見えないものだけど、誰かを楽しませることが出来るかもしれない。
そんな気持ち同士がぶつかって、僕は悩んでいたんだろうと思います。

僕の生業は、音楽です。
音楽の名の下に、生活しています。
かといって、決して音楽しかないとは言いませんが、僕の中枢にはまず音楽があります。
音楽で行動させてください。


Base Ball Bear 小出祐介
posted by bbb at 01:38| 小出祐介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月15日

ツアーの一部公演見合せ及び、公演中止について

この度、3/11に発生しました東北地方太平洋沖地震の影響を受けまして、
3/17より開始予定でありました、Base Ball Bear 10th Anniversary『SAYONARA-NOSTALGIA TOUR』の、3月開催分の関東7公演を「公演見合わせ」、4月・5月開催分の東北4公演に関しては「公演中止」とさせて頂く運びとなりました。

楽しみにしてくださっていた皆さん、本当にごめんなさい。

メンバーとしてもこのツアーは、10周年というタイミングでの「挨拶まわり」のようなツアーだと思っていましたし、以前ブログでも書いたように、セットリストを数パターン(最終的には5パターンとなりました。)用意し、過去の各アルバムの世界観の再構築をテーマに、気合いの入ったリハーサル…の段階での地震発生となり、断腸の思いで今回の決断をさせて頂きました。
ライブハウスさんサイドから、「公演可能」というお返事を頂いている所もあります。
ですが、ライブは『行って、帰るまでがライブ』だと思っています。
「皆さんに、安全に安心して会場にお越し頂けるかどうか」、「公演中が本当に安全であるかどうか」、そして何より、「今現在、皆さんが本当に『楽しんで頂ける状況にあるかどうか』」を考えた結果、到った決断です。

気持ち的には、今こそ音楽の力で!と思っている自分がいます。
皆さんの支えになることが出来るのでは!?と考えている自分がいます。
でも、今この時点ですべきだとは思えませんでした。
今、本当に必要なのは、確実な救助や救済処置です。
それを最優先するべきです。

勿論、何かしらの形で応援や援助は出来るかと思います。
ただ、本当の意味で僕らに出来ることは『それから』のことなんです。
それは、電源が確保され、会場が確保され、その安全が確保され、そして皆さんがいて、皆さんにまつわる安全が確認出来て、初めて成立するものだと僕達は思っています。
しかし、現状では、殆どの方や殆どの場所に、その物理的・精神的な余裕や安定が備わっているとは言い難い状況です。
僕達も、みなさんも、音楽を本当に心から楽しめる、そして共有出来る時が来るまで、少し時間を置かせてください。
「何かがしたい」と自分を歯がゆくも思いますが、この気持ちを確かな形としてみなさんに届けられる時を待つことが、今は最善の選択だと思っています。
ただ、その代わりと言っては何ですが、僕らにも今出来ることとして、再公演を約束させてください。

関東7公演に関しては公演日程の延期という方向で前向きに検討させて頂いております。
東北4公演に関しても、今回は中止という形をとらさせて頂きますが、現地の公演が安全に行えると判断出来た暁には、必ずライブをしに行きます。
それまでどうかは皆さん、ご無事でいてください。
健やかにいてください。
光を見失わないでください。
楽しいことを、忘れないでいてください。
いつか状況が良くなったとき、同じ時間を思い切り共有しまくりましょう。
歓びを分かち合いましょう。
その日が来るまで、僕らは僕らに出来る限りの事をして備えているつもりです。
音楽を通して、何か皆さんの力になるような事も出来たら良いなと思っています。
共にこの危機を乗り越えて、また笑顔でお会い出来る日を、楽しみにしています。

それでは、また。
きっと近いうちにまたblog書かせて頂きます。

※ツアーに関してのさらに詳しい事が決まり次第、追って報告をさせて頂きますが、
刻一刻と状況が変化している現状ですので、その場その場での判断をせざるを得ないこと、
今後も一度に情報を出せないことも多々あるかと思いますが、ご理解ご了承頂けたらと思います。
よろしくお願い致します。


Base Ball Bear 小出祐介
posted by bbb at 01:14| 小出祐介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月05日

Base Ball Bear 10周年記念ツアーについて

小出です。ご無沙汰しております。

2011年11月11日、我々Base Ball Bearは結成10周年を迎えることになりまして。
つきましては、皆様への10年分の感謝の気持ちを込めまして、10周年記念ツアーをまわらせていただくことになりました。
タイトルは【Base Ball Bear 10thAnniversary SAYONARA-NOSTALGIA TOUR】です。

さて、今回のツアーにはコンセプトがあります。
Base Ball Bearはこれまで、

「夕方ジェネレーション」「HIGH COLOR TIMES」
「C」「十七歳」「(WHAT IS THE)LOVE&POP?」
「CYPRESS GIRLS」「DETECTIVE BOYS」

の、計6枚のアルバムを発表してきました(3.5thは2つで1つ)。
そして、そのそれぞれでテーマやコンセプトのある作品作りをしてきました。

今回のツアーでは、インディーズ時代を含む過去のアルバムの『世界観を再構築/再構成』しようと思っています。

10周年というタイミングのツアーですし、やはり「ベストヒット」的な内容にしたいとは思いました。
が、同時に「過去」な内容にはしたくなくて。

というのも、まず、前回のツアーを経てバンドが得たものがとても大きかったんです。
ライブ全体で何かを表現することや、何かを伝えること。
ずっと探してきた、自分達なりのその方法/そのやり方が、やっと見えたような気がしました。
ツアーを終えた時、反省以上に、今までにない充実感や達成感を感じることができました。
やっと尻尾を掴めた感触がしたんです。
なのに、ここで「過去の羅列」のツアーをしてしまっては意味がないと思いました。

僕達は今まで、僕達を更新し続けてきました。
過去は過去で、その時点で最善だと思う事をやってきましたが、決して「浸ること」「戻ること」はしてこなかったんです。
「原点回帰」にも、興味がありません。
興味があるのは、常に「これから」のことだけです。
だからこそ、「10周年記念」だからこそ、自分達の「これまで」を総括するからこそ、
「現在の自分達と未来への自分達」を表現しなければ意味がないんです。
いつだって、楽しいことは「これから」にあると思っています。
そんな僕達が僕達らしく「ベストヒット」かつ「現在と未来」を表現出来る方法を考え、そして、到ったわけです。
まさに、『さよなら、ノスタルジア』です。

また、このテーマ/コンセプトを思い付くに到るには、皆さんからの「あの曲はやらないの?」「あの曲をやってください」という声の影響もすごく大きかったです。
実は僕らの楽曲の中には、意図的に演奏して来なかった楽曲や、様々な理由からあまり披露しなくなってしまった楽曲があります。
「タイミングを逃した」「ライブで演奏してみたけど、なんか違う」などが主な理由ですが、
そんな楽曲を「生で聴きたい」という声を沢山いただきます。
僕の根もあまのじゃくですから、「やって!」と言われたら「やだ!」って言いたくなる部分もあるんですが(笑)、
それでもこういう機会ですので出来るだけ応えたいと思いまして。
でも、ただのサービスでそれらの楽曲を披露するというのは、少し腑に落ちない部分がありまして。
理由があって披露してこなかった楽曲を「演奏する理由」や「必然性」が必要だと思いました。
上手く、前回のツアーで得たもの、ワンマンライブ全体の構成の仕方(魅せ方)に結び付けたかったんです。
そして、見つけた理由が『世界観の再構築/再構成』だったというわけです。

もう少し具体的に、ツアーコンセプトについて話しますと、
まず、今回のツアーでは数種類(5〜6種類?)のセットリストを用意するつもりでいます。
そのそれぞれは各アルバムの世界観をテーマに構成していくつもりです。
また、「再構築/再構成」ですので、そのアルバムの全曲をやるとはいえません。
新旧織り交ぜた内容にはなると思います。
勿論、やってこなかった楽曲は「やる」方向ですが。
セットリストには過去のシングルのカップリング曲も多く盛り込む予定です。
各時期のカップリング曲も同一の世界観で制作されていることも多いからです。
(例えば「天空Lonely Hearts」は本来、「C」の1曲目になるはずでした。)
ただ、一概に「同じ世界観だからやる」とも限りません。
あくまで「再構築/再構成」です。
『いまのBase Ball Bearなら、こうやる』というのを目撃していただけたらと思います。

と、色々と語ってはみましたが、実際、観てもらうのがいちばん早いかと(笑)
頭の中の企画書を、書ける範囲で伝えるのがなかなか難しいです。
でも、僕達だから出来ること、というのは間違いないんじゃないかと思います。
これまでやってきたこととその世界観が、こうしてまた現在の自分に新しい面白いことを思いつかせてくれた。
なんて、不思議な感覚です。
是非、みなさんもツアーが始まるまで、想像をめぐらせたり、過去の曲の復習をしたりして楽しみにしていてください。
僕もすごくワクワクしています。

あっ。

あと、「新曲」もやるつもりでいます。

それでは、また。


Base Ball Bear 小出祐介
posted by bbb at 18:23| 小出祐介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月02日

「CYPRESS GIRLS」「DETECTIVE BOYS」について

「CYPRESS GIRLS」「DETECTIVE BOYS」について


みなさん、ブログではお久しぶりです。小出です。
この度、我々の3.5thアルバムが発売になりましたので、恒例の挨拶文を書き記させて頂きます。


始まりは、今年の2月。
武道館後の活動、ライブDVD・CDの作業が終わる頃でした。
丁度その時期、春に露出が予定されていたタイアップ関連の制作を進めていたのですが、その話が諸事情により、無しになりまして。
結果、「シングルを出す必然性」が消滅し、僕とスタッフ間での話し合いが持たれました。
そこで提案したのが、3rdアルバムの際にも思い描いていた、「2DISCのアルバム」でした。
「1つのパッケージに2枚のDISC」が入っているというだけで、表現の幅が広がります。
例えば、2枚を内容的に対にする事も出来れば、2枚の容量を利用してひとつの大きなテーマ表現することも出来ます。
この時点で僕は明確に『2DISCを使い、Base Ball Bearというバンドの音楽的構成要素を二極化して表現してみたい』というプランを抱いていました。
現実的に「1パッケージ2DISC」という形式は商品単価が上がり過ぎてしまうという問題から実現は出来ませんでしたが、
「2タイトル同時リリース」という形態で「2DISC」という「最低条件」をクリアする事が出来ました。
これにより、『それぞれのDISCを独立した作品にする必然性』が生まれ、
後の制作において、妥協しないためのハードルを現実に設ける事が出来、僕としては好都合でした。

こうして始動した企画ですが、僕にはひとつ大きな目標がありました。
『僕らと聴いてくださるみなさんとの誤差をなくしたい』ということです。
言い換えると、『改めて、Base Ball Bearというバンドの本質を見てもらいたい』でしょうか。

今回の制作に入ってすぐのある日、今村ディレクターに僕が少し愚痴っぽくなっていた時がありました。
『バンドが、僕がイメージしている風な、認識をされていないような気がする』。
それに対して今村は、「そう思うなら、もっとちゃんと伝えないとダメだろうね」と言いました。
文章にするともの凄く当たり前のように見えますが、灯台下暗しといいますか、「伝える」という行為そのものについて考え直させられました。
作品単位、ライブ、ビジュアル、メディアにおける自分達の見せ方。
そこにもっともっと丁寧に、確信的になってもいいんじゃないかと。

確かに僕らは、『中の人』です。
楽曲ひとつとっても、構造や込めた気持ちを根本で一番理解しているのは自分達です。
楽曲がまだ「アイデア」であった頃から知っている訳ですから。

1曲が完成されるまでの間には幾つかのプロセスがあります。
僕から発想が生まれ、バンドで組み立て、レコーディングに至ります。
その組み立ての段階にはデモ制作があり、それを受けての試行錯誤があり、積んでは崩しがあります。
例えばこれがタイアップ関連のシングル制作であればメンバー・スタッフ以外の第3の目もあったりする訳で。
様々なバランスを考慮して、抜き差しがあり、『洗練』させる作業があります。
この『洗練』によって、楽曲はより「外を向いた楽曲」然としてきますが、
同時に、バンドが入れたマニアックな部分を『パート』ではなく、『エッセンス』とすることも、丸々『カット』してしまうこともあります。

これを踏まえて僕らは楽曲を捉えているので、「一番理解しているのは自分達」といえるのですが、その「踏まえて」はあくまで「踏まえて」。
『自分達しか知らない事』といっても、間違いではありません。
この「踏まえて」のせいで、『僕らとみなさんの間の誤差』が生じてしまうのではないかと、今村の一言で気付いた訳です。

そこで、今回のアルバムの企画コンセプトがさらに固まりました。
簡潔にいうと、『バンドが4thアルバムに到るまでの期間を切り取るアルバム』です。
『洗練』の中で失われた部分に、余分だと判断した部分に、バンドの血や肉、言い換えば本質が宿っているとするならば、それを見せたいと思いました。
そのために「公開プリプロダクション」「デモ音源集」といった“体”で、バンドの本質的な部分が浮き彫りになるよう、自らを仕向けることにしました。
ちなみに、この考え方は逆の発想です。
本来この「デモ音源」が出るのは作品が世に出た後、です。
僕の大好きなXTCはデモ音源集を幾つかリリースしています。
あくまでもデモ音源ですから、コアファンでなければ聴く必要はあまりないのかもしれません。
しかし、アーティストの「音楽的な興味が移り変わっていく様子」や「新しい音楽を生み出すための試行錯誤」を知る事が出来るデモ音源集は、
そのアーティストの完成作品ではなくとも、『アーティストの音楽史において、本来は見えずとも確実に存在しているもの』を聴く事が出来る、貴重な資料だともいえます。
その「デモ音源集」という“体”を利用して、『ドキュメンタリーであり、記録でもある、オリジナルアルバムを制作してしまおう』というのが、今回の狙いであり、実はミソな部分でもあります。
ここでさらに、冒頭に記した、『2DISCを使い、Base Ball Bearというバンドの音楽的構成要素を二極化して表現する』事にもより意味合いが生まれてきました。
括りを作る事で、僕も躊躇なく「ソリッド」と「スウィート」に楽曲やサウンドを振り切り、より伝えやすく・伝わりやすくする事が出来ました。

そして、そんなコンセプトを補うために、twitterで制作状況をリアルタイム報告し、完成した楽曲を手作りの映像と共にいち早くアップしました。
通常、制作を終えてどこかのメディアで楽曲が流れ始めるまで、1〜2ヶ月はかかってしまいます。
それを全て自分達の手で行う事で、『時差』を圧倒的に詰めることが出来ました。
最新のものを最速で。
誰かの手ではなく、自分の手で。
そこに凄く意味があると思えました。
その映像を撮影するのも編集するのも自分。
アップロードするのも自分。
自分の作品を届ける責任をしっかり負っているという感触が、堪らなく嬉しかったです。

こうして始まった制作ですが、まずこの着想自体が、ちょっとありそうでなさそうな気がします。
また全16曲の収録曲それぞれの狙いどころもなかなか、ありそうでなさそうです。
この「ありそうでなさそう」を発見し、実践していくことが、僕が音楽をやっていく上でのモチベーションでもあります。
自分達を更新していく作業、新しい感覚・やり方を提示したいという意志や気持ち。
それを伝えたいですし、伝わって欲しいですし、広がっていって欲しいです。
その意志を持つ事がまず、音楽に携わる歓びであり、永遠の目標であり、願いです。
僕らは以前からそんな理念に基づいて活動してきました。
今後もそれは変わらないと思います。
ですが、現在のシーン全体にその部分での滞りを感じてしまう事も多々あります。
音楽の血行が悪くなっている、といいますか。
僕は少なくとも『トレンドであることを守る』ような活動はしたくないです。
何かを守ることに興味が持てないからです。
現状維持のために時間を費やすことがまず、そもそも「博打」ともいえる、「音楽で生きる」事から逃げているようにも思えるからです。
どうせならば、ずっと、自分の全てを賭けていきたいです。

今回の3.5th Albumはそんな僕らの意志を、色濃く詰め込んだつもりです。
敢えて『.5』だけ時間を進めることにしたその意味を感じて欲しいです。
そして、シーンの外側にも、内側にとっても、天気雨のように『ハッ』とする瞬間のようなアルバムにはなってくれたら幸いです。

今年の2月に始まり、発売1ヶ月前である8月末までの足掛け半年。
当初予定していたよりも遥かにギリギリの進行で制作は進みました。
僕のわがままを押し通すような場面も何度かありました。
「デモ音源集風」という所から始まった企画は、いつしか、自分の内臓をひけらかすための作業にすりかわり、
『どうすれば僕らの本質を伝えられるか』に真剣に向き合う作業になっていきました。
一音一拍にシビアになり、一瞬の演出のために何時間も時間をかけ、しまいには一度完了したマスタリングをやり直す事までしました。
でも、その成果というか。
今まで自分の中で鳴った事がない新しい音が自分の中で生まれ、そして今も頭の中で新しい音が鳴り続けています。
次回作、4.0th Full Albumは当然、さらに充実した内容にしたいと思っています。
そのための勇気を僕は今作で得る事が出来ました。

最後に今回協力してくれた、チャットモンチーのあっこ、ラッパーの呂布、サカナクション山口くんに最大の尊敬と感謝を。
3人のおかげで僕は新しい水に飛び込むことが出来ました。
心からありがとう。
また機会があれば、というか、次回作にもまた参加してください。
僕、友達全然いないし(笑)


Base Ball Bear 小出祐介
posted by bbb at 13:20| 小出祐介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月19日

誤字脱字勘弁

【いいわけ】

気付いたらちゃんとしたブログを全然書いてませんでした。
いや、12月くらいから嫌な予感はしてたんですけどね。
だから「武道館終わったら書こう!」と決意していたのに、1月5日に熱が出てしまい。
結局3日間のオフを寝て消費してしまって。
しかも目眩で歩くのも辛い中、ハムちゃんから制作の話があり、翌日から作業にかかり。
そんなこんなで今日です。

ここ最近は武道館&ガレージの音源の作業と、バンドでの制作作業がありましたね。
それも一旦終えたので他のメンバーはまたオフで僕は家で制作してます。
自分で言い出した2010年度のプランがなかなか大変なので頑張ってます。

ご存知の通り、今年最初のリリースとしてDVDとライブ音源がございますので、まずはそちらをお楽しみに。

あと、詩集も出ました!
タワレコ限定でございます。
よろしくお願い致します。


【日本武道館と下北沢GARAGEを終えて】

もう2週間が経ってしまいましたが、改めまして日本武道館と下北沢GARAGEのライブ、ありがとうございました。
とても楽しかったです。
音源のTDですっげぇ繰り返し聴きましたけれども、両日とも良い演奏してました。
自分たちの演奏の手応え同様、音の感触として随分楽しんでる印象があります。
ここ一番の場面を張るところで、ああいう演奏が出来ていたという事に自分たちの成長を感じれました。
勿論、細かい箇所で演奏・演出での反省はあります。
ただ、後悔はないライブでした。
この経験を春のホールツアーや今後のライブ、さらにはいつかの次の武道館に生かしていきたいと思います。


【ディストロジーってなんだろうって昔から思ってたら、実相寺だって気付いた17の夏】

ここんとこウルトラマンばっかりです。
去年の秋口からその予兆はあったんですが、最近本当にウルトラマンばっかし。
熱で寝てる時はベッドでずっとDVDを観ていたり、気付いたらウルトラマンのことを考えていたり。
僕は云わずと知れた「仮面ライダー派」の人間なんですが、ここへきてちょっとグラグラしてます。
最後にウルトラシリーズを観たのは高校生の時で、その時は特に何もなかったんですけどねぇ。
「時は来た」ってことですかね。
今観てるのは「帰ってきたウルトラマン」までなんですけど、『欲しかったのはこの感じだ!』って思ってます。
きっと、怪獣の造形や演出、何よりストーリーそのものが良いんでしょうね。
一周してきた感じです。

観ていて思った、ウルトラマンと仮面ライダーの違いは「お約束の持っていきかた」なのかなぁと。
仮面ライダーは基本的に時代劇に近いスタンスというか、印籠を出すみたいにライダーキックします。
ショッカーもとにかく「世界征服したい」という明確な目的でライダーの元に怪人を送り込みます。
時代劇が好きな僕なので全然良いのですが、ウルトラマンにはそれが必ずしも当てはまらないんですね。
勿論、プロットの土台としては「何かしらの問題発生or怪獣出現→科学特捜隊出動→ピンチ→ウルトラマンが怪獣倒す」なんでしょうけど、
その問題提起は「社会問題」や「世界情勢」や「正義と悪の表裏一体」など深いテーマがまずあって。
そしてウルトラマンは必ずしも怪獣を倒す訳ではないし、そもそも怪獣も出たくて出て来た訳じゃないのもいる。子供がかばう怪獣もいる。
バルタン星人が地球侵略を企てたのは自分の星が核実験で滅んだからだけど、じゃあ人間はそういう都合の良いことをしてこなかったのか。
眠りから目覚めて暴れるドドンゴを起こしたのはそもそも人間であって、本当の被害者はどっちなんだとか。
観ていると『表と裏』というのをすごく感じます。
そういえば高校の時にジャミラの回を授業で観たりもしました。
ただこれは、仮面ライダーが薄いという話ではなくて、仮面ライダーには『改造人間になってしまった哀しみ』というテーマがあるので、
ヒューマンドラマとして深い話が沢山あるんですよね。
『背負ってしまった十字架』とどう付き合って行くのか、苦悩する姿も描かれています。
ライダーマンやタックルもそうですし、なんならV3やXも憎しみと哀しみから始まる訳で。
「仮面ライダーBLACK」なんかは背負ってる業が深すぎて、当時3才の僕には話がよくわかんなかったです(笑)
なんでピザの配達のバイクみたいなのに乗ってるんだろうっていう所にいちばん引っかかってましたから(笑)

と、改めて観てみると、子供も大人も楽しめるようにバランスがとってあってすごく良く出来ています。
いつの時代も良いものはみんなそうですよね。
評価されるものや残るものには必ず、深さやバランスが宿っているものです。
僕もそういう作品を作りたいと思うし、アーティスト単位としてもそうなっていきたいと思うわけであります。


【鬼田よ・・・】

今更なのかもしれないですが、ウルトラマンには沢山の改造怪獣が出てきます。
改造パンドン(パンドンの原型ってスーパー気持ち悪いのね)とかって意味ではなくて、改造した着ぐるみって意味で。
超有名なジラースとかマグラーとかガボラのバラゴンが元の怪獣とか、ギャンゴみたいな再利用とか。

で、昨日寝る前にそのギャンゴの回をポータブルDVDプレイヤーでマジマジと観てたら、すっげぇツッコミ所があって面白かったです。
ギャンゴは元々宇宙の石で、その石を持った人が「想った物」に変化するんですね。
その特性を石を拾った子供達が発見するんですが、まずその「想った物」っていう言い回しが何度も出て来て、ツボでした。
しまいには科学者までこのフレーズ連発するんで可笑しくてしょうがなかったです。
そしてその後、その石が悪いヤツの手に渡ってしまい。
その鬼田っていかにも悪そうな名前のヤツがホテルの一室で「これさえあればお金だって、美味いもんだっていくらでも!」なんて。
で、何をするかと思えば、「そうだ・・・みんなにいたずらをしてやろう!」って(笑)。
いやいや、そうじゃないだろ鬼田!(笑)
そんなこんなで石をギャンゴに変身させ、ホテルマンや宿泊客にしょうもないドッキリいたずらを仕掛けていくんですね。
で、いたずらに引っかかった人達のリアクションが全部「カメラ目線で、寄り目で気絶」で(笑)
すると、段々楽しくなっちゃった鬼田が「でっかくなれ!」って・・・自分の部屋で想うんです(笑)
案の定、部屋どころかホテルをぶち破ってでっかくなっちゃうギャンゴと、瓦礫の下敷きになる鬼田(笑)
おい、間抜け過ぎるだろ鬼田!
しばらくしてウルトラマンが出てくるんですが、ギャンゴ自体コミカルな怪獣なので動きも普通に面白いんです。
ウルトラマンもつられて面白い動きをします。
この戦いだけも十分面白いんですが、何より最大の面白ポイントがこのあとすぐ!
その頃、病院では鬼田が運ばれ、そのベッドの周りに科学特捜隊のメンバーが。
ギャンゴは元々「『想い』で変化する石」ですから、この鬼田が目を覚ませばギャンゴは消える訳です。
「鬼田さえ目を覚ませば・・・」と科特隊。
そこで、戦うウルトラマンとギャンゴと寝ている鬼田のカットが交互に挟まるんですが・・・・・
ん・・・・?
あれ・・・?
鬼田・・・
お前・・・鼻毛出てねぇか?
と、まずは正面下からのあおりカット。
・・・うっすら出てるように見える。
しかも・・・両方から出てねぇか?
次に横からのカット。
・・・うーん、やっぱり出てる気がする。
最後に横からのアップ。
・・・うん、ガッツリ出てた!!
ってか、むしろこれ鼻毛のアップだよ!!(笑)
鼻毛をアップで撮られるって、どんだけ間抜けなんだよ鬼田!
そういう所だぞ、鬼田!!
で、「早く怪獣のことを忘れろ鬼田!」といわれ、消えるギャンゴ。
ちーん。


【結局言っちゃうパターン】

思いつきで「NARUTO」を全巻買って読破しました。
丸一日それで終わりました。

週刊少年ジャンプは小学生の時から毎週欠かさず読んでいるのですが、
「ONE PIECE」「NARUTO」「BLEACH」の3本柱は実は読んでなくって。
逆にそれ以外はほぼ全部読んでいたんですけども。
だから一時期は「ピューと吹く!ジャガー」だけの為に買っていた時もありました。
それが去年の正月に「実はBLEACHって面白いんじゃねぇの?」って疑い始めまして。
で、こそこそ隠れ読みしていたんですが、狛村が黒縄天譴明王を出したのを見て「あ、これは読まなきゃダメだ」と。
結局全巻買って一気に読んだんです。
一気に卍解しちゃったんですね(笑)
今回も「あれ?九尾って何?」ってことで、開眼しちゃいました(笑)

に、してもBLEACHの技とか刀の名前が超ツボちゃんなんです。
僕が新人アイドルグループをプロデュースするとしたら「ツボちゃん」って曲をインディーズ3枚目のシングルにしたいくらいです。
一番好きな卍解はマユリの金色疋殺地蔵です。
デザインが好きです。
NARUTOではカカシ先生がいっちゃん好きです。
好きちゃんです。


【大家族好き】

「放送禁止劇場版2 ニッポンの大家族 Saiko!Large Family」のDVDを改めて観ました。
去年劇場で公開初日に観て来たのですが、細かい所を観るのが楽しい作品ですから一時停止を駆使して観てみました。
そしたらまぁ、ネタが沢山で超楽しかったです。
最後はタイトルにすべて入ってるっていう構成に感動しました。
あのおばさんずっと喋りは英語だもんね。

関係ないけど、実は僕、大家族好きなんです。
大家族もののドキュメントがスーパー好きです。
年末年始はたくさんやるので欠かさず観てます。
僕の実家のすぐ傍には有名な5つ子ちゃんがいて、同じ小学校に通っていたり。
隣町に十数年前にテレビで取り上げられていた大家族が住んでいたり。
っていうのもあるのか、観ていると妙な親近感が湧くんでしょうね。
さと、懐かしい感じというか。
大家族の子供達がみんな元気に外で遊んでたりすると、僕の子供の頃をなんだかやたら思い出します。

最近は「痛快!ビッグダディ」が超面白いです。
大晦日は「笑ってはいけない〜」を録画せずに、これを録画してました(笑)
お父さんが奄美大島を出て出稼ぎに行くというまさかの展開や、
なぜかお父さんに敬語の大きい子たちや、
家に一人になったお母さんの不安や、
一昨年生まれたばかりの子の成長の早さや、
観るとこ満載です。
今年はまだ7男2女11人の「石田さんチ」シリーズはやってないですよね?
前回の続きが気になってますので、日テレさん、夏までにはひとつよろしくお願い致します。


【下北沢にいて】

夜中やってるアマチュアバンドやインディーズバンドを紹介する番組を好きでよく観てるんですが、
今ではおかげさまでそれなりにやらせて頂いていますが、自分にも確実にあった時期を切り取ってるような番組なので、なんだかそわそわします。
何か変わったかなぁとか、あれから正しく進めているのかなぁとか、考えちゃいます。

先日のGARAGEでもチラッと言ってましたが、たくさんのバンドによくしてもらっていました。
(僕もまた一番歪んでる時期だったので失礼をしたことも多々あったと思いますが・・・)
当時は高校生のバンドがGARAGEに出演していることは珍しいことでしたし、周りは大人の人ばっかりに見えていて。
とはいっても多分今の僕らと同じか少し上くらいだったかと思います。
で、その頃GARAGEに出演していたバンドでコンピレーションアルバムが作られて。
各バンドの推し曲を十数曲集めたもので、当時のGARAGEを代表する先輩バンド達が参加していました。
本当に羨ましかったし、悔しかったです。
僕らも参加させてもらいたかったし、何より圧倒的な差を感じて愕然としました。
まだリリースのないバンドばかりでしたが、どれも本当に恰好良かった。
また、あの頃のライブハウスシーンはいわゆる「下北系」最盛期で、今よりも熱っぽいお客さんが多かった印象があります。
ライブハウスめぐりをして、アマチュアバンドのライブをかけ持ちで観に行ったりされる方も沢山いました。
そこからレーベルに入ったりイベンターになっていく方もいました。
個人のイベンターという方も沢山いましたが、いまはどうなんでしょうか。
あまり聞かないような気がします。
なんとなくハイラインが失くなったのも原因の1つなのかもしれません。
地下にあったあの店は源泉みたいなもので、シーンの匂いがあそこで生まれていたように今は思えます。
以前あの店の元店員の子と名古屋のラジオ局で偶然再会しました。
ソニーのプロモーターになっていました。
あの店に出入りしていたバンドの人とも先日偶然ばったり会いました。
以前やっていたバンドは解散して、新しくやっているバンドのミーティングに向かってたそうです。
音楽をやっていれば、あの当時の人達といつかまた会える気がしました。

思えば、ほんの8年ほど前のことなのにすごく昔のことのように感じてきます。
僕が変わったのか、街が変わったのか。
あの下北沢の空気はどこにいったのか。
昔からあったものなかのか、一瞬だったのか、僕が最後しか知らないのか。
もしくは、今もあるけど「僕がそこにいない」だけなのか。
どちらにしても少し風が止んだようで、寂しいです。
だからGARAGEに僕は行くのかもしれません。

【反省の親子虫・雄】

去年のキングオブコントで優勝された東京03さんですけども、すげぇ好きでして。
決勝のネタはオンエアバトルか何かで見たことがあったんですが、その時見た印象よりも、遥かにマッシュアップしてきてて感動しました。
「3泊あんだよ!」でスーパー笑いました。
Y○u Tubeで「万引きの謝罪」というコントを是非観て下さい。
ライブDVDもすげぇ面白いです。
なので関根さんに誕生日プレゼントとして差し上げたのに観ていないそうです。
チッ。これだよ。

バナナマンさんがすごい好きなのもあるんですが、そこからして、僕は演技や台詞まわしで魅せる長めのコントが好きなんだと思います。
その分、突飛なシチュエーションよりは、ありそうなシチュエーションの方が好きみたいです。
引っ越しとか、朝礼とか、道端で久々に会う友達とか、残業とか、会社の先輩OLと後輩とか、合コンの会議とか、留守電とか、友達の紹介の女の子とか、バイトの控え室とか、バイトの怖い先輩と後輩とか、学校の先生と卒業生とか、転校生いじめとか、空気読めないやつとか。
そういう日常的な場面に固定して、面白いことが起こるコントが一番好きです。
何気ない会話から生まれていそうというか、雑談から生まれていそうな雰囲気のコントがいいですね。
だからバナナマンさんのラジオとか「バナナ炎」とかすげぇ好きです。
うちのバンドがラジオで目指してる方向はそっち方面ですね。
そう言い切っちゃうのもどうかと思うんですけど(笑)
憧れます。


【本棚からコエムシ】

先日、本棚(というか積んである部屋)を整理していたら栞が途中に挟まった読みかけの本があって。
開いてみたらなんと、東野圭吾「新参者」!!!
僕としたことが、忙しさの中で忘れていたらしいです。
多分アルバムのプロモーションで各地行っていた時期に買ったものなので、3ヶ月くらい放置していたみたいです。
で、慌てて読んだらすっげぇ面白くて後悔・・・。
こんなの生まれて初めてです。
確か「嗣永桃子のぷりぷりプリンセス」に出た時この話したんだよな・・・(本編ではカットされてますが)。
薦めておいて忘れてたなんて、ショックです。
間違えた。
SHOCK!です。
しかも、「このミステリーがすごい!2009」で1位だったみたいで。
確かに去年読んだミステリーもので一番面白かったです。
出来過ぎだろ!って思ったくらいで。
加賀さんにまた会えて良かったです。

そういえば、年末に録画していた映画「容疑者Xの献身」をついこないだ観て。
原作では勿論号泣したんですけど、映画だしなぁ・・・という感じで観たら、超号泣しちゃって(笑)
しまいには「うえっ・・・」って嗚咽まで漏らしました(笑)
石神役の堤真一さんが素晴らしかったです。
原作は太ってて陰気みたいな設定でしたが、あの孤独のにじみ出る演技がとても良かったです。
ドラマ版のおきまりが無いっていうのも、意外で良かったです。
考えるポーズとか計算のシーンとか。
きっと無理に差し込もうとしなかったんでしょうね。
全体のトーンを優先したというか。

話は少し戻って、積んである本を片していたら「ぼくらの」が出て来て。
そういえば最終巻って出てないのかなぁと思って検索したら、年末に出てたんですね!
慌てて本屋に行って買ってきました。
これで待望の完全一気読みが出来ます。
これこそ一気読みすべき作品だと思うんですが、どうでしょう。

自慢のコエムシ&黒コエムシVCD↓

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【この漫画がよかったよ2009】

2009年一番面白かった漫画は個人的には望月峯太郎(今作は「望月ミネタロウ」名義)「東京怪童」でしょうか。
花沢健吾「アイアム・ア・ヒーロー」と張るんですが、両方最新の2巻までの判断だと、自分内投票51対49で前者に。
ストーリーはもちろんなんですが、絵や引用や小物やキャラも全部が超好みです。
それにこれまで以上に望月さんのアートさが爆裂していてドキドキします。
さらにアルバムの構想を練っている時期、「糸杉がどうの」ってやたら考えたり、調べている時にこの漫画が始まって。
そしたらいきなり「糸杉」が出て来たんで、ピンときちゃったんですね。
加えて僕の「3大好きなタイプの女の子を描く漫画家」は望月さんと桂正和さんと江口寿史さんなので、プラス査定を。
花ちゃんがすげぇ可愛いです。
逆に花沢さんの描く女の子は「こいつめぇぇぇ!」って思う子が多いです(笑)
でも「アイアム・ア・ヒーロー」の終末具合は夢みたいです。
本当にそのうちデパートに逃げてもらいたいくらいです。
僕の夢は「船橋ららぽーとでゾンビと戦う」なので(笑)
漫画家の家での戦闘もすごく良かったです。
ああいう狭い場所でのゾンビとの戦闘って相当、夢です。
そのあたり抜きにしても、単行本1巻をほとんど使って描かれている日常の風景や日常生活のシーンや彼のキャラがあいまって、
彼女がアレになっちゃってからも逆に妙なリアリティーが増していくという、
いわゆるパニックものやホラーものに線を引いた構成が素晴らしいです。
極限状態の中で強さを見いだしていくのではなく、弱さが際立つのではなく、凡庸が浮き出るという。
逆にこれは漫画にしかできないこと・できない手法じゃないでしょうか。


【熱病加速装置】

ブログを書いていなかったので少し前の話になってしまいますが、
元町夏央先生の「熱病加速装置」という短編集の帯コメントを書かせて頂きました。
(しかも花沢健吾さん・浅野いにおさんと並べて頂いてます・・・光栄です。)
表題作がスピリッツに掲載された際、誰かが「Base Ball Bearが漫画に描いてあった!」と教えてくれ、
確認してみると、確かに1コマ描いてある!と驚きました。
その時は「CDショップに取材しに行ったら、たまたまあったのかな」くらいにしか思わなかったんですが、
先生ご本人に聞きますと、本当に僕らの曲を聴いて下さっているようで、本当にありがたいことです。
是非とも我々の音楽を聴きながら読んで頂きたいです。
「檸檬タージュ」を読むのと近い感覚があるような気がします。

↓サイン本まで頂いてしまいました!ありがとうございました!

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【コイピアノ】

曲の制作によく鍵盤を使いますが、なんか段々弾くのが上手くなってきました。
とはいってもコードとメロがちゃんと弾けるという程度ですが。
コードとメロの関係が目で確認出来るので、やっぱり必要です。
またその確認作業が勉強になります。
「あの曲はこういう上手い動きをしてるのか」とか、鍵盤でコピーしてみるとよく分ります。

ピアノと言えば、真野恵里菜さんのインディーズ1stの「マノピアノ」ですが、
最近出た1stアルバムにそのアルバムバージョンが収録されていて。
で、聴いて本当にビックリしたんですが、歌が別人みたいに上手くなっていました。
大体1年半でここまで上手くなるのか!と感動しました。
すっごく努力したんだと想像します。
もう発声から、声の通し方から滑舌まで別人です。
僕も自分の声とか歌が昔から好きじゃなくて、自分なりにもっと上手くなりたいと思っていますから分る気がするんですが、
この上手くなり方は明確に意志がないとこうはなれないと思います。
もう全部が違います。
さらに元々ピアノをやっていたり耳は良いと思うので、飲み込みが早いのでしょうね。
にしても、やはりプロ意識というか自覚というか、すごいです。
僕ももっと頑張りたいです。


【謝罪】

滅多なことじゃキレない僕ではございますが、
先日スタジオでの作業の際に大久保マネージャーと獅子元マネージャーに夕飯の買い出しを、
腹ぺこ過ぎて今すぐにでも自ら食べに行きたい所ではございましたが、僕がいないといけない作業途中でしたので、
「あの、はす向かいのラーメン屋でチャーハン弁当4つ買って来て」と頼んだら、
はす向いじゃない、しかも一生食べないと決めてた程マズい中華屋のチャーハン弁当を買って来た時に、
あのパッサパサで、使いづらいタッパーに入れられた、あの超マズいチャーハンを買って来て来た時に、
5分で出来る訳がないのに、「早作り選手権」でもあるまいに、5分で作りやがったというあのマズイチャーハン、略してマーハンを買って来た時に、
「すいやせん」と獅子元マネージャーが謝っているのにも関わらず、
大久保マネージャーがパソコンをいじりながら「また小出が言ってるよ」的なすまし顔でシカトを決め込んでいるのを横目に、
本気でキレて、さらにはスネてしまい、大変申し訳ございませんでした。
しかも「ついて行こうと思ってたんだけど、大丈夫かと思って行かなかった俺が悪い」と、
堀之内さんにフォローさせてしまい、重ねて大変申し訳ございませんでした。
結婚する際、母に「1つだけお願いがある。俺の腹を空かすな。」と言ったという父の遺伝子をダイレクトに継承してしまいまして、
日曜日に僕と2人でわざわざ遠出して、目当ての蕎麦を食べに静岡へ行ったのに、店が休みだったせいでそのまま家に着くまで無言で車を走らせた父の遺伝子をダイレクトに継承してしまいまして、
誠に申し訳ございませんでした。
以後、気を付けます。

あと、堀之内さんと、父、1月17日お誕生日おめでとうございました。
posted by bbb at 07:55| 小出祐介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする